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第五十二話 本物の無気力は友達の家族に挨拶する(1)
しおりを挟む「ほーらルーたん、こっちにおいでー。ほんの十歩くらいよー」
「………」
「あらあら。私の息子は意外に強情ねぇ。パパに似たのかしらー」
冬の寂れた庭園で尻餅をついている俺を母さんが少し離れたところで手を広げて待っている。
エド先生の勧めで毎日一時間庭園に連れ出されるようになり、こうして自分で歩くよう促されることも増えた。俺は強情なので意地でも動かないけどな。
「ルシオン様、後ろにゆうれ………」
「かーしゃまっ!!」
「まあ、ルーたんゴールイン。
とっても俊足だわー。これは絶対にパパに似たのねー」
母さんが嬉しそうに抱っこしてくれる。
ありがとう父さん。貴方のおかげで俺は速い逃げ足を手に入れた。
「………後ろにユウレイ草が生えていますよ、と言おうとしたんですが」
幽霊の草!?なんだそれは!見たら呪われる的なやつか!?
「ルーたん寒いの?震えてるわよー」
「すみません、恐らく私が怯えさせてしまったのかと。
ルシオン様、大丈夫ですよ。お化けじゃありませんから」
「おばけしゃん………」
「しゃん?ああ、お化け『さん』じゃありませんから。草の名前です。ユウレイ草。ほら、あそこを見てください」
エド先生が肩を叩いて顔を上げさせようとしてくる。
恐る恐る母さんの首元からチラリと覗いてみる。確かに俺がさっきまで座っていた場所に草が生えている。
「ルーたん、お化けさんが苦手なの?」
「んーん。じぇんじぇん」
「ふふ、じぇんじぇんかあー。頼りになるわねー」
「ん」
ところでエド先生。あのタイミングでわざわざ草の名前を教える必要がありましたか。
視線で訴えてみたけど涼しい顔で躱された。
くそう。完全に弱みを握られてしまった。
「奥様、お客様がいらっしゃいました」
「予定通りテラスにご案内してくれる?」
「かしこまりました」
侍女さんが母さんの指示に従い門の方へ向かうとエド先生も一礼して屋敷に戻っていった。
あれ。俺は連れてってくれないのか。今日はリッツェもいないのに。まさか歩いて帰らせる気なのか。そんなのあんまりだ。
「今日の運動はここまでねー。
今からは母さんと一緒にお客様をおもてなししてくれる?」
「………」
「面倒くさそうな顔ー。そんな顔も可愛いわー」
母さんと一緒にテラスに行く。
脚の先端が丸みを帯びたお洒落な白いテーブルには既に間食が並べられたティースタンドとティーセットが用意されていた。
ふむふむ。これから来るのはなかなかのお偉いさんっぽいな。どれも高級そうだし。
「こちらでございます」
「ああ。案内ありがとう」
お客さんは侍女さんにも律儀にお礼を伝えてテラスに上がってくる。お客さんの顔を見てとある人物が頭に浮かんだ。
てことはこの人は………
「ようこそお越しくださいました皇后陛下。門でお出迎え出来ず申し訳ありません」
「約束の時間より早く着いてしまったのは僕なんだから気にしないで。というか………お願いだからその堅苦しい話し方はやめてくれないかな」
「ふふ、ごめんなさい。ほら、どうぞ座って」
皇后陛下。やはり彼は皇太子の母親なんだな。
一目見て分かるほど二人の風貌はそっくりだった。
薄いそばかす。茶色の髪。焦げ茶の瞳。垂れた目尻。
皇太子がそのまま引き延ばされたってくらい似ている。遺伝子ってすごい。
そういえばエディはエド先生の過去の映像に出てきたピンク髪の皇太子にそっくりだった。あの皇太子が皇帝になり、この男の人との間に生まれた子がエイデンとロイデンというわけか。
二人が席に着くといつの間にか現れたリッツェが慣れた手つきで紅茶を注ぎ、離れたところに控えた。いないと思ったらお客様を出迎える準備をしてたのか。
そういえばリッツェってこの屋敷で唯一の執事だもんな。忘れてた。
「ほらルーたん、挨拶は?」
俺は母さんの太腿の上に座って皇后の顔を見つめる。
挨拶は目を見て大きな声で。というのが母さんの教えである。大きな声は難易度激高なので取り敢えず視線だけは完璧にやっておこう。
「はーめまーて。るちおんでしゅ。いっしゃいでしゅ」
「初めまして。フォルトです。いつも息子と遊んでくれてありがとう。
………あれ?一歳?」
「ルシオン、三歳でしょう?」
母さんが人差し指だけのばしている俺の手を操作して二本足そうとしてくる。
「こんな時だけ力が強いんだからー。変なところだけ父さんに似るのよねぇ」
「いいじゃないか。まだ年齢を理解するのは難しいんだよ」
「違うのよー。エドが『貴族は二歳の頃から教師をつける』って教えたら何かにつけて一歳一歳って主張するようになっちゃって。いつもは名前言う時に年齢なんて言わないのよー?」
母さん達に一歳児だと錯覚させる催眠計画を実行中なのだが残念ながら進度はいまいち。
「いっしゃいらもん………」
「ルシオンー?嘘は駄目だって何度言ったら分かるのかしらー?」
母さんの声がワントーン下がった。その上両頬を痛くない程度に伸ばされる。このままだと母さんの雷が落ちかねないので素直に謝っておこう。
「ふぇんふぁい」
「ねえルシア、ルシオンくんは魔力を持ってないんだよね?」
「ええ。魔塔主様にも診てもらったから間違いないわ」
許す言葉の代わりに頰が解放されて頭を撫でられた。苦しゅうない。
「へえ。それなら特に成長が速いわけでは無いはずなのに大人の言葉を正確に理解してる。ルシオンくんは賢いんだね」
「おれかちこい」
「あははっ。うん。とっても賢いよ」
褒めてくれた。さては良い人だな。
それだけではなく纏っている空気がやわらかくて温かい。人の良さが滲み出ている。
「実は今日はその『教師』のことで話があって来たんだ」
皇后陛下は垂れた目尻をもっと落として良心しか込められていない綺麗な瞳で俺を見た。
「バードン夫人からぜひルシオンくんの教師を務めさせて欲しいと申し出があってね。
彼女はロイデンにも心の籠もった指導をしてくれた。今はエイデンにも慕われている。多くの実績を残していて親から見ても非の打ち所のない先生だよ。良かったら彼女にルシオンくんの教師を任せるのはどうだろう?」
心ない考えかもしれないが、善意から来る行いが誰かにとっては迷惑にしかならないなんてことはざらにある。
まさに今。絶対今。とっても今。これ以上ないほど今のことだ。
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