5 / 31
呪いの天使像.3
しおりを挟む猫の威嚇する声が聞こえた部屋へ駆け込むと、そこにはベッドの端に追いやられ必死で前足をバタバタさせる黒猫と、その頭上に浮かび両手を広げる天使像の姿があった。
「みゃみゃみゃ!!」
まるで助けてと言わんばかりに黒猫はティナに向かって手を伸ばす。その姿はびっくりするぐらい昔飼っていたミーに似ていた。
幼いころ、呪いの品を遊び相手に暮らすティナを心配し、ベンジャミンが拾って連れ帰ってきたのが黒猫のミー。寿命を全うするまでずっとティナと一緒にいた良き相棒だ。
そのミーにそっくりな姿に驚き、気づけば靴のままベッドに飛び乗り駆け寄っていた。
駆け寄りつつ、詠唱し宙に魔法陣を素早く描き、天使像に向かって発動しようと……したところでティナが立ちどまる。
「えっ?」
天使像が黒猫の首にしがみつき、いやいやと頭を振っているではないか。さらに潤んだ瞳でティナを見つめ、身を強ばらせる。これではどっちが悪者か分からない。
「みゃぁ」
黒猫は助けてと言わんばかりに、ティナに向かって前足を伸ばすも、天使像の手にギュッと捕まれてしまう。天使像が掴んだ前足に頬ずりすると、黒い尻尾が倍ほどにぶわっと膨れ上がった。愛おしそうに見つめる天使像、のけ反る猫。
「天使像が猫を溺愛している?」
目の前で繰り広げられる微笑ましい光景に、ティナが目をパチクリしていると、息を切らせながら執事がやってきた。はぁはあ、と荒く息を吐きつつベッドまできて、天使像と猫の姿を見ると「やっぱりこうなったか」と頭を抱えた。
「あの、普段からこんな感じなのでしょうか?」
なんだか思っていたのと違う、とティナが聞けば、執事は汗を拭いながらこくりと頷いた。
「とにかく一晩中、付きまとうのです。髭を引っ張ったり、尻尾を掴んだり」
「それって、ただじゃれているだけなのではありませんか?」
なんて愛らしい光景、と思うも、トニーは渋い顔で頭を振る。
「相手は呪いの天使像ですぞ? 空を飛ぶだけでもおぞましいのに、付きまとわれるなんてどれほど精神的に苦痛か」
えっ、それって苦痛? とティナは思わず首を傾げる。ティナならウェルカムなのに。
天使像に至ってはトニーの言葉に衝撃を受けたように唖然とし立ち尽くし、次いでぶんぶんと首を振った。怖がらせるつもりなんてなかったし、怖がらせていた自覚がないようだ。
「私は呪いと一体化した物を幾つも見てきました。その中には、すでに呪いを達成し、人に害を及ぼすつもりのない物もあります。夜中に浮遊したり、構って欲しいがためにちょっといたずらしたり、遊んでいるだけなのにそれを周りが呪いだと騒ぎ立てるのです。悪意はありません」
「それは充分呪いのように思うのですが。では、この天使像もそうだと?」
「はい。黒猫が大好きで構って欲しくて傍にいるだけです」
天使像はうんうん、と頷きながら、黒猫を抱く腕にさらに力を入れも、黒猫は「大好き」の単語に毛を逆立てた。可哀そうなほど天使像の片思いだ。
しかしティナの眼には仲良く寄り添うように見える。なんとも微笑ましいではないか。
「ただ、不思議なのはどうして猫なのかですよね。この天使像の場合、邸の主人であるリアム様に執着しそうなのに」
その点だけは合点がいかない。でも、可愛い天使像がミーそっくりの黒猫を愛でる姿は、見ているだけで心が癒される。ティナはベッドの上に腹ばいになり、頬杖ついて黒猫と天使像に目線を合わせる。足がパタパタと嬉しそうに動くのは無意識だから仕方ない。
「天使さん、黒猫さんが好きなのね」
小さく頷く天使像。
「良かったね、猫さんモテモテ!」
「みゃぁー!!」
非難たっぷりに鳴くも、ティナはよしよしと黒猫の頭を撫でる。
「でも天使さん、猫さんが嫌がっているから離れてくれない? じゃないと私、あなたを解呪しなくてはいけないの」
ティナが再び魔法陣を描けば、天使像ははっと腕を解き、黒猫の後ろに隠れ震えながら身を縮めた。黒猫に守って貰いたいのだろうが、当然黒猫にそんなつもりはない。ふにゃ! とひと鳴きすると見事な跳躍でティナの膝の上に乗った。
「よしよし、怖がらない、怖がらない。トニーさん、抱っこしてもいいですか?」
「いや、その。……嫌がっていないようなので結構です」
ティナはそっと片手で黒猫を胸に抱きかかえる。ビクンと身体が跳ねたが、背後に天使像がいるせいか逃げる気はなさそうだ。
次いでもう片方の手を天使像に伸ばす。
「天使さん、良かったら私の家にこない?」
「ティナさん、それは解呪しないということですか?」
咎めるような口調のトニー。ティナは困ったように眉を下げながら解呪について説明する。
「物と一体化した呪いの解呪の場合、人格化した物にかなりの苦痛があるのです。害を及ぼすのであれば仕方ありませんが、この天使像に悪意はありませんからできればしたくありません」
「では、このまま放っておくのですか?」
「私の経験では、呪う意思が無くなった時点でゆっくり解呪が進んでいきます。あと何年かすれば勝手に解呪され天使像はもとの石膏の塊に戻ります。それまで私が預かっていてもいいでしょうか?」
トニーは思案顔で何かを確認するように黒猫を見た後、はぁ、と小さく息をもらした。
「分かりました。私どもとしましても、夜中に天使像が猫に付きまとわなければ構いません。どうぞお持ち帰りください」
「ありがとうございます」
ティナは黒猫を降ろすと、今度は両手を天使像に伸ばす。天使像は少し逃げるそぶりを見せるも、案外素直に抱えられた。
「私の家においで。気が済むまでいればいいわ。お友達もいるわよ」
「友達?」
「みやぁ?」
黒猫とトニーが顔を見合わせるも、ティナが気づくそぶりはない。
天使が執着するのは邸の主である男性。今はなぜか黒猫にこだわっているけれど、女のティナに害が及ぶことはない。もっともティナの方はウェルカムだが。
天使像がこくりと頷いたのを見て、ティナはほっと安堵の息をはいた。
「では、これで問題解決ということで。解呪はしていませんのでお代金は不要ですが天使像の代金はお支払いします。おいくらですが?」
「天使像はもともと私が購入したものですから不要です。差し上げます」
そう言うと、トニーはひょいと黒猫を抱えると、「それでいいですね」と問いかけた。黒猫が頷くのを確認すると、では、と言いティナに部屋からでるよう促す。
「朝、朝食をお持ちしますのでお部屋で休んでください。この度はありがとうございました」
「いえ、私こそ、お役に立てたか微妙ですみません」
ティナは大事そうに天使像を抱えると、三階にトニーと猫を残し階段を降りていった。
10
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された公爵令嬢エルカミーノの、神級魔法覚醒と溺愛逆ハーレム生活
ふわふわ
恋愛
公爵令嬢エルカミーノ・ヴァレンティーナは、王太子フィオリーノとの婚約を心から大切にし、完璧な王太子妃候補として日々を過ごしていた。
しかし、学園卒業パーティーの夜、突然の公開婚約破棄。
「転入生の聖女リヴォルタこそが真実の愛だ。お前は冷たい悪役令嬢だ」との言葉とともに、周囲の貴族たちも一斉に彼女を嘲笑う。
傷心と絶望の淵で、エルカミーノは自身の体内に眠っていた「神級の古代魔法」が覚醒するのを悟る。
封印されていた万能の力――治癒、攻撃、予知、魅了耐性すべてが神の領域に達するチート能力が、ついに解放された。
さらに、婚約破棄の余波で明らかになる衝撃の事実。
リヴォルタの「聖女の力」は偽物だった。
エルカミーノの領地は異常な豊作を迎え、王国の経済を支えるまでに。
フィオリーノとリヴォルタは、次々と失脚の淵へ追い込まれていく――。
一方、覚醒したエルカミーノの周りには、運命の攻略対象たちが次々と集結する。
- 幼馴染の冷徹騎士団長キャブオール(ヤンデレ溺愛)
- 金髪強引隣国王子クーガ(ワイルド溺愛)
- 黒髪ミステリアス魔導士グランタ(知性溺愛)
- もふもふ獣人族王子コバルト(忠犬溺愛)
最初は「静かにスローライフを」と願っていたエルカミーノだったが、四人の熱烈な愛と守護に囲まれ、いつしか彼女自身も彼らを深く愛するようになる。
経済的・社会的・魔法的な「ざまぁ」を経て、
エルカミーノは新女王として即位。
異世界ルールで認められた複数婚姻により、四人と結ばれ、
愛に満ちた子宝にも恵まれる。
婚約破棄された悪役令嬢が、最強チート能力と四人の溺愛夫たちを得て、
王国を繁栄させながら永遠の幸せを手に入れる――
爽快ざまぁ&極甘逆ハーレム・ファンタジー、完結!
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる