魔女見習いともふもふ黒猫騎士は、今日も呪いと奮闘する

琴乃葉

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呪いの天使像.2

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 ティナが天使像と二人の時間を堪能していると、ノック音と同時に扉が開きケイトが入ってきた。

 「ひゃっっ! 何をされているのですか?」

 天使像に頬擦りするティナを見て、ケイトがティーカップの乗ったトレイを落としそうになる。

(あっ、見られちゃった)

 そそっと、天使像から離れるティナ。今更である。

「あ、あの。天使像に頬をつけていたように見えたのですが」
「呪いを知るためです」 
「ニマニマと笑っていたように見えたのは……」
「天使像を油断させるためですね。あっ、紅茶ありがとうございます」

 ティナは素早くケイトからトレイを受け取る。
 疑いの目で眉間に皺を作るケイトだったが、ティナが紅茶を美味しいと言って飲みだしたので、それ以上の追求してこなかった。

「お昼はベーグルとスープを持ってきます。それから二階に部屋をご用意しました。階段に一番近い部屋ですので、今夜はそちらをお使いください」
「ありがとうございます」

 両手でカップを持ち、ふうふう、と冷ますティナは実年齢より幼く見える。本当に解呪ができるのかと訝しみつつ、ケイトはエプロンのポケットから一冊の本を取り出した。

「もしよろしければ暇つぶしにどうぞ。私の本なので遠慮は不要です」

 受け取ったのは、巷で流行りの恋愛小説。年が近いので気にいるかもと思い持ってきたらしい。

「恋愛小説は初めて読みます」
「いつもはどんな本を読むのですか?」
「魔法書が多いですね。古代から今日に至る呪いの史実は何十回も読みました」
「それは、……勉強熱心なのですね」
「はい!」

 微妙な間があるも、ティナは気付くことなく素直に頷いた。
 時刻は十一時、ケイトは、昼食の準備を手伝ってくるので用があればベルを鳴らしてくださいと言い、机にハンドベルを置いて出て行った。

 パタンとドアが閉まったのをきちんと確認すると、ティナはいそいそと天使像に向かう。しかし。

 「どうして!?」

 先程よりもさらに殻が分厚くなっていた。おそらく防衛本能。相当、ティナが鬱陶しかったようだ。
 ティナはうむむ、と唸りつつもこれ以上は嫌われると構うことを諦めた。

 仕方ないと、ケイトが貸してくれた本を読み出したのだが、これはこれで意外と面白い。特に、片思いを拗らせた女性によって、黒猫に変えられた主人公の男性が気に入った。いつかこんなことができたらな、と思いながら読みつつ、出された食事を食べ、再び天使像をつつき、ちょっと微睡んでいるといつの間にか部屋に夕陽が差していた。微睡んでいたのではなくがっつりと眠ったようだ。

 慣れない読書と微妙な体勢で寝たせいか肩が凝ったと腕を回しつつ、お手洗いを借りに部屋を出ると、リリに会った。

「ちょうどよかったです。夕食の用意をしますが、嫌いなものや食べられないものはありますか?」
「なんでも大丈夫です。ありがとうございます」
「ずっと、天使像のいる部屋になんていたら気が滅入るでしょう。この時間、気持ちの良い風が吹きますからお庭を散歩してはどうかしら? 少しお腹が空いたほうが食事は美味いですよ」
「はい、ではそうします」

 別に気は滅入らないけれど、それも良いかとティナは頭を下げ、玄関扉へと向かう。
 扉を開ければ、背の高い樹木の向こうに赤い空が見えた。

 小さな花壇に咲いている花を眺めたあとは、植えられた沢山の樹木を見ながら、邸をぐるりと一周することに。

 夕暮れの時に吹く涼しい風が葉を揺らし、部屋に閉じ籠っていた頬を気持ちよく撫でていく。
 肩をほぐすようにうんと伸びをし、肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。
 それにしても。

「随分、魔除けの木が多いのね」

 オリーブやモミの木、裏にはバーチの木などもあった。木ということは、天使像がくる前かからずっと植えられていたということ。

「月桂樹は魔除けの木としては最もポピュラーよね。オリーブは、玄関先に小枝を置けば魔除けになるって言われているし。でもバーチまであるなんて念入りだわ」
 
 バーチは、別名聖なる木とも呼ばれている。古代ルーン文字で浄化の意味を持つ「B」があるけれど、これはバーチに由来する、なんて説もあるほどだ。
 
「でも、本当のところ、これらの木にどこまで魔除けの力があるかは微妙なのだけれど」

 もしそんな力があれば、この国の森は全て聖なる場所になって、商売あがったりだ。とはいえ、呪いに通じるものならなんでも好きなティナは、のんびりと、時には木々を見上げながら庭を歩いていく。あともう少しで一周と言うところで、背後から声をかけられた。

「ティナ、何をしているんだ?」
「あれ、リアム様。リリさんに散歩をしてはと勧められたのです。リアム様は今からお出かけですか?」

 確か夕暮れ前に出かけると言っていたな、と思い尋ねると、唇の片側だけ上げ意味ありげに頷いた。

「あぁ。今から出掛けるつもりだ。招いておきながら解呪に立ち会えなくて申し訳ない」 
「お気になさらず。皆さん良い人ですし大丈夫です。リアム様の愛猫はきちんとお守り致します」

 ぐっと拳を握ってやる気を見せる。しかし返ってきた言葉は意外なもの。

「頼もしいのは嬉しいが無茶はしないでくれ」

 ティナは目をパチパチさせながらリアムを見つめる。続く言葉が出てこない。

(今まで解呪を依頼してきた人達は、自分のことでいっぱいいっぱいで、他人を、ましてや魔女の私を気遣う人なんていなかった。リアム様も同じ心境のはずなのに、心配してくれるんだ)

 ティナだって、呪いが恐れられ忌み嫌われるものだと理解している。だから、それを解呪して欲しいと迫られても、当然だと受け止めていた。
 それなのに、リアムはティナに無理をしないよう言う。なんだか新鮮だった。胸がこしょばくなるようなそれでいてじんわりと暖かくなるような。

「どうした、急にぼうっとして。うん? なんだか顔が赤くないか」

 リアムがグッと近づいてくるものだから、ティナは慌てて数歩下がり、顔の前で手を振る。

「い、いえ。そ、そんなことありません!、あっ、ほら、きっと夕日のせいです」
「ここは木の下だから夕日のは差し込まないと思うんだが」
 
 リアムが不思議そうに頭上を見上げる。ティナは恥ずかしくって俯いた。
 影が薄くなったのは気のせいで、暗くなってきたからだと思う。まもなく日没だ。

「では俺はそろそろ行く」
「は、はい、行ってらっしゃいませ」

 くるっと踵を返しひらひらと手を振りながら立ち去る後ろ姿を見送って、ティナはふぅ、と息を吐いた。
 

 ティナが客間にいると天使像はいつまでも殻に篭っていそうなので、夕食は二階に用意された部屋で食べることに。チキンのソテーをメインに、具沢山のスープとカブとナスのチーズ焼き、それからパンにデザートと普段にくらべかなりのボリュームだ。
 ティナは残しては失礼と、時間をかけながら全部食べ、膨らんだお腹をさすりながら窓辺に腰掛けた。読みかけの小説の残りを読み、頭上の星を眺め時間を潰していると、トントンと扉が叩かれトニーが現れた。

「ティナさん、そろそろお時間です」
「はい、では気配を気づかれないよう、そっと行きます」

 ぴょんと窓枠から飛び降り、ティナはトコトコと扉の前で待つトニーのもとへ歩いていく。
 気合いも緊張もないティナとは対象的にトニーの表情は固いく顔色も悪い。

「ところで、猫は今どこにいるのですか?」
「三階のリアム様の部屋におります」

 今までも、扉に鍵を掛けたり、夜ごと部屋を変えたりしたけれど、結果は一緒だったらしい。鍵をかけた扉は壊されるので、どの部屋にも鍵を掛けなくなったとか。
 客間の扉の前でティナは一度立ち止まった。

(動けるというのが、少し厄介なのよね)

 鏡のように動かない物は、魔法陣の上に乗せやすく、解呪もしやすい。しかし、飛び回るのであれば動きを封じる魔法を発動しつつ解呪しなくてはいけない。
 
 違う種類の魔法を同時に発動させるのは高い技術が必要。さらにそのうちの一つが繊細な魔力コントロールを要する解呪となれば、難易度はより高くなる。
 よし、と気合いを入れたティナは、大きく息を吸ってドアノブに手を伸ばした。しかし

 バタンッッ!!

 ティナの手が触れる前に扉は内側から勢いよく開いた。
 同時に飛び出してきたのは、月明かりの下でほの白く浮かびあがる物体。
 それが何かを確認する間も無く、残像しか残さないスピードでティナの目の前を通り過ぎた。巻き起こった風に前髪が靡く。

 ティナの後ろでは「ひやぁぁ」と腰を抜かすトニー。ティナはひょいとトニーを飛び越え、天使像を追って階段を駆け上がる。

 だが、そのスピードたるや、山で見かけた猿より早し。スカートを両手で捲りながら一段飛ばしで駆けあがるも追いつける気がしない。

「飛べるってずるい!!」

 荒い息と一緒に愚痴が溢れる。

 天使像は三階に着くと、廊下を真っ直ぐ奥へと進む。

 素早く詠唱し、捕縛の縄を天使像に目掛け投げるも、寸前のところで天使像は九十度向きを変え、近くの扉を開け中に入っていった。

「みやぁぁぁ!」

 それと同時に愛らしい鳴き声が廊下に響いた。
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