15 / 31
目覚めたら再び黒猫がいました
しおりを挟むティナはぼんやりとした頭のまま、目だけ動かす。どうやらベッドの上にいるようだ。しかも寝心地が良い。
お城の医務室かな、と思ったところで窓辺にいる天使像と目が合い、それが指差す方に顔を向ければ黒猫の背中が見えた。
「黒猫さんだぁ」
ここが何処かと考える前に手が動いていた。そのまま引き寄せ胸元でぎゅっと抱きしめる。
「あぁ、落ち着く」
これこれ、と頬擦りしていると心配そうに天使像が近づいてきた。それでも充分距離をとっているのは黒猫に近づかないと約束したから。
「あなたと黒猫さんがいるってことは、ここはリアム様のお邸ね。えーと暗くてよく分からないけれど、昨晩泊まった部屋かしら」
ティナが、ベッドサイドでほのかに辺りを照らしているランプに手を伸ばしたところ、側に手紙が置かれていた。男の字で最後にリアムと記されている。
「なになに。精神的負担が大きく気を失ったのでスタンリー邸に連れ帰った。無理をさせて申し訳ない、一晩ゆっくり休んでくれ」
そこには謝罪の言葉と、お腹が空いたらテーブルに食事と飲み物があること、足らなければケイトを呼ぶようと書かれていた。
「リアム様は今夜もお出かけかしら」
ボブが、夕暮れにはいつもどこかに行くと言っていたのを思い出す。
黒猫をひょいと持ち上げて、リアムそっくりの紫色の瞳を覗き込んでみた。
「あなたのご主人はモテモテね。確かに見目が良いもの、仕方ないわ」
「みゃっ!?」
「うん、どうしたの。顔がにやけてるわよ、黒猫さん」
「みゃみゃ」
否定するように首を振るものだから、まるで会話をしているような気分になる。ふふ、とティナは笑うと黒猫を片手で抱いて、もう片方の手でランプを持ちテーブルへと向かう。
ティナが足を踏み出すたびに、部屋の壁にある固定ランプと天井の小さなシャンデリアに灯りが灯る。黒猫が目を見張りそれを見る中、ティナはポフッとソファに座った。
「わぁ、美味しそう」
数種類のサンドイッチと小鍋にスープが入っている。瞬時にスープを温め器によそい、一口飲めば身体が内側から温まってきた。
思えばなかなか充実した一日だった。
卵のサンドイッチを頬張る。美味しい。お昼を食べてすぐに気を失ったから、お腹が空いているのがなんだか妙な感がする。
でも、時間でいえばとおに夕食の時間を過ぎているのだから当たり前かと、こんどはハムのサンドイッチに手を伸ばした。こちらも美味だ。
「あぁ、夜中に食べたら太るのに」
「みゃ」
「うん、今更だって?」
「みゃみゃ」
大人しくティナの隣に座る黒猫が相槌を返してくる。かつての愛猫そっくりの姿も合わさり、なんとも可愛らしい。
全部食べ終わると、ティナは黒猫を膝にのせ、もふもふを堪能し始める。ビロードのような毛並みは良く手入れされていて滑らかだ。
頭や背中を撫でれば気持ち良いのだろう、小さく喉がなった。
「今日は沢山の人に会って疲れたわ」
お城にはあんなに沢山の人がいるのかと思うと、暫く遺産の選別と解呪に通わなくてはいけないのが億劫になる。
「お店も放って置けないしね」
「みゃー」
心配そうに鳴く黒猫の耳の付け根辺りをこしょこしょすると、恥ずかしそうな気持ちよさそうな、なんとも複雑な顔を仕出す。
(ふふ、面白い)
ついついそこばかりを撫でてしまう。黒猫は何かを耐えているように尻尾をぴくぴくさせている。
「師匠もいつ帰ってくるか分からないし、暫く忙しくなりそうね」
「みゃみゃぁ」
「大丈夫。今回みたいに倒れることがない程度に頑張るから」
さてと、とティナはカップに残っていた紅茶を飲み干し立ち上がった。汗をかいたので寝る前に湯浴みをしたい。
「浴室はどうなっているかしら」
「うにゃ!?」
バタバタしだした黒猫をぎゅっと抱きながら向かえば、バスタブには水が張ってあった。パチリと瞬きひとつ、湯気が立ちのぼる。
「黒猫さんも一緒に入る?」
「にゃにゃにゃにゃ!!」
先程以上に暴れだすも、猫は濡れるのが嫌いだものね、とティナは容赦なく腕に力をこめる。空いている手で胸のボタンをひとつ外した時、扉を叩く音がした。
こんな真夜中にどうしたのかと開けてみればケイトがいた。
「どうしたのですか?」
「窓から灯りが見えましたので、目覚められたのかと思い来ました。体調はどうですか?」
「ありがとうございます。ゆっくり休んで全回復です。それに、食事も全部頂きました」
ティナはちょっと振り返り、空の皿が乗ったテーブルを目線で指す。ケイトは失礼します、と言って中に入り、皿を重ねて持った。
「足りなければ用意しますが、どうしましょう?」
「お腹いっぱいですので不要です。あっ、お風呂にお水が張っていたので湯浴みしていいですか?」
「もちろんです。一応湯を用意しておいたのですがやっぱり冷めちゃいましたか。お湯を持ってきましょう」
「大丈夫です。魔法で温めましたから」
ティナの言葉にケイトは目を丸くし、次いで、そうか、と納得するように頷いた。頷きながら、目線がティナの胸元で気配を消そうとしている黒猫の上で止まる。
「ここにいたんですか」
「うにゃ」
「まさか一緒にお風呂に入ろう、なんて思っていませんよね」
「あら、駄目でしたか?」
申し訳無さそうに言うティナの胸のボタンが外れているのを見て、ケイトは眉根を寄せる。
「どうやらぎりぎり間に合ったようです」
「そんなに黒猫さんはお風呂が嫌いなんですか」
「いいえ、毎晩日が沈む前に入るのでそんなことはありません。今宵も入っていますから」
そう言うと、ケイトは黒猫の首の後ろを摘みティナから離す。黒猫はその持ち方に不満そうに「ふぎゃ」っと鳴いたけれど、ケイトの冷たい視線に黙り込んだ。
「不埒な黒猫の所業は父にキチンと伝えておきます」
「み、みみみなゃう!!」
「えっ、でも黒猫さんは何もしていないですよ」
「する前でよかったです」
「みゃうみゃう!!」
何やら必死に訴える黒猫を片手で抱き、ケイトは「ゆっくり湯浴みして大丈夫ですよ」と力強く言うとそのまま部屋を出て行った。
扉が閉まると、天使像がふわふわと飛んできて扉に向かって腕組みをする。ふん、と顎を上げたそのドヤ顔が、なんだかティナを守れたことを誇っているように見えた。
「天使さん、一緒にお風呂に入る?」
振り返って、こくこく、と頷く天使像はティナをすっかり気に入ったらしい。
こうなれば、自然と解呪される日も近いだろう。
ティナは猫の代わりに天使像を抱くと、ほわほわと湯気がのぼる浴室に消えていった。
20
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された公爵令嬢エルカミーノの、神級魔法覚醒と溺愛逆ハーレム生活
ふわふわ
恋愛
公爵令嬢エルカミーノ・ヴァレンティーナは、王太子フィオリーノとの婚約を心から大切にし、完璧な王太子妃候補として日々を過ごしていた。
しかし、学園卒業パーティーの夜、突然の公開婚約破棄。
「転入生の聖女リヴォルタこそが真実の愛だ。お前は冷たい悪役令嬢だ」との言葉とともに、周囲の貴族たちも一斉に彼女を嘲笑う。
傷心と絶望の淵で、エルカミーノは自身の体内に眠っていた「神級の古代魔法」が覚醒するのを悟る。
封印されていた万能の力――治癒、攻撃、予知、魅了耐性すべてが神の領域に達するチート能力が、ついに解放された。
さらに、婚約破棄の余波で明らかになる衝撃の事実。
リヴォルタの「聖女の力」は偽物だった。
エルカミーノの領地は異常な豊作を迎え、王国の経済を支えるまでに。
フィオリーノとリヴォルタは、次々と失脚の淵へ追い込まれていく――。
一方、覚醒したエルカミーノの周りには、運命の攻略対象たちが次々と集結する。
- 幼馴染の冷徹騎士団長キャブオール(ヤンデレ溺愛)
- 金髪強引隣国王子クーガ(ワイルド溺愛)
- 黒髪ミステリアス魔導士グランタ(知性溺愛)
- もふもふ獣人族王子コバルト(忠犬溺愛)
最初は「静かにスローライフを」と願っていたエルカミーノだったが、四人の熱烈な愛と守護に囲まれ、いつしか彼女自身も彼らを深く愛するようになる。
経済的・社会的・魔法的な「ざまぁ」を経て、
エルカミーノは新女王として即位。
異世界ルールで認められた複数婚姻により、四人と結ばれ、
愛に満ちた子宝にも恵まれる。
婚約破棄された悪役令嬢が、最強チート能力と四人の溺愛夫たちを得て、
王国を繁栄させながら永遠の幸せを手に入れる――
爽快ざまぁ&極甘逆ハーレム・ファンタジー、完結!
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる