魔女見習いともふもふ黒猫騎士は、今日も呪いと奮闘する

琴乃葉

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魔女のよろず屋は憩いの場ではありません

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 ティナが、三軒下のパン屋で買ったクロワッサンを頬張っていると、ドアベルがからりとなった。
 急いで口の中の物をもぐもぐ咀嚼しごくりと飲み込んだところで、騎士服姿のリアムと目が合う。

「なんだ、リアム様でしたか」

 そう言うと、あげかけた腰を再び下ろして、クロワッサンにかぶりついた。噛むとバターがじわりと口の中に広がりその余韻の上に紅茶を飲めば、これまた格別。もぐもぐと真ん中のテーブルで食していると、もう一つ同じパン屋のロゴ入り袋がばさりと置かれる。

「なんだ、とはなんだ」
「だって、お客様ではありませんし」
「まだ師匠は帰っていないのか。女の一人暮らしは物騒だ」

 部屋を見渡しながら、リアムが取り出したのはクロワッサン。あの店の一押しだからそこは不思議ではないのだけれど。

「今日はお城に伺う日ではないですよ?」
「知っているからこうして来たんだろう」

 当たり前のように答えられては、そうかな、と頷いてしまう。そんなティナを見て、リアムは小さく笑いクロワッサンに齧り付く。パリッと焼き立ての良い音がした。

 お城から頼まれた遺品の選別は半月前に終えた。今は三日に一度登城し解呪に取り掛かかっている。ただ、古いもの故か、どうも呪いがこんがらがって一つ一つの解呪に時間がかかってしまう。
 仕方ないから、倉庫ごと大きな魔法陣で囲い込み、飛び出し悪さをしないように対策してから、ちょっとずつ解呪することにした。

 ティナ的にはもう少し早いペースでできるのだが、一度倒れていることを周り――特に王太子妃が心配し、無理のないペースですることになった。

(お給料は日給制だから、私に異論はないけれど)

 ちょっと、ぼったくりしている気がしないでもない。

 リアムが現れたからだろうか、棚の上から天使像がこちらを伺う。

「天使さん、こっちに来る?」
「げっ!」

 名を呼ばれた天使像はニコニコと飛んできて、ティナの腕の側にちょこんと落ち着いた。リアムはそれを見て頬を引き攣らせる。

「そんな嫌な顔をしなくても、天使さんにはリアム様にも黒猫さんにも近づかないよう言っていますから大丈夫ですよ」
「それはそうだが、最近なんだか牽制されている気がするんだが」

 まるでティナを守るように、天使像の石膏の瞳はリアムを鋭く睨む。

「ところで最近三日に一度はこちらに来ていませんか?」
「三日に一度、このあたりの警邏を担当することになったからな。ここは昼食を摂るのにちょうどいい」
「席代、取りますよ?」

 ティナは紅茶の入ったカップを両手で包みながら外を見る。この国の秋は駆け足で過ぎてゆく。この前までは気持ちのよいカラッとした秋風だったのに、たったひと月でぶるっと震えるようになった。

「木枯らし、とまではいきませんが、確かに外は寒そうです」
「それに比べてこの部屋の中はいつも快適だ。暖炉もないのに何故か暖かい」

 それはもちろんティナの魔法のお陰で、リアムも承知の上で言っている。

「そう言えば師匠から手紙が来ました」

 最後の一口を頬張るとティナは席を立ち、後ろのカウンターに無動作に置いていた手紙を持ってきた。

「薬草は見つけたけれど、花が咲くのは数ヶ月先だから帰るのが遅くなる、とのことです。リアム様のお知り合いの解呪の件も伝えたのですが。申し訳ありません」
「そうか。ではそう伝えておく。なに、命に関わる呪いではないらしいので問題ない」
「でも、リアム様はご友人が心配で頻繁にお店に来られるのですよね?」
「う、うん、そうだ」

 むぐっとリアムが口ごもり、次いで誤魔化すようにクロワッサンを押し込んだ。

(お城に行く度に顔を合わせているのに、さらにお店にも来るなんて、ご友人思いなのね)

 わざわざ来なくても三日に一度はお城に行く。ティナの解呪補佐となったリアムとは必ず顔を合わせるにも関わらず、次の日にはこうやって店を訪れベンジャミンはまだかと聞くのだから、意外に情に厚い男なのだとティナは思っている。

 ちなみに、残りの一日だが。

「明日、また黒猫さんが来るかも知れません。こちらで一晩預かってもいいですか?」
「ああ、そうだな。窓の鍵だけ開けてやってくれ、勝手に帰るだろうから」
「でも、どうしてわざわざ天使さんに会いに来るのでしょう?」 

 三日に一度、つまりリアムが店を訪れた次の日の夜。必ず黒猫が訪ねて来るのだ。最初に気づいたのは天使像。夜中に窓辺でガチャガチャやっているから何事かとベッドから起き上がり見れば、黒猫が窓の向こうの出っ張りにちょこんと座っていた。

 植木鉢を置く程度の幅しかない木板のうえで、寒そうにしている黒猫を抱え部屋に入れると、天使像がふぎっっ、と怒っているかのように鼻息を荒くした。
 怖がらせては駄目と注意すると、不満そうに棚の上に戻るも、視線はティナから離そうとはしない。

「さあな、でも女の一人暮らしは物騒だから護衛に良いかもしれんぞ」
「猫なのに、ですか」
「あの爪と牙は多少役に立つやも知れん。迷惑か?」
「いいえ。あのビロードのような手触りは素晴らしいですし、頬擦りすると匂う石鹸の香りも温もりも大好きです。……って、リアム様、お顔が赤いですよ?」

 突然、ぼっ、と赤くなり、ゴホゴホと咳き込みだしたリアムをティナが心配そうに見る。

 風邪なら是非昨日作った試薬品があるので試したいところである。
  
 再びドアベルがカラリと鳴った。珍しいこともあるものだ、と二人揃って扉を見ると、枯れ葉と一緒にボブが飛び込んできた。
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