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黒猫の呪い.1(リアム視点)
しおりを挟むすぅすぅ、と規則正しい寝息をはきながら、ティナはベンジャミンの肩に頭を預け眠っている。
さっき食べた朝食の卵が唇の端についているのを、ベンジャミンが指で拭うのがなんだかとても腹立たしい。俺の隣に座れば良いのにと思うも、仕方ないのは分かっている。
そんなことよりも、と俺はベンジャミンを見据える。
「ベンジャミン氏、いくつか質問しても?」
「もちろん、伺おう」
優雅に足を組み替え、窓枠に肘を置き頬杖をつく。紫煙でも燻らせればさまになるだろう。
「あの天使像に何をしたんですか?」
「ティナは望んでいないようだが、私も天使像もあの両親を腹に据えかねている。天使像があそこに残ったのには理由があるんだろうが、如何せん呪いの力が弱くなり過ぎていた。だからちょっと力を強めてやっただけだ」
「俺もあの両親のことは許せません。しかしティナが何もしない以上、でしゃばるべきではないと思った」
「通常、人はそう考える」
「だが、天使像は人ではない」
「そうだ。人知を超える存在故、放っておくしかないだろう?」
くつくつと喉を鳴らして笑う美丈夫は紛れもなく確信犯。しっかり呪いを補給させていたくせにと思うも、なるほど仕方ないな、と俺も口角を上げる。
「ティナはあの天使像を気に入っていたから寂しがるだろうな」
「随分懐いていたな。いつものことだ、そのうち戻ってくるから心配ない」
寒そうにティナが肩を竦めたので、俺は少しだけ空いていた窓を閉める。途端に馬車内が温まった。ベンジャミンが魔法を使ったようだ。
「どうして魔法が使えなくなったフリをしていたのですか?」
「成り行き、としか言いようがないな。あの時、私が魔法を使えたら、リアム殿は解呪をティナに頼まなかっただろう?」
「それはそうですが。では、ティナに天使像の解呪をさせるために嘘をついたのですか?」
「半分正解だ」
にやりと笑うとベンジャミン氏はパチリと指をはじいた。
途端ぐにゃりと空間が歪み、奇妙な浮遊感に胃が持ち上がり眩暈と吐き気が襲ってきた。
なんだこれは、と手足をばたつかせていると、それは間も無くピタリとやんだ。
さっきまでと変わらず馬車の座席に俺は座っているのに、何とも言えぬ違和感に外を見れば、そこはうっそうとした森の中だった。そして目の前にいるのは……
「ベンジャミン氏?」
「そうだ」
少し横柄にも聞こえる口調は変わらないが、声は明らかに高い。
ゆったりと波打つ髪をかき揚げ、ライトブルーの目を細めこちらを見てくるのは、恐ろしく綺麗な女性だった。
ポカンと見ていると、ティナが目を擦りながら顔をあげた。
「……師匠、元の姿に戻れたのですね! さっきの揺れは転移魔法ですか」
ベンジャミンの姿を見て嬉しそうな声を上げる。
「元の姿、ということは今の姿が本来のベンジャミン氏の姿なのか?」
「はい、そうです」
ベンジャミンの代わりに答えるティナ。
なるほど、ティナが母親と言ったことも、長年二人で暮らしていたことも、距離が近いことも女性であれば全て理解できる。
「変身魔法は高等魔法だと聞く。それをベンジャミン氏は使えるのですか?」
「いや、残念ながら私は使えない。その代わりに変身薬をつくった」
変身薬といえば紛い物ばかりで碌な物はないはず。だとすれば、あの出来栄えは凄いのではないだろうか、と感心しながらもう一度目の前の美女を見る。
……どこかで会った気がするのはどうしてだ?
「ところで師匠、ここはどこですか?」
「降りてごらん、リアム殿も。そうすればふたりとも思い出すかもしれない」
思い出す、何を。
怪訝に思いつつも馬車を出れば、先程より空気が冷たい。
ベンジャミンの後を追って少し歩くと、森がぽっかりと空き湖があった。さほど大きな湖ではなく、対岸も見え、すぐ横は崖になっていて山肌に沿うように細い道が走っていた。
なんだろう、この景色。見たことがあるような……
「リアム殿、さっきの話の続きだが」
「えーと、半分当たっている、という話ですか」
「そうだ。魔法が使えなくなったフリをしたのはティナに解呪させるためだが、それは天使像の呪いのことではない。リアム殿、貴方が掛かっている呪いのことだ」
「俺の呪い、ですか?」
「えっ、師匠、魔法が使えなくなったっていうのは嘘だったのですか?」
同時に叫んだ俺達を交互に見て、ベンジャミンはどちらも正解だとばかりに頷いた。
ティナがどういうことだとベンジャミンに詰め寄るのを横目に、俺は周辺をもう一度見る。見覚えがあるような、ないような、と仰ぎ見てはっとした。
……そうだ、俺はあの山をここから見たことがある。
でも、空は青くなかった。もっと暗く、どんよりと厚く……雨が降っていた。
あの時。
泣き叫ぶ子供の声。
冷たくなっていく腕の中、不安に押し潰れそうになって。
そうだ。
「……ここは俺が事故にあった場所だ」
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