魔女見習いともふもふ黒猫騎士は、今日も呪いと奮闘する

琴乃葉

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最終話.魔女と黒猫騎士の出会いから始まる物語

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「師匠、今日もお客様が来ません」
「いいじゃないか。お城から貰った金もあるし、まだ解呪していない呪いの品もある」
「そうなんですけれど……」

 暫く店を閉めていたからだろうか、このところ客足が芳しく無い。もともと良いわけではないけれど、閑古鳥が鳴いている。
 確かに当分お金には困らないものの、張り合いというものが欲しいのだ。

 ティナはブツブツぼやきながら昨日届いた郵便物を開ける。綺麗なサファイアのネックレスと一緒に解呪代も入っていた。解呪後はそちらで処分して欲しいとのこと。

「質屋に持っていけば良いお金になりますね」
「薪を沢山買えるな」
「私達には必要ないと思いますけど」

 暖炉がなくても店内は暖かい。いつでも快適だ。

「それにしても、今日もその姿なんですね」

 やや呆れつつ見るティナの視線の先にはブロンド髪の美丈夫。すっかり気に入ったようである。

「師匠がずっと変身魔法にこだわっていたのも、変身薬を研究していたのも、私がしでかしたせいですよね」
「弟子の失敗は師匠の責任だ」

 十三年前、ティナが抱えてきた黒猫は、朝日が昇ると人間の男の子になった。
 ベンジャミンは男の子の傷の手当と、強引に魔力を使った後遺症で生死を彷徨う弟子を丸二日寝ないで看病した。そこで知ったのは、ティナの掛けた呪いが夜に発動すること、そしてそれはベンジャミンでも解呪できないことだった。

 ベンジャミンがその地に赴いたのは、教会からの依頼のため。
 男の子はみるからに貴族で探している人もいると考えたベンジャミンは、猫に変わる呪いを伝えた上で身柄を教会に預けた。ただ、誰が呪いをかけたかは言わなかった。

 それからは変身魔法と変身薬の研究に勤しんだ。ティナの掛けた呪いが解けないのであれば、その上から変身魔法をかけるしかないと考えたのだ。
 黒猫になったら魔法で元の姿に変身させる。なんとも奇妙な解決法だし、そもそも根本的な解決にはなっていないけれど、対外的な問題は確かに解消できる。

「リアム様が初めて来店した日、師匠は私が呪いをかけた人だって知っていましたよね。知っていて、わざと魔法を使えない振りをして、私に解呪に向かわせた」
「そうだ」
「どうしてあの時教えてくれなかったのですか?」

 変身薬も完成していたのだから、タイミングとしてもぴったりと思う。

「記憶のないティナに全て話しても混乱するだけだと思った。もしかしたらリアム殿と話すうちに何かを思い出すかもしれないだろう? すべて話すのはそれからでも遅くない」
「確かにあの時言われていたら、混乱して、申し訳なくて。強引に解呪しようとして事態を悪化させていたかも知れません」

 急がば回れ。結果として、ベンジャミンのおかげで呪いを解くのに一番安全で最短な道を辿れた。



 カラリとドアベルが鳴り、黒いローブを着た男が入ってきた。店に入る前に、肩と頭に乗っている雪を雑に手で払う。

「リアム様、雪が降っているのですか」
「チラチラとな。夜には本降りになるかも知れない」

 窓に駆け寄れば、ふわりふわりと雪が舞っていた。地面に落ちてすぐ溶け、その上にまた降り落ちる。確かに積もるかも知れない。

「今日もサボりか?」
「見回りだ」

 ベンジャミンの言葉にむっとしつつ、リアムは大きな紙袋を部屋の真ん中にあるテーブルに置いて、袋の口を開けた。途端広がるバターの香り。

「お昼、まだだと思って買ってきた」
「ありがとうございます! おぉ、今年の新作カボチャパイも入っています」

 ティナが皿を並べリアムがパイを置いていく。
 カウンターから動く気配のないベンジャミンに皿を渡し、ティナとリアムは向き合って中央のテーブルについた。

「聞き流してくれて良いのだが、コーランド伯爵は王都に意図的に呪いの品を送っているのがばれて、近々引退する予定だ」
「それは、誰が告げ口したんですか?」
「息子達だ。彼らはずっと元侯爵邸で選別をしていて、呪いの品が王都に送られていたのを知らなかったんだ。てっきり纏めてどこかに保管されていて、そのうち解呪するか封印措置するんだと思っていたらしい」

 選別した品を積んだ馬車の行き先は伯爵の指示で誤魔化されていたのだが、ドレスと甲冑騒ぎがきっかけで息子達の知るところとなったらしい。

「でも、どうやって元侯爵邸にいた彼らがその騒ぎを知ったのですか?」
「息子達曰く、夢うつつに天使像が現れて荷物の行方を調べるようお告げをしたらしい」
「……それって」

 ティナが緑色の瞳をパチリとする。パチパチ。じわりと涙が滲んできて困ったように笑った。

「天使さん、頑張ったんですね」
「ティナに随分懐いていたからな。俺とは大違いだ」
「帰ってきますかね」
「そのうちフラリと現れるさ」

 そうですね、とティナはちょっと寂しそうに言いながら、カボチャパイを頬張る。生地はサクサク、バターの風味が濃く、カボチャはほどよく甘い。美味しい。
 食べながら、もし機会があれば弟達に会うのも悪くないかと思った。姉の存在を知らされていないだろうから名乗るつもりはないけれど、案外まともに育ったようだ。

「ところで、だが」

 コホン、とリアムが畏まった顔を作る。

「近々、お城の近くの広場で冬の祭りがある。夜には沢山の木に蝋燭の灯りを飾り、暖かい飲み物や食べ物を売る店がわんさか出て、王都の冬の一大イベントだ」
「わぁ、それは素敵ですね。お酒も出ますか?」
「出る。下町の演奏家が音楽を奏でて、時折誰かが歌い、最後には皆んなで踊る賑やかな祭りだ」

 リアムの話にティナが前のめりになる。沢山人がいるのは苦手だけれど、行ってみたいと思う。なに、いざとなれば全員カボチャにしちゃえば良い。

「ちなみに俺は行ったことがない」
「……申し訳ありません。私のせいですね」

 夜になればリアムは猫になっていた。しょぼんとしたティナに向かって、言いたいことはそれじゃないとリアムは首を振る。

「それについてはもういいと言っただろう。それより、呪いが解けたらやってみたいと思っていたことが沢山ある。友人と飲み歩いたり、夜の街を散歩したり。で、そのうちのひとつが冬祭りに行くことだ」
「では、もうすぐそれもできますね」
「あぁ、だからティナ、一緒に行かないか?」
「いいですよ!」

 あっさりとした返事。にこにこ笑いながら振り返って「師匠も行きますか」なんて聞いている。
 リアムは思わず頭を抱えた。

「違うんだ、いや、違わないがそうじゃない。肝心なことが何も伝わっていないぞ!?」

 ガシガシ頭を掻いて、恨めしそうな紫の瞳をティナに向けてくる。
 そうだ、この娘はこうのとりを信じるぐらい純粋なのだ。男女の駆け引きなんてできないどころかどういうものかも知らない。

「うん、ティナ。俺の言い方が悪かった」
「? 話は充分伝わりましたよ。それはいつですか?」
「一週間後。ティナ好きだ。だから冬祭りはティナと行きたい」

 会話の流れそのままにあまりに自然に言うものだから、ティナは頷きそうになって、慌てて目をパチクリさせた。
 真剣な紫の瞳と目が合う。よく知っている瞳なのに今までにない熱が籠っている。

(好きと言われたような)

 ごくごく普通な会話に紛れ込んだその言葉。あまりに自然に耳に入ってきて、だからこそすとんと胸に落ちた。

(リアム様が私のことを好き?)

「聞き間違い……」
「ではない。好きだ、ティナ。あと何回言えば理解できる? 好き、好き……」
「り、理解できました! 指折り数えなくても理解しています」
「四回で理解できたか。それは良かった。では七時頃迎えにくる」

 パクパクとティナは口を開け閉めし、助けを求めるようにベンジャミンを見た。

「し、師匠! 私、も、もしかしてデートに誘われていますか?」
「もしかしなくてもそうだ。こうも堂々と目の前でやられては、反対のしようがない。行っておいで」
「良かった。ベンジャミン氏の許可も出たからこれで問題ない」

 にこりと微笑むリアムの顔が、なんだかいつもと違って見える。ティナは目をコシコシ擦った。頬が赤いが自分はもっと赤いと思う。

「少しずつでいいから、そうやって意識していって。まずはそこからだ。今年の冬祭りはそれでいいよ」
「……今年」

 では来年はどうなるのだろう。
 そこまで考えて、顔がボッと赤くなった。
 
「そうだ! 私、何を着ていけばいいんですか!?」

 草臥れた紺色のワンピースをぎゅっと握る。これ以外にも二枚ほどあるけれど、どれも似たり寄ったりだ。

「それなら、冬祭りの前に買い物に一緒に行こう。プレゼントするよ」
「そんな! なんだか約束が増えています」
「そうだよ。これからどんどん増えるんだ。その約束の数だけ俺のことを考えてくれ」

 リアムはティナの手を取り、指先に唇を落とす。
 ひっ、とティナの喉がなるもお構いなしで離してはくれない。

「時間がかかりそうだが、ゆっくり進もう」
「これでゆっくりなのですか?」
「そうだ、随分我慢している。本当はもっと触れたいし、抱きしめたい」
「そ、それは」
「俺だけあられもない姿を見られているし」

 意地悪く目を細めるリアム。
 ティナは素肌にシーツ一枚のリアムを思い出し、顔を覆う。そうだ、あの時人間の姿に変わるのを見たいと強引に立ち会ったのはティナなのだ。

「……リアム殿」
「はい。分かっています。そこまでしませんよ、今は」

 ベンジャミンンに睨まれ、リアムは肩を竦める。
 ティナはとうとう机に突っ伏し動こうとしない。殻でも被ったか。

「ティナ、カボチャパイが冷めるよ」
「リアム様のせいです」
「ほら、あーん」
「自分で食べます!」

 がばっと顔を上げると口にカボチャパイが詰め込まれた。むぐっとなりながら睨む先、リアムの頬もなんだか赤い。二人目が合うと同時に照れくさそうに笑った。

 暖かい部屋の外には雪がしんしんと降っている。
 二人の間に積もる時間は、溶けることなく積もっていくだろう。

 これは魔女と黒猫騎士の出会いから始まる物語。
 
 
 
 
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