私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

文字の大きさ
39 / 43

最終章.1

しおりを挟む
※※

 誰もいない部屋。
 窓から見える太陽はまだ真上ではないものの、充分な日差しが室内に入り込んでいた。

 寮に住んでいるのは全員が侍女や文官として働いている女性。だから、普段、この時間に寮に残っているのは休日の者だけだ。
 のんびりと朝食を摂ったり、街へ行く準備をしたり、まだ寝ていたりと過ごし方は様々だけれど、それでも何かしらの生活音が薄い壁の向こうから漏れてくる時間帯。

 でも、この日は違った。

 運良く今日が休日だった者はこぞって早起きをし、街へと繰り出した。
 もちろんいい場所でパレードを見るためで、寮母だけが一人割りを食った顔で残っている。

 机に肘をつきながら、もう片方の手に持った布巾でやる気なさそうにテーブルを拭いていた寮母の前に一人の男が現れ、一時間ほど出かけてはどうかと言ったのはついさっきのこと。


 恐れ多い方からの言葉に背筋をピンとさせ首を振った寮母に、男は「自分は城内の警備を任されたからこれも仕事だ」と目を細め笑った。

 最近あった不審者騒動ですっかり顔馴染みとなっていた寮母は恐縮しながらも、必ず一時間で戻りますからと言って弾むような足取りで寮を出て行った。

 そして、誰もいなくなった寮で今、ゴソゴソと机の引き出しを漁っているのがその男だ。
 暖炉ではその男が起こした火が薪をパチパチと爆ぜさせていた。

 普段は温和で知られるその顔は冷たく、引き出しを開けては閉めて繰り返す。

 目当てのものが見つからなかったのか、八つ当たりをするかのように机を蹴った。
 そのせいで机の上にあったインク瓶が倒れ床に黒いシミを作る。

 男はチッと舌打ちし眉を顰めるも、この部屋の持ち主はもう帰ることがないのだからとそのままにして、今度はベッド脇にある小さなチェストの引き出しに手をかけた。

 ガタガタと強引に開けると、チェストの上に乗っていたカンテラが床に転がる。
 もちろんそれも無視して引き出しを開けると、中には小さなボックスがあった。

 明らかに宝石箱に見えるそれには小さな引き出しが三段あり、アクセサリーが幾つか入っていた。
 令嬢にしては少ない。
 そのくせギョッとするほど高価なサファイアが場違いのように紛れていた。

 男はそれらに目もくれずさらに引き出しを開け、一番最後の段に入っていたものを見つけると口角を上げた。

 白い布包みを取り出し手のひらにおき布の上から触ると、明らかに宝石とは違う手触りがする。
 
 ゴツゴツとした感触。石やドングリと思われるその形に、男の笑みが深くなる。
 その包みを解こうと手をかけた時だ。

「どうしてここに……」

 か細い声が開けられた扉から聞こえてきた。

※※

 海岸から戻ってきた私は自分の部屋の前で深呼吸をする。

 大丈夫、大丈夫と数回息を吐いてから扉を開けると、私の部屋に不釣り合いな大きな背中へと声を掛けた。

「どうしてここに、――シードラン副団長がいらっしゃるのですか?」

 ビクっと大きな体が揺れ、振り返ったその顔にいつもの柔和な笑みはなかった。
 信じられないと目を丸くしてこちらを見ている。

「き、君は。どうしてここに……今頃は……」
「私の部屋ですから。シードラン副団長こそ、なぜ私の部屋に? 寮母さんの姿が見えませんでしたが、ご存知ですか?」

 震える足を誤魔化すように一歩だけ前に踏み込む。
 もちろん扉は開けたままにしてある。

「寮母は少しだけパレードを見に行った。代わりに俺が留守を預かっている。パレード中は城内の警備がどうしても手薄になるから、この前の不審者騒動のようなことがまたあってはいけないと、各建物を調べている最中だ」
「ただの侍女の部屋の引き出しをシードラン副団長自らですか? それはさすがに無理があると思います。それからさっき『今頃』と仰いましたが、今頃私はどうしたというのでしょうか?」

 できるだけ声が上擦らないように、喉に力をいれる。
 ここをうまく乗り切らなくてはと、緊張で浅くなる呼吸を必死に抑えた。

「……君こそ仕事はどうした。テオフィリン様の侍女がこんなところにいてよいのか?」
「浜辺で襲われ気がついたら海の上でした。運良く戻って来れたところです」

 少々割愛はしているけれど、嘘じゃない。
 会話を続けながら、私はシードラン副団長が手にしている布包みに視線を向けた。
 やはりそれが目的だったようだ。

「もしそれが本当なら犯人を見つけなくてはいけないな。どんな奴だった? 顔は見たか?」
「顔は見ていませんが、犯人はカージャスです。すべて話してくれました」

 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...