私はあなたの癒しの道具ではありません

琴乃葉

文字の大きさ
41 / 43

最終章.3

しおりを挟む
布がボワっと燃え上がり、中のものが炎の奥に黒いシルエットとして映る。
 金は燃えないけれど溶ければ刻印が分からなくなってしまう。

「はは、これで証拠は何もない。せっかく海から戻ってきたところ悪いが、今度はとどめをしっかり刺すか」

 そう言ってシードラン副団長は剣を抜くと、私に切り掛かってきた。 

 こうなることを予想しなかったわけではない。
 それなのに、迫ってくる姿に腰が引け足が動かない。自分に対して向けられた明確な殺意が私の足を床に縫い付けた。

「リリーアン、ふせろ!!」

 その声にハッとし頭を抱えて床にしゃがみ込むと、頭上でカキンと金属がぶつかる音がした。
 
 意表を突かれたように副団長の顔に驚きが浮かぶも、すぐに頭を切り替えたようで、飛び出してきたルージェックをニヤリと見やる。

「俺に勝てると思っているのか?」

 剣を握る腕にさらに力を込め、ルージェックをギリギリと押し込んでいく。

 シードラン副団長のほうが頭ひとつ分背が高い上に、腕力には大きな差がある。
 必死な形相のルージェックに対し、副団長は笑みを浮かべる余裕すらあった。

「宰相様の部屋にあった資料を燃やしたのはあなたですね。もう言い逃れはできませよ」
「証拠は? 釦はもうない。あるのはそこの女の推測とカージャスの戯言だけだ」

 ガッと鈍い音がしてルージェックが剣を払いのけた。それにはシードラン副団長も眉を上げる。でも、相変わらず余裕があるようで、フッと肩を上げ笑いを零す。

「いい腕だ。騎士団にくるか?」
「義父にも誘われましたが、お断りします。それに最初からあなたに勝てるとは思っていません」

 ルージェックが背後を見やると複数の騎士が現れた。
 その中には騎士団長やオリバー様の姿もある。

「無防備のままリリーアンを部屋に入れるわけないでしょう。リリーアンを助けたのは俺です。ここに来る前に義父に会い、リリーアンがパレードに行けないこともテオフィリン様に伝えています」

 私とルージェックはまっすぐこの部屋にきたわけではない。
 バーディア侯爵邸へ行き事情を説明し、きちんと根回しをしてから来た。

 私の部屋にいるシードラン副団長を、すぐに騎士が取り押さえることもできたのだけれど、金の釦が副団長のものだという確かな証拠が欲しかった。

 シードラン副団長の狙いは特定の領地の書類を燃やすこと。
 シードラン副団長捕縛後すぐにそれらの領地に踏み込まなければ、税率改ざんの証拠を揉み消される恐れがある。

 騎士全員に正装を持って来させ消去法で釦の持ち主がシードラン副団長だと分かったとしても、落としただの失くしただの言い訳されたり、黙秘されることもある。

 犯人だと断定するのに時間を取られれば税率改ざんの証拠が隠蔽され手に入らなくなるかもしれない。

 そこで、私ひとりなら油断して本当のことを言うかも知れないと考えた。
 小娘相手なら誤魔化し切り抜けるより、全部話して証拠隠滅――この場合私も含めて――のほうが、シードラン副団長には簡単で安全だろうから。

 ルージェックは最後まで反対していたけれど、私が頑なにその役割を譲らなかったので、危ない時はすぐにかけこむという約束で納得してもらった。

「俺を嵌めたのか。いや、だが証拠はもう火の中。今頃は溶けて……」 
「証拠ならここにありますよ」

 私はポケットから刻印の入った金の釦を取り出し、それが分かるように副団長に見せた。

 ルージェックが現れた時よりも驚いた顔で私の手にある小さな釦と暖炉を交互に見る。

「不審者騒ぎの翌日、私が庭でシードラン副団長にお会いしたときに話した『テオフィリン様から頂いた金の釦』は女性のワンピースで一般的に使用されるものです」

 不審者が飛び降りた窓の下にある庭先で、あれやこれと拾うテオフィリン様を見たシードラン副団長は焦ったことでしょう。
 さらに、私に「金の釦を貰った」と言われては、昨日落とした自分の釦と勘違いしたのも頷ける。

 カージャスに濡れ衣を着せ、謹慎処分にしたのもおそらく副団長。孤立したカージャスに接近し、唆し、利用して私を海に流したあと釦を取り返そうとした。

 もし、カージャスのしたことがバレてもシードラン副団長にお咎めはない。
 完璧な計画だ。

 だけれど、実際に私が刻印入りの金の釦を貰ったのはパレードの前日。昨日のこと。
 もちろん釦はベッド横のチェストになく、ずっと私のポケットの中だ。

「話はゆっくり聞こう。おい、シードランを連れていけ」

 騎士団長の声にオリバー様が真っ先に動き、シードラン副団長の手を取った。
 私とルージェックは連れ去られるシードラン副団長の後ろ姿を寮の前で見送った。

「……無茶をしすぎだ」
「ごめんなさい。背後にルージェックや騎士がいると分かっていても怖かったわ。助けてくれてありがとう。それにしても、あのシードラン副団長に力負けしないなんてすごいわ」

 逞しいけれど痩身のどこにあれほどの力があったのかと思う。
 するとルージェックは私の頭をポンと叩き、コツンと額をつけてきた。軽い痛みが触れた場所に走り、熱をもつ。

「背後にリリーアンがいるのに、膝をつくなんてできないだろう」
「あ、あの……」
「本当に良かった、無事で」

 伝わる熱がどんどん高くなっていく。
 ちょっと動いたら触れそうな位置にある唇に私が身動きできないでいると、先にルージェックが動いてくれた。

「いろいろ浸りたいところだが、俺達の仕事はここからだ」

 うん、と私は真っ赤な顔のままで頷く。

 シードラン副団長の実家であるドラフォス侯爵家が税率改ざんに関わっていたのは確実。
 おそらく、ドラフォス侯爵家と懇意にしていた貴族にこの方法を教えて、いくらかマージンを受け取っていたと思われる。

 燃えた書類に書かれていた貴族の屋敷を捜索して、あらゆる書類から税率の不正とお金の流れを調べる。
 そうすれば、どこかにドラフォス侯爵と繋がるものが見つかるはず。

 宰相様の耳にも今回のことは全て伝わっていて、私はテオフィリン様の侍女から宰相様付きの侍女へと戻ることになっている。

 なにせ、人手が足りない。
 
 私とルージェックは宰相様の部屋へ急ぐことにした。
 きっと今頃、先輩文官達達が誰がどの屋敷に踏み込むか段取りをしているはず。
 そしてそのメンバーに私も入っている。
 ふぅ、と小さく息を吐き気を引き締める私の隣で、ルージェックも同じように表情を引き締めてた。 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~

ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。 絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。 アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。 **氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。 婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...