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最終章.6
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やがて正装姿のオリバー様がやってきた。
騎士の正装はお城で行われる式典や夜会のみで着用される。今夜のオリバー様は濃紺の夜会服姿。それでもその立派な体躯からひと目で騎士と分かるけれど。
三人で乾杯し、一杯目のグラスを飲み終えた頃、やっとルージェックが戻ってきた。
「疲れた。俺も一杯もらっていい?」
そう言うと、ルージェックは傍を通った給仕係からグラスを受け取り、一気に飲み干した。少々マナー違反な気もするけれど、それだけ緊張したということでしょう。
給仕係にグラスを渡したところで、音楽が流れ始める。
当然のようにオリバー様はパレスを誘い、広間の中央に向かった。
「リリーアン、俺達も踊ろう」
「でも、ちょっと休憩したいんじゃないの?」
「かまわない。リリーアンをファーストダンスに誘いたくて戻ってきたんだから」
整った顔で甘く微笑まれ、頬を染めない令嬢がいたら見てみたい。
急に火照り始めた顔を俯け、私はその言葉の意味をどうしても考えてしまう。
そんな私の様子にルージェックは笑みを深めると、手を差し出してきた。
おずおずと重ねれば。
「えっ、ルージェックどこに行くの?」
てっきり広間の中央へ進むと思っていたのに、ルージェックは踵を返すと人の流れに逆らうように扉へと向かい、そのまま庭へと足を運んだ。
夜空に浮かぶのは満月。海で見た月をぷっくりと膨らませたそれは静かに庭を照らしていた。
開けられた窓から流れる音楽に身をゆだねるようにルージェックがステップを踏み始め、私もそのリードに合わせるよう踊り始めた。
「今日の主役が広間で踊らなくていいの?」
広間を出て行く私達に向けられた視線は幾つもあった。ルージェックだってそのことに気が付いているはずだ。
「仕方ないだろう。可愛く頬を染めるリリーアンを誰にも見せたくないと思ってしまったんだから」
さらりと落とされた言葉に、私の心臓がどんどん早くなっていく。
その言葉に、どうしたって期待をしてしまう。
もしかしたらルージェックも私と同じ気持ちなのだろうかと。
「やっと仕事が一段落したな」
「ええ。本当に忙しかったわ」
「……カージャスについては聞いたか?」
うん、と私は頷く。
カージャスは誘拐の罪で三年間の禁固刑に服すことになった。貴族としての身分も剥奪され、当然騎士団は首になった。
カージャスの事情聴取を担当したのは、オリバー様。
その取り調べでカージャスは、シードラン副団長に利用されたことを初めて知った。
「孤立し悪評のあるカージャスに全ての罪を押し付けるつもりだった」、と聞かされたカージャスのショックは相当なものだったらしく、三日間何も食べず話さず項垂れた後、やっとその事実を受け止めたらしい。
「カージャスのお父様も、伯爵家の騎士団長を辞めたとお父様から聞いたわ」
「これからどうするんだ?」
「異国に知り合いがいるらしく、その方の伝手で裕福な商人の護衛をされるそうよ」
爵位は弟に譲ったと聞いた。カージャスの罪は誘拐だけなので父親まで騎士位を捨てる必要はないのだけれど、なんとなくハリストウッド様らしい決断だと思った。
「そうか。それでは全部解決したということだな、残るは俺達の問題だけだ」
「そうね、周りの人達はいまだに私達が婚約する、いえ、婚約したと思っているわ」
タブロイド紙のおかげで決闘の勝敗は、王都を越え周辺の領地まで届いている。
勝者ルージェックはリリーアンに求婚し、リリーアンはそれに答えたというのがまるで事実であるかのように一人歩きしていた。
そこまで考え、もしかしてと思う。
「広間で踊らなかったのは、私とダンスをしているのを見られ、誤解がさらに深まるのを避けるためだったりする?」
侯爵令息となったルージェックにはすでに縁談話がきているかもしれない。
そんな思いで聞いてみれば、ルージェックは足を止めて大きく首を振った。
「そんなわけない! 俺は本当に……リリーアンが」
そこまで言うと、ルージェックは私から手を離し一歩下がった。
そして、あろうことか、ゆっくりと片膝を地面につけたのだ。
「もう一度。今度こそ正式に申し込ませてくれ。俺と結婚して欲しい」
「! ルージェック……あの、これは」
「これは演技じゃないよ。リリーアン、ずっと好きだった。カージャスと婚約していると聞いても諦められず、一緒に住み始めたと知ったときは嫉妬でどうにかなりそうだった。それでも、リリーアンが幸せなら身を引こうと思っていたけれど、どんどん笑顔が無くなる姿を見て、俺の手で幸せにしたいと思った」
「じゃ、あの決闘は?」
「本心だよ。でも、あのタイミングで求婚してもいい返事は貰えないだろうから『仮』ということにした。散々『仲の良い婚約者の振りをしよう』と言ったけれど、俺がリリーアンに触れたかっただけだ」
あけすけな告白に目をパチクリする私に、ルージェックはクツクツと笑う。
「……じゃ、婚約者らしく手を繋ごうと言ったのは?」
「リリーアンと手を繋いで街を歩きたかったから」
「ドレスをくれたのは?」
「俺の色を身に着けたリリーアンを見たかったから。今日のドレスも気に入ってくれると嬉しい」
私はコクコクと頷く。ドレスはとても気に入っている。
でも、ちょっと待って。えっ、ということは。
「髪に口付けをされたこともあったわ」
「あれはつい」
「つい?」
「俺の言葉に素直に頷くリリーアンが可愛すぎて、ちょっと理性がぐらついた」
ボンッと顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
理性がぐらつくって。品行方正でいつも紳士的なルージェックからそんな言葉が出るなんて思いもしなかった。
口をパクパクさせる私にルージェックはさらに笑みを深くさせると、「それで」と出していた手をさらにこちらに伸ばした。
「この姿勢、意外と大変なのでそろそろ返事が欲しいんだけれど?」
「あっ、ごめんなさい。あの。私でよければ……ルージェックの傍にいさせてください」
少し慌てながら手袋をはずし、差し出された手のひらに重ねる。
ルージェックは素肌がむき出しとなった私の指先に視線を落とすと、そっと唇を近づけキスをした。誓いのキスだ。
おとぎ話のような光景に自分が迷い込んだ気がした。
ルージェックが私をずっと思ってくれていたなんて。
あの決闘が本心だったということに、喜びがこみ上げてくる。
夢見心地で、月の光の下で輝くライトブランの髪を見ていると、顔をあげたルージェックと目が合った。
その切れ長の目が細められ、立ち上がったかと思うと同時に、私はルージェックの腕の中にいた。
「ちょ、ルージェック?」
「リリーアン、できればもう一言欲しいんだけれど」
「えっ?」
これ以上何を? と戸惑う私の耳元で、ルージェックは「愛している」と囁いた。
耳に掛かる息と甘い言葉に、顔どころか全身が熱くなってくる。
それと同時に、触れている部分からルージェックの速い鼓動が伝わってきた。
緊張しているのはルージェックも一緒なんだ。
むしろ不安が交じっている分、私より鼓動が速いかもしれない。
なんだか、急に愛おしさがこみ上げてきて、私は両腕をその逞しい背中に回した。
「私も愛している」
ちょっと声が震えたところは多めにみて欲しい。これで精いっぱいなのだから。
ルージェックの身体がピクリと動いたあと、さらに強く抱きしめられた。
「やばっ。俺、今、最高に幸せかも」
初めて聞く弾む声。少し胸を押し身体を離して見上げれば、満面の笑みを浮かべたルージェックがそこにいた。
こんな無邪気な顔を見るのも初めてで、なんだか私まで嬉しくなってくる。
「ふふ、私も幸せよ」
つられて笑うと、コツンと額が当たった。息がかかるほど近くにある整った顔に、呼吸の仕方を忘れそう。
「これから広間に戻って、もう一曲踊ってくれる?」
二曲続けて踊るのは、婚約者、もしくは夫婦の特権。
「もちろん、喜んで」
「できれば、その足で義父に求婚を受け入れてもらったと伝えにいきたい」
「……なんだか外堀を埋められているように感じるのは気のせいかしら?」
うん、とちょっと眉根を寄せる私から顔を離すと、ルージェックはいたずらっぽく濃紺の瞳を細めた。
「今ごろ気が付いたのかい? そんなの、もう随分前からだよ」
離れた顔が再び近づいてきた。
今度触れたのは額ではない。
熱い唇が私の口をふさぎ、吐息ごと飲み込む。
腰に回された腕に力が入り、私はその熱に飲み込まれないようルージェックの上着を掴んだ。
月明かりの下、再び音楽が流れてきた。
どうやら、二曲目には間に合わないみたい。
その温もりに身をゆだねつつ、私の心は優しさに癒されていくのだった。
騎士の正装はお城で行われる式典や夜会のみで着用される。今夜のオリバー様は濃紺の夜会服姿。それでもその立派な体躯からひと目で騎士と分かるけれど。
三人で乾杯し、一杯目のグラスを飲み終えた頃、やっとルージェックが戻ってきた。
「疲れた。俺も一杯もらっていい?」
そう言うと、ルージェックは傍を通った給仕係からグラスを受け取り、一気に飲み干した。少々マナー違反な気もするけれど、それだけ緊張したということでしょう。
給仕係にグラスを渡したところで、音楽が流れ始める。
当然のようにオリバー様はパレスを誘い、広間の中央に向かった。
「リリーアン、俺達も踊ろう」
「でも、ちょっと休憩したいんじゃないの?」
「かまわない。リリーアンをファーストダンスに誘いたくて戻ってきたんだから」
整った顔で甘く微笑まれ、頬を染めない令嬢がいたら見てみたい。
急に火照り始めた顔を俯け、私はその言葉の意味をどうしても考えてしまう。
そんな私の様子にルージェックは笑みを深めると、手を差し出してきた。
おずおずと重ねれば。
「えっ、ルージェックどこに行くの?」
てっきり広間の中央へ進むと思っていたのに、ルージェックは踵を返すと人の流れに逆らうように扉へと向かい、そのまま庭へと足を運んだ。
夜空に浮かぶのは満月。海で見た月をぷっくりと膨らませたそれは静かに庭を照らしていた。
開けられた窓から流れる音楽に身をゆだねるようにルージェックがステップを踏み始め、私もそのリードに合わせるよう踊り始めた。
「今日の主役が広間で踊らなくていいの?」
広間を出て行く私達に向けられた視線は幾つもあった。ルージェックだってそのことに気が付いているはずだ。
「仕方ないだろう。可愛く頬を染めるリリーアンを誰にも見せたくないと思ってしまったんだから」
さらりと落とされた言葉に、私の心臓がどんどん早くなっていく。
その言葉に、どうしたって期待をしてしまう。
もしかしたらルージェックも私と同じ気持ちなのだろうかと。
「やっと仕事が一段落したな」
「ええ。本当に忙しかったわ」
「……カージャスについては聞いたか?」
うん、と私は頷く。
カージャスは誘拐の罪で三年間の禁固刑に服すことになった。貴族としての身分も剥奪され、当然騎士団は首になった。
カージャスの事情聴取を担当したのは、オリバー様。
その取り調べでカージャスは、シードラン副団長に利用されたことを初めて知った。
「孤立し悪評のあるカージャスに全ての罪を押し付けるつもりだった」、と聞かされたカージャスのショックは相当なものだったらしく、三日間何も食べず話さず項垂れた後、やっとその事実を受け止めたらしい。
「カージャスのお父様も、伯爵家の騎士団長を辞めたとお父様から聞いたわ」
「これからどうするんだ?」
「異国に知り合いがいるらしく、その方の伝手で裕福な商人の護衛をされるそうよ」
爵位は弟に譲ったと聞いた。カージャスの罪は誘拐だけなので父親まで騎士位を捨てる必要はないのだけれど、なんとなくハリストウッド様らしい決断だと思った。
「そうか。それでは全部解決したということだな、残るは俺達の問題だけだ」
「そうね、周りの人達はいまだに私達が婚約する、いえ、婚約したと思っているわ」
タブロイド紙のおかげで決闘の勝敗は、王都を越え周辺の領地まで届いている。
勝者ルージェックはリリーアンに求婚し、リリーアンはそれに答えたというのがまるで事実であるかのように一人歩きしていた。
そこまで考え、もしかしてと思う。
「広間で踊らなかったのは、私とダンスをしているのを見られ、誤解がさらに深まるのを避けるためだったりする?」
侯爵令息となったルージェックにはすでに縁談話がきているかもしれない。
そんな思いで聞いてみれば、ルージェックは足を止めて大きく首を振った。
「そんなわけない! 俺は本当に……リリーアンが」
そこまで言うと、ルージェックは私から手を離し一歩下がった。
そして、あろうことか、ゆっくりと片膝を地面につけたのだ。
「もう一度。今度こそ正式に申し込ませてくれ。俺と結婚して欲しい」
「! ルージェック……あの、これは」
「これは演技じゃないよ。リリーアン、ずっと好きだった。カージャスと婚約していると聞いても諦められず、一緒に住み始めたと知ったときは嫉妬でどうにかなりそうだった。それでも、リリーアンが幸せなら身を引こうと思っていたけれど、どんどん笑顔が無くなる姿を見て、俺の手で幸せにしたいと思った」
「じゃ、あの決闘は?」
「本心だよ。でも、あのタイミングで求婚してもいい返事は貰えないだろうから『仮』ということにした。散々『仲の良い婚約者の振りをしよう』と言ったけれど、俺がリリーアンに触れたかっただけだ」
あけすけな告白に目をパチクリする私に、ルージェックはクツクツと笑う。
「……じゃ、婚約者らしく手を繋ごうと言ったのは?」
「リリーアンと手を繋いで街を歩きたかったから」
「ドレスをくれたのは?」
「俺の色を身に着けたリリーアンを見たかったから。今日のドレスも気に入ってくれると嬉しい」
私はコクコクと頷く。ドレスはとても気に入っている。
でも、ちょっと待って。えっ、ということは。
「髪に口付けをされたこともあったわ」
「あれはつい」
「つい?」
「俺の言葉に素直に頷くリリーアンが可愛すぎて、ちょっと理性がぐらついた」
ボンッと顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
理性がぐらつくって。品行方正でいつも紳士的なルージェックからそんな言葉が出るなんて思いもしなかった。
口をパクパクさせる私にルージェックはさらに笑みを深くさせると、「それで」と出していた手をさらにこちらに伸ばした。
「この姿勢、意外と大変なのでそろそろ返事が欲しいんだけれど?」
「あっ、ごめんなさい。あの。私でよければ……ルージェックの傍にいさせてください」
少し慌てながら手袋をはずし、差し出された手のひらに重ねる。
ルージェックは素肌がむき出しとなった私の指先に視線を落とすと、そっと唇を近づけキスをした。誓いのキスだ。
おとぎ話のような光景に自分が迷い込んだ気がした。
ルージェックが私をずっと思ってくれていたなんて。
あの決闘が本心だったということに、喜びがこみ上げてくる。
夢見心地で、月の光の下で輝くライトブランの髪を見ていると、顔をあげたルージェックと目が合った。
その切れ長の目が細められ、立ち上がったかと思うと同時に、私はルージェックの腕の中にいた。
「ちょ、ルージェック?」
「リリーアン、できればもう一言欲しいんだけれど」
「えっ?」
これ以上何を? と戸惑う私の耳元で、ルージェックは「愛している」と囁いた。
耳に掛かる息と甘い言葉に、顔どころか全身が熱くなってくる。
それと同時に、触れている部分からルージェックの速い鼓動が伝わってきた。
緊張しているのはルージェックも一緒なんだ。
むしろ不安が交じっている分、私より鼓動が速いかもしれない。
なんだか、急に愛おしさがこみ上げてきて、私は両腕をその逞しい背中に回した。
「私も愛している」
ちょっと声が震えたところは多めにみて欲しい。これで精いっぱいなのだから。
ルージェックの身体がピクリと動いたあと、さらに強く抱きしめられた。
「やばっ。俺、今、最高に幸せかも」
初めて聞く弾む声。少し胸を押し身体を離して見上げれば、満面の笑みを浮かべたルージェックがそこにいた。
こんな無邪気な顔を見るのも初めてで、なんだか私まで嬉しくなってくる。
「ふふ、私も幸せよ」
つられて笑うと、コツンと額が当たった。息がかかるほど近くにある整った顔に、呼吸の仕方を忘れそう。
「これから広間に戻って、もう一曲踊ってくれる?」
二曲続けて踊るのは、婚約者、もしくは夫婦の特権。
「もちろん、喜んで」
「できれば、その足で義父に求婚を受け入れてもらったと伝えにいきたい」
「……なんだか外堀を埋められているように感じるのは気のせいかしら?」
うん、とちょっと眉根を寄せる私から顔を離すと、ルージェックはいたずらっぽく濃紺の瞳を細めた。
「今ごろ気が付いたのかい? そんなの、もう随分前からだよ」
離れた顔が再び近づいてきた。
今度触れたのは額ではない。
熱い唇が私の口をふさぎ、吐息ごと飲み込む。
腰に回された腕に力が入り、私はその熱に飲み込まれないようルージェックの上着を掴んだ。
月明かりの下、再び音楽が流れてきた。
どうやら、二曲目には間に合わないみたい。
その温もりに身をゆだねつつ、私の心は優しさに癒されていくのだった。
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