3 / 50
ライリーと裏路地の魔法使い
3
しおりを挟む次の日、いつものように身支度をしてノロノロと食事を摂っていると、先に食べ話終わったアイミーが再び食堂に現れた。
「お姉様! 急いで食べて。クロード様がおいでになったわ」
「クロードが!?」
そういえば昨日別れ際にそんなことを言っていたような。額へのキスに動転してすっかり忘れていたわ。
残りのスープを急いでお腹にいれ玄関へ向かえば、ガーベラの花束を持ったクロードが立っていた。
「おはよう。朝起きると綺麗に咲いていたから、ライリーに見せたくなってね」
「……ありがとう。素敵な花束ね」
いままで誕生日以外に花をくれたことなんてないのに。戸惑う私に、蕩けるような微笑みを浮かべながらクロードは花束を渡してくれる。
「次のお茶会は俺の屋敷でしよう。まだ蕾のものもあったからその頃には満開になっていると思うよ」
「それは、楽しみ、ね」
笑顔がぎこちなくならないように気を付け花を受け取り、それを侍女に渡し部屋に飾る様に頼む。
整った顔に微笑まれるだけでも刺激が強いのに、クロードにツイと、肘を出され私は固まった。
これは、エスコートするということかしら。
夜会以外でのエスコートなんて初めてで、戸惑いながらちょこんと手を載せれば、反対の手で上からぎゅっと握られてしまう。
壁際に控えた侍女達から「まぁ」というため息とも感嘆とも取れる声が聞こえてきて、頬が赤くなる。
「ク、クロード、行きましょう」
「ああ」
居た堪れずにその場を後にし、クロードの馬車に一緒に乗る。さすがに今日は膝に乗せられることはなかったけれど、クロードは当たり前のように隣に座って。
「ライリーの髪からはいつもいい匂いがするな」
「侍女が香油を湯にたらしてくれるからかしら」
「男とは常時五メートルは距離を取って欲しい物だ」
「……それは学園生活に支障をきたしてしまうわ」
「片時も離れたくないのに、教室が別なのはどうしてだろう」
「……ごめん。私がBクラスだから……次のテストは頑張るわ」
「無理をすることはない。俺がBクラスになればずっと一緒に居られるのだから」
「Aクラスの最前列を簡単に捨てるのはやめて」
別にクラスなどどうでもいいと言いながら、クロードは私の腰に手を回し引き寄せる。ピタッとくっつく身体から伝わる熱を感じながら、早く魔術が解けないかと思う一方でこの時がずっと続けばよいのに……と思ってしまった。
だってこんなクロードは初めて。
戸惑う気持ちの方が大きいけれど、
甘い言葉に熱のこもった視線は私がずっと欲しいと思っていたもので。
例え魔術による偽りのものだとしても、嬉しいと思ってしまう。
馬車を降りてから始業ベルがなるまで私のクラスでずっと手を繋いでいたクロードが、やっと自分のクラスに向かったのを見て、友人のアメリアとクルルが駆け寄ってきた。
「とうとうクロード様がお熱を上げてきたようね」
「いつものクールなお姿もいいけれど、甘く熱の篭った視線も堪らないわ」
「放課後抱き抱えられて馬車まで歩いていたのを見たって噂になっているけれど本当?」
「朝も同じ馬車で登校してたわよね」
もうすぐ先生が来るというのに、休み時間まで待てない二人が畳みかけるように聞いてくる。
しかも、昨日のことがもう噂になっているなんて。
「ふ、二人とも! 先生が来たわよ」
「あら残念」
「詳しく話はランチに聞くわ」
二人が先に戻ったところで私はやっと一息つく。
朝から心臓、もたない。
一日分の体力を使い果たした気分だわ。
ランチはいつもはアメリア達と食べるのだけれど、今日はクロードが一緒に食べようと誘ってくれた。それを見て二人は、「ごゆっくり」と笑顔で立ち去っていく。
とりあえず、人に見られない場所をと、私は裏庭の大きな木の下にクロードを誘った。
やたら近い距離はもうおきまりで、せっかく料理人が作ってくれた料理の味が分からない。
「どうしたんだ、なんだか元気がないようだが」
「そんなことないわ。あっ、クロードのお弁当美味しそうね」
いつ魔術が解けるのかと考えていたのが、落ち込んでいるように見えたようで、適当に話をそらしたのだけれど。
「そういえばこのマリネはライリーの好物だったな」
クロードはプチトマトをフォークで刺すと、私の口元にもってくる。えっ、これは、もしかして食べろということ?
「はい、あーん」
「………………あーん」
キラッキラの笑顔に負けて小さく口を開けると、唇に冷たいものが触れ甘酸っぱい風味が口に広がる。
「どう?」
「…………美味しい」
「そう、良かった」
心臓が飛び跳ねる距離にある笑顔に堪らず顔を逸らすと、少し先からこちらを伺っているフルオリーニ様と目があったしまう。
どうやら話しかけるタイミングを見計らっていたようで。ちょっと気まずそうにこちらに近づいてくる。
「あの……クロード」
「なんだ。どうしたんだ?」
おずおずと声をかけてきた友人にクロードは冷たい視線を向ける。仮にも相手は三大公爵家の方なのだけれども。
「いや、お楽しみのところ悪いんだけれど、先生が探してたぞ」
クロードの眉間に皺が入り明らかに不機嫌な表情に。そして、はぁ、とため息をつくと私の手を掬いあげ、切なそうに翡翠の瞳を潤ませる。
「ごめん、ライリーちょっと行ってくるよ」
「う、うん。分かった。私なら大丈夫だから早く行った方がいいわ」
今生の別れのような雰囲気を醸し出され、当惑する私。
一部始終を見せつけられて、顔を引き攣らせるフルオリーニ様。
昨日、婚約破棄を匂わせるようなことを言っておいてこれだものね。戸惑うのも無理はない。
クロードは私の指先に唇を落とし、放課後は一緒に帰ろうと言ってフルオリーニ様と一緒に去って行った。
その後ろ姿を見送りながら、心底思う。
「魔術って凄い」
あの甘ったるいまなざしも。突如として囁かれた愛の言葉も。
すべて魔術のせい。
戸惑いと、嬉しさ。
それから朝には感じなかった喪失感が胸にこみ上げてくる。
だってあれはクロードの本心ではなくて、すべては魔術が起こしたことだもの。
クロードが望んでしているわけではない。
それなのに、分かっているのに。
胸は高鳴り、切なく苦しくなる。
「……馬鹿みたい」
何を一人でオロオロしているのだろう。すべてまやかしだと知っているのに。
一人になって現実と向き合った途端、虚しさが込み上げてきた。確かにクロードに愛して欲しいと願ったけれど、こういうことじゃない。
「……あの、大丈夫ですか?」
突然声を掛けられて顔を上げれば、黒い服に白いエプロンを付けた女性が目の前に。
学園で雇われた事務員兼雑用係の彼女は、大きな黒縁眼鏡の奥の紫色の瞳を少し彷徨わせたあと、ポケットからハンカチを取り出すと私の目の前に差し出す。
どうしてハンカチ、と首を傾げると、女性は困ったように眉を下げながら、「涙を拭いてください」と言った。そこで私は自分が泣いていることに初めて気づいたのだ。
「ありがとう。いつもお花の手入れをしてくれている方よね」
人前で涙を流していたことが恥ずかしくって、誤魔化すように話を振ってみると。
「はい。以前、薔薇の棘で手を怪我した時ハンカチを貸して頂きました。いつかお返ししようと思って持ち歩いておりました」
そういうとポケットから綺麗に洗われ畳まれたハンカチを渡してくれた。
そのハンカチは確かに見覚えのあるもので。
私はその女性をまじまじと見あげる。
「いいわ、それはあなたにあげる」
「そんな訳にはいきません。これ、絹ですよね。こんな高価な物は頂けません」
「そう? だったら今お借りしたハンカチと交換してくれないかしら。涙で汚してしまったし」
「でも、それは綿で。しかも品質もよくありません」
「あら、可愛い小鳥の刺繍がしているじゃない。私とても気に入ったわ」
にこりと微笑み、私は強引かな? と思いながら涙にぬれたハンカチをポケットに入れた。彼女も少し戸惑ったあと、では、とハンカチをポケットにしまう。
「……あの、差し出がましいのですが、どうしてこんなところで泣かれているのですか?」
優しい言葉にまた涙が滲んでくる。私が何も言わないでいると、彼女はそっと隣に腰を下ろし、その小さな手で背中を優しく撫でてくれた。
「宜しければお話しください。何かお役に立てるかも知れません」
覗き込む紫色の瞳はあの占い師の老婆と同じ。だから、というわけではないのだけれど、優しい声に促されるように、気づけば私は今までの事すべてを話ていた。
「……そう。まさかそんなことになっているなんて」
一通り話を聞いた彼女は、眉間に皺を寄せながらポツリと呟く。
「そんなこと、って?」
「あ、いいえ。こちらの話です。それでどうされるのですか、まさか婚約解消なんて……」
「ええ。それが一番いいかと。でもまずはクロードにかけられた魔術を解かないと」
クロードには幸せな結婚をして欲しい。その為には私が身を引くのが一番だと分かっている。
「あの、その占い師の噂でしたら私も聞いたことがあります」
おずおずと切り出す彼女を見ながら、まだ名前すら聞いていないことを思い出す。
「あの、あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「はい、ココット、と申します」
そう言ってココットは改めて頭を下げると、思いもよらないことを口にした。
「私、その魔術の解き方、知っています」
1
あなたにおすすめの小説
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた魔王様と一緒に田舎でのんびりスローライフ
さら
恋愛
美人な同僚・麗奈と一緒に異世界へ召喚された私――佐伯由香。
麗奈は「光の聖女」として王に称えられるけれど、私は“おまけ”扱い。
鑑定の結果は《才能なし》、そしてあっという間に王城を追い出されました。
行くあてもなく途方に暮れていたその時、声をかけてくれたのは――
人間に紛れて暮らす、黒髪の青年。
後に“元・魔王”と知ることになる彼、ルゼルでした。
彼に連れられて辿り着いたのは、魔王領の片田舎・フィリア村。
湖と森に囲まれた小さな村で、私は彼の「家政婦」として働き始めます。
掃除、洗濯、料理……ただの庶民スキルばかりなのに、村の人たちは驚くほど喜んでくれて。
「無能」なんて言われたけれど、ここでは“必要とされている”――
その事実が、私の心をゆっくりと満たしていきました。
やがて、村の危機をきっかけに、私の“看板の文字”が人々を守る力を発揮しはじめます。
争わずに、傷つけずに、人をつなぐ“言葉の魔法”。
そんな小さな力を信じてくれるルゼルとともに、私はこの村で生きていくことを決めました。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる