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アメリアと裏路地の魔法使い
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しおりを挟む「はぁ……」
小さくため息を吐いた視線の先には、友人のライリーが婚約者のクロード様と仲良くランチを摂る姿。
以前にも増しての溺愛っぷりに、見ているこっちが恥ずかしくなる。
「アメリア、何ため息ついているの?」
もう一人の友人クルルが身を寄せてきて私の視線の先を見る。
「あー。相変わらず仲良いわね。クロード様も手加減なしって感じ」
この前まではライリーに近づく男子を牽制する独占欲だけが目立っていたけれど、今ではその溺愛っぷりで有名に。ここが学校だと分かっているのかと疑いたくなるほどの甘ったるい台詞と執着に、ライリーは戸惑いながらも嬉しそうにしている。
「私、このままブルーノ様と結婚していいのかしら」
「親友としてはやめた方が良いとしか言えないわ」
歯に衣着せぬクルルの言葉に私はぐうの音も出ない。小柄な身体にブロンドの髪、翡翠色の大きな瞳はくりくりとして小動物のようなのに、自分の考えをはっきりと言う友人は、裏庭の奥を呆れ顔で指差す。
「ほら、向こうの木の下。人通りの少ない場所にあるむくの木の下を見てみなさい。あれが現実よ」
クルルの指す方を見るまでもなく、そこに誰がいるか分かっている。
私の婚約者であるペラルタ子爵の次男ブルーノ様が、ピンクブロンドの髪の女性と肩を寄せ合ってランチを楽しんでいるはず。少なくとも数分前まではそうだった。
「よくあの状況を許せるわね」
「ブルーノ様は私を愛してくれているわ。お花だって、プレゼントだって……」
「あのね、よく聞いて。本当に愛していたらあなたを苦しめることなんてしないわ」
眉を顰め苦言を呈するクルルの横顔を横目でちらりと見てから、私は窓辺から離れる。もしかすると私が見た時より濃密な光景がそこにあったかも知れない。
私の実家はウィンザー男爵家。当主は婿養子の父親でこれが娘の目から見ても最低な浮気男。
母は一人娘でそこそこ優秀だったから、周りの人間は母が女当主になると思っていたらしい。
でも祖父は激しい男尊女卑の考えの持ち主で、代々続いたウィンザー男爵家の跡を継ぐのが女であることが許せなかった。それは実の娘であっても同じことで、知人のつてを頼り貴族学園を首席で卒業した父を婿に迎えることに。
祖父はそんな考えの男性によくあることで、浮気は男の甲斐性で女は黙って我慢をするのが当たり前と、祖母や母に口を酸っぱくして言っていたらしい。
婿養子に入り、その価値観を知った父はここぞとばかりに愛人を沢山作り始めた。長年使えている使用人の話では、それはもう嬉々として愛人に贈り物をし、外泊が目に見えて増えたという。
幸か不幸か父の領地運営の手腕は確かなもので、ウィンザー男爵家は新たな事業も始め豊かに。
こうなっては浮気をしているから、という理由で離縁はしづらい。
私も小さな時から浮気ぐらいで目くじらを立てるなと祖父と父に言われてきた。大事なのは領地を治めることで、浮気は瑣末なこと。
祖母はもういないけれど、母も父を容認し友人達とのお茶会をマイペースに楽しんでいる。
そんな環境で育ったから、貴族とはそういうものだと思っている。それでいいと思うし、仕方ないと諦めた。
それなのに、婚約者に一途に思われるライリーを見ているうちに、心の中で「これで本当にいいの?」と疑問が浮かんでくるように。
次の休み、ブルーノ様は沢山の薔薇を抱えて私を訪ねてきてくれた。
そう、浮気はするけれど私を蔑ろにすることはない。
艶のある漆黒の髪と少し垂れた切れ長の碧い瞳が憂いを帯びていて、薄い唇が緩く弧を描くと色香が香り立つ。周りの令嬢が放って置かないのも分からないではない。
対する私は母譲りの癖のある赤髪に鳶色の瞳、ひょろりと背が高く凹凸が少ない身体は色香とは程遠い。少しそばかすが目立つ顔もコンプレックスで白粉を多めに叩いて誤魔化している。
その日のお茶会も、悔しいけれど楽しかった。流行りのお店やアクセサリーに詳しく話題も豊富でエスコートも完璧。だから余計に思ってしまう。浮気ぐらい多めに見なくては、と。
「そうだ、これをアメリアにプレゼントしようと思って」
そう言って渡されたのはアクアマリンが散りばめられた髪留め。
「綺麗……ありがとうございます」
「最近、大通りにできた宝石店があるだろう。アメリアに似合うと思って選んできたんだよ。そうだ、せっかくだから今着けてあげよう」
ブルーノ様はそう言って席をたち、私の真横に立つと慣れた手つきで髪にコームを挿してくれた。
「うん、良く似合う」
私の赤髪に淡いブルーの髪留めは合わないかもと思ったけれど、ブルーノ様は目を細め嬉しそうに微笑んでくれた。
「大切にします。そうだ! 明日学校にも着けていきますね」
「うん、そうしてくれ」
「……ブルーノ様。明日一緒にお昼を食べませんか?」
学園内ではお互いの友人を尊重し、人脈作りに励むべきだというのがブルーノ様の考え。それは貴族として間違ってはいなくて、だから私達は学園内で一緒にいることは少ない。
「ああいいよ。それじゃ、アメリアの教室まで迎えに行くから待っていてくれるかい」
「分かりました」
断られるかと思っていたけれど、あっさり了承してくださったってことは、多少よそ見をするけれど私を婚約者として大事にしてくれているということ。
ただそれだけのことなのに、私の胸のモヤはすっかりと晴れ、お茶会が終わったあとは浮かれながら明日来て行く服を選んでいた。
頭の良いブルーノ様はAクラスで隣の教室。チャイムと同時に来てくれれば四十分間たっぷりと二人で話をすることができる。学園でそんなに長い時間一緒に過ごすのは初めてのことだから、私はすっかり浮き足立っている。
服を選んだあとは寝るだけなのに、気持ちが舞い上がっている私は寝つけそうになく。こんな時には本でも読もうかとクルルが貸してくれた「裏路地の魔法使い」を手に取る。
「ベストセラーか」
瞳を輝かせて私に本を押し付けてきたクルルは、すっかり裏路地の魔法使いに憧れていて。確かに読みだすと面白くて、今度はうっかり夜更かししてしまった。
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