7 / 50
アメリアと裏路地の魔法使い
2.
しおりを挟む次の日、これほどお昼休みを楽しみにしたことはなかったと思う。
「アメリア、校庭の薔薇が見頃よ。クロード様が場所を取ってくださって、ライリーだけでなく私達も誘ってくれたの。フルオリーニ様も来られるらしいわ」
クルルが翡翠色の瞳を丸くさせて、興奮気味に私の腕を引っ張る。三大公爵の一つコンスタイン家の嫡男であるフルオリーニ様は皆の憧れの的でファンクラブまである。
クルルはフルオリーニ様を一目見るために休み時間の度に廊下に出ては、少しでもその姿を視界にとらえようと日々必死になっているほど。
それに最近はしつこくまとわりつく厄介な令嬢もいて、フルオリーニ様の平穏を守ろうと躍起になっているようで。
「早く! フルオリーニ様をお待たせしてはいけないわ」
もはやクロード様は頭の隅にも入っていない。
興奮で頬を紅潮させるその横でライリーはふわりと笑っている。少しおっちょこちょいでのんびりしていて、それでいて思い込みが激しいところがあるけれど、そのおっとりとした雰囲気は周りの人間の心を和ませる。
「ごめんクルル、今日は私ブルーノ様と一緒に食べる約束をしたの」
「「えっ、ブルーノ様と」」
友人二人は声を合わせ次いで顔を見合わせる。同じタイミングで瞳をパチパチさせると今度は私に目を向けて来た。
「「本当に?」」
「もちろん、昨日約束したもの」
ちょっと胸を張って言うと、ライリーは「良かったわね」と優しく目を細め自分のことのように喜んでくれる。ランチぐらいで大げさな、と思わなくもないけど、きっと私のことをずっと気に掛けてくれていたんでしょう。
クルルは少し訝しげな表情をしながらも、「後で詳しく教えてね」とだけ言う。早くフルオリーニ様の元に行きたいと顔に書いているから、私は笑顔で二人を送り出した。
………でも。
五分、十分、十五分経ってもブルーノ様はこない。
自分の席に座ってただじっとブルーノ様を待つ。
カチカチと鳴る時計の針の音がやけに耳について。
知らずに膝の上で握りしめていた手はじっとりと汗ばんでくる。
……約束したもの。
一緒にご飯を食べるって。
いいよって言ってくれた。
カチカチ、カチカチ、
うるさい針の音に耳を塞ぎたくなって、
不安を打ち消すように昨日もらったアクアマリンの髪飾りに触れる。
「良く似合う」
その言葉が耳の奥に響いて、どうしてだか泣きたくなってくる。
もうこれ以上じっと座っていられなくて、私は席を立って隣のクラスへと向かうことに。
廊下から窓越しに教室を見ると、ブルーノ様の姿は見えない。顔を左右に動かして何度も確認するけれど、やっぱりいない。
「どうしたのですか?」
声をかけられ振り向くと、銀色の髪を首のうしろで束ね黒い用務員服を着た女性がいた。大きな黒縁の眼鏡の奥から私を心配そうに見上げてくる。
「あの、婚約者を探しにきたのだけれどいないようで」
「ブルーノ様なら裏庭のむくの木の下にいましたよ」
「えっ、裏庭に?」
あれ、もしかして裏庭で待ち合わせって約束したのかしら? ううん、間違いなく教室に迎えに来るって仰っていたから、きっと勘違いなさったのね。早くいかなきゃ、とその女性にお礼を言おうとしてふと気が付く。
「あの、どうして私の婚約者がブルーノ様って知っているの?」
私達は学園で一緒にいることは少ない。登下校もそれぞれの家の馬車でしているし、休み時間に額を寄せ合って愛を囁いたり手を繋いで廊下を歩いたこともない。
女性は一瞬紫色の瞳を瞠目したあと、何かを誤魔化すように右手の中指で眼鏡をグイっと上げた。
「そ、それは。用務員たるもの生徒の人間関係は全員知っておかなければなりませんから」
「……全員? 二百人もいるのに?」
「はい!! 全員。しっかりと、それが私の仕事ですから」
きっぱりと言い切るところを見ると本当に全員の人間関係を知っているようで。その自信あふれる態度に思わず(そういうものなんだ)と納得してしまった。
「分かりました。裏庭に行ってきます。ありがとうございます」
「いえ、でも……」
最後に何か言いかけていたけれど、その言葉を聞かずに私は裏庭に急いだ。だってこれ以上ブルーノ様を待たせるわけにはいかないもの。
たどり着いた先に確かにブルーノ様はいた。ブルーノ様が摘んだ苺を、小さな唇を開けて食べようとしているピンクブロンドの髪の令嬢と一緒に。
……ガタッ
手に持っていたお弁当箱が地面に落ちて中身が散らばる。二人は驚いた表情で私を見た後、視線を交じ合わせ小さく笑った。
「どうしたんだ、アメリア」
「あら、アメリアさん。そんなに息を切らせてどうされたの?」
水色の瞳に蔑みの色を滲ませ私を見上げる彼女の髪には、私と同じ髪飾りが着けられていた。はっとして思わず髪飾りに手をやれば、彼女はクスッと意地の悪い笑みを浮かべる。
「それ、着けてくださっているのですね。この前ブルーノ様に連れて行って頂いた宝石店で見つけて買って頂いたのです。ついでにアメリアさんにも買って差し上げたら、とブルーノ様にお伝えしましたの」
彼女の瞳の色と同じライトブルーのアクアマリン。
真っ赤な私の髪には合わないけれど、淡いピンクブロンドの髪にはとても似合っている。
「それにしてもせっかくのお弁当が台無しになってしまいましたね」
「本当だ。どうして弁当なんて持ってきたんだ?」
「……すみません」
まったく悪びれた様子もないブルーノ様は、私との約束なんてすっかり忘れてしまっているようで。
胸の奥が苦しいぐらい痛くなって、
胃の奥が縮まり吐き気が込み上げてくる。
身体の中を怒りや絶望や嫉妬やいろんな感情が駆け巡るのに、喉は詰まったようで声が出ない。
――もう無理。
気づけば私は走っていた。
裏庭を駆け抜け裏門を潜り、石畳みの上を走る。時折すれ違う人が振り返るけれど、それに構うことなくひたすら走り続けた。
1
あなたにおすすめの小説
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた魔王様と一緒に田舎でのんびりスローライフ
さら
恋愛
美人な同僚・麗奈と一緒に異世界へ召喚された私――佐伯由香。
麗奈は「光の聖女」として王に称えられるけれど、私は“おまけ”扱い。
鑑定の結果は《才能なし》、そしてあっという間に王城を追い出されました。
行くあてもなく途方に暮れていたその時、声をかけてくれたのは――
人間に紛れて暮らす、黒髪の青年。
後に“元・魔王”と知ることになる彼、ルゼルでした。
彼に連れられて辿り着いたのは、魔王領の片田舎・フィリア村。
湖と森に囲まれた小さな村で、私は彼の「家政婦」として働き始めます。
掃除、洗濯、料理……ただの庶民スキルばかりなのに、村の人たちは驚くほど喜んでくれて。
「無能」なんて言われたけれど、ここでは“必要とされている”――
その事実が、私の心をゆっくりと満たしていきました。
やがて、村の危機をきっかけに、私の“看板の文字”が人々を守る力を発揮しはじめます。
争わずに、傷つけずに、人をつなぐ“言葉の魔法”。
そんな小さな力を信じてくれるルゼルとともに、私はこの村で生きていくことを決めました。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!
こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。
そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。
婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。
・・・だったら、婚約解消すれば良くない?
それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。
結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。
「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」
これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。
そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。
※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる