裏路地の魔法使い〜恋の仲介人は自分の恋心を封印する〜

琴乃葉

文字の大きさ
41 / 50
最終章

3.

しおりを挟む

 十分後。
 カトリーヌさんが持ってきてくれたワンピースに着替えた鏡の中の私は、この上なく顰めっ面をしている。
 その背後に映るカトリーヌさんは、少し笑いを堪えたように口元を震わせながら、眉を下げ申し訳なさそうな顔を作っている。

「ごめんなさい、ココットさんに会うサイズが使用人の子供の服しかなかったの。十三歳って言うから、さすがに無理かと思ったけれどでピッタリで良かったわ」
「十三歳……」 

「胸までぴったりなんだな、いや、済まない。聞き流してくれ」
「エリオット卿、はっきり聞こえましたが」

 うう、ワンピース自体はシンプルな作りなので却って違和感なく着れてしまう。いや、服にケチつけている場合じゃないのは分かっているけれど。

「私には、来年学園に入学する妹がいるから、ココットさんのことは妹として紹介するわ。どうせ名前なんて憶えてないでしょうからココットと名乗ってくれて問題ないわ」
「分かりました。ではバッチリメイクは落とすことにします」

 私を連れ去った男達も、暗かったから顔まではっきり見えていないだろうし、メイクを落としても気づかないでしょう。

「二人とも、馬車はすでに玄関に用意している。急いだ方がいいだろう」
「ありがとうございます」

 窓から下を見ながらエリオット卿が急かす。ここからリンドバーグ侯爵邸まで馬車で二十分ぐらい。
 家庭教師の時間には早いけれど、うっかり時間を間違えたことにするらしい。
 
 
 馬車は私達三人を乗せて走り始める。
 建物や街灯、石畳の形など一つ一つが少しづづサンリオーニ国と違う。その小さな違いが重なり合ってできた異国の街並みはとても新鮮なものに見えた。

「ココット、俺は、リンドバーグ侯爵邸の一つ先にある角に馬車をとめ待機している。書類を盗んだあとこの馬車の中に戻ってこれるか?」
「はい。できます」
「じゃ、私はいつも通り家庭教師をしてから帰るわ。ココットが途中でいなくなってもうまく言い訳するから任せて」
「ありがとう」

 最後にもう一度お互いの役割を確認していると、馬車は侯爵邸の門を潜り扉の前で止まった。御者が馬車の扉を開け、ステップを降りるのに手を貸してくれる。玄関扉の前にいた護衛騎士がさっと邸内に入ると、執事らしき人物を連れて出て来た。それと入れ替わるように馬車は出発する。

「カトリーヌ先生、ようこそおいでくださいました。……ですが、約束のお時間はまだ先のはずでは?」
「あら、うっかり時間を間違えてしまったわ」

「そうですか。実はお嬢様は教会のミサに行っておられまして」
「あら、そうなのですね。馬車も帰ってしまいましたし、待たせて頂いても良いかしら」
 
「もちろんでございます。それで、……あの、そちらの方は?」

 執事は微笑みを絶やさないまま、少しだけ視線を強め私を見てくる。

「ココットと申します。姉がいつもお世話になっております。私、ユーリン国への留学を検討しておりまして、この国の教育内容について知りたくて参りました。邪魔はいたしませんので、勉強の見学をさせていただけませんでしょうか?」
「左様でございましたか。奥様に確認しないと私では判断できませんが、ひとまずカトリーヌ様と一緒に客室へご案内いたします」

 執事はエントランス正面にある階段を上り、二階のほぼ真ん中にある部屋へと案内してくれた。
 ソファーをすすめてくれたあと、「飲み物を用意します」と言って部屋を出て行く。
 バタン、と扉を閉まったのを確認すると、私は急いでバルコニーへと繋がる窓を開けた。

「カトリーヌさん、リンドバーグ侯爵の書斎の場所、分かりますか?」
「三階の端から二つ目。いつも鍵がかかっているって教え子が言っていたわ」

 私はバルコニーの手すりに背を預け、のけぞってその場所を確認する。昼間だから灯りがついていないけれど、カーテンは閉まっている。

「侯爵様はご在宅でしょうか?」
「この時間はお城に行っているから留守のはずよ」

 侯爵様の馬車の有無を確認したいところだけれど、客間からは手入れされた庭しか見えない。

 コンコン、とノックの音がしたので慌ててソファに座り返事をすると、侍女が紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
 朝から碌なものを食べてないからお腹がぐぅっと小さくなる。

「ありがとうございます。妹と話をしながら待ちますのでお気遣いなく」
「畏まりました。では、何かございましたら一階におりますのでお呼びください」

 侍女は頭を下げると扉から出ていった。

「お腹すいているわよね。ごめんなさい、私そこまで気が付かなかったから。何か食事を用意すればよかったわね」
「大丈夫です。でも、このクッキー、食べていいですか?」
「もちろん。私の分も全部食べて」

 私はカトリーヌさんにハンカチを借りて半分をクルルのために包むと、残りを口に運ぶ。
 サクッとした触感のあと、芳醇なバターの香りが口に広がる。
 美味しい。高級クッキーだ。
 もうちょっと味わって食べたいけれど、そんな時間はないからポイポイ口に頬張る。

「もぐっ、ごくっ、……じゃ、私そろそろ行きますね」

 紅茶で高級クッキーを流し込み、私は立ち上がった。
 カトリーヌさんは不安そうに私の肩に手を置く。

「無茶はしないで」
「はい」
「二か月後、結婚式にきてね」
「はい。約束します」

 私は精一杯の笑顔で頷き、カトリーヌさんの前から姿を消した。



 もし魔術封じの護符が貼っていたらと思っていたけれど、その心配は杞憂に終わった。

 転移した部屋は分厚いカーテンが閉められて薄暗い。
 窓の前に大きな執務机、端にソファセット、壁際にはキャビネット。高そうな絵画に花瓶、でもなんだか品がない。

「とりあえず机の上から、かな」

 机の上の大量の書類は領地経営に関するもの。ざっと見た感じここに人身売買の書類はなさそう。

「じゃ、次は引き出しね」

 下から順番に開けていく。色の変わった昔の書類は関係ない、大量の領収書は怪しいけれど今は無視していいでしょう。
 そして一番上の引き出し。

「開かない。鍵がかかっている」

 ガチャガチャと何度か引っ張ってみるけれど開かなくて。
 普通ならここで鍵を探すんだろうけれど、そこは魔法使い。

 私は引き出しの中に意識を集中させる。小さなものでも、自分以外の物を転移させるのには集中力とそれなりの魔力が必要。

「出てこい!」

 かっこいい詠唱なんてない。ただの掛け声だ。
 締まりない言葉と一緒に手のひらにずしっとした重みがくる。

 出て来た書類は数枚レベルじゃない。何十枚もある。
 これ全部見るのは時間がかかるなぁ。でも、絶対にあやしい。
 一枚一枚に目を通して、怪しい書類がないか探していく。

「うーん、これかな?」

 奥様から教えて貰った書類の見方がこんな所で役に立つと思わなかった。
 
「裏帳簿ってとこかな」

 怪しい収支報告書。実際は報告なんてしないだろうから利益を計算するための書類ってとこかな。
 机の上にある正式な収支報告書と見比べても、その金額は正式な書類には記載されていない。

「見ーつけた! あとは……人身売買の契約書もどこかにあるはず」

 この書類が鍵のかかった引き出しなら、もっとヤバい契約書は……?
 べたに絵の裏とか?

 まさかそんな、と絵をはずしたら、三十センチ四方の金庫がその後ろに付けられていた
 
「こんなの本の中だけの話だと思っていた」

 本当にあるんだ。本って意外と真実を書いているものなのね。

 引き出しと同じ要領で取り出した書類はさっきよりもずっと多い。
 書かれている内容は性別、年齢、髪と瞳の色、そして、

「……価格」

 全ての紙に、一人の人間の価値が数字で書かれてあった。
 身体中の毛がぞわりと逆立つ。

 その数字は命の重さであり、人としての尊厳であり、希望や夢でもあるんだ。
 若い女性ほど価格が高い。
 ブロンドの髪ならなおさら。

 ……そんなこと、命に関係ある?
 一人一人に大切な人がいて、一生懸命生きてきた日々と、無限の未来があるのに。

 それを売り飛ばし変えたお金にいったいどれだけの価値があるの?

「……許せない。絶対捕まえてやる」

 別に私、正義の使者じゃないよ。
 人並みの倫理と正義感ぐらいは持ち合わせているけれど、立派な決意や確固とした信念なんてない。
 でも、そんな私でもこの事実に怒りで震えが止まらない。

 私は書類を全部持ったことを確認して、その部屋から姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...