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最終章
3.
しおりを挟む十分後。
カトリーヌさんが持ってきてくれたワンピースに着替えた鏡の中の私は、この上なく顰めっ面をしている。
その背後に映るカトリーヌさんは、少し笑いを堪えたように口元を震わせながら、眉を下げ申し訳なさそうな顔を作っている。
「ごめんなさい、ココットさんに会うサイズが使用人の子供の服しかなかったの。十三歳って言うから、さすがに無理かと思ったけれどでピッタリで良かったわ」
「十三歳……」
「胸までぴったりなんだな、いや、済まない。聞き流してくれ」
「エリオット卿、はっきり聞こえましたが」
うう、ワンピース自体はシンプルな作りなので却って違和感なく着れてしまう。いや、服にケチつけている場合じゃないのは分かっているけれど。
「私には、来年学園に入学する妹がいるから、ココットさんのことは妹として紹介するわ。どうせ名前なんて憶えてないでしょうからココットと名乗ってくれて問題ないわ」
「分かりました。ではバッチリメイクは落とすことにします」
私を連れ去った男達も、暗かったから顔まではっきり見えていないだろうし、メイクを落としても気づかないでしょう。
「二人とも、馬車はすでに玄関に用意している。急いだ方がいいだろう」
「ありがとうございます」
窓から下を見ながらエリオット卿が急かす。ここからリンドバーグ侯爵邸まで馬車で二十分ぐらい。
家庭教師の時間には早いけれど、うっかり時間を間違えたことにするらしい。
馬車は私達三人を乗せて走り始める。
建物や街灯、石畳の形など一つ一つが少しづづサンリオーニ国と違う。その小さな違いが重なり合ってできた異国の街並みはとても新鮮なものに見えた。
「ココット、俺は、リンドバーグ侯爵邸の一つ先にある角に馬車をとめ待機している。書類を盗んだあとこの馬車の中に戻ってこれるか?」
「はい。できます」
「じゃ、私はいつも通り家庭教師をしてから帰るわ。ココットが途中でいなくなってもうまく言い訳するから任せて」
「ありがとう」
最後にもう一度お互いの役割を確認していると、馬車は侯爵邸の門を潜り扉の前で止まった。御者が馬車の扉を開け、ステップを降りるのに手を貸してくれる。玄関扉の前にいた護衛騎士がさっと邸内に入ると、執事らしき人物を連れて出て来た。それと入れ替わるように馬車は出発する。
「カトリーヌ先生、ようこそおいでくださいました。……ですが、約束のお時間はまだ先のはずでは?」
「あら、うっかり時間を間違えてしまったわ」
「そうですか。実はお嬢様は教会のミサに行っておられまして」
「あら、そうなのですね。馬車も帰ってしまいましたし、待たせて頂いても良いかしら」
「もちろんでございます。それで、……あの、そちらの方は?」
執事は微笑みを絶やさないまま、少しだけ視線を強め私を見てくる。
「ココットと申します。姉がいつもお世話になっております。私、ユーリン国への留学を検討しておりまして、この国の教育内容について知りたくて参りました。邪魔はいたしませんので、勉強の見学をさせていただけませんでしょうか?」
「左様でございましたか。奥様に確認しないと私では判断できませんが、ひとまずカトリーヌ様と一緒に客室へご案内いたします」
執事はエントランス正面にある階段を上り、二階のほぼ真ん中にある部屋へと案内してくれた。
ソファーをすすめてくれたあと、「飲み物を用意します」と言って部屋を出て行く。
バタン、と扉を閉まったのを確認すると、私は急いでバルコニーへと繋がる窓を開けた。
「カトリーヌさん、リンドバーグ侯爵の書斎の場所、分かりますか?」
「三階の端から二つ目。いつも鍵がかかっているって教え子が言っていたわ」
私はバルコニーの手すりに背を預け、のけぞってその場所を確認する。昼間だから灯りがついていないけれど、カーテンは閉まっている。
「侯爵様はご在宅でしょうか?」
「この時間はお城に行っているから留守のはずよ」
侯爵様の馬車の有無を確認したいところだけれど、客間からは手入れされた庭しか見えない。
コンコン、とノックの音がしたので慌ててソファに座り返事をすると、侍女が紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
朝から碌なものを食べてないからお腹がぐぅっと小さくなる。
「ありがとうございます。妹と話をしながら待ちますのでお気遣いなく」
「畏まりました。では、何かございましたら一階におりますのでお呼びください」
侍女は頭を下げると扉から出ていった。
「お腹すいているわよね。ごめんなさい、私そこまで気が付かなかったから。何か食事を用意すればよかったわね」
「大丈夫です。でも、このクッキー、食べていいですか?」
「もちろん。私の分も全部食べて」
私はカトリーヌさんにハンカチを借りて半分をクルルのために包むと、残りを口に運ぶ。
サクッとした触感のあと、芳醇なバターの香りが口に広がる。
美味しい。高級クッキーだ。
もうちょっと味わって食べたいけれど、そんな時間はないからポイポイ口に頬張る。
「もぐっ、ごくっ、……じゃ、私そろそろ行きますね」
紅茶で高級クッキーを流し込み、私は立ち上がった。
カトリーヌさんは不安そうに私の肩に手を置く。
「無茶はしないで」
「はい」
「二か月後、結婚式にきてね」
「はい。約束します」
私は精一杯の笑顔で頷き、カトリーヌさんの前から姿を消した。
もし魔術封じの護符が貼っていたらと思っていたけれど、その心配は杞憂に終わった。
転移した部屋は分厚いカーテンが閉められて薄暗い。
窓の前に大きな執務机、端にソファセット、壁際にはキャビネット。高そうな絵画に花瓶、でもなんだか品がない。
「とりあえず机の上から、かな」
机の上の大量の書類は領地経営に関するもの。ざっと見た感じここに人身売買の書類はなさそう。
「じゃ、次は引き出しね」
下から順番に開けていく。色の変わった昔の書類は関係ない、大量の領収書は怪しいけれど今は無視していいでしょう。
そして一番上の引き出し。
「開かない。鍵がかかっている」
ガチャガチャと何度か引っ張ってみるけれど開かなくて。
普通ならここで鍵を探すんだろうけれど、そこは魔法使い。
私は引き出しの中に意識を集中させる。小さなものでも、自分以外の物を転移させるのには集中力とそれなりの魔力が必要。
「出てこい!」
かっこいい詠唱なんてない。ただの掛け声だ。
締まりない言葉と一緒に手のひらにずしっとした重みがくる。
出て来た書類は数枚レベルじゃない。何十枚もある。
これ全部見るのは時間がかかるなぁ。でも、絶対にあやしい。
一枚一枚に目を通して、怪しい書類がないか探していく。
「うーん、これかな?」
奥様から教えて貰った書類の見方がこんな所で役に立つと思わなかった。
「裏帳簿ってとこかな」
怪しい収支報告書。実際は報告なんてしないだろうから利益を計算するための書類ってとこかな。
机の上にある正式な収支報告書と見比べても、その金額は正式な書類には記載されていない。
「見ーつけた! あとは……人身売買の契約書もどこかにあるはず」
この書類が鍵のかかった引き出しなら、もっとヤバい契約書は……?
べたに絵の裏とか?
まさかそんな、と絵をはずしたら、三十センチ四方の金庫がその後ろに付けられていた
「こんなの本の中だけの話だと思っていた」
本当にあるんだ。本って意外と真実を書いているものなのね。
引き出しと同じ要領で取り出した書類はさっきよりもずっと多い。
書かれている内容は性別、年齢、髪と瞳の色、そして、
「……価格」
全ての紙に、一人の人間の価値が数字で書かれてあった。
身体中の毛がぞわりと逆立つ。
その数字は命の重さであり、人としての尊厳であり、希望や夢でもあるんだ。
若い女性ほど価格が高い。
ブロンドの髪ならなおさら。
……そんなこと、命に関係ある?
一人一人に大切な人がいて、一生懸命生きてきた日々と、無限の未来があるのに。
それを売り飛ばし変えたお金にいったいどれだけの価値があるの?
「……許せない。絶対捕まえてやる」
別に私、正義の使者じゃないよ。
人並みの倫理と正義感ぐらいは持ち合わせているけれど、立派な決意や確固とした信念なんてない。
でも、そんな私でもこの事実に怒りで震えが止まらない。
私は書類を全部持ったことを確認して、その部屋から姿を消した。
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