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最終章
5.
しおりを挟む「じゃ、行ってくるわ」
「ええ、気をつけて」
手を胸の前でくみ、紅潮した頬で私の転移を今か今からと待っているクルル。
私は苦笑いを堪えながら残り少なくなってきた魔力を使い、ウィンザー男爵家の庭に降り立った。
場所は庭の隅、でも男爵家の庭はさほど広くない。耳をすませば左手の方向から、鳥の囀りのような笑い声が聞こえてきた。私は裏路地の魔法使いに姿を変えると声のする方へと向かう。
二人は木陰の下にガーデンテーブルを置いてそこでお茶をしていた。幸い、周りには侍女もいないので、私は躊躇うことなくそこへと向かう。
「誰! ……えっ、あなたは……」
腰ほどの高さの低木の後ろから突然姿を現した私に、ライリーとアメリアは驚き立ち上がったけれど、それが裏路地の魔法使いだと分かると揃って駆け寄ってきた。
「どうしてここに!? 私、あなたにお礼を言いたいと思っていたの。でも、あれから何度も裏路地に行ったのに会えなくて」
「私も聞きたいことがあったのです。朝露にハチミツ……あれの効果は何だったのでしょう?」
クルルと同じように頬を染め詰め寄ってくる二人。
朝露にハチミツ、あぁ。そういえばそんなこと言ったっけ。
「二人とも元気そうでよかった。今日はちょいと頼みがあって来たのじゃ」
「「私達に頼み?」」
二人揃って目をパチパチと二回瞬きする。
「そうじゃ、まずはライリー、あんたの婚約者のクロードはフルオリーニと同じ騎士団にいたはず」
「はい。そんなこともご存知でしたか」
「もちろんじゃ。それでこの布袋をフルオリーニに渡すようクロードに言づけてくれないだろうか」
「フルオリーニ様にですか……あの、中身を伺っても宜しいでしょうか?」
麻でできた布袋は汚れた床に置いたせいで埃が付いている。
私はその埃をこっそり掃うと、中から紙の束をちらりと見せる。
「入っているのは紙だけ。危険なものは何もない。『フルオリーニに頼まれた件で裏路地の魔法使いが持って来た』と言って貰えば分かるじゃろう」
「お婆さん、フルオリーニ様とも知り合いなのですか?」
ライリーが小首を傾げる。でもすぐに分かりましたと言って布袋を受け取ってくれた。
「あの、裏路地の魔法使いさん、私にも何かできることないですか? 私の望みを叶えてくれたお礼をしたいのです」
「あぁ、あんたにも頼みたいことはある。恋人のヘンデルは港について詳しいだろう。この紙に書いてあることを調べるよう頼んで欲しい。そのうちフルオリーニがヘンデルを訪ねるじゃろうから、その時に調べたことを報告してくれ」
「分かりました。でも私、まだヘンデルと恋人ってわけでは……」
恥ずかしそうに頬を赤らめるアメリアに四つ折りにした手紙を渡す。アメリアはそれをポケットに大事そうに入れた。
良かった、と思った瞬間足元から力が抜けて思わずその場に座りこんでしまった。
魔力はかなり限界に近づいてきている。
「お婆さん、大丈夫ですか? 顔色が悪いわ」
「使用人を呼んでくるので、少し休んでいてください。その間に私達はお城と港に行ってきますから」
アメリアはそう言うと立ち上がり、使用人を呼ぼうとガーデンテーブルに置いてあったベルを鳴らそうとする。
「待って! 大丈夫だから。……はぁ、はぁ、儂はまだ、い、行かなきゃいけないところがあって……」
まずい、指先から魔法が解けてくるのが分かる。私はフードを深くかぶりなおす。
「二人とも、頼んだよ。急いで、できるだけ急いで……くれ」
最後の声はしゃがれた声じゃない。
いつもの私の声。
フードから零れ落ちた髪も白髪ではなく銀色。
もう限界、私は最後の力を振り絞って二人の前から姿を消した。
ドサッという大きな音と一緒に激しく床に叩きつけられる。
魔力が少なすぎて、転移がうまくコントロールできなかった。
背骨を打ってゲホゲホと噎せ返っていたら、扉が少し開いて男がこちらを睨みつけてくる。
「おい!! うるさいぞ。何をしている」
「ごめんなさい。 彼女泣きすぎて引きつけを起こしてしまったようで。お水を貰えますか」
「はぁ? そんなもんない。いいから静かにしていろ! 次騒いだら痛い目に合わせるぞ!!」
バタンと扉を閉める大きな音がする。クルルがとっさに毛布を掛けてくれたから足枷がついていないことに気が付かなかったみたい。
「大丈夫?」
「ちょっと魔力切れを起こしちゃったみたい。横になれば回復するわ」
「……魔力、分けれたらいいのに」
「そんなこと出来るの?」
「魔力量が多い人ならできるらしいわ」
ということはクルルの魔力は少ないっていうこと。
そんな人から分けて貰うわけにはいかない。
「少し眠るわ」
「うん、多分日が暮れるまで何も起こらないと思う」
横になった途端物凄い眠気が襲ってくる。
この状況でよく寝れるな、と自分でも思うけれど身体が休息を欲しがっているのだ、仕方ない。
「ケーキ食べたいな」
そうしたらすぐに回復するのに。
眠りの淵でそう思ったのだけは覚えている。
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