裏路地の魔法使い〜恋の仲介人は自分の恋心を封印する〜

琴乃葉

文字の大きさ
49 / 50
最終章

11.

しおりを挟む

 サワサワと心地よい風が頬をくすぐる。

 ふわふわしてなんだか気持ちがいい。

 私、死んだのかな。

 額にふわりと温かく柔らかいものが落ちてきた。

 次に右のほっぺ。
 くすぐったい。

 なんだろう、なぜか、とっても幸せだ。



「うーん……」

 薄っすらと目を開ける。
 ここはどこ?
 白い天井。
 少し冷たい風が吹いて、白いレースが視界をよぎる。

 カーテン?

「……ココット…ココット!!! 目が覚めたのか!?」

 うん、と重い頭を少し動かせば、こちらを覗き込む疲れた顔のご主人様がいた。
 目の下には酷いクマ、顔色も悪い。

「どうしたんですか? ご主人様。……あれ? 私生きてます?」
「ああ。生きている。生きていた。良かった、もう二度と目を覚まさないかと思った」

 私の右手を両手で握りしめ、泣きそうな、笑いそうな顔をしている。

「どうして?」

 確か私撃たれたはず。そう思い握られていない方の手で恐る恐るお腹を触るけれど。

「痛くない? えっ? 私撃たれましたよね。血が沢山でたはずなのに」

 夢? いやいや、すっごく痛かったし。

「クルルのおかげだ」
「クルル? でも彼女、傷は治せないって言っていましたよ?」
「ああ、そんな魔術は使えない」
「じゃ、どうやって?」
「彼女が使うのは『時を戻す』魔術だ」

 時を戻す!! 何それ!!
 私が目をパチパチさせていると、ご主人様はさらに詳しく教えてくれた。

「正確には、手に触れたものの時間を最大五分ほど戻せるらしい」
「手に触れたもの、五分。なかなか縛りのある魔術ですね」
「どうやら魔力量が少ないらしく、それが限界らしい。ココットの時を戻したあとも魔力切れで倒れたぐらいだし」
「えっ、それでクルルは?」
「一晩寝たら元気になった。いつも夕方見舞いにくるから、あと二時間後にはあえるだろう」

 多分だけれど、クルルは立場上その能力を秘密にしておかなきゃいけなかったはず。
 でも、私のために時を戻してくれた。
 それはとても大きな決断だったと思う。きちんとお礼を言おう。
 
「それにしても、時を戻せる魔術なんて初めて聞きました。じゃ、夜会会場に護符が貼っていなかったのもそのためですか?」
「そうだ。確かに護符を貼れば魔術による攻撃は防げるが、それ以外の、例えば毒やナイフによる危険は防げない。クルルの魔術なら、たとえ皇族が死んでも時を戻せばいい」
「クルルが五分以内に来れる場所にいれば、無敵同然じゃないですか」

 護符で攻撃を防ぐより、いざとなればクルルに生き返らせてもらえばよい。
 なんて単純にして完璧な護衛方法。

「病などは治すことはできないが、突発的なことならなんでもオールマイティに対処できる。ただし魔力量が少ないので一日一回が限界だ」

 そうか。そう考えると万能とはいえないのかも知れない。
 
 私はゆっくりと身体を起き上がらせる。ご主人様が支えるように背中に手を当て、ベッドサイドに置かれていたガウンを肩に掛けてくれた。

「私は何日寝ていたのですか? それからリンドバーグ侯爵家はどうなったのでしょう」
「寝てたのは一週間。クルルが言うには、時を戻された側にも負担があるらしく、暫く昏睡状態になるらしい」
「お腹すきました」
「さっきララが部屋から出て行ったから、そのうち料理をもってくるだろう」

 ララさんいたんだ。気づかなかった。沢山心配かけたんだろうな。

 グルルル~

 間抜けな音がお腹から出て慌てて手で押さえる。ご主人様がプッと吹き出し眉を下げ、笑いを堪えながら聞いてくる。

「えーと、あとは食べてから聞くか?」
「いえいえ、ゆっくり食べたいから今聞きます。で、ナターシャ様は?」
「あー、うん。まず遊覧船が船着き場に戻ったところで、父が引き連れて待っていた騎士団に乗組員全員が捕まった。ナターシャや負傷した護衛騎士は貴族牢に、それ以外の者は地下牢に連れていかれ取り調べを受けた。乗組員の話から芋づる式にペラルタ子爵の関与が浮上し、人身売買の容疑で家宅捜索をした結果たんまりと証拠が出てきてた」
「ペラルタ、どこかで聞いた名前ですね?」
「ココットが擬態してケーキを食った男。遊覧船の持ち主だ」

 あー、そうでした、そうでした。いましたね、そんな奴。
 うっ、ご主人様が残念な子を見る目を私に向けてくる。
 仕方ないじゃないですか。寝起きで記憶力が悪くなっているんですよ。

「こほん、それでリンドバーグ侯爵家はどうなったのでしょう? エリオット卿が動いてくれているはずですが」
「咳払いで誤魔化そうとするな。昨晩第三皇女から手紙がきた。リンドバーグ侯爵を人身売買の疑いで捕らえたそうだ。数が多いので詳しい取り調べは時間がかかるらしいが、とりあえず最近連れてこられた人の保護を進めている、と書いてあった」

 そうか。どれだけの人が犠牲になったんだろう。
 一人でも多くの人が家族の元に戻れるといいな。


 バタバタと足音が聞こえてきたと思ったら、ノックされることなく扉がひらいた。

「ココット!!」
「お祖父様!」

 あろうことか、お祖父様はご主人様を押し退けベッドに片膝を乗せると布団ごと私をぎゅっと抱きしめた。
 懐かしい実家の匂いがしてくる。

「良かった。良かった。お前にもしものことがあったら、俺はバートナム達になんと謝れば良いか……」

 最後の方は涙でくぐもった声に。
 私を抱きしめる腕が震えている。
 腕に込められた力は、私の存在を確かめるようにさらに強くなって、ごつごつした手が背中や頭を撫でる。

「ごめんなさい。心配かけちゃった」

 お祖父様の身体に腕を回す。ずずっと鼻を啜る音と嗚咽が聞こえて来た。
 凄く心配したんだろうな。
 一瞬しか見えなかったその顔は随分痩せこけていた。

「ココット、アリストン男爵」

 低い声が聞こえ、お祖父様の腕が私から離れる。
 ベッドサイドに立っているご主人様の後ろには、いつの間に来たのかコンスタイン公爵夫妻の姿が。

「この度は愚息のせいでココットを危険な目に合わせてしまった。申し訳ない」
 
 公爵夫妻とご主人様が深々と頭を下げる。それを見てお祖父様が慌てベッドから降りて顔の前で手を振る。

「とんでもない、どうか顔を上げてください」
「いえ。俺がココットを危険に巻き込んでしまいました。申し訳ございません」
「違います! 私が勝手に飛び出したんです。ご主人様は悪くありません」

 私も立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らずよろめいてしまう。
 お祖父様とフルオリーニ様の腕がとっさに伸びてきて支えてくれたから転ばずにすんだけれど、かなり体力が落ちているみたい。旦那様が立っているのに申し訳ないな、と思いながらベッドサイドに腰をかける。

「いや、そもそもこの交換条件にお前を巻き込んだフルオリーニが悪い」

 旦那様がじろりとご主人様を見る。
 交換条件?
 何それ?
 
 ご主人様に目で問いかけたら、フィッと視線を逸らされた。
 それなら、と奥様を見ると、訳知り顔でニンマリとされる。

「お祖父様……」

 もしかして知っている? と首を傾げ問いかければ、
 ポンと肩を叩かれ、うんうんと頷いている。
 どうやら私以外は全員知っているようで。眉間に皺を寄せていると

「まあ、それはあとでゆっくり話すから」

 コホンと咳払いするご主人様は明らかに何かを誤魔化そうとしている。

 その時、タイミングよくドアがノックされ、ララさんが食事を乗せたワゴンを押して入ってきた。

 食事だ! って覗き込んだらお粥だった。
 一週間ぶりの食事だから、お肉やケーキは駄目らしい。えっ、大丈夫だよ、食べれるよ私。

「ココット、ララさんは心配してずっと付き添ってくれていたんじゃよ」
「そうなんですか、ありがとうございます」
「いえいえ、それに看病していたのは私だけじゃないのよ。フルオリーニ様も時間がある時……」
「じゃ、あれはやっぱり夢だったんですね! 良かった」

 ほっとして、ララさんの言葉を途中で遮ってしまった。
 私の言葉に全員がうん、と首を傾げる。

「ココット、因みにアレ、とはなんだ?」

 旦那様が、少し戸惑いながら聞いてくる。  

「いえ、お気になさらず。ただの夢です」
「とりあえず話してみろ」

 えー、夢なのに。言わなきゃいけないんですか?
 恥ずかしいんですけど。でも、旦那様の命令だし。

「えーと、その。ぼんやりとした記憶ですが、ご主人様に額にキスされて……」
「!! ち、ちょっと待て。ココット! お前起きて……」
「フルオリーニ、どういうことだ?」
「いや、それは。夢です。夢だとココットも言っているではありませんか」

 慌てふためくご主人様の頭を、旦那様が上から大きな手で押さえつける。

「フルオリーニ、私はあなたを立派な紳士に育てたつもりだったのに」
「母上、ですから、夢だと」

 奥様が額に皺を寄せじんわりと責める。

「ほっ、ほっ。まあ、良いではありませんか」
「アリストン男爵殿、広いお心は嬉しいですが、ココットも夢だと言っていますし。俺は額や頬にキスなど」

「…………私、頬のことはまだ言っていません」

 …………

 しん、と静まり返る部屋。
 ご主人様の額には脂汗が浮かんでいて。
 それを見て、私も何が起きたかじわりと理解した。

 ぼっと顔が熱くなる。顔だけじゃなく全身が熱ってきて、私、今湯気が出ているんじゃない?

「コンスタイン公爵様、ここは二人に任せましょう。先程の交換条件の説明もありますし」
「アリストン男爵殿がそう言われるなら」
「フルオリーニ、扉は開けておくのよ」

 お祖父様達はやれやれ、と言ったふうに部屋を出ていく。私は、はくはくと口を開け閉めするも言葉が出てこない。

 最後に出ていったララがくるりと振り返り、拳を握り締めると。

 パタン、と扉が閉められた。
 えっ、開けといてって言われましたよね?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...