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最終章
12.
しおりを挟む「ご主人様、扉、開けましょう」
「そうだな、まず交換条件の話なのだが」
「扉……」
「粥でも食いながら聞けばいい」
ご主人、扉を開ける気、ありませんね。
うーと、恨めしく睨めつけると粥を渡された。
おお、一週間ぶりのご飯。
「頂きます」
「ああ、食え。それで話の続きだが、ココットも公爵家と男爵家が縁を繋げないのは知っているよな」
粥に入れた匙がピタリと止まる。
「……はい、知っています」
さっきまでの食欲がどこかへ行ってしまった。
そう、それが現実。
私とご主人様の身分の差。
「それで父に頼んだのだ。もし、この事件を解決したら親戚の伯爵家にココットを養女として迎えてもらいたいと」
「えっ! 待ってください。初耳ですよ。そんなこと」
「俺一人でそこまでの下準備はしたかったんだ。でも、どうしても情報が足りなくて、ココットの力を借りた。それがまさかこんなことになるなんて。本当にすまない」
えーと。
少し頭が追いつかないのですが。
まさか、そんな話があったなんて。
「父にも随分怒られた。お前は何をしているんだと。ココットは俺にはもったいない女性だが、俺がココットに相応しくないとまで言われた。約束を反故にされるのでは、と冷や冷やしたぞ」
そんな。はぁ、とため息つきながら言われても。
でも、それって。
「旦那様は私を認めてくださっているのですか?」
だって、私、この家に泥棒に入るような人間ですよ。
私が何について話しているのか察してくれたのでしょう。フルオリーニ様は少し困ったように眉を下げる。
「父は確かに頭が硬い。昔のことも忘れていない。でも、なぜココットがそんなことをしたのかは理解しているし、それに、もう何年も一緒に暮らしているんだ。ココットの人となりは良く分かっている」
頭が硬すぎるんだよな、とフルオリーニ様は最後に小さくぼやいた。
「ココットが目を覚ます前に、アリストン男爵には事の経緯を全て話した。隠しながら謝罪するなど不誠実だからな」
「お祖父様は何と?」
「喜んでいたよ。そこまでココットを思ってくれて、と。でも、ココットの気持ちを尊重して欲しいと釘も刺された」
はぁ、と私は小さく息をはく。
私が眠っている間に随分話は進んでいたようで。
当事者の私だけが何も知らない。
なんか複雑な気分。
「外堀をガッツリ埋められたように思うのですが」
「俺がそういうタイプだと知っているだろ。だから次は内側を攻めようと思っていたのだが」
そういうと、ご主人様は私の隣に腰をおろす。
二人してベッドに並んで座った状態から、身を屈め下から私を覗き込むと悪戯な笑みを浮かべた。
「ココットを口説き落とす方法はいろいろ考えていたんだ」
「……」
「聞きたいか? そうだな例えば流行りのレストランやカフェに行ったり。綺麗な花畑にサンドイッチを沢山詰めたバスケットを持っていったり」
明らかに食べ物で釣る気ですね。ぷっと膨れて見せたらさらにニヤリと笑みを深める。
「でも、問題が起きた」
「どうしたのですか」
「先を越されてしまった。俺が告白したかったのに」
!! ぼっと顔が赤くなる。
あの時、死ぬ前にいった自分の言葉を思い出す。
あれは、もう最後だと思ったから。
最後にずっと秘めていた思いを伝えたくて。
「……ケーキも、サンドイッチもお預けですか?」
「いや、一緒に行こう」
「……私なんかでいいんですか?」
「ココットがいい。ココットこそ、俺でいいのか? 俺のせいでご両親は……」
ご主人様は途中で言葉に詰まり、目線を降ろす。長い睫毛が疲れた肌に影を落とし、辛そうに眉が寄せられた。
「あれはフルオリーニ様のせいではありません」
「それでも俺はココットから肉親を奪った。それなのにココットはいつも幼い俺に優しくしてくれ、笑っていた。その強さと優しさにどれだけ救われたことか」
私は勢い良く頭を振る。手に持っていたお粥をサイドテーブルに置き、膝の上でぎゅっと握り閉められているご主人様の手にそっと触れる。ご主人様は目線だけこちらに向けて来た。
「救われたのは私の方です。私を庇ってくださったこと、侍女として傍に置いてくださったこと。感謝してもしきれません」
ご主人様の手が私の指を絡めとる。握られた先から伝わる熱。
私とご主人様の間にある空気が煮詰められていく。
柔らかく、でも温かい。
それなのに焦がす様な熱を孕んだ甘い空気。
そこにいるのはご主人様でなく、一人の男性。
「ずっと傍にいて欲しい。侍女としてではなく妻として」
真っ直ぐに私を見る銀色の瞳。
真剣で、熱の篭った眼差しから目を離せない。
「ココット、愛している。ずっと前から、誰よりも」
愛している、今まで口に出すことが許されなかったその言葉。
それを私に伝えるためにご主人様は頑張ってくれていた。
許されないと思っていた。
叶えてはいけないと思っていた。
でも、ずっと聞きたかった言葉。
ぽたりと水色の寝着の上に染みが浮かぶ。
ぽたぽた、とそれは増え、いつの間にか私は泣いていた。
私がずっと大切に、でも見ないように心の奥にしまっていた気持ち。
伝えてはいけないと思っていた言葉。
「私もフルオリーニ様を愛しています」
二度目の愛の言葉に、ご主人様は子供のようにくしゃっと笑った。
そして私の身体をゆっくりと引き寄せ抱きしめる。
「あぁ、やっぱり俺が先に言いたかった」
伝わる温もりを幸せと呼ぶのかな。
心が満たされていく。
その広い背に腕を回せば、ご主人様の鼓動が伝わってきた。
「これからはご主人様ではなく名前で呼べ。ココットはもう侍女じゃない」
「分かりました」
「もし、ご主人様と呼んだら罰を与えてやる」
「どんな罰ですか?」
回されていた腕が解かれ、そっと頬を包まれる。
見慣れたはずのその顔は、なぜか初めて見るように新鮮で。
その瞳に映る私の顔も、今までと違って見える。
「ではこうしよう」
顔が近づいてくる。
目を閉じれば触れられたのは額でも頬でもなく唇。
夢で感じたよりもずっと熱いその唇は、数回触れて離れていく。
でも、そのまま離れるのは嫌で、こつんとおでこをくっつけた私達。
その間を秋風が通り抜け、金色の髪と銀色の髪が、柔らかな日差しの下で宙をまう。
ベッドの下の白い大理石には、二人の短い影。
その影が再び近づいてはまた離れる。
クスクスと小さな笑いと囁きを間にはさみ、何度もそれが繰り返される。
唇が離れるたびに零れ落ちる甘い囁きには当分慣れそうにない。
もしかしたら一生慣れないかもしれないけれど。
ベッドの上に倒れ込んだ拍子に、枕の横に置かれていた青い表紙の本が床に落ちた。
その本のタイトルは『裏路地の魔法使い』
ーーこれから始まる物語は、
私が愛する人と紡ぐ二人の物語。
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