裏路地の魔法使い〜恋の仲介人は自分の恋心を封印する〜

琴乃葉

文字の大きさ
50 / 50
最終章

12.

しおりを挟む

「ご主人様、扉、開けましょう」
「そうだな、まず交換条件の話なのだが」
「扉……」
「粥でも食いながら聞けばいい」

 ご主人、扉を開ける気、ありませんね。
 うーと、恨めしく睨めつけると粥を渡された。
 おお、一週間ぶりのご飯。

「頂きます」
「ああ、食え。それで話の続きだが、ココットも公爵家と男爵家が縁を繋げないのは知っているよな」

 粥に入れた匙がピタリと止まる。

「……はい、知っています」

 さっきまでの食欲がどこかへ行ってしまった。
 そう、それが現実。
 私とご主人様の身分の差。

「それで父に頼んだのだ。もし、この事件を解決したら親戚の伯爵家にココットを養女として迎えてもらいたいと」
「えっ! 待ってください。初耳ですよ。そんなこと」
「俺一人でそこまでの下準備はしたかったんだ。でも、どうしても情報が足りなくて、ココットの力を借りた。それがまさかこんなことになるなんて。本当にすまない」

 えーと。
 少し頭が追いつかないのですが。
 まさか、そんな話があったなんて。

「父にも随分怒られた。お前は何をしているんだと。ココットは俺にはもったいない女性だが、俺がココットに相応しくないとまで言われた。約束を反故にされるのでは、と冷や冷やしたぞ」

 そんな。はぁ、とため息つきながら言われても。
 でも、それって。

「旦那様は私を認めてくださっているのですか?」

 だって、私、この家に泥棒に入るような人間ですよ。
 私が何について話しているのか察してくれたのでしょう。フルオリーニ様は少し困ったように眉を下げる。

「父は確かに頭が硬い。昔のことも忘れていない。でも、なぜココットがそんなことをしたのかは理解しているし、それに、もう何年も一緒に暮らしているんだ。ココットの人となりは良く分かっている」

 頭が硬すぎるんだよな、とフルオリーニ様は最後に小さくぼやいた。

「ココットが目を覚ます前に、アリストン男爵には事の経緯を全て話した。隠しながら謝罪するなど不誠実だからな」
「お祖父様は何と?」
「喜んでいたよ。そこまでココットを思ってくれて、と。でも、ココットの気持ちを尊重して欲しいと釘も刺された」

 はぁ、と私は小さく息をはく。

 私が眠っている間に随分話は進んでいたようで。
 当事者の私だけが何も知らない。
 なんか複雑な気分。

「外堀をガッツリ埋められたように思うのですが」
「俺がそういうタイプだと知っているだろ。だから次は内側を攻めようと思っていたのだが」

 そういうと、ご主人様は私の隣に腰をおろす。
 二人してベッドに並んで座った状態から、身を屈め下から私を覗き込むと悪戯な笑みを浮かべた。

「ココットを口説き落とす方法はいろいろ考えていたんだ」
「……」
「聞きたいか? そうだな例えば流行りのレストランやカフェに行ったり。綺麗な花畑にサンドイッチを沢山詰めたバスケットを持っていったり」

 明らかに食べ物で釣る気ですね。ぷっと膨れて見せたらさらにニヤリと笑みを深める。

「でも、問題が起きた」
「どうしたのですか」
「先を越されてしまった。俺が告白したかったのに」

 !! ぼっと顔が赤くなる。
 あの時、死ぬ前にいった自分の言葉を思い出す。
 あれは、もう最後だと思ったから。
 最後にずっと秘めていた思いを伝えたくて。
 
「……ケーキも、サンドイッチもお預けですか?」
「いや、一緒に行こう」
「……私なんかでいいんですか?」
「ココットがいい。ココットこそ、俺でいいのか? 俺のせいでご両親は……」

 ご主人様は途中で言葉に詰まり、目線を降ろす。長い睫毛が疲れた肌に影を落とし、辛そうに眉が寄せられた。

「あれはフルオリーニ様のせいではありません」
「それでも俺はココットから肉親を奪った。それなのにココットはいつも幼い俺に優しくしてくれ、笑っていた。その強さと優しさにどれだけ救われたことか」
 
 私は勢い良く頭を振る。手に持っていたお粥をサイドテーブルに置き、膝の上でぎゅっと握り閉められているご主人様の手にそっと触れる。ご主人様は目線だけこちらに向けて来た。

「救われたのは私の方です。私を庇ってくださったこと、侍女として傍に置いてくださったこと。感謝してもしきれません」
 
 ご主人様の手が私の指を絡めとる。握られた先から伝わる熱。

 私とご主人様の間にある空気が煮詰められていく。
 柔らかく、でも温かい。
 それなのに焦がす様な熱を孕んだ甘い空気。
 
 そこにいるのはご主人様でなく、一人の男性。

「ずっと傍にいて欲しい。侍女としてではなく妻として」

 真っ直ぐに私を見る銀色の瞳。
 真剣で、熱の篭った眼差しから目を離せない。

「ココット、愛している。ずっと前から、誰よりも」

 愛している、今まで口に出すことが許されなかったその言葉。
 それを私に伝えるためにご主人様は頑張ってくれていた。
 
 許されないと思っていた。
 叶えてはいけないと思っていた。
 でも、ずっと聞きたかった言葉。

 ぽたりと水色の寝着の上に染みが浮かぶ。
 ぽたぽた、とそれは増え、いつの間にか私は泣いていた。
 
 私がずっと大切に、でも見ないように心の奥にしまっていた気持ち。
 伝えてはいけないと思っていた言葉。
 
「私もフルオリーニ様を愛しています」

 二度目の愛の言葉に、ご主人様は子供のようにくしゃっと笑った。
 そして私の身体をゆっくりと引き寄せ抱きしめる。

「あぁ、やっぱり俺が先に言いたかった」

 伝わる温もりを幸せと呼ぶのかな。
 心が満たされていく。
 その広い背に腕を回せば、ご主人様の鼓動が伝わってきた。

「これからはご主人様ではなく名前で呼べ。ココットはもう侍女じゃない」
「分かりました」
 
「もし、ご主人様と呼んだら罰を与えてやる」
「どんな罰ですか?」

 回されていた腕が解かれ、そっと頬を包まれる。
 見慣れたはずのその顔は、なぜか初めて見るように新鮮で。
 その瞳に映る私の顔も、今までと違って見える。

「ではこうしよう」

 顔が近づいてくる。
 目を閉じれば触れられたのは額でも頬でもなく唇。
 夢で感じたよりもずっと熱いその唇は、数回触れて離れていく。
 
 でも、そのまま離れるのは嫌で、こつんとおでこをくっつけた私達。
 その間を秋風が通り抜け、金色の髪と銀色の髪が、柔らかな日差しの下で宙をまう。
 ベッドの下の白い大理石には、二人の短い影。

 その影が再び近づいてはまた離れる。
 クスクスと小さな笑いと囁きを間にはさみ、何度もそれが繰り返される。
 
 唇が離れるたびに零れ落ちる甘い囁きには当分慣れそうにない。
 もしかしたら一生慣れないかもしれないけれど。



 ベッドの上に倒れ込んだ拍子に、枕の横に置かれていた青い表紙の本が床に落ちた。

 その本のタイトルは『裏路地の魔法使い』

 ーーこれから始まる物語は、

 私が愛する人と紡ぐ二人の物語。
 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた魔王様と一緒に田舎でのんびりスローライフ

さら
恋愛
 美人な同僚・麗奈と一緒に異世界へ召喚された私――佐伯由香。  麗奈は「光の聖女」として王に称えられるけれど、私は“おまけ”扱い。  鑑定の結果は《才能なし》、そしてあっという間に王城を追い出されました。  行くあてもなく途方に暮れていたその時、声をかけてくれたのは――  人間に紛れて暮らす、黒髪の青年。  後に“元・魔王”と知ることになる彼、ルゼルでした。  彼に連れられて辿り着いたのは、魔王領の片田舎・フィリア村。  湖と森に囲まれた小さな村で、私は彼の「家政婦」として働き始めます。  掃除、洗濯、料理……ただの庶民スキルばかりなのに、村の人たちは驚くほど喜んでくれて。  「無能」なんて言われたけれど、ここでは“必要とされている”――  その事実が、私の心をゆっくりと満たしていきました。  やがて、村の危機をきっかけに、私の“看板の文字”が人々を守る力を発揮しはじめます。  争わずに、傷つけずに、人をつなぐ“言葉の魔法”。  そんな小さな力を信じてくれるルゼルとともに、私はこの村で生きていくことを決めました。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

これで、私も自由になれます

たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。

処理中です...