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『主』と『番人』の書
暴かれた正体
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ウォーレンは今の状況が理解できずにいた。
目の前にいるのは、友人であるマルコ。しかし、ただの友人ではなく使い魔の友人、つまり、エディが嫌う化け物に属している。人のことを言えないのは、分かっているがウォーレンにとっては最悪な状況だった。
「…ど、どうして、ここに…」
もはやいつもの余裕がなくなり、ウォーレンは信じられないような目でマルコを凝視していた。
「え、え~と…ウォーレンが出掛けるの所を見て、どこ行くのかな~って思って…それで…」
マルコも心なしかウォーレンの目を直視することが出来ず、口ごもりながらここまでの経緯を話した。
そんな固まる二人の元に何も知らないエディが湯気の立つカップを三つ、お盆に乗せて戻って来た。
「おや、どうしましたか?二人共」
その声に一番に反応したのは、やはりウォーレンだった。
「い、いや!なんでもないよ。ちょっと世間話をね」
ウォーレンはあくまで、マルコとは初めて会ったということにし、いつも通りの振る舞いを心がけた。
「そうですか?あまりいじめてはいけませんよ」
「あ、あぁ…」
そう言いながらエディは、しゃがみ込んでマルコに湯気の立つカップを差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう…」
マルコはウォーレンに睨まれながら、カップを受け取った。ほろ甘い匂いと深い沼を思わせる色合いで、それがココアだと分かる。
「……」
カップを見て動かなくなるマルコにエディは心配そうに見つめた。
「ココアは、お好きではありませんでしたか?」
そっと覗き込んでくるエディにマルコは慌てた様子で首を振った。
「え!ち、違うよ!その、優しい匂いがするなぁって…」
「優しい匂い、ですか?」
マルコの不思議な言い分に、エディは首を傾げたがやがて「そうですか」と微笑んでくれた。
そんなやり取りをウォーレンは複雑そうな顔で眺めていた。
(エディ…)
「ウォーレン」
「あ、な、なんだい?」
どこか上の空のウォーレンにため息を吐いて立ち上がる。
「早く、彼にそのタオルを渡してあげて下さい」
その時だった。マルコのお腹から「グウ~」という音が漏れ出したのは。
「あ…」
「……」
「…‥ふふっ」
マルコは恥ずかしそうに俯くと、エディは「何か食べ物を持って来ましょう」と言い残し、またキッチンへと姿を消した。
「マルコ」
「はい…」
「何も聞かずに、出て行け」
「ええぇっ!」
驚きで大声を出しそうになるマルコの口をウォーレンは慌てて塞いだ。
「ええぇっ!じゃない。よりによってなんでここについて来た?他に行く所はないのかい?エディに知られたら、どうしてくれる!?」
静かな怒りの炎を燃やすウォーレンにマルコはなんとか弁解をする。
「か、勝手について来たのは謝るよ!ごめん!でも、ここの所、ウォーレンは全然相手にしてくないし、面白そうなことはないし…」
「最後のは、関係ないだろう」
「はぁ~」と思わず深いため息が出てしまう。
確かに、最近はエディのことで頭がいっぱいでマルコたちとは絡むことが断然的に減っていた。だが、もしマルコのことがエディにバレたら、マルコを裏切るかエディを裏切るかになってしまう。ウォーレンとしては、大事な友人を失う事態は、避けたかった。そう思うと、気が気ではない。
「…ごめん、ウォーレン。あの人がウォーレンにとってそんなに大事な人だとは、知らなかった…」
どこか寂しそうに言うマルコにウォーレンはもう怒る気にはなれなかった。
「はぁ…まぁ、もうしょうがない。とにかく、エディには知られないようにしてくれよ。俺のことも言ってないだから」
「分かった」
「まぁ、雨の中放り出すってのも、後味が悪いからねぇ」
「ウォーレン…大好きっ!」
マルコは無邪気にウォーレンに抱きつくが、エディが戻って来る気配がすると、引き剥がされた。
「うわぁ!このスープ、すっごく美味しいっ!」
しばらくしてから、マルコはエディが用意した野菜を豊富に使ったクリームスープと柔らかいパンをほうばっていた。
「ふふふ、そんなに慌てなくても、大丈夫ですよ」
そんなマルコをエディは微笑ましげに見つめ、ウォーレンはどこか面白くない顔でパンをかじっていた。
「ウォーレン…何をいじけてるですか?」
「別に…」
エディに宥められても、ウォーレンは口を尖らし続ける。
「まったく…子供ですか?あなたは」
「……」
エディに呆れられながらも、ウォーレンはただ無邪気に振る舞うマルコを睨むように監視する。
現状、ウォーレンとマルコは初対面という設定でエディにはそれを押し通している。観察眼の鋭いエディを誤魔化すためにも、ウォーレンは一時も気が抜けない。しかし、エディは聞かれたくないものは聞かず、見られたくないものは見ずをすることもなるので、もしかしたら、本当はバレているのではないかという心理も働いてしまう。
そんなウォーレンの葛藤を知ってか知らずか、エディは持ち前の世話焼きでマルコの世話を焼いていた。マルコ自身もどこか母性をくすぐる所があり、エディは余計に母性を刺激された。
「ほら、食べカスが付いていますよ」
夢中でほうばるマルコの口についているカスを見つけたエディは前触れもなくフキンで拭き取った。
「あ、ありがと…」
「ふふ、いいえ」
恥ずかしそうに目を逸らすマルコに、エディは微笑んで笑った。
自分への対応とは、随分の差だとウォーレンはマルコに嫉妬の視線を向けた。
「あ、あの…アドルフさん」
「アドルフでいいですよ」
「じゃあ、アドルフ。アドルフは本当に、その…えっと…男なの?」
マルコはエディの仮の名を呼びながら、ここに来ての一番の衝撃的だったことをもう一度確認した。
エディは慣れたことなのか、大して機嫌を損ねた様子もなく鼻が白いウサギを撫でながら「ええ、そうですよ」と答えた。
見た目は完全に女性に見え、声は少し低いながらも美声であることに変わりないエディは、申告してもらわなければ女性と勘違いしてまう。
ウォーレンも例の商人事件で改めてエディはかなり人目を惹く存在だと思い知らされたくらいだ。
「アドルフは、どうして、こんな所に住んでるの?」
「…少し厄介な病気を患ってんです。それで人里には住めないです」
続いてのマルコの質問にもエディは決まり文句かのように、以前ウォーレンに話したことをそのまま繰り返した。
「病気って?」
「……坊やには、少し難しいですよ」
遠慮のないマルコの尋問に少し間を置いて、エディは困ったような茶目っ気のあるような笑みを浮かべて言った。
「俺、坊やじゃないよ!」
「ふふふ、そうですか。それは失礼しました」
頬を膨らませて怒るマルコと母親のような目で見守りながら笑うエディ。
思いのほか、リラックスしているエディにウォーレンは少し驚きながらも自分も肩の力が抜けるのが分かった。
いつも二人っきりで過ごしている間でもエディは常に周りへの警戒を解くことなく、どこか緊張しているようにウォーレンには思えたのだ。
最初はこんな『化け物の森』に隠れ棲んでるせいだと思っていたが、それは人との関わりをできるだけ避けていたからだと思うようになった。
「子供、ですか…」
マルコの軽い食事は終わりホッとしていた頃、ウォーレンは会いに来た口実となった用事をはぐれヴァンパイアのことは伏せてエディに尋ねた。
「そ、街の方でちょっとした騒ぎになっていてね。ほら、前にエディ『何か変わったことはなかったか?』って聞いてたでしょ?もしかしたら…と思ってね」
「…………」
ウォーレンの話にエディは唇に指を当てて考え込む。
「何か心当たりがあるのかい?」
「…心当たり、とまではいきませんが…消えた子供は、全部で12人でしたね?」
「あぁ、男子6人、女子6人計12人だよ」
「…何か引っかかりますね」
「う~ん」とエディは首を捻る。しかし、納得のいく答えは出てこなかった。
「やっぱり、分からないか…街の住人はこの森の主による『神隠し』だっと言ってたよ」
「この森の主は、そこまで暇ではありませんよ」
冗談気味に言ったウォーレンの言葉をエディはきっぱりと否定した。まるで、知っている口ぶりだった。
その反応にウォーレンとマルコは顔を見合わせた。
「アドルフ、主を知ってるの?」
マルコの問いに、エディは「さぁ」と意味深げな返事を返しただけだった。
「とにかく、その消えた子供の方は、こちらでも少し探ってみましょう。何か分かりましたら、すぐ知らせます」
「助かるよ。消えた子供の親が、どうも気の毒でね…少しでも助けになれたらいいけど」
「そうですね」
「見つかるといいね」
ウォーレンの話にエディもマルコも同意する。
その時、エディは「そうだ」と立ち上がり背後の棚に向かった。一番上の小さな引き出しを開け、そこから何かを取り出した。そのまま戻って来ると、その何かをウォーレンに差し出す。
「これは?」
エディから差し出されたのは、小さなオレンジ色の宝石が付いたピアスだった。
「前にお世話になっている商人からおまけで貰った物なんですが、私はこういうのは着けないので…でもちょっとした面白い仕掛けが施されているので、取っといたです」
ウォーレンはエディからピアスを受け取ると、あらゆる角度から観察してみる。
(見たところ、何かのブランドでもなさそうだな…特に何も感じないし…)
ウォーレンなりに鑑定してみるが、やはり分からずじまいだった。
「面白い仕掛けって?」
お手上げとウォーレンがエディを見上げるが、エディはただクスクスを笑うだけだった。
「この石を三回軽く叩くと、これの対となるこっちのピアスを持っている者と会話ができるらしいですよ?」
「え…」
ウォーレンが目を丸くすると、その反応を予想してたのかエディは更にクスクスと笑った。
「これにそんな機能が付いてるの?どこで手に入れたのさ、その商人さん」
マルコもそうそう市場に出回っていない珍しい魔法道具に目を輝かせた。
ー魔法道具。主に魔力を持たない一般の人々が使う道具だが、高価な物のため滅多に市場には出ない。ましてやエディがウォーレンに渡した対話ができる道具は未だ開発途中と言われ、その試作品ですら手に入れるのは困難と言われている。
「………」
驚きで固まるウォーレンにエディは悪戯が成功した子供のように笑った。
「気が向いたら、今度試してみましょうよ。本当に使えるかも確かめたいですし」
「ふふふ」と笑うエディにウォーレンは釣られて笑うのであった。
しばらくウォーレンにとっては気が気ではない、けれど穏やかな時間を過ごした。時刻が真夜中を回ったところで、エディは小さく恥じらいながら、あくびを噛み締めた。
「エディ、眠いかい?」
「…えぇ、少し」
少しと言いながらも、エディは目を擦った。
「寝てきていいよ。こいつの相手は俺がするからさ。どうせ昨日も遅かっただろ?」
満月期という危険な時期の中で警戒をしない者はいない。エディも例外ではなく、『化け物の森』で過ごすならば、必然的に月の昇る夜は起き、陽が昇っている間に寝ることになる。
そんなウォーレンの気遣いをエディはしっかりと受け止めながらも少し考え込んでしまう。
「番も俺がやるから、寝てきなって、ね?」
「……では、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
「失礼」とエディは立ち上がり、マルコに「困ったことがあったら、彼に何でも言ってくださいね」と綺麗な笑みを浮かべて言った。それにマルコは頬を染めながら、なんとか頷き、それを見届けるとエディは奥の寝室へと向かった。その後を籠の中で仲良く寝ていた二羽のウサギが追った。
「おや、君たちも一緒に寝ますか?」
二羽を優しく抱き上げ、寝室の扉を開けた。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさ~い」
ヒラヒラと手を振るウォーレンと大きく腕ごと手を振るマルコにエディは軽く会釈して奥へと消えて行った。
扉が閉まると同時に、ウォーレンは背もたれに脱力したと言わんばかりにもたれた。
「やっと寝たか~」
「ウォーレン、お疲れ様~」
「誰のせいだよ」
人の気も知らんでと、マルコを睨むも本人はパクパクとエディお手製のクッキーをほうばっていた。
「マルコ」
「ん?うっ!」
そんなマルコの頬を片手で鷲掴みにした。
「口に食べカスが付いてるぞ~?本当に、お前は仕様もない奴だなぁ~」
ウォーレンはフキンでマルコの口をよく取れるように強く擦ってやった。
「んん~!!いだい~!!!」
くぐもった声で悲鳴をあげるマルコだが、ウォーレンは構うことなく満面の笑みを浮かべながら擦り続けた。
ー数分後、頬と口が赤くなったマルコが出来上がった。
「よし、取れたよ」
「………」
満足気に笑うウォーレンと対照的に涙目にウォーレンを睨むマルコ。
「なにすんだよ~」
頬を両手で包むように抑えるマルコにウォーレンはふんっと鼻を鳴らした。
「付いてたから取ってあげただけだよ」
「嘘付け~!」
抗議しようと大きな声を出そうとするマルコにウォーレンはしっ!と指を口元にやった。その手で背後の扉を親指で指した。それだけでウォーレンは言わんとしていることに気が付いたマルコは慌てて口をつむんだ。
「…絶対、さっきアドルフがしてくれた事への嫉妬だろ」
「なんのこと?」
「とぼけるなぁ!さっきアドルフが俺の食べカスを取ってくれた時、ウォーレンから嫉妬を感じ取ったよ!あれは絶対に嫉妬だった!使い魔でも、それくらい分かる!」
さっきよりも比較的に小さな声で訴えるマルコに対して、ウォーレンはどこ吹く風だった。
「さて、大体は食べ切ったようだから片付けようか」
話を変えるために、ウォーレンは空になった皿やカップをまとめ始めた。マルコも納得できないように口を尖らせるもウォーレンを手伝いを始めた。
キッチンでウォーレンが洗い物をし、マルコが洗い終わった物を拭き取りアンドウォーレンに教えてもらいながらの仕舞うを割り振った。
「これは?」
「それは、さっきのやつの上だよ」
「オッケー」
「これが終わったら、大体終わりかな?」
マルコは言われた場所へと皿を仕舞いと、ウォーレンもタイミングよく最後のカップを洗い終わった。そのままウォーレンは着けていたエプロンで手を拭き、脱ぐと壁のフックにかけた。
そんな慣れた様子のウォーレンの背中を見ながら、マルコは思ったことを口にした。
「ウォーレンさ」
「ん?」
「なんか変わった?」
「え?」
思いもしなかったことを言われ、ウォーレンは目を丸くした。
「前はそんなこと出来なかったのに…今は、お茶も淹れられるし洗い物も…なんか慣れている感じ?」
上手く言葉にできないのかマルコはゴモゴモしながらも、マルコはウォーレンは変わったと言う。
「変わった?俺が?」
自分を指差しながら疑問形で聞くとマルコは頷いた。
肯定されたウォーレンはここ最近の過ごし方を思い返してみた。確かに、エディと出会う前は洗い物はもちろんお茶を淹れ方も知らず全て使用人にやらせていた。だが、今はそれら全てをほぼ一人でこなすようになっていた。それを考えるとマルコの驚きようは、当然だったのかもしれない。
(もし、そうなら…)
「エディのお陰かもしれない」
ウォーレンの心の声が、口から出てきた。
「エディってアドルフのこと?」
「あ、うん。そうだよ」
仮の名前しか知らないマルコに本当の名前をバラすところだったとウォーレンは冷や汗をかいた。
ウォーレンは親しい人物には、あだ名を付ける癖があった。ちなみにマルコは「マッチー」と普段は呼ばれている。
ウォーレンの返事にマルコは「ふーん」と納得したようで、キッチンから出て行った。ホッと一息をついてからウォーレンもマルコに続いてキッチンから出た。
マルコは大きく伸びをし、ずっと着けていたフードを取った。そこから山羊のようにクルッと曲がった角が二つ現れた。さっきまではエディが居たため、外せずにいたんだろう。そのままマントごと脱いでしまい窮屈そうにしていた尻尾も現れた。
「ん~、やっと脱げた!」
「気を使わせて悪かったね」
思う存分身体を伸ばすマルコに労いの言葉をかけた。
「ホントだよ~。でも、アドルフに指摘されなくて良かった。まだ、俺隠せないから、一発でバレてたよ」
ウォーレンの労いの言葉にマルコは悪戯っぽく舌を出して笑った。
「あ!雨、あがったみたい」
マルコは窓の外を見上げた。いつの間にか雨はあがってはいたが、まだ灰色の雲が空を覆っていた。
「月は見えないね」
「そうだね」
マルコの隣に立ってウォーレンも灰色の空を見上げた。
「俺さ」
不意にマルコが口を開いた。
「もう、二度とここには来ないよ。誰にも言わない。バロンさんに尋問されも、絶対!答えない!…だから、ウォーレンも安心していいよ?」
マルコはウォーレンに目もやらずに、外を見ながら約束した。
「本当に少しの間だったけど、アドルフは、凄くいい人だし、綺麗だし、ご飯美味しかったし…あと、ウォーレンの大事な人だしね」
途中聞き捨てならないことがあったが、そこは敢えて突っ込まずウォーレンは黙って聞いていた。
「アドルフが目を覚ます前に、ちゃんといなくなるよ」
ようやくウォーレンに向いたマルコはニカッと歯を出して笑った。
「それは、助かるかな」
「へへ…大事にしてあげてね?」
「あぁ」
マルコの確認にウォーレンは力強く頷いた。
「さ~て、雨も止んだようだし、アドルフが起きる前にいなくな、ろ…」
それを確かに確認したマルコは振り向いた瞬間、顔を強張らせて固まった。
不思議に思ったウォーレンも振り向き、マルコ同様に固まった。
二人の視線の先には、エディが立っていた。
あまりに突然なことに、三人はお互いを見合ったまま固まっていた。
エディは今さっき出てきた所なのか、扉を半開きの状態で二人をー主にマルコのさらけ出された山羊の角と尻尾を凝視していた。
「エ、エディ…いつからそこにいた?」
なんとかウォーレンはエディに問いかけるも、エディは答えずにただ見開かえた深く濃淡な青い瞳にマルコを映すだけだった。エディのその唇が微かに震えている。
数秒間の沈黙が長く感じられ、それに比例するようにウォーレンの中で絶望的な何かが広がった。
(そんな…エディ…)
先に動いたのは、エディだった。
マルコの山羊の角と尻尾で、彼が人間ではない『化け物』と認識したエディはすぐさま殺気を帯びながら駆け出し、武器箱に手を伸ばす。
次に動いたのはウォーレンだった。
エディの動きを瞬時に予測し、テーブルを椅子ごと蹴り上げ武器箱への道を塞ぐ。それと同時にマルコの首根っこを掴み、玄関付近に移動する。一方、椅子ごと飛んでくるテーブルをエディは一蹴りし飛び越えるも、武器箱まで手が届かず舌打ちをした。しかし、そのまま綺麗に着地すると出窓へと駆けた。
「待って!エディ!」
ウォーレンはエディに手を伸ばした瞬間ー。
ーガチャッ
「!?」
ウォーレンに向かって銃口が向けられた。
「エディ…」
掠れた声でエディを呼ぶ。
エディは肩で息をしながら、確かにウォーレンに銃口を向けていた。後ろを見ると、中が引き抜かれた小物入れらしいのが見えた。そこから銃が取り出されたのがわかった。
ウォーレンは自分が知らない武器があったことに驚きつつも、意識してエディに声をかける。
「エディ、落ち着いて」
「私は、落ち着いています」
口では、そう言っていてもエディの瞳にはいつかに垣間見れた深い闇が潜んでいた。
そのままエディを刺激しないように、ウォーレンはマルコを庇いながら暖炉側へ、エディはその反対側へと距離を取った。
「退きなさい、ウォーレン」
「できない」
「どうして…!」
できるだけ二人共傷付けずにこの状況を脱出したいウォーレンは、なんとかエディを落ち着かせようとする。
「彼は、あいつは『化け物』なんですよ!?なぜ庇う!?それとも、瘴気にでもやられたか!?」
「……エディ」
何と言って良いのか分からずただ名前を呼ぶ事しかできない自分に苛立ちながら、更に興奮するエディにウォーレンは手を伸ばした、その時ー。
「…ウォーレン、貴方、瞳が…!」
(え…)
見る見るうちに青ざめるエディに、ウォーレンはエディの背後にある鏡へと視線をやった。
そこに映っていたのは、金色の瞳をした自分だった。
エディに自分も『化け物』であることが、バレた瞬間だった。
目の前にいるのは、友人であるマルコ。しかし、ただの友人ではなく使い魔の友人、つまり、エディが嫌う化け物に属している。人のことを言えないのは、分かっているがウォーレンにとっては最悪な状況だった。
「…ど、どうして、ここに…」
もはやいつもの余裕がなくなり、ウォーレンは信じられないような目でマルコを凝視していた。
「え、え~と…ウォーレンが出掛けるの所を見て、どこ行くのかな~って思って…それで…」
マルコも心なしかウォーレンの目を直視することが出来ず、口ごもりながらここまでの経緯を話した。
そんな固まる二人の元に何も知らないエディが湯気の立つカップを三つ、お盆に乗せて戻って来た。
「おや、どうしましたか?二人共」
その声に一番に反応したのは、やはりウォーレンだった。
「い、いや!なんでもないよ。ちょっと世間話をね」
ウォーレンはあくまで、マルコとは初めて会ったということにし、いつも通りの振る舞いを心がけた。
「そうですか?あまりいじめてはいけませんよ」
「あ、あぁ…」
そう言いながらエディは、しゃがみ込んでマルコに湯気の立つカップを差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう…」
マルコはウォーレンに睨まれながら、カップを受け取った。ほろ甘い匂いと深い沼を思わせる色合いで、それがココアだと分かる。
「……」
カップを見て動かなくなるマルコにエディは心配そうに見つめた。
「ココアは、お好きではありませんでしたか?」
そっと覗き込んでくるエディにマルコは慌てた様子で首を振った。
「え!ち、違うよ!その、優しい匂いがするなぁって…」
「優しい匂い、ですか?」
マルコの不思議な言い分に、エディは首を傾げたがやがて「そうですか」と微笑んでくれた。
そんなやり取りをウォーレンは複雑そうな顔で眺めていた。
(エディ…)
「ウォーレン」
「あ、な、なんだい?」
どこか上の空のウォーレンにため息を吐いて立ち上がる。
「早く、彼にそのタオルを渡してあげて下さい」
その時だった。マルコのお腹から「グウ~」という音が漏れ出したのは。
「あ…」
「……」
「…‥ふふっ」
マルコは恥ずかしそうに俯くと、エディは「何か食べ物を持って来ましょう」と言い残し、またキッチンへと姿を消した。
「マルコ」
「はい…」
「何も聞かずに、出て行け」
「ええぇっ!」
驚きで大声を出しそうになるマルコの口をウォーレンは慌てて塞いだ。
「ええぇっ!じゃない。よりによってなんでここについて来た?他に行く所はないのかい?エディに知られたら、どうしてくれる!?」
静かな怒りの炎を燃やすウォーレンにマルコはなんとか弁解をする。
「か、勝手について来たのは謝るよ!ごめん!でも、ここの所、ウォーレンは全然相手にしてくないし、面白そうなことはないし…」
「最後のは、関係ないだろう」
「はぁ~」と思わず深いため息が出てしまう。
確かに、最近はエディのことで頭がいっぱいでマルコたちとは絡むことが断然的に減っていた。だが、もしマルコのことがエディにバレたら、マルコを裏切るかエディを裏切るかになってしまう。ウォーレンとしては、大事な友人を失う事態は、避けたかった。そう思うと、気が気ではない。
「…ごめん、ウォーレン。あの人がウォーレンにとってそんなに大事な人だとは、知らなかった…」
どこか寂しそうに言うマルコにウォーレンはもう怒る気にはなれなかった。
「はぁ…まぁ、もうしょうがない。とにかく、エディには知られないようにしてくれよ。俺のことも言ってないだから」
「分かった」
「まぁ、雨の中放り出すってのも、後味が悪いからねぇ」
「ウォーレン…大好きっ!」
マルコは無邪気にウォーレンに抱きつくが、エディが戻って来る気配がすると、引き剥がされた。
「うわぁ!このスープ、すっごく美味しいっ!」
しばらくしてから、マルコはエディが用意した野菜を豊富に使ったクリームスープと柔らかいパンをほうばっていた。
「ふふふ、そんなに慌てなくても、大丈夫ですよ」
そんなマルコをエディは微笑ましげに見つめ、ウォーレンはどこか面白くない顔でパンをかじっていた。
「ウォーレン…何をいじけてるですか?」
「別に…」
エディに宥められても、ウォーレンは口を尖らし続ける。
「まったく…子供ですか?あなたは」
「……」
エディに呆れられながらも、ウォーレンはただ無邪気に振る舞うマルコを睨むように監視する。
現状、ウォーレンとマルコは初対面という設定でエディにはそれを押し通している。観察眼の鋭いエディを誤魔化すためにも、ウォーレンは一時も気が抜けない。しかし、エディは聞かれたくないものは聞かず、見られたくないものは見ずをすることもなるので、もしかしたら、本当はバレているのではないかという心理も働いてしまう。
そんなウォーレンの葛藤を知ってか知らずか、エディは持ち前の世話焼きでマルコの世話を焼いていた。マルコ自身もどこか母性をくすぐる所があり、エディは余計に母性を刺激された。
「ほら、食べカスが付いていますよ」
夢中でほうばるマルコの口についているカスを見つけたエディは前触れもなくフキンで拭き取った。
「あ、ありがと…」
「ふふ、いいえ」
恥ずかしそうに目を逸らすマルコに、エディは微笑んで笑った。
自分への対応とは、随分の差だとウォーレンはマルコに嫉妬の視線を向けた。
「あ、あの…アドルフさん」
「アドルフでいいですよ」
「じゃあ、アドルフ。アドルフは本当に、その…えっと…男なの?」
マルコはエディの仮の名を呼びながら、ここに来ての一番の衝撃的だったことをもう一度確認した。
エディは慣れたことなのか、大して機嫌を損ねた様子もなく鼻が白いウサギを撫でながら「ええ、そうですよ」と答えた。
見た目は完全に女性に見え、声は少し低いながらも美声であることに変わりないエディは、申告してもらわなければ女性と勘違いしてまう。
ウォーレンも例の商人事件で改めてエディはかなり人目を惹く存在だと思い知らされたくらいだ。
「アドルフは、どうして、こんな所に住んでるの?」
「…少し厄介な病気を患ってんです。それで人里には住めないです」
続いてのマルコの質問にもエディは決まり文句かのように、以前ウォーレンに話したことをそのまま繰り返した。
「病気って?」
「……坊やには、少し難しいですよ」
遠慮のないマルコの尋問に少し間を置いて、エディは困ったような茶目っ気のあるような笑みを浮かべて言った。
「俺、坊やじゃないよ!」
「ふふふ、そうですか。それは失礼しました」
頬を膨らませて怒るマルコと母親のような目で見守りながら笑うエディ。
思いのほか、リラックスしているエディにウォーレンは少し驚きながらも自分も肩の力が抜けるのが分かった。
いつも二人っきりで過ごしている間でもエディは常に周りへの警戒を解くことなく、どこか緊張しているようにウォーレンには思えたのだ。
最初はこんな『化け物の森』に隠れ棲んでるせいだと思っていたが、それは人との関わりをできるだけ避けていたからだと思うようになった。
「子供、ですか…」
マルコの軽い食事は終わりホッとしていた頃、ウォーレンは会いに来た口実となった用事をはぐれヴァンパイアのことは伏せてエディに尋ねた。
「そ、街の方でちょっとした騒ぎになっていてね。ほら、前にエディ『何か変わったことはなかったか?』って聞いてたでしょ?もしかしたら…と思ってね」
「…………」
ウォーレンの話にエディは唇に指を当てて考え込む。
「何か心当たりがあるのかい?」
「…心当たり、とまではいきませんが…消えた子供は、全部で12人でしたね?」
「あぁ、男子6人、女子6人計12人だよ」
「…何か引っかかりますね」
「う~ん」とエディは首を捻る。しかし、納得のいく答えは出てこなかった。
「やっぱり、分からないか…街の住人はこの森の主による『神隠し』だっと言ってたよ」
「この森の主は、そこまで暇ではありませんよ」
冗談気味に言ったウォーレンの言葉をエディはきっぱりと否定した。まるで、知っている口ぶりだった。
その反応にウォーレンとマルコは顔を見合わせた。
「アドルフ、主を知ってるの?」
マルコの問いに、エディは「さぁ」と意味深げな返事を返しただけだった。
「とにかく、その消えた子供の方は、こちらでも少し探ってみましょう。何か分かりましたら、すぐ知らせます」
「助かるよ。消えた子供の親が、どうも気の毒でね…少しでも助けになれたらいいけど」
「そうですね」
「見つかるといいね」
ウォーレンの話にエディもマルコも同意する。
その時、エディは「そうだ」と立ち上がり背後の棚に向かった。一番上の小さな引き出しを開け、そこから何かを取り出した。そのまま戻って来ると、その何かをウォーレンに差し出す。
「これは?」
エディから差し出されたのは、小さなオレンジ色の宝石が付いたピアスだった。
「前にお世話になっている商人からおまけで貰った物なんですが、私はこういうのは着けないので…でもちょっとした面白い仕掛けが施されているので、取っといたです」
ウォーレンはエディからピアスを受け取ると、あらゆる角度から観察してみる。
(見たところ、何かのブランドでもなさそうだな…特に何も感じないし…)
ウォーレンなりに鑑定してみるが、やはり分からずじまいだった。
「面白い仕掛けって?」
お手上げとウォーレンがエディを見上げるが、エディはただクスクスを笑うだけだった。
「この石を三回軽く叩くと、これの対となるこっちのピアスを持っている者と会話ができるらしいですよ?」
「え…」
ウォーレンが目を丸くすると、その反応を予想してたのかエディは更にクスクスと笑った。
「これにそんな機能が付いてるの?どこで手に入れたのさ、その商人さん」
マルコもそうそう市場に出回っていない珍しい魔法道具に目を輝かせた。
ー魔法道具。主に魔力を持たない一般の人々が使う道具だが、高価な物のため滅多に市場には出ない。ましてやエディがウォーレンに渡した対話ができる道具は未だ開発途中と言われ、その試作品ですら手に入れるのは困難と言われている。
「………」
驚きで固まるウォーレンにエディは悪戯が成功した子供のように笑った。
「気が向いたら、今度試してみましょうよ。本当に使えるかも確かめたいですし」
「ふふふ」と笑うエディにウォーレンは釣られて笑うのであった。
しばらくウォーレンにとっては気が気ではない、けれど穏やかな時間を過ごした。時刻が真夜中を回ったところで、エディは小さく恥じらいながら、あくびを噛み締めた。
「エディ、眠いかい?」
「…えぇ、少し」
少しと言いながらも、エディは目を擦った。
「寝てきていいよ。こいつの相手は俺がするからさ。どうせ昨日も遅かっただろ?」
満月期という危険な時期の中で警戒をしない者はいない。エディも例外ではなく、『化け物の森』で過ごすならば、必然的に月の昇る夜は起き、陽が昇っている間に寝ることになる。
そんなウォーレンの気遣いをエディはしっかりと受け止めながらも少し考え込んでしまう。
「番も俺がやるから、寝てきなって、ね?」
「……では、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」
「失礼」とエディは立ち上がり、マルコに「困ったことがあったら、彼に何でも言ってくださいね」と綺麗な笑みを浮かべて言った。それにマルコは頬を染めながら、なんとか頷き、それを見届けるとエディは奥の寝室へと向かった。その後を籠の中で仲良く寝ていた二羽のウサギが追った。
「おや、君たちも一緒に寝ますか?」
二羽を優しく抱き上げ、寝室の扉を開けた。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみなさ~い」
ヒラヒラと手を振るウォーレンと大きく腕ごと手を振るマルコにエディは軽く会釈して奥へと消えて行った。
扉が閉まると同時に、ウォーレンは背もたれに脱力したと言わんばかりにもたれた。
「やっと寝たか~」
「ウォーレン、お疲れ様~」
「誰のせいだよ」
人の気も知らんでと、マルコを睨むも本人はパクパクとエディお手製のクッキーをほうばっていた。
「マルコ」
「ん?うっ!」
そんなマルコの頬を片手で鷲掴みにした。
「口に食べカスが付いてるぞ~?本当に、お前は仕様もない奴だなぁ~」
ウォーレンはフキンでマルコの口をよく取れるように強く擦ってやった。
「んん~!!いだい~!!!」
くぐもった声で悲鳴をあげるマルコだが、ウォーレンは構うことなく満面の笑みを浮かべながら擦り続けた。
ー数分後、頬と口が赤くなったマルコが出来上がった。
「よし、取れたよ」
「………」
満足気に笑うウォーレンと対照的に涙目にウォーレンを睨むマルコ。
「なにすんだよ~」
頬を両手で包むように抑えるマルコにウォーレンはふんっと鼻を鳴らした。
「付いてたから取ってあげただけだよ」
「嘘付け~!」
抗議しようと大きな声を出そうとするマルコにウォーレンはしっ!と指を口元にやった。その手で背後の扉を親指で指した。それだけでウォーレンは言わんとしていることに気が付いたマルコは慌てて口をつむんだ。
「…絶対、さっきアドルフがしてくれた事への嫉妬だろ」
「なんのこと?」
「とぼけるなぁ!さっきアドルフが俺の食べカスを取ってくれた時、ウォーレンから嫉妬を感じ取ったよ!あれは絶対に嫉妬だった!使い魔でも、それくらい分かる!」
さっきよりも比較的に小さな声で訴えるマルコに対して、ウォーレンはどこ吹く風だった。
「さて、大体は食べ切ったようだから片付けようか」
話を変えるために、ウォーレンは空になった皿やカップをまとめ始めた。マルコも納得できないように口を尖らせるもウォーレンを手伝いを始めた。
キッチンでウォーレンが洗い物をし、マルコが洗い終わった物を拭き取りアンドウォーレンに教えてもらいながらの仕舞うを割り振った。
「これは?」
「それは、さっきのやつの上だよ」
「オッケー」
「これが終わったら、大体終わりかな?」
マルコは言われた場所へと皿を仕舞いと、ウォーレンもタイミングよく最後のカップを洗い終わった。そのままウォーレンは着けていたエプロンで手を拭き、脱ぐと壁のフックにかけた。
そんな慣れた様子のウォーレンの背中を見ながら、マルコは思ったことを口にした。
「ウォーレンさ」
「ん?」
「なんか変わった?」
「え?」
思いもしなかったことを言われ、ウォーレンは目を丸くした。
「前はそんなこと出来なかったのに…今は、お茶も淹れられるし洗い物も…なんか慣れている感じ?」
上手く言葉にできないのかマルコはゴモゴモしながらも、マルコはウォーレンは変わったと言う。
「変わった?俺が?」
自分を指差しながら疑問形で聞くとマルコは頷いた。
肯定されたウォーレンはここ最近の過ごし方を思い返してみた。確かに、エディと出会う前は洗い物はもちろんお茶を淹れ方も知らず全て使用人にやらせていた。だが、今はそれら全てをほぼ一人でこなすようになっていた。それを考えるとマルコの驚きようは、当然だったのかもしれない。
(もし、そうなら…)
「エディのお陰かもしれない」
ウォーレンの心の声が、口から出てきた。
「エディってアドルフのこと?」
「あ、うん。そうだよ」
仮の名前しか知らないマルコに本当の名前をバラすところだったとウォーレンは冷や汗をかいた。
ウォーレンは親しい人物には、あだ名を付ける癖があった。ちなみにマルコは「マッチー」と普段は呼ばれている。
ウォーレンの返事にマルコは「ふーん」と納得したようで、キッチンから出て行った。ホッと一息をついてからウォーレンもマルコに続いてキッチンから出た。
マルコは大きく伸びをし、ずっと着けていたフードを取った。そこから山羊のようにクルッと曲がった角が二つ現れた。さっきまではエディが居たため、外せずにいたんだろう。そのままマントごと脱いでしまい窮屈そうにしていた尻尾も現れた。
「ん~、やっと脱げた!」
「気を使わせて悪かったね」
思う存分身体を伸ばすマルコに労いの言葉をかけた。
「ホントだよ~。でも、アドルフに指摘されなくて良かった。まだ、俺隠せないから、一発でバレてたよ」
ウォーレンの労いの言葉にマルコは悪戯っぽく舌を出して笑った。
「あ!雨、あがったみたい」
マルコは窓の外を見上げた。いつの間にか雨はあがってはいたが、まだ灰色の雲が空を覆っていた。
「月は見えないね」
「そうだね」
マルコの隣に立ってウォーレンも灰色の空を見上げた。
「俺さ」
不意にマルコが口を開いた。
「もう、二度とここには来ないよ。誰にも言わない。バロンさんに尋問されも、絶対!答えない!…だから、ウォーレンも安心していいよ?」
マルコはウォーレンに目もやらずに、外を見ながら約束した。
「本当に少しの間だったけど、アドルフは、凄くいい人だし、綺麗だし、ご飯美味しかったし…あと、ウォーレンの大事な人だしね」
途中聞き捨てならないことがあったが、そこは敢えて突っ込まずウォーレンは黙って聞いていた。
「アドルフが目を覚ます前に、ちゃんといなくなるよ」
ようやくウォーレンに向いたマルコはニカッと歯を出して笑った。
「それは、助かるかな」
「へへ…大事にしてあげてね?」
「あぁ」
マルコの確認にウォーレンは力強く頷いた。
「さ~て、雨も止んだようだし、アドルフが起きる前にいなくな、ろ…」
それを確かに確認したマルコは振り向いた瞬間、顔を強張らせて固まった。
不思議に思ったウォーレンも振り向き、マルコ同様に固まった。
二人の視線の先には、エディが立っていた。
あまりに突然なことに、三人はお互いを見合ったまま固まっていた。
エディは今さっき出てきた所なのか、扉を半開きの状態で二人をー主にマルコのさらけ出された山羊の角と尻尾を凝視していた。
「エ、エディ…いつからそこにいた?」
なんとかウォーレンはエディに問いかけるも、エディは答えずにただ見開かえた深く濃淡な青い瞳にマルコを映すだけだった。エディのその唇が微かに震えている。
数秒間の沈黙が長く感じられ、それに比例するようにウォーレンの中で絶望的な何かが広がった。
(そんな…エディ…)
先に動いたのは、エディだった。
マルコの山羊の角と尻尾で、彼が人間ではない『化け物』と認識したエディはすぐさま殺気を帯びながら駆け出し、武器箱に手を伸ばす。
次に動いたのはウォーレンだった。
エディの動きを瞬時に予測し、テーブルを椅子ごと蹴り上げ武器箱への道を塞ぐ。それと同時にマルコの首根っこを掴み、玄関付近に移動する。一方、椅子ごと飛んでくるテーブルをエディは一蹴りし飛び越えるも、武器箱まで手が届かず舌打ちをした。しかし、そのまま綺麗に着地すると出窓へと駆けた。
「待って!エディ!」
ウォーレンはエディに手を伸ばした瞬間ー。
ーガチャッ
「!?」
ウォーレンに向かって銃口が向けられた。
「エディ…」
掠れた声でエディを呼ぶ。
エディは肩で息をしながら、確かにウォーレンに銃口を向けていた。後ろを見ると、中が引き抜かれた小物入れらしいのが見えた。そこから銃が取り出されたのがわかった。
ウォーレンは自分が知らない武器があったことに驚きつつも、意識してエディに声をかける。
「エディ、落ち着いて」
「私は、落ち着いています」
口では、そう言っていてもエディの瞳にはいつかに垣間見れた深い闇が潜んでいた。
そのままエディを刺激しないように、ウォーレンはマルコを庇いながら暖炉側へ、エディはその反対側へと距離を取った。
「退きなさい、ウォーレン」
「できない」
「どうして…!」
できるだけ二人共傷付けずにこの状況を脱出したいウォーレンは、なんとかエディを落ち着かせようとする。
「彼は、あいつは『化け物』なんですよ!?なぜ庇う!?それとも、瘴気にでもやられたか!?」
「……エディ」
何と言って良いのか分からずただ名前を呼ぶ事しかできない自分に苛立ちながら、更に興奮するエディにウォーレンは手を伸ばした、その時ー。
「…ウォーレン、貴方、瞳が…!」
(え…)
見る見るうちに青ざめるエディに、ウォーレンはエディの背後にある鏡へと視線をやった。
そこに映っていたのは、金色の瞳をした自分だった。
エディに自分も『化け物』であることが、バレた瞬間だった。
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