異世界細腕奮闘記〜貧乏伯爵家を立て直してみせます!〜

くろねこ

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少女期~新しい日々と、これからのあれこれ~

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「お嬢様、た、大変です!!」
呆然としていたミーティアは、ナンシーの声ではっと我に返った。
視線だけ流したミーティアに、ナンシーはその勢いのまま告げた。

「王城にいらっしゃるのに、お召しいただけるドレスがありません!」

……そうだった、まさか王城に行くなんて想定外だわ……ミーティアは先ほどとは違った意味で青褪める。

「ナンシー、私はどうしたらいいか、もうわからないわ……」
ミーティアはいっぱいいっぱいだった。まさか王子がダンスの手ほどきを申し出るとも思わなかったし、ナンシーの言う通り、王城へ着ていくドレスなどない。もちろん、靴や装身具などもだ。

「お嬢様……」
ナンシーは気の毒そうな声を上げる。まさかあのタイミングで王子に声を掛けられるなんて思ってもみなかったミーティアは、未だ混乱継続中だった。

(明日、とおっしゃっていたわね。それにしても、なぜ私にダンスを教えようなんて思われたのかしら。いくらなんでも王子の足を踏みつけたなんてことになったら……)
ミーティアは益々青褪め、いっそ紙のように白くなった顔は、本当に重病人のようだった。同じ学園に入って、眺めるだけで大満足、それ以上は何も望んでもいないミーティアにとって、災難以外の何ものでもなかった。例えそれが、他者から見れば僥倖だとしても、だ。

(どうしよう、ドレスがないと言ってお断り出来る?……無理よね、絶対無理!)

ミーティアは絶望的な気分だった。出来れば王城へなど行きたくない。もし他のご令嬢方に知られれば、この間の温室での茶会どころではない、下手をすれば総スカンを食う。
婚約の成約には王家の承認がいるから、この間のように王子にそれとなく匂わせ作戦も通用しないだろう、しかも相手はあの『氷の王子』だ。下手をすれば、その場で……嫌な想像にミーティアはブルっと震えた。

ミーティアは今、この世界に生まれて最大のピンチを迎えていたのだ。


*****

「殿下、お伺いしてもよろしいですか?」
「なんだ、コーディ」

王城へと帰る馬車の中、外を眺めていたセドリックに、従者であるコーディが問いかける。

「なぜ、マッコール伯爵令嬢にダンスの手ほどきを、とおっしゃられたのです?」
「理由がないといけないか?」
質問に質問で返され、コーディは困惑した。セドリックの視線が自分に突き刺さるのがわかる。

「……余計なことを申しました。お忘れください」
コーディから視線を外し、セドリックはまた窓の外をぼんやりと見ていたが、ふいに口を開いた。

「マッコールの娘の噂は知っているか?」
「ええ、なんでも七賢者のお一人、『ローランド』様の再来だとか」
クラスでも決して目立たないあの令嬢が、七賢者のうち一人の再来と呼ばれているとは、コーディには信じられなかった。だが、そんなことはおくびにも出さずに、セドリックの問いに返答する。

「その噂が本当かどうか、知りたくなった」
「……さようでございますか」
「ああ。領地の状況から鑑みるに、あの娘は登城するために着るドレスなど持ち合わせていないだろう。それをどうするか、見ものだとは思わないか?」
そう言ったセドリックの表情は、口角がわずかに上がっていた。我が主ながら、なんと底意地の悪い、とコーディはマッコール伯爵令嬢が気の毒だと心底思った。

*****

取り急ぎ、ドレスをなんとかしなくてはならない。混乱しながらも、最優先事項を思い出したミーティアは、ナンシーに告げる。

「私が家から持ってきたドレスで、仕立ててもらった物が一着だけあるはず。それをなんとか直せないかしら?」
ミーティアが去年、この学園での面接の為に、母が仕立ててくれた一張羅があったはずだ。ただ、この一年でミーティアの身長は伸びていたため、裾の長さが少々足らずに、今では立派なクローゼットの肥やしとなっていた。

ナンシーは思案顔をしていたが、あ、と小さく声を上げる。
「お嬢様、急ぎお部屋に参りましょう、なんとかなるかもしれません。あ……でも、お身体のほうはまだお辛いですか?」
「大丈夫よ、ナンシー、この苦難を二人で乗り越えましょう」
「ええ、私、お嬢様にどこまでもついていきますわ!」
二人は両手をがっちりと重ね合い、見つめ合った。そして頷き合うと、ミーティアはベッドから起き上がり、靴を履き、背筋をシャンと伸ばすとナンシーと共に寮へと急いだ。

寮の自室へ戻ると、ナンシーがクローゼットを開け放ち、例のドレスを引っ張り出す。

「お嬢様、一度お召しになっていただけますか」
「もちろんよ」
ナンシーに頷いたミーティアは、さっさと制服を脱ぐと、ドレスに着替える。すると、少々どころかかなり裾が短くなっていた。袖丈のほうは、元々七分袖だったから五分丈になったぐらいでなんとかなりそうだ。それを見てナンシーは、領地から持ってきた数少ないドレスーーー母のお古を仕立て直した物がほとんどの中から、グリーン系を探して取り出す。

「お嬢様、こちらのドレスを解いてしまってもよろしいですか?」
「え、ええ。解くのはいいけれど、一体どうするの?」
「継ぎ足すのですよ」
ナンシーがにっこりと笑う。

「ええっ!一体、どうやって?」
「お任せください、こう見えても針仕事は得意なのです」
ナンシー曰く、ニナ一人の稼ぎでは苦しかったので、アンのところでお針子として雇ってもらっていたらしい。
ミーティアは申し訳なくなって、思わず頭を下げた。

「それもこれもお父様のせいね、ごめんなさい、ナンシー」
「お嬢様、頭をお上げください。使用人に頭を下げるなど、あってはなりません」
「そうだけど、でも……」
「そのお陰でお嬢様のお役に立てます。ですからお気になさらないでください」
「ナンシー……」
ミーティアは目がウルウルしてしまった、なんていい子!と胸の内で叫ぶ。

「さあ、では、しばらくそのままお立ちになっていてくださいね!」
ナンシーはそう言うと、腕まくりをして、いつの間に持ってきていたのか、お針箱を開いて待ち針と裁ちばさみ、そして糸切りばさみを取り出す。

そうしてナンシーはまず、解く予定のドレスと、今着ているドレスの色合わせをする。その顔は真剣そのものだ。
「どちらもいい生地ですね、こちらの生地と合わせても遜色ございませんよ。こちらのやや薄めの色を真ん中に、濃い色を下にしましょう」
ミーティアの心境としては俎板の鯉である、もうナンシーに全てを任せようと腹を決めていた。

そして丁寧にドレスを解くと、スカート部分を待ち針で止めていく。ああ、なるほど、とミーティアにも段々わかってきた。
「うーん……裾にたっぷりと布を使えないので、少し細目のラインになりますけど、ギャザーを寄せるのでボリュームは出せると思います」
「ナンシーに任せるわ、ありがとう」
「いいえ、久しぶりですので、私も楽しいですわ」
ナンシーはミーティアを見上げてにっこりと笑ってくれる。

「さあ、お嬢様、お脱ぎください。あ、針が付いてますのでお気を付けくださいませ」
ナンシーに言われた通り、ゆっくりとドレスを脱ぐ。
「それでは申し訳ありませんが、私は自室におりますので、何かありましたらお申し付けくださいませ」
ナンシーはお針箱を持って、ドレスを腕に掛けると自室へ下がって行った。

あれを全て手縫いで直すのだ、一体何時間かかるのだろう、ミーティアはナンシーに申し訳ない気持ちだった。手伝いたいが、ミーティアは刺繍ぐらいしか出来ないので、却って足手纏いだろう。

それにしても、なぜ王子はあんなことを言い出したのか、ミーティアにはその真意が掴めなかった。


*****

結局、ナンシーは食堂へ行くことなく、ずっと自室に籠っていたので、特別にサンドイッチを作ってもらって、ナンシーの部屋の扉をノックする。

「ナンシー、今いいかしら」
「……」
あら?もしかして眠ってしまったのかしら?……ミーティアはもう一度ノックしてみるが、はやり返答はない。
仕方ないので、扉をゆっくりと開けて中の様子を伺った。すると、鬼気迫る表情でドレスと格闘するナンシーがそこにいた。

「ナンシー、あなた……」
ミーティアがそれきり絶句すると、針を手に持ったまま、ナンシーがミーティアに向かって視線を寄越した。

「あ、お嬢様、申し訳ありません。私としたことが……」
「いいのよ、私のために頑張ってくれているのですもの。それよりお腹は空いてない?」
ナンシーが返事をするより早く、彼女の腹の虫が空腹を告げた。

ナンシーは途端に真っ赤になる。
「申し訳ありません……。」
「謝ることなんて何もないわ。それより、少し休憩したら?」
ミーティアは手に持ったお皿をナンシーの座っているテーブルセットに置いた。

「お嬢様、こちらは?」
「食堂で作ってもらったの、食べてちょうだい」
「え?あ……もうそんな時間だったのですね、私、作業に没頭してしまうと時間の感覚が無くなってしまって、本当に申し訳ありません」
「謝らないで、ナンシーまで巻き込んで、申し訳ない気持ちでいっぱいなのは私の方よ」
ミーティアはしょんぼりと告げる。すると、ナンシーは立ち上がってミーティアに歩み寄った。

「そんな風におっしゃらないでくださいませ。先ほども申し上げましたが、私は楽しくお針仕事をさせていただいております。それに、お嬢様のお役に立てていると思うと嬉しいのですよ」
ミーティアは思わずナンシーを抱きしめた。

「お、お嬢様?!」
「ナンシー、本当にありがとう!あなたがいてくれて、本当によかった」
「……お嬢様……」
本当に、ナンシーがいてくれなかったらどうなっていたことか。ナンシーの為にも、明日は王城で頑張らないと。ミーティアは固く心に誓っていた。








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