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出発の前に魔女の住む屋敷に立ち寄る事になった。マスターに別れを告げ、魔女がぱっと使用した転移の魔法で屋敷に帰ってこれたので、移動時間は一瞬のことだった。
「人を家に上げるのは随分久しぶりの事じゃよ」
魔女はそう言ってひひひと笑った。
魔女の屋敷は森の中にあった。魔物も出現する危険な場所。その様な場所にわざわざやってくる人はいないため、身を隠すための住処としては最適だという。それに加えて結界が張られており強力な魔術師でなければ立ち入りは難しく、安全だそうだ。
「暫く家を空けることになる。念の為確認をしておかねばなるまい」
魔女の屋敷はどういうものなのか気になっていたが、思っていたよりもものは少ない。研究資料や怪しげな本や素材が沢山あると思っていたので意外だった。
「ここで普段は暮らしているのね。魔女も普通の人と変わらなそうな生活をしているんだ」
「ひひひ。魔女は寿命が長いとはいえ、人間と身体の構造は変わらないからね。そうだ、折角だから調合部屋でも見るかいって……チッ。ふせろ!」
激しい爆発音と共に煙が立ち込める。扉が爆破されたのだろうか。魔女が張った結界のおかげで怪我はなく、立ち込める煙の奥から人影が見えた。
「魔女よ、この様な事になって誠に遺憾です」
そこには王妃様と共に王家に仕える魔術師とお母様、そしてヒューバート殿下がいたのだ。
「おやおや、勝手に人の家に押し入ったばかりか、屋敷を破壊するとは……穏やかではないねぇ。この国の王族は本当に礼儀がない者しかおらぬのじゃ」
「貴女と軽口を叩く為にきたのではないわ!ヒューバートが魔女の秘薬を作ったのは貴女だというから、屋敷を調べさせて貰うわ。反抗しても無駄ですよ」
王妃様の手には王家の紋章の入った令状がある。これがあれば本人がいくら反対したとしても立ち入れない場所はどこにもない。数人の魔術師が屋敷の中を隈なく捜索し始める。
しかし、魔女は国の揉め事には不干渉を貫くと宣言されている。無理難題を押し付けられるなど至極面倒だからだ。魔女がこのまま黙ってこの状況を見過ごすとは思えなかった。
「話し声がしたと思ったから、誰かと共に屋敷へ戻って来たのかと思いましたが、一人なのですか?」
王妃様の凛とした声が響く。王妃様は勿論王家の魔術師であっても私の姿を認識できる人は誰もいないようだ。独り言にしてはやけに親しげな、誰かといる様な話しをしていた魔女の行動を訝しんでいた。
「見ての通り一人さ。なに、一人暮らしが長いと、独り言も増えるのじゃよ。しかし、こちらも勝手に押し入られて屋敷を壊されたんじゃ。やり返しても文句は言わないじゃろう?」
魔女は魔力を解放すると、空気が重くなる。魔力に当てられ、皆の顔が苦痛に歪む。そうだ、この魔女が家を壊されて黙っているわけがない。
「グラティアは王妃になる為に必死で努力してきた。それを貴女が踏み躙ったのよ。一体誰の依頼なのかしら?吐きなさい!」
「グラティアを返して!どうしてこんな事をするの!」
「なんとまぁ……」
王妃様と、お母様の一方的な叫びを聞いて、魔女が私に視線を送る。私は首を振った。王妃様とお母様の意見がどうであれ、それは各々の主観でしかない。私は一度もそれを望んでいなかったというのに。婚約を破棄してほしいと頼んだことも、あの人たちの中ではなかったことにされているのだろう。私はとっくに見切りをつけていたのに。
私の意思で魔女に依頼して、魔女の秘薬を飲んだ。それなのに、物みたいに返せ返せと騒いで喚いて。滑稽だと思った。
「貴女さっきからちらちらとどこかを見ながら話をしているけれど、そこに誰かいると言うの?」
王妃様の鋭い意見にどきりとする。魔女にこちらを見ないように身振り手振りで伝える。いくら魔女以外に私の姿が見えていないとしても、怪しまれているのはよくない。今この場には魔術師もいるのだ。何らかの魔法によって私がいる事を勘づかれてしまうかもしれない。
「誰もここにはいないじゃないか。己の目で見たものが信じられないとでもいうのかい?全く疑り深い王妃じゃよ。証拠もないというのに押しかけてきて家をめちゃくちゃにするなんて、ありえないことじゃ……」
やれやれと肩をすくめる。魔女はシラを切るつもりだっが、魔術師のうちの1人が、ヒューバート殿下に耳打ちする。そして勝ち誇ったような顔をして魔女を見据えた。この状況にとどめを刺したのはヒューバート殿下だった。
「証拠ならある。この薬が、動かぬ証拠」
殿下の手に握られている小瓶はまさに私が飲んだものと全く同じもので。その中の成分と、私の体内に残っていた成分を調べたところ同様のものである事が発覚したのだという。
この短時間でよく分かったと感心している場合ではない。
魔女によって作る薬は異なり、素材や調合方法によって性質は異なることから、今この場に同じ成分のものがあるとなれば、それはまぎれもなく魔女が作成したのを裏付けるものであった。
魔女は予備として余った薬をそのまま屋敷に置き去りにしていたのか。これでは私が飲んだ瓶を隠した意味が全くない。じっと睨めば魔女は肩をすくめておどけてみせた。
「まさか……私を嵌めようというのかい!?」
魔女の見苦しい言い訳にどうすることもできない。これは彼女の杜撰な管理体制の所為だろう。私がいくら瓶を隠しても、魔女の屋敷に同じものが残っていたとは、盲点だった。
「これで言い逃れはできないわ。吐きなさい、依頼者は誰か。そして解毒薬を今すぐに作りなさい」
有無を言わさない王妃様の言葉。魔女を見つめる眼光は鋭いが、自身の息子に向けられる視線は優しいものだった。
「ヒューバート、御手柄だわ。まさかこんなに早く事件が解決するなんて……。グラティアの事がとても心配だったのね」
「勿論です。彼女がいなければ、私の未来はありませんから」
「ひーっひっひ!」
場違いなくらい、魔女の高笑いは部屋に響き渡った。これには王妃様やお母様だけでなく、魔術師たちも怪訝そうな顔をする。魔女は殿下の言葉が大層面白かったのかツボに入ったようで、そんな彼らの視線を気にも止めず、涙を流しながら笑っている。
「何がおかしい!」
「坊ちゃん、嘘はだめじゃないかい。好いた女子を側妃にするために、グラティアが居ないと未来がないのだと、はっきり言わないのは何故かい?さっきは大声で叫んでいたじゃないか」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべてそう告げ口をする魔女。付け入る隙ができたとばかりに、魔女がこれまでのやり取りを映像で見せつける。こんな高度な魔法が使えるのも、魔女だからだろう。しかし、どこで見ていたのか、魔女が来るはずのない学園で私に難癖をつける様子や、二人のあられもない淫らなやり取りまでしっかりと残されていた。まさかここまでの関係だったなんてと、他人事のように二人の情事の映像を鑑賞してしまった。ヒューバート殿下は、知られたくなかった事実をつきつけられ、顔の色は青白さを通り越して白くなっていた。
「これは、これは一体どういう事なの!?」
「本当なのですか、ヒューバート殿下……」
形勢はあっというまに逆転し、魔女が優位になる。ヒューバート殿下が二人に詰め寄られる番になった。依頼人はヒューバート殿下ではないか、連れられてきた魔術師がそんな疑念を抱いても無理はない。それは不敬であり口には出せなかったが、魔術師たちは皆じっとヒューバート殿下に懐疑的な視線を向けていた。
「違う、違う違う……。これは魔女が作り出した偽りの映像だ!私が依頼者なわけがない!」
「ではどうして、いち早く魔女の屋敷に辿り着けたのです?説明しなさい」
「それはわしが説明しようかのう。そこの坊ちゃんは個人的な依頼で、魔女に頼み事をしに来た事がある。その時にこの屋敷に連れてきた事があった……と、今思い出したわい!」
「おい!守秘義務はどうなった!守ると言ったではないか!」
「魔女に依頼した内容に対しては守秘義務があるが、お前さんが依頼したという事に対しては守秘義務はないよ。契約した書類にはきちんと目を通しておく事だねぇ。一つ勉強になったようでなりよりじゃよ」
この魔女の性格上、王太子が魔女に依頼するという面白い出来事を見逃すわけがない。そしてヒューバート殿下のその発言は、魔女に依頼した事があるのを案に認めていて、更に墓穴を掘っただけだった。
ふと心配になり私の契約内容を思い出すが、内容も依頼人も伏せると記載されていたので魔女が口を割る心配はないだろう。契約書は隅々まで目を通さなくてはいけないと実感して、よかったと胸を撫で下ろす。
ヒューバート殿下はもう言い逃れはできない状況だった。
「ヒューバート!王族ともあろうものが、魔女に依頼するなど……あってはならない事です!何という事……」
王妃様の顔も真っ青で、これからヒューバート殿下の処遇をどうするべきか決めあぐねている様だ。陛下への報告は免られない。魔女がこの証拠を誰かに突きつけないというように契約を持ちかけることは王族に名を連ねる者としてどうかと悩んでいるようだ。何の対価もなく、口を封じるのは難しいだろう。これは今まで甘やかし放っておいたツケが回ってきただけなのだ。
「さあて。わしは忙しいんじゃ。話も終わった事じゃ、さっさと帰ってくれんかの」
魔女が手を叩き帰宅を促す。
「なっ……!まだ話は終わっていません!グラティアの依頼者は誰なのか、解呪もしていただいておりません!」
「解呪はしない。それは依頼者との約束だからねぇ」
「そんな事許されないわ!武力行使に出てもいいのよ、そしたら——」
「魔女は王族であろうと干渉しない。信用問題に関わるのだから依頼者の願いは絶対。叶えない願いは叶えない。力で抑え込もうとは、その約束を違えようというのか?全ての魔女を敵に回すというのなら受け立つが。そうなればこの国を滅ぼすのは一瞬だろうな?」
魔女は珍しく怒鳴ったかと思うと、魔力をさらに解放する。
気がつけば皆が地面に這うように倒れている。魔女は気まぐれだ。きっと王妃様の態度も、殿下の態度も気に入らないのだろう。こうなってしまっては、絶対に力を貸そうなどとは思わない。
「それでも、グラティアは未来の王妃になるのよ……それを貴女が……」
「本当に、ごちゃごちゃうるさいのう……」
魔女は躊躇いもなく屋敷に火を放った。
「きゃあああ!」
「火が!逃げろ!」
屋敷にいた人々から悲鳴が上がる。
「わしの邪魔をしようというのなら、ここで消しても構わないが、どうするのじゃ?」
身体を寄せ合い、頭を垂れて許を乞う姿に満足したのだろう。魔女はさっさとどっかに行けと促すと、命惜しさに彼らは一斉に屋敷の中から出ていった。
その間も轟々と屋敷は燃える。私達も屋敷の外へと出た。
「大切なものとかないの?」
「不用心に家の中に置いておくわけないじゃないか。まあ作ったばかりの秘薬はあったかもしれないが、それ以外の物は何もないよ。いひひ」
魔女は悪びれもせずそう言うと残念そうに家を見つめていた。
「ああ、まさか屋敷がなくなってしまうとはねえ……」
「火を放った本人がそれを言う?もう少しマシな方法もあったでしょう」
「過ぎてしまった事は仕方がない。どちらにしても、これから先この国にはもう住めないだろうからねぇ……新しい滞在先を探すとしよう。さて、それではまずは移動するとしようかね」
色々あったが、私達は死者の国へ行く途中なのだ。魔女のその声に頷きを返して森を後にした。
「人を家に上げるのは随分久しぶりの事じゃよ」
魔女はそう言ってひひひと笑った。
魔女の屋敷は森の中にあった。魔物も出現する危険な場所。その様な場所にわざわざやってくる人はいないため、身を隠すための住処としては最適だという。それに加えて結界が張られており強力な魔術師でなければ立ち入りは難しく、安全だそうだ。
「暫く家を空けることになる。念の為確認をしておかねばなるまい」
魔女の屋敷はどういうものなのか気になっていたが、思っていたよりもものは少ない。研究資料や怪しげな本や素材が沢山あると思っていたので意外だった。
「ここで普段は暮らしているのね。魔女も普通の人と変わらなそうな生活をしているんだ」
「ひひひ。魔女は寿命が長いとはいえ、人間と身体の構造は変わらないからね。そうだ、折角だから調合部屋でも見るかいって……チッ。ふせろ!」
激しい爆発音と共に煙が立ち込める。扉が爆破されたのだろうか。魔女が張った結界のおかげで怪我はなく、立ち込める煙の奥から人影が見えた。
「魔女よ、この様な事になって誠に遺憾です」
そこには王妃様と共に王家に仕える魔術師とお母様、そしてヒューバート殿下がいたのだ。
「おやおや、勝手に人の家に押し入ったばかりか、屋敷を破壊するとは……穏やかではないねぇ。この国の王族は本当に礼儀がない者しかおらぬのじゃ」
「貴女と軽口を叩く為にきたのではないわ!ヒューバートが魔女の秘薬を作ったのは貴女だというから、屋敷を調べさせて貰うわ。反抗しても無駄ですよ」
王妃様の手には王家の紋章の入った令状がある。これがあれば本人がいくら反対したとしても立ち入れない場所はどこにもない。数人の魔術師が屋敷の中を隈なく捜索し始める。
しかし、魔女は国の揉め事には不干渉を貫くと宣言されている。無理難題を押し付けられるなど至極面倒だからだ。魔女がこのまま黙ってこの状況を見過ごすとは思えなかった。
「話し声がしたと思ったから、誰かと共に屋敷へ戻って来たのかと思いましたが、一人なのですか?」
王妃様の凛とした声が響く。王妃様は勿論王家の魔術師であっても私の姿を認識できる人は誰もいないようだ。独り言にしてはやけに親しげな、誰かといる様な話しをしていた魔女の行動を訝しんでいた。
「見ての通り一人さ。なに、一人暮らしが長いと、独り言も増えるのじゃよ。しかし、こちらも勝手に押し入られて屋敷を壊されたんじゃ。やり返しても文句は言わないじゃろう?」
魔女は魔力を解放すると、空気が重くなる。魔力に当てられ、皆の顔が苦痛に歪む。そうだ、この魔女が家を壊されて黙っているわけがない。
「グラティアは王妃になる為に必死で努力してきた。それを貴女が踏み躙ったのよ。一体誰の依頼なのかしら?吐きなさい!」
「グラティアを返して!どうしてこんな事をするの!」
「なんとまぁ……」
王妃様と、お母様の一方的な叫びを聞いて、魔女が私に視線を送る。私は首を振った。王妃様とお母様の意見がどうであれ、それは各々の主観でしかない。私は一度もそれを望んでいなかったというのに。婚約を破棄してほしいと頼んだことも、あの人たちの中ではなかったことにされているのだろう。私はとっくに見切りをつけていたのに。
私の意思で魔女に依頼して、魔女の秘薬を飲んだ。それなのに、物みたいに返せ返せと騒いで喚いて。滑稽だと思った。
「貴女さっきからちらちらとどこかを見ながら話をしているけれど、そこに誰かいると言うの?」
王妃様の鋭い意見にどきりとする。魔女にこちらを見ないように身振り手振りで伝える。いくら魔女以外に私の姿が見えていないとしても、怪しまれているのはよくない。今この場には魔術師もいるのだ。何らかの魔法によって私がいる事を勘づかれてしまうかもしれない。
「誰もここにはいないじゃないか。己の目で見たものが信じられないとでもいうのかい?全く疑り深い王妃じゃよ。証拠もないというのに押しかけてきて家をめちゃくちゃにするなんて、ありえないことじゃ……」
やれやれと肩をすくめる。魔女はシラを切るつもりだっが、魔術師のうちの1人が、ヒューバート殿下に耳打ちする。そして勝ち誇ったような顔をして魔女を見据えた。この状況にとどめを刺したのはヒューバート殿下だった。
「証拠ならある。この薬が、動かぬ証拠」
殿下の手に握られている小瓶はまさに私が飲んだものと全く同じもので。その中の成分と、私の体内に残っていた成分を調べたところ同様のものである事が発覚したのだという。
この短時間でよく分かったと感心している場合ではない。
魔女によって作る薬は異なり、素材や調合方法によって性質は異なることから、今この場に同じ成分のものがあるとなれば、それはまぎれもなく魔女が作成したのを裏付けるものであった。
魔女は予備として余った薬をそのまま屋敷に置き去りにしていたのか。これでは私が飲んだ瓶を隠した意味が全くない。じっと睨めば魔女は肩をすくめておどけてみせた。
「まさか……私を嵌めようというのかい!?」
魔女の見苦しい言い訳にどうすることもできない。これは彼女の杜撰な管理体制の所為だろう。私がいくら瓶を隠しても、魔女の屋敷に同じものが残っていたとは、盲点だった。
「これで言い逃れはできないわ。吐きなさい、依頼者は誰か。そして解毒薬を今すぐに作りなさい」
有無を言わさない王妃様の言葉。魔女を見つめる眼光は鋭いが、自身の息子に向けられる視線は優しいものだった。
「ヒューバート、御手柄だわ。まさかこんなに早く事件が解決するなんて……。グラティアの事がとても心配だったのね」
「勿論です。彼女がいなければ、私の未来はありませんから」
「ひーっひっひ!」
場違いなくらい、魔女の高笑いは部屋に響き渡った。これには王妃様やお母様だけでなく、魔術師たちも怪訝そうな顔をする。魔女は殿下の言葉が大層面白かったのかツボに入ったようで、そんな彼らの視線を気にも止めず、涙を流しながら笑っている。
「何がおかしい!」
「坊ちゃん、嘘はだめじゃないかい。好いた女子を側妃にするために、グラティアが居ないと未来がないのだと、はっきり言わないのは何故かい?さっきは大声で叫んでいたじゃないか」
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべてそう告げ口をする魔女。付け入る隙ができたとばかりに、魔女がこれまでのやり取りを映像で見せつける。こんな高度な魔法が使えるのも、魔女だからだろう。しかし、どこで見ていたのか、魔女が来るはずのない学園で私に難癖をつける様子や、二人のあられもない淫らなやり取りまでしっかりと残されていた。まさかここまでの関係だったなんてと、他人事のように二人の情事の映像を鑑賞してしまった。ヒューバート殿下は、知られたくなかった事実をつきつけられ、顔の色は青白さを通り越して白くなっていた。
「これは、これは一体どういう事なの!?」
「本当なのですか、ヒューバート殿下……」
形勢はあっというまに逆転し、魔女が優位になる。ヒューバート殿下が二人に詰め寄られる番になった。依頼人はヒューバート殿下ではないか、連れられてきた魔術師がそんな疑念を抱いても無理はない。それは不敬であり口には出せなかったが、魔術師たちは皆じっとヒューバート殿下に懐疑的な視線を向けていた。
「違う、違う違う……。これは魔女が作り出した偽りの映像だ!私が依頼者なわけがない!」
「ではどうして、いち早く魔女の屋敷に辿り着けたのです?説明しなさい」
「それはわしが説明しようかのう。そこの坊ちゃんは個人的な依頼で、魔女に頼み事をしに来た事がある。その時にこの屋敷に連れてきた事があった……と、今思い出したわい!」
「おい!守秘義務はどうなった!守ると言ったではないか!」
「魔女に依頼した内容に対しては守秘義務があるが、お前さんが依頼したという事に対しては守秘義務はないよ。契約した書類にはきちんと目を通しておく事だねぇ。一つ勉強になったようでなりよりじゃよ」
この魔女の性格上、王太子が魔女に依頼するという面白い出来事を見逃すわけがない。そしてヒューバート殿下のその発言は、魔女に依頼した事があるのを案に認めていて、更に墓穴を掘っただけだった。
ふと心配になり私の契約内容を思い出すが、内容も依頼人も伏せると記載されていたので魔女が口を割る心配はないだろう。契約書は隅々まで目を通さなくてはいけないと実感して、よかったと胸を撫で下ろす。
ヒューバート殿下はもう言い逃れはできない状況だった。
「ヒューバート!王族ともあろうものが、魔女に依頼するなど……あってはならない事です!何という事……」
王妃様の顔も真っ青で、これからヒューバート殿下の処遇をどうするべきか決めあぐねている様だ。陛下への報告は免られない。魔女がこの証拠を誰かに突きつけないというように契約を持ちかけることは王族に名を連ねる者としてどうかと悩んでいるようだ。何の対価もなく、口を封じるのは難しいだろう。これは今まで甘やかし放っておいたツケが回ってきただけなのだ。
「さあて。わしは忙しいんじゃ。話も終わった事じゃ、さっさと帰ってくれんかの」
魔女が手を叩き帰宅を促す。
「なっ……!まだ話は終わっていません!グラティアの依頼者は誰なのか、解呪もしていただいておりません!」
「解呪はしない。それは依頼者との約束だからねぇ」
「そんな事許されないわ!武力行使に出てもいいのよ、そしたら——」
「魔女は王族であろうと干渉しない。信用問題に関わるのだから依頼者の願いは絶対。叶えない願いは叶えない。力で抑え込もうとは、その約束を違えようというのか?全ての魔女を敵に回すというのなら受け立つが。そうなればこの国を滅ぼすのは一瞬だろうな?」
魔女は珍しく怒鳴ったかと思うと、魔力をさらに解放する。
気がつけば皆が地面に這うように倒れている。魔女は気まぐれだ。きっと王妃様の態度も、殿下の態度も気に入らないのだろう。こうなってしまっては、絶対に力を貸そうなどとは思わない。
「それでも、グラティアは未来の王妃になるのよ……それを貴女が……」
「本当に、ごちゃごちゃうるさいのう……」
魔女は躊躇いもなく屋敷に火を放った。
「きゃあああ!」
「火が!逃げろ!」
屋敷にいた人々から悲鳴が上がる。
「わしの邪魔をしようというのなら、ここで消しても構わないが、どうするのじゃ?」
身体を寄せ合い、頭を垂れて許を乞う姿に満足したのだろう。魔女はさっさとどっかに行けと促すと、命惜しさに彼らは一斉に屋敷の中から出ていった。
その間も轟々と屋敷は燃える。私達も屋敷の外へと出た。
「大切なものとかないの?」
「不用心に家の中に置いておくわけないじゃないか。まあ作ったばかりの秘薬はあったかもしれないが、それ以外の物は何もないよ。いひひ」
魔女は悪びれもせずそう言うと残念そうに家を見つめていた。
「ああ、まさか屋敷がなくなってしまうとはねえ……」
「火を放った本人がそれを言う?もう少しマシな方法もあったでしょう」
「過ぎてしまった事は仕方がない。どちらにしても、これから先この国にはもう住めないだろうからねぇ……新しい滞在先を探すとしよう。さて、それではまずは移動するとしようかね」
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