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第14話 再び王国の陰謀が動き出す
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春雨が上がったばかりのバランの街は、しっとりと濡れた石畳が陽光に輝いていた。
空には雲ひとつなく、子どもたちの笑い声が風に乗る。
しかし、その穏やかな光景を見つめるディランの目には、一抹の暗色が宿っていた。
「今朝、追加の報告が届きました」
副官のルークが差し出した封筒を、彼は無言で受け取った。
王都の紋章が刻まれた封蝋。それだけで嫌な予感が脳裏をよぎる。
封を切ると、中には簡潔な命令が記されていた。
《辺境駐屯軍は王都の直令を受け、即刻の再編を行う。ヴァーミリオン閣下は第一軍議会へ出頭せよ》
「出頭命令か……」
ディランは低く呟いた。
ルークは心配そうに眉をひそめる。
「明らかにおかしいですね。この時期に人事再編とは……本国が何かを嗅ぎつけたとしか思えません」
「間違いない。先日送り返した“影”の報告が効いたのだろう」
「影……あの密偵ですか」
「生かして帰したのが、やはり仇になったかもしれんな」
ルークは肘を組み、声を潜める。
「アイラ殿のことが――」
「決して漏らしてはならん。王都が動いている今、下手に手を出せば彼女をさらう口実を与えるだけだ」
「わかっています。ですが、殿下までもが直接一隊を動かしたと……噂が」
その名を聞いた瞬間、ディランの眉が微かに動いた。
「王太子が……?」
「はい。“癒しの力を持つ亡霊を探せ”と」
「亡霊、とは、また皮肉な呼び方をする」
重い沈黙が流れる。
ディランは目を細め、書簡を蝋燭で燃やした。
黒い煙がゆらめきながら空気を満たす。
「バランをしばらく閉鎖する。外部との商隊の出入りも制限しろ。誰一人、王都と接触させるな」
「了解しました」
ルークはすぐに部下へ指示を飛ばすため、その場を離れた。
残されたディランは、窓辺に立った。
外では、春を喜ぶ市民の笑顔が広がっている。
この小さな幸福を、戦乱の匂いが再び飲み込もうとしていることを、誰も知らない。
「……結局、どこまで行っても“王の手”は伸びてくるか」
その呟きを誰にも聞かれることはなかった。
***
同じころ、療養所の裏庭ではアイラが薬草の根を干していた。
日光を浴びると、薬草の表面がかすかに銀色に光る。
それを丁寧に並べながら、彼女は心の奥でざわつく感覚を拭いきれなかった。
あの夜、王都の報告書を燃やして以来、ディランの目がどこか沈んでいる。
言葉にはしないが、彼が動揺しているのを感じるのだ。
軍の動きがあるのかもしれない。いや、もしかすると――王都が。
「アイラ、どうかしたのか?」
ふいに背後から声がして、彼女は振り向いた。
そこにいたのは副官のルークだった。
「いえ、少し考え事を」
「おや、珍しい。いつもは怖いくらい落ち着いている癒し手殿が」
軽い冗談に笑みを返すが、その笑顔は引きつっていた。
ルークは一拍置いて声を潜める。
「……噂を聞いたんだ。王都から調査隊が出たらしい」
「調査隊?」
「“辺境に現れた死者の霊”を探すと。報告を上げたのは宰相府直属――ギュスターヴ卿だ」
その名を聞いた瞬間、アイラの体が冷たくなった。
ギュスターヴ卿。セリアの父であり、王太子と共にあの断罪劇を操った男。
「彼が……まだ私を……」
「気づかれたかもしれん。だが将軍は街を封鎖して動いている。そう簡単には入れない」
「でも、王命なら」
「それでも守る。閣下がそうおっしゃった」
ルークの真剣な声が胸に響き、涙がにじむ。
「どうして、皆こんな私に……」
「あんたが救った命の数を、忘れた人間はいないさ」
「でも、それでも……私は、何も取り戻せていないのに」
ルークは肩をすくめ、少し笑った。
「人の想いなんて取り戻すもんじゃない。今日を生きる力に変えるもんだ」
「……あなたも、ディラン様に似ていますね」
「俺よりあの人は頑固だ。きっと明日また無茶をするぞ」
そう言い残してルークは去っていった。
アイラは小さく息を吐き、空を見上げる。
青空にひとすじの雲が流れ、どこか遠くへ消えていった。
***
その夜、ディランは執務室で報告を整理していた。
机の上に散らばる地図、伝令文、軍の配置図。
蝋燭の光が不規則に揺れ、壁に落ちる彼の影を細く伸ばす。
「王国の陰謀はまだ終わっていない――いや、むしろこれからか」
呟いた瞬間、扉を叩く音。
「入れ」
現れたのは、司令部の通信兵だった。
「報告します! 王都から軍使が接近中です。国王の親書を携え、明朝には到着予定とのこと!」
「予定より早いな。……数は?」
「五十名ほどの護衛を伴い、正式な行列です」
「なるほど。武力をちらつかせながら“使者”を名乗るとは、相変わらずだ」
ディランは顎に手を当て、短く考える。
そして地図の上に指を滑らせた。
「隊を分けろ。表向きは歓迎の準備、市門の外では伏兵を展開させろ。俺の命令なしに誰も動くな」
「はっ!」
伝令が駆け出す。
残されたディランは深く息を吐いた。
「ついに来たか……」
その時、背後の扉が再び開いた。
「ディラン様?」
アイラの声。
彼女は心配そうに中へ入ってくる。
「外が騒がしいと聞いて……何か、ありましたか?」
「王都からの“訪問者”だ」
「訪問者……? では、王太子が――」
「まだ分からん。だが、王家の印章付きだ。いずれにせよ、お前を見つけるためだろう」
アイラは拳を握りしめた。
「私がここを去れば、きっと皆は――」
「誰も見殺しにはしない」
ディランが遮るように言う。
「逃げようとは考えるな。俺がここで終わらせる」
その言葉に、アイラは息を詰めた。
「終わらせる……?」
「そうだ。レインフォードの娘が魔女だという嘘。王太子の罪も、宰相の陰謀も、全て暴く」
「そんなことできるはずが――!」
「できる。真実を握る証拠がある」
机の引き出しを開け、ディランは古びた封筒を取り出した。
封蝋は王太子の印章。
「これは……」
「三年前、俺が戦地で手に入れた暗号文だ。宰相ギュスターヴと、その娘セリアが王太子殿下に送った密書。
内容には“公爵令嬢を陥れる計画”と記されている」
「どうしてそんなものを……」
「偶然だ。だが放っておけなかった。なぜなら、書簡の末尾に明記があった――“彼女が消えれば、君の即位は盤石となる”と」
アイラの体が震えた。
「殿下が……そんなことを、本当に」
「俺はお前の無実を証明する。もう誰にも“死んだ”とは言わせん」
彼の指が、机の上で拳を握り締める。
蝋燭の火が揺らぎ、影が壁を這った。
「明朝、王使を迎え入れる。だが、これはただの挨拶ではない。――戦の始まりかもしれん」
その言葉に、アイラは何も言えなくなった。
彼の瞳に宿る覚悟が、あまりにも静かで、そして強かったから。
どんな夜よりも黒い陰が迫る中、ディランとアイラは互いの存在だけを確かめるように見つめ合った。
外では風が止み、満月が雲の隙間から顔を出した。
嵐の前の静けさ――その静寂が、これから訪れる動乱の前奏のように重くのしかかっていた。
続く
空には雲ひとつなく、子どもたちの笑い声が風に乗る。
しかし、その穏やかな光景を見つめるディランの目には、一抹の暗色が宿っていた。
「今朝、追加の報告が届きました」
副官のルークが差し出した封筒を、彼は無言で受け取った。
王都の紋章が刻まれた封蝋。それだけで嫌な予感が脳裏をよぎる。
封を切ると、中には簡潔な命令が記されていた。
《辺境駐屯軍は王都の直令を受け、即刻の再編を行う。ヴァーミリオン閣下は第一軍議会へ出頭せよ》
「出頭命令か……」
ディランは低く呟いた。
ルークは心配そうに眉をひそめる。
「明らかにおかしいですね。この時期に人事再編とは……本国が何かを嗅ぎつけたとしか思えません」
「間違いない。先日送り返した“影”の報告が効いたのだろう」
「影……あの密偵ですか」
「生かして帰したのが、やはり仇になったかもしれんな」
ルークは肘を組み、声を潜める。
「アイラ殿のことが――」
「決して漏らしてはならん。王都が動いている今、下手に手を出せば彼女をさらう口実を与えるだけだ」
「わかっています。ですが、殿下までもが直接一隊を動かしたと……噂が」
その名を聞いた瞬間、ディランの眉が微かに動いた。
「王太子が……?」
「はい。“癒しの力を持つ亡霊を探せ”と」
「亡霊、とは、また皮肉な呼び方をする」
重い沈黙が流れる。
ディランは目を細め、書簡を蝋燭で燃やした。
黒い煙がゆらめきながら空気を満たす。
「バランをしばらく閉鎖する。外部との商隊の出入りも制限しろ。誰一人、王都と接触させるな」
「了解しました」
ルークはすぐに部下へ指示を飛ばすため、その場を離れた。
残されたディランは、窓辺に立った。
外では、春を喜ぶ市民の笑顔が広がっている。
この小さな幸福を、戦乱の匂いが再び飲み込もうとしていることを、誰も知らない。
「……結局、どこまで行っても“王の手”は伸びてくるか」
その呟きを誰にも聞かれることはなかった。
***
同じころ、療養所の裏庭ではアイラが薬草の根を干していた。
日光を浴びると、薬草の表面がかすかに銀色に光る。
それを丁寧に並べながら、彼女は心の奥でざわつく感覚を拭いきれなかった。
あの夜、王都の報告書を燃やして以来、ディランの目がどこか沈んでいる。
言葉にはしないが、彼が動揺しているのを感じるのだ。
軍の動きがあるのかもしれない。いや、もしかすると――王都が。
「アイラ、どうかしたのか?」
ふいに背後から声がして、彼女は振り向いた。
そこにいたのは副官のルークだった。
「いえ、少し考え事を」
「おや、珍しい。いつもは怖いくらい落ち着いている癒し手殿が」
軽い冗談に笑みを返すが、その笑顔は引きつっていた。
ルークは一拍置いて声を潜める。
「……噂を聞いたんだ。王都から調査隊が出たらしい」
「調査隊?」
「“辺境に現れた死者の霊”を探すと。報告を上げたのは宰相府直属――ギュスターヴ卿だ」
その名を聞いた瞬間、アイラの体が冷たくなった。
ギュスターヴ卿。セリアの父であり、王太子と共にあの断罪劇を操った男。
「彼が……まだ私を……」
「気づかれたかもしれん。だが将軍は街を封鎖して動いている。そう簡単には入れない」
「でも、王命なら」
「それでも守る。閣下がそうおっしゃった」
ルークの真剣な声が胸に響き、涙がにじむ。
「どうして、皆こんな私に……」
「あんたが救った命の数を、忘れた人間はいないさ」
「でも、それでも……私は、何も取り戻せていないのに」
ルークは肩をすくめ、少し笑った。
「人の想いなんて取り戻すもんじゃない。今日を生きる力に変えるもんだ」
「……あなたも、ディラン様に似ていますね」
「俺よりあの人は頑固だ。きっと明日また無茶をするぞ」
そう言い残してルークは去っていった。
アイラは小さく息を吐き、空を見上げる。
青空にひとすじの雲が流れ、どこか遠くへ消えていった。
***
その夜、ディランは執務室で報告を整理していた。
机の上に散らばる地図、伝令文、軍の配置図。
蝋燭の光が不規則に揺れ、壁に落ちる彼の影を細く伸ばす。
「王国の陰謀はまだ終わっていない――いや、むしろこれからか」
呟いた瞬間、扉を叩く音。
「入れ」
現れたのは、司令部の通信兵だった。
「報告します! 王都から軍使が接近中です。国王の親書を携え、明朝には到着予定とのこと!」
「予定より早いな。……数は?」
「五十名ほどの護衛を伴い、正式な行列です」
「なるほど。武力をちらつかせながら“使者”を名乗るとは、相変わらずだ」
ディランは顎に手を当て、短く考える。
そして地図の上に指を滑らせた。
「隊を分けろ。表向きは歓迎の準備、市門の外では伏兵を展開させろ。俺の命令なしに誰も動くな」
「はっ!」
伝令が駆け出す。
残されたディランは深く息を吐いた。
「ついに来たか……」
その時、背後の扉が再び開いた。
「ディラン様?」
アイラの声。
彼女は心配そうに中へ入ってくる。
「外が騒がしいと聞いて……何か、ありましたか?」
「王都からの“訪問者”だ」
「訪問者……? では、王太子が――」
「まだ分からん。だが、王家の印章付きだ。いずれにせよ、お前を見つけるためだろう」
アイラは拳を握りしめた。
「私がここを去れば、きっと皆は――」
「誰も見殺しにはしない」
ディランが遮るように言う。
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「終わらせる……?」
「そうだ。レインフォードの娘が魔女だという嘘。王太子の罪も、宰相の陰謀も、全て暴く」
「そんなことできるはずが――!」
「できる。真実を握る証拠がある」
机の引き出しを開け、ディランは古びた封筒を取り出した。
封蝋は王太子の印章。
「これは……」
「三年前、俺が戦地で手に入れた暗号文だ。宰相ギュスターヴと、その娘セリアが王太子殿下に送った密書。
内容には“公爵令嬢を陥れる計画”と記されている」
「どうしてそんなものを……」
「偶然だ。だが放っておけなかった。なぜなら、書簡の末尾に明記があった――“彼女が消えれば、君の即位は盤石となる”と」
アイラの体が震えた。
「殿下が……そんなことを、本当に」
「俺はお前の無実を証明する。もう誰にも“死んだ”とは言わせん」
彼の指が、机の上で拳を握り締める。
蝋燭の火が揺らぎ、影が壁を這った。
「明朝、王使を迎え入れる。だが、これはただの挨拶ではない。――戦の始まりかもしれん」
その言葉に、アイラは何も言えなくなった。
彼の瞳に宿る覚悟が、あまりにも静かで、そして強かったから。
どんな夜よりも黒い陰が迫る中、ディランとアイラは互いの存在だけを確かめるように見つめ合った。
外では風が止み、満月が雲の隙間から顔を出した。
嵐の前の静けさ――その静寂が、これから訪れる動乱の前奏のように重くのしかかっていた。
続く
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