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第27話 揺れる王冠と空位の玉座
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戦の炎が消えてから、七日が経った。
王都の空はようやく澄み渡り、瓦礫の街からも子どもたちの笑い声が戻りつつあった。
だが、王城の最上階――大広間には、未だ重苦しい沈黙が漂っていた。
崩れかけた天井を補修する職人たちの音が遠くで響く中、玉座は空のまま。
その前に立つのは、若き王レオンハルト。
彼の手には、父である前国王の遺した王冠が握られていた。
黄金の装飾には、戦火で生じた細かな傷が残っている。
「いつまでも悩む性分だな、殿下」
その声に振り向くと、ディランが立っていた。
包帯の巻かれた左腕を気にする様子もなく、いつもの落ち着いた表情を浮かべている。
「悩むだけならよいのです。問題は、どの道を選んでも“正しい”とは呼べないということです」
レオンハルトは苦笑して、王冠を見つめた。
「父の王国を、私は終わらせてしまいました。
血を流さぬ未来を望んで戦い、その結果として流したのは多くの忠臣たちの血です」
ディランはしばらく口をつぐみ、ゆっくりと玉座へ歩み寄る。
「殿下。あの戦で救われた命も、確かにあります。
――あの女、アイラ・レインフォードもその一人です。彼女が生き続ける限り、この国は滅びない」
「彼女は……癒しましたね。国も、人も、そして私も」
レオンハルトがうつむきながら呟く。
「でも、私の心のどこかでは、まだ赦されていない気がするのです。
三年前、私は愛を信じられなかった。
我が手で愛した者を“罪人”に落とし、その記憶だけが今も消えずにいる」
ディランは少しだけ微笑んだ。
「それを償うために、王である必要があるのか?」
「王でなければ、贖えないのではありませんか?」
「違う。贖うというのは、人として生きることだ。王座に座ることじゃない」
レオンハルトは言葉を失い、手にした王冠を見つめた。
重い光が手の平で鈍く照り返す。
「……彼女は、辺境へ向かったと聞きましたね」
「はい。民と共に村の再建を始めている」
「彼女に、もう一度だけ会いたい。
謝罪ではなく、感謝として。
“お前が救ったから今がある”と伝えたいのです」
ディランは静かに頷く。
だがその瞳の奥には、複雑な光が宿っていた。
***
一方その頃、王都の外。
春の風が山脈を超え、北の大地に穏やかな香りを運んでいた。
かつて戦火に焼けた辺境の村も、今は新たな息吹に包まれている。
小川には清水が流れ、野に咲く花々が風に揺れていた。
その真ん中で、アイラは子どもたちと共に畑の苗を植えていた。
泥にまみれた手を拭いながら、彼女は空を見上げる。
あの恐ろしい夜の火も、今は遠い。
そしてその隣では、ディランが土をならしていた。
「まさか将軍が鍬を握る日が来るなんてね」
アイラがくすくす笑うと、ディランは少し肩をすくめる。
「剣より重いが、悪くない仕事だ」
「鍬も命を守る道具です。私たちに向いているかもしれませんね」
二人の手が重なり、ふと沈黙が降りた。
微風が通り抜け、彼女の髪がディランの頬にかかる。
「……この静けさが、ずっと続けばいい」
ディランの言葉に、アイラは小さく頷く。
「ええ。でも、きっとまた嵐は来るでしょう」
「それでも、俺たちは立ち上がる」
「そのときも、隣にいてくれますか?」
「当たり前だ」
その答えに、彼女はほっとしたような笑顔を浮かべた。
そこへ、村の入口から馬の蹄の音が近づく。
駆けてきたのはルークだった。
息を切らしながら、彼は声を張り上げる。
「将軍、レオンハルト陛下が……王位を放棄されました!」
アイラとディランが、同時に顔を上げる。
「なんだと?」
「陛下は王冠を玉座に残し、『新しい王国は民が選ぶべきだ』と宣言されました。
現在、王座は空位。宰相の補佐官が政を取り仕切っています」
「……あの男、本気でやりやがったな」
ディランは深く息をつく。
「彼はまだ苦しんでいるのよ。赦されたはずなのに」
「そうかもしれんが……それを責められる者はいない」
ルークが懐から小さな包みを取り出した。
「陛下から、アイラ殿へこれを。
“お前に届けてほしいものがある。どうか受け取ってくれ”と」
包みを開くと、中には金糸の細い鎖があった。
その先には、あの日王冠から外された小さな宝石――王家の紋章が煌めいている。
「……殿下」
アイラはそれを掌に乗せ、目を閉じた。
「重いものですね。でも、美しい」
「レオンはようやく、自分を赦したんだ」
ディランがそう言うと、風が二人の間を抜けた。
遠くで鐘の音が鳴る。
「王がいなくても、人は支え合って生きられる。
――それを教えてくれたのは、お前たちだ」
ルークの言葉に、ディランは頷きながら王都の方角を見た。
「玉座が空でも構わん。俺たちのいる場所こそ、ほんとうの王国だ」
アイラは宝石を胸に抱き、淡く笑う。
「なら、私もこの地の民として生きます。もう“王宮の誰か”ではなくて」
「それが一番だ」
ディランが言うと、ふたりの間に温かい風が通り抜けた。
赤い夕陽が山の稜線を染める。
戦火で焦げた土地に、新しい命が芽吹く音がする。
焼けた地に転がる瓦礫からも、緑が顔を出していた。
「ディラン様、これを見てください」
アイラが指さした先、小さな石の割れ目に一輪の花が咲いていた。
白く、凛としたその花は、どんな風にも倒れずまっすぐ空を仰いでいる。
「強いな」
「ええ。でも、少し寂しそうにも見えます」
「なら、隣に咲かせてやろう」
ディランは傍の土を掘り、小さな苗を植えた。
「これで寂しくない」
「はい……ありがとうございます」
二人が笑い合う背後で、沈みゆく夕陽が再び輝きを増す。
その光は、大地を包み、空位の玉座にも静かに届いていた。
民の国。血ではなく、絆で築かれる新しい時代の始まりを告げながら――。
続く
王都の空はようやく澄み渡り、瓦礫の街からも子どもたちの笑い声が戻りつつあった。
だが、王城の最上階――大広間には、未だ重苦しい沈黙が漂っていた。
崩れかけた天井を補修する職人たちの音が遠くで響く中、玉座は空のまま。
その前に立つのは、若き王レオンハルト。
彼の手には、父である前国王の遺した王冠が握られていた。
黄金の装飾には、戦火で生じた細かな傷が残っている。
「いつまでも悩む性分だな、殿下」
その声に振り向くと、ディランが立っていた。
包帯の巻かれた左腕を気にする様子もなく、いつもの落ち着いた表情を浮かべている。
「悩むだけならよいのです。問題は、どの道を選んでも“正しい”とは呼べないということです」
レオンハルトは苦笑して、王冠を見つめた。
「父の王国を、私は終わらせてしまいました。
血を流さぬ未来を望んで戦い、その結果として流したのは多くの忠臣たちの血です」
ディランはしばらく口をつぐみ、ゆっくりと玉座へ歩み寄る。
「殿下。あの戦で救われた命も、確かにあります。
――あの女、アイラ・レインフォードもその一人です。彼女が生き続ける限り、この国は滅びない」
「彼女は……癒しましたね。国も、人も、そして私も」
レオンハルトがうつむきながら呟く。
「でも、私の心のどこかでは、まだ赦されていない気がするのです。
三年前、私は愛を信じられなかった。
我が手で愛した者を“罪人”に落とし、その記憶だけが今も消えずにいる」
ディランは少しだけ微笑んだ。
「それを償うために、王である必要があるのか?」
「王でなければ、贖えないのではありませんか?」
「違う。贖うというのは、人として生きることだ。王座に座ることじゃない」
レオンハルトは言葉を失い、手にした王冠を見つめた。
重い光が手の平で鈍く照り返す。
「……彼女は、辺境へ向かったと聞きましたね」
「はい。民と共に村の再建を始めている」
「彼女に、もう一度だけ会いたい。
謝罪ではなく、感謝として。
“お前が救ったから今がある”と伝えたいのです」
ディランは静かに頷く。
だがその瞳の奥には、複雑な光が宿っていた。
***
一方その頃、王都の外。
春の風が山脈を超え、北の大地に穏やかな香りを運んでいた。
かつて戦火に焼けた辺境の村も、今は新たな息吹に包まれている。
小川には清水が流れ、野に咲く花々が風に揺れていた。
その真ん中で、アイラは子どもたちと共に畑の苗を植えていた。
泥にまみれた手を拭いながら、彼女は空を見上げる。
あの恐ろしい夜の火も、今は遠い。
そしてその隣では、ディランが土をならしていた。
「まさか将軍が鍬を握る日が来るなんてね」
アイラがくすくす笑うと、ディランは少し肩をすくめる。
「剣より重いが、悪くない仕事だ」
「鍬も命を守る道具です。私たちに向いているかもしれませんね」
二人の手が重なり、ふと沈黙が降りた。
微風が通り抜け、彼女の髪がディランの頬にかかる。
「……この静けさが、ずっと続けばいい」
ディランの言葉に、アイラは小さく頷く。
「ええ。でも、きっとまた嵐は来るでしょう」
「それでも、俺たちは立ち上がる」
「そのときも、隣にいてくれますか?」
「当たり前だ」
その答えに、彼女はほっとしたような笑顔を浮かべた。
そこへ、村の入口から馬の蹄の音が近づく。
駆けてきたのはルークだった。
息を切らしながら、彼は声を張り上げる。
「将軍、レオンハルト陛下が……王位を放棄されました!」
アイラとディランが、同時に顔を上げる。
「なんだと?」
「陛下は王冠を玉座に残し、『新しい王国は民が選ぶべきだ』と宣言されました。
現在、王座は空位。宰相の補佐官が政を取り仕切っています」
「……あの男、本気でやりやがったな」
ディランは深く息をつく。
「彼はまだ苦しんでいるのよ。赦されたはずなのに」
「そうかもしれんが……それを責められる者はいない」
ルークが懐から小さな包みを取り出した。
「陛下から、アイラ殿へこれを。
“お前に届けてほしいものがある。どうか受け取ってくれ”と」
包みを開くと、中には金糸の細い鎖があった。
その先には、あの日王冠から外された小さな宝石――王家の紋章が煌めいている。
「……殿下」
アイラはそれを掌に乗せ、目を閉じた。
「重いものですね。でも、美しい」
「レオンはようやく、自分を赦したんだ」
ディランがそう言うと、風が二人の間を抜けた。
遠くで鐘の音が鳴る。
「王がいなくても、人は支え合って生きられる。
――それを教えてくれたのは、お前たちだ」
ルークの言葉に、ディランは頷きながら王都の方角を見た。
「玉座が空でも構わん。俺たちのいる場所こそ、ほんとうの王国だ」
アイラは宝石を胸に抱き、淡く笑う。
「なら、私もこの地の民として生きます。もう“王宮の誰か”ではなくて」
「それが一番だ」
ディランが言うと、ふたりの間に温かい風が通り抜けた。
赤い夕陽が山の稜線を染める。
戦火で焦げた土地に、新しい命が芽吹く音がする。
焼けた地に転がる瓦礫からも、緑が顔を出していた。
「ディラン様、これを見てください」
アイラが指さした先、小さな石の割れ目に一輪の花が咲いていた。
白く、凛としたその花は、どんな風にも倒れずまっすぐ空を仰いでいる。
「強いな」
「ええ。でも、少し寂しそうにも見えます」
「なら、隣に咲かせてやろう」
ディランは傍の土を掘り、小さな苗を植えた。
「これで寂しくない」
「はい……ありがとうございます」
二人が笑い合う背後で、沈みゆく夕陽が再び輝きを増す。
その光は、大地を包み、空位の玉座にも静かに届いていた。
民の国。血ではなく、絆で築かれる新しい時代の始まりを告げながら――。
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