公爵令嬢は婚約破棄に微笑む〜かつて私を見下した人たちよ、後悔する準備はできてる?〜

sika

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第25話 逆転の戴冠式

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王都の鐘が早朝から鳴り響いた。空気は重く、春の雨に濡れた石畳が光を跳ね返す。  
ヴェルディアの新しい時代を告げる戴冠式――王が病から回復し、その公の場に復帰する日。だがその一方で、裏ではもうひとつの大きな動きが進んでいた。  
リリアナとアルヴェンはその緊急報告を受け、まだ朝も明けきらぬ執務室にいた。机の上には、密使から届けられた数通の報告書。  

「ルクレイス側の使節団が、クロエの拘束を外すように圧力を掛けているそうです。彼らは“証拠が偽造された”と主張しています」  
セリーヌが緊張した声で報告した。  
「想定のうちよ」とリリアナは答える。その声は落ち着いていたが、拳は机上で固く握られていた。「私があの女を公に裁いたのは、もう一度姿を現させるためだった。クロエは必ず、最後の駒を打つ」  

アルヴェンは腕を組む。  
「クロエに利用されていた政治家や貴族連中が、今度は彼女を旗印に“王政の腐敗”を訴え始めている。狙いは明白だ。国王陛下を再び失脚させ、自分たちの手で王冠を取り戻すこと」  
「ならば彼女が次に狙うのは……戴冠式そのものね」  
「その通り」  

宰相の地位を一時的に代理で担っているリリアナに、その責任はあまりにも重かった。  
だが彼女の中には、もう恐れよりも確信があった。  
自分が間違いなく、この国を“理と血”から解き放つための最後の鍵になると。  

◆  

午前の鐘が三度鳴る。  
大聖堂の扉が開かれ、王の戴冠式が始まる。  
参列者の数は五百名を超え、各国大使、貴族、兵士、市民代表が一堂に会していた。  
巨大なガラス窓から差し込む光が、王冠を載せる祭壇を神々しく照らしていた。  

王が入場する。  
回復したとはいえ、その足取りはまだ慎重だ。  
リリアナは祭壇の脇で補佐官たちを率い、粛々と儀礼の補佐を行う。  
その横顔を、アルヴェンが警護隊を従えて静かに見守っていた。  

しかし、その静寂を破るように、奥の扉から突然ひとつの影が現れた。  
金色のドレス、かすかに乱れた髪。  
誰もがその姿を知っていた。  
――クロエ・ベルネスト。  

「クロエ……!」  
会場中の視線が一点に集まる。  
彼女の唇には、儚げな微笑が浮かんでいた。  
「ルクレイス王国特使、クロエ・ベルネスト。罪人としてではなく、使節として再訪いたしました」  

王の眉が動いた。  
「貴女が何の顔でこの場に立つ」  
「国と国を繋ぐための顔でございます、陛下。――それに、ここが一番ふさわしいでしょう?」  
クロエがゆっくりと袖を広げる。  
その手のひらには、黒く光る小さな宝石があった。  

リリアナは瞬時に理解した。  
「爆破石……!」  
「さすがね、リリアナ。昔から聡明すぎるところが嫌いだったわ」  

兵士たちが動こうとした瞬間、クロエの周囲を覆う透明な膜が光を帯びた。  
「魔導障壁……! 王都結界の術法を彼女が操れるはずがない!」  
アルヴェンが叫び、近衛たちが一斉に抜刀する。  
だが誰も突入できない。  
聖堂の中心部が封鎖された。  

「皆さま、どうぞお座りくださいませ」  
クロエの声は震えもなく響いた。  
「今日は誰の冠が砕け散るか、お見せしますわ。陛下、いえ――“王家の傀儡”として命乞いをなさいますか?」  

リリアナの心臓が高鳴った。  
クロエは壊れていた。  
愛を、欲望を、すべてを燃やし尽くし、復讐の炎だけを残して。  

「やめなさい、クロエ!」リリアナが叫ぶ。「貴女が壊そうとしているのは、私でも王でもない。この国よ!」  
「理の国? 笑わせないで。理なんて、誰かの血と涙の上に作られてきた幻じゃない!」  
「それでも私は、その幻を現実に変えるためにここまで来た!」  

二人の声が交錯する。  
その間にアルヴェンが障壁の外を回り込み、兵たちに低く指示を飛ばしていた。  
「魔導障壁を破るには対抗魔陣を描くしかない。術式陣を今すぐ聖堂外郭に展開しろ!」  
「はっ!」  

光が膨れ上がる。  
クロエの目には狂気と涙が交じっていた。  
「貴女が……貴女が全部奪ったのよ! 殿下も、未来も、国の誇りも! 理なんていらない、ただ地獄を見せてやりたいの!」  
「なら、私を撃ちなさい」  
「……なに?」  
「この国を嘲るのではなく、私に撃ちなさい。愛を信じられなかった女の報いとして!」  

クロエの手が震えた。  
引き金の魔石が光を放つ。  
だがその一瞬、アルヴェンが飛び込んだ。  
爆光とともに、白い閃光が弾け、聖堂全体が揺れた。  

――眩しさの中、リリアナの視界が揺れる。  
倒れ込んだアルヴェンの背に、破片が突き刺さっていた。  
煙の中、クロエも膝をついている。障壁は砕け散り、兵士たちが一斉に突入した。  

「アルヴェン!」  
リリアナが駆け寄り、彼の頬を抱いた。  
「約束と違うじゃない……護るのは私だったのに!」  
「君の……理は、俺を救った」  
「喋らないで……血が止まらない……!」  
「君は……もう誰にも奪われない。俺が、そのために……」  
彼の指先がそっと髪を撫でた。  
そして、意識が途切れるように静かに目を閉じた。  

「アルヴェン! まだ、約束を果たしてないわ!」  

リリアナの叫びが、祭壇に響く。  
涙が落ちるより早く、外壁の魔陣が光を放ち、聖堂を包んでいた呪の残滓を消し去った。  
空が裂かれるように晴れ、雨がやんだ。  

煙の中、クロエが震える声で言った。  
「……愛されるって、怖いわね。  
私には出来なかった……でも、あなたは幸せになりなさいよ、リリアナ。せいぜい……その愛ごと壊して苦しめばいい」  
微かに笑い、彼女は倒れた。  

沈黙が訪れる。  
兵士たちが駆け寄り、傷ついた者を救い出す。  
リリアナはその中心で、アルヴェンの冷えた手を握り締めたまま動かなかった。  

「理と愛、どちらが正しいのかなんて、もうどうでもいい……」  
彼女の声はほとんど風のように掠れていた。  
「貴方が護ろうとした国を、私が護る……それが貴方の理の証だから」  

やがて外では鐘が鳴った。  
戴冠式は再開され、新しい王が冠を戴く。  
その光景を遠くから見つめながら、リリアナは涙で霞む視界の先に、青空を見た。  

誰もがここで終わりと思っていた。  
だが運命はまだ、冷たい手を差し伸べようとしていた。  

王の戴冠の裏で、ルクレイスから密使が再び国境を越えた――新たな王命を携えて。  

それは“リリアナ・フォン・エルディン、召喚”という名の、第二の革命への予告状だった。  

続く
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