裏切られた令嬢は冷たい公爵様に拾われて、最愛の奥方として満たされる〜婚約破棄された夜、隣国で見つけた真実の幸福〜

sika

文字の大きさ
18 / 30

第18話 王太子たちの思惑

しおりを挟む
王都の大通りは未明の霧に沈んでいた。  
石畳の隙間から白い息が立ち上る。  
それは寒さだけのせいではない。人々の間に漂う不安と、王城に渦巻く陰謀の気配が、街全体を薄く覆っていた。  

そんな朝の静寂を裂くように、蹄の音が響いた。  
灰色の馬上、黒い外套をまとったレオンハルトが風を切って城門へと向かっていた。  
その視線は前を見据え、わずかな揺らぎすらない。  
“言葉で戦う”と決めた男の背筋は、剣を抜くよりも力強かった。  

王城へ入る前、衛兵たちは一瞬躊躇した。  
だが、公爵の鋭い眼差しに圧され、誰も言葉を挟めず門を開くしかなかった。  
馬の蹄が城門をくぐり、空気が重くなる。  
レオンハルトは馬上で短く息を吐いた。  
――これが、戦場だ。  

***  

謁見の間に集う臣下たちは、ざわめきの中で彼の登場を迎えた。  
「来たか、冷酷の公爵。」  
ユリウス王太子が王座横の階段に腰を下ろし、無表情に声を落とす。  
その隣にはリリアが控えていた。真珠のような装飾を纏いながらも、どこか顔色が冴えない。  

「久方ぶりにお招きいただき光栄です、殿下。」  
レオンハルトは一礼し、冷ややかに答えた。  
「招いた覚えはないがな。」  
「王命を盾にした召喚に応じただけです。」  

周囲の貴族たちがくすくすと笑いを漏らす。  
しかし、その笑いは一瞬で凍りつく。  
レオンハルトの灰色の瞳がひとりひとりを順に見た瞬間、場の空気が一変したのだ。  

「本題へ入ろう。」  
ユリウスが背もたれに体を預ける。  
「貴公にかけられた反逆の嫌疑は、国境を越えて他国の兵を動かそうとした罪。何か弁明はあるか?」  
「虚偽です。領の安全を保つために隣国と交易の交渉を行っただけです。報告はすべて政府に提出済み。」  
「報告は受け取っていない。」  

レオンハルトはわずかに笑った。  
「王太子殿下が“まだ読んでいない”という意味でしたら、納得します。」  

ざわめきが再び広がる。  
ユリウスのこめかみがぴくりと動く。  
「……口がよく回るな。」  

「真実を語るのが、臣下の義務かと。」  
一歩踏み込んだレオンハルトの声は低く響き、その強さが大理石の床にも伝わる。  
「私はこの国を守るためなら、どれほど誤解されようと構いません。だが――王家が自ら民を脅かすなら、私は剣を取る。」  

その最後の一言に、場が凍りついた。  
「脅しのつもりか。」  
ユリウスが低く吐き捨てる。  
「警告です。」  
「貴様……どこまで私を侮辱すれば気が済む!」  
「侮辱しているのはあなた自身ですよ。権力に溺れ、王を操ろうとするその姿が。」  

王宮の重臣たちが息をのんだ。  
誰もがこの場にいる二人の対峙に目を奪われていた。  
そのすべての視線を受けても、レオンハルトは微動だにしない。  
静寂の中に、王座の背後から低い声が響いた。  

「……やめよ、ユリウス。」  

玉座に座る老王が、ゆっくりと身を起こした。  
長い髭を撫で、重いまなざしで二人を見る。  
「公爵、余はその忠誠を疑ってはいない。だが、王太子を侮る発言もまた不敬だ。慎め。」  

レオンハルトは片膝をついた。  
「陛下。私の忠誠は揺らぎません。しかし、王太子殿下はこの国を危うくしかねない策を巡らせておられる。」  
「言葉に気をつけよ。」  
「では、証を示しましょう。」  

その言葉に、ユリウスの顔がわずかに強張る。  
広間の空気がぴんと張り詰め、誰もが息を止めた。  

レオンハルトが懐から一通の巻紙を取り出す。  
封蝋には他国の紋章。だが封は切られており、中の文が一部露出している。  

「これは貿易交渉の覚書ではなく、王太子殿下の印で結ばれた軍事通達です。隣国リーベルへの秘密援助の文面が添えられています。王家の兵の一部を借り上げ、私の領地に侵入させる計画まで記されています。」  

「な、何だと……!」  
周囲がどよめいた。  
ユリウスの顔が蒼白になる。  
「貴様、それをどこで!」  
「お忘れですか。あなたが私に“協定書”を交わすよう促したのは、誰でしたか?」  

レオンハルトの瞳が、獲物を射抜く猛禽のように鋭く光る。  
「その文により、王家は一時でも他国と通じようとした。あと一歩で国内の混乱を招くところでした。……それを防いだのが、この私。」  

「嘘だ!」  
ユリウスの声が裏返る。  
「すべて貴様の捏造だ!」  
「ならば、なぜ今日までこの件を公にしなかったのです? 本来であれば、王が真っ先に知るべき報告でしょう。」  

老王の表情が硬くなる。  
「ユリウス、真か。」  
「お、父上! それは……っ」  
「言い逃れは許されぬぞ。」  

静寂。  
かすかな震えがユリウスの肩に走る。  
その隣でリリアが蒼い顔をして立ち上がった。  
「……殿下、もうよいのではありませんか。」  
「黙れ、リリア!」  
怒声が響く。  
「この恥をすべて貴様のせいにしてやってもいいのだぞ!」  

リリアの目が大きく見開かれる。  
その瞬間、彼女の表情に屈するような痛みが走った。  
「……そんな方だったのですね。」  
掠れた声で、彼女は言い残すと静かに退出した。  

レオンハルトは一歩下がり、深く頭を垂れた。  
「陛下、どうかご判断を。」  
「……余は、もう聞きたくない。」  

老王の声はかすれていた。  
「真実がどちらにあろうと、国を乱したのは王家自身だ。それ以上は裁きの場で決める。」  
そう言うと、王は玉座に沈んだ。  

ユリウスは顔を真っ赤にして歯を食いしばり、レオンハルトを睨みつけた。  
「覚えておけ、公爵。貴様がこの国を救ったと信じる者がいても、私は必ず貴様を地に引きずり下ろす!」  
怒鳴り声を残し、広間を去る足音が響いた。  

***  

王城を出た後、レオンハルトは馬に手をかけ、そっと息を吐いた。  
朝の霧の中、陽がのぼり始めている。  
彼の視線は遠く、空の向こうへ向けられていた。  

「終わりではない。これからが始まりだ。」  
自分にそう言い聞かせたその瞬間、背後から軽い声がかかった。  
「さすがにお見事でしたね、公爵様。」  

振り向けば、リリアが薄いマントを揺らして立っていた。  
その顔は昨日の怯えとはまるで違う。  
「殿下にすがりついていたのは、あなたを引き出すため。私はずっと見ていました。あなたのやり方を。」  
「……なるほど。策士というわけか。」  
「いいえ、ただ一人の女です。あなたが信じるあの令嬢――アリア・グラシア。あの方にだけは、悲しい運命を背負わせないで。」  

意外な言葉に、レオンハルトは一瞬まばたきした。  
彼女の瞳には、確かな悔恨があった。  

「私は殿下の罪を全部見てきました。私もその片棒を担いだ。だから、彼を止める最後の責任があります。」  
「ならば、止めろ。俺以上に彼を知るお前にしかできん。」  
「ええ……そのために、私は命を懸ける覚悟です。」  

リリアは一礼し、霧の中に消えた。  

残されたレオンハルトは、空へ視線をやりながら呟く。  
「誰もがこの国の未来を思っている。だが、その方法が違うだけだ。」  

馬にまたがり、グラシア領への帰路につく。  
彼の心は疲弊していたが、胸の奥ではただ一人の名が静かに響いていた。  
――アリア。  

あの屋敷で待っている彼女に、この激動を伝えなければならない。  
闇が迫り来る前に。  

(第18話 終)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『平民を人間扱いしない公爵令息、あなたも平民です! ~系譜検察官の目は欺けません~

鷹 綾
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令息アドリアン・ジオニックは、平民の少女を連れて現れ、堂々と言い放った。 「身分など関係ない。彼女こそ、私の真実の愛だ」 だがその一方で、彼は平民や下級貴族を露骨に見下し、使用人を人間扱いすらしない傲慢な人物だった。 そんな彼の振る舞いに違和感を抱いたのは、王宮図書室に通う地味な令嬢アウレリア。 古文書や家系記録を研究する彼女の正体は、王国の貴族制度を守るために存在する一族――系譜検察官の家系の娘だった。 「公爵家にしては……家系が妙です」 調査を進めるアウレリアは、やがて驚くべき事実に辿り着く。 ――その公爵家の家系図は、偽造されたものだった。 王宮舞踏会での公開の場。 提出された調査報告書により、王命が下る。 爵位剥奪。 財産没収。 そして貴族身分の完全剥奪。 貴族を名乗り、平民を見下していた男に突きつけられる残酷な真実。 「私は貴族だ!」 叫ぶ元公爵令息に、アウレリアは静かに告げる。 「いいえ。あなたは――ただの平民です」 平民を人間扱いしなかった男が、自らも平民だったと知るとき。 王国史に残る、最も皮肉なざまぁ事件が幕を開ける。

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

【完結】懸命に働いた結果、無実の罪で魔王への生贄にされた聖女。でも、その『氷華の魔王』様に溺愛され、誰よりも幸福な人生を手に入れました。

小平ニコ
恋愛
主人公マリエラは懸命に聖女の役割を果たしてきたのに、婚約者である王太子ウィルハルドは、お気に入りの宮女のデタラメを真に受けて婚約破棄。そしてマリエラを恐るべき『氷華の魔王』レオナールへの生贄にしてしまう。 だが、冷徹で残忍と噂されるレオナールは、マリエラに対して深い愛情と優しさを注ぎ、マリエラを侮辱したウィルハルドの顎を氷漬けにして黙らせ、衆目の前で大恥をかかせた。 そして、レオナールと共に魔王国グレスウェアに移り住むマリエラ。レオナールの居城での新しい生活は、甘く幸福なものだった。互いに『運命の相手』と認め合い、愛を育み、信頼を深めていくマリエラとレオナール。 しかしレオナールは、生まれついての絶大な魔力ゆえの呪いとして、長く生きられない体だった。ショックに打ちひしがれるマリエラ。だがある日、封印された禁術を使えば、自らの寿命が大幅に減るものの、レオナールに命を分けることができると知るのだった。 その頃、王太子ウィルハルドは自分に恥をかかせた魔王レオナールへの憎しみを滾らせ、魔王国の反王政派と結託してレオナールの暗殺を企てる。 しかしそれは、あまりにも愚かな選択だった。レオナールのマリエラに対する態度があまりにも優しかったから、ウィルハルドは彼を侮り、忘れていたのである。『氷華の魔王』が恐るべき存在であることを……

【完結】婚約破棄された悪役令嬢ですが、魔法薬の勉強をはじめたら留学先の皇子に求婚されました

楠結衣
恋愛
公爵令嬢のアイリーンは、婚約者である第一王子から婚約破棄を言い渡される。 王子の腕にすがる男爵令嬢への嫌がらせを謝罪するように求められるも、身に覚えのない謝罪はできないと断る。その態度に腹を立てた王子から国外追放を命じられてしまった。 アイリーンは、王子と婚約がなくなったことで諦めていた魔法薬師になる夢を叶えることを決意。 薬草の聖地と呼ばれる薬草大国へ、魔法薬の勉強をするために向う。 魔法薬の勉強をする日々は、とても充実していた。そこで出会ったレオナード王太子の優しくて甘い態度に心惹かれていくアイリーン。 ところが、アイリーンの前に再び第一王子が現れ、アイリーンの心は激しく動揺するのだった。 婚約破棄され、諦めていた魔法薬師の夢に向かって頑張るアイリーンが、彼女を心から愛する優しいドラゴン獣人である王太子と愛を育むハッピーエンドストーリーです。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

【完結】意思という名の番(つがい)

しえろ あい
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは、婚約者・王太子アルベルトの政務を裏で完璧に代行する「影の統治者」。 本能的な「番(つがい)」に溺れ、自分を「冷たい人形」と蔑む王太子に対し、アンジェリカは政権奪取の機を伺い始める。 第二王子レオナルドと密かな想いを通じあわせたことをきっかけに、知略と執着で愚かな王太子を破滅へと追い込む計画が動き出す。 神の定めた宿命を、人の意志でねじ伏せ、真の玉座を掌握する、残酷で美しい共謀劇。 ※小説家になろう様でも投稿しています

【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~

Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。 第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、 公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。 その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が…… そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で── そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた! 理由は分からないけれど、やり直せるというのなら…… 同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい! そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。 だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて─── あれ? 知らないわよ、こんなの……聞いてない!

君を見返すその日まで〜冷徹御曹司に捨てられた婚約者は、今や彼を拒む最愛の人〜

sika
恋愛
大学時代に恋に落ち、世間も認める婚約者同士だった有紗と湊。 だが、有紗は突然「君とは釣り合わない」と一方的に婚約を破棄され、絶望の中で姿を消す。 三年後。やり手プランナーとして復活した有紗は、湊の会社が大口クライアントになる現場で再会する。 再び燃え上がるのは怒りか、それとも、未練か——。 かつて見下された女が、冷徹御曹司を跪かせるまでの、ざまぁ×溺愛リベンジラブストーリー。

処理中です...