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第18話 王太子たちの思惑
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王都の大通りは未明の霧に沈んでいた。
石畳の隙間から白い息が立ち上る。
それは寒さだけのせいではない。人々の間に漂う不安と、王城に渦巻く陰謀の気配が、街全体を薄く覆っていた。
そんな朝の静寂を裂くように、蹄の音が響いた。
灰色の馬上、黒い外套をまとったレオンハルトが風を切って城門へと向かっていた。
その視線は前を見据え、わずかな揺らぎすらない。
“言葉で戦う”と決めた男の背筋は、剣を抜くよりも力強かった。
王城へ入る前、衛兵たちは一瞬躊躇した。
だが、公爵の鋭い眼差しに圧され、誰も言葉を挟めず門を開くしかなかった。
馬の蹄が城門をくぐり、空気が重くなる。
レオンハルトは馬上で短く息を吐いた。
――これが、戦場だ。
***
謁見の間に集う臣下たちは、ざわめきの中で彼の登場を迎えた。
「来たか、冷酷の公爵。」
ユリウス王太子が王座横の階段に腰を下ろし、無表情に声を落とす。
その隣にはリリアが控えていた。真珠のような装飾を纏いながらも、どこか顔色が冴えない。
「久方ぶりにお招きいただき光栄です、殿下。」
レオンハルトは一礼し、冷ややかに答えた。
「招いた覚えはないがな。」
「王命を盾にした召喚に応じただけです。」
周囲の貴族たちがくすくすと笑いを漏らす。
しかし、その笑いは一瞬で凍りつく。
レオンハルトの灰色の瞳がひとりひとりを順に見た瞬間、場の空気が一変したのだ。
「本題へ入ろう。」
ユリウスが背もたれに体を預ける。
「貴公にかけられた反逆の嫌疑は、国境を越えて他国の兵を動かそうとした罪。何か弁明はあるか?」
「虚偽です。領の安全を保つために隣国と交易の交渉を行っただけです。報告はすべて政府に提出済み。」
「報告は受け取っていない。」
レオンハルトはわずかに笑った。
「王太子殿下が“まだ読んでいない”という意味でしたら、納得します。」
ざわめきが再び広がる。
ユリウスのこめかみがぴくりと動く。
「……口がよく回るな。」
「真実を語るのが、臣下の義務かと。」
一歩踏み込んだレオンハルトの声は低く響き、その強さが大理石の床にも伝わる。
「私はこの国を守るためなら、どれほど誤解されようと構いません。だが――王家が自ら民を脅かすなら、私は剣を取る。」
その最後の一言に、場が凍りついた。
「脅しのつもりか。」
ユリウスが低く吐き捨てる。
「警告です。」
「貴様……どこまで私を侮辱すれば気が済む!」
「侮辱しているのはあなた自身ですよ。権力に溺れ、王を操ろうとするその姿が。」
王宮の重臣たちが息をのんだ。
誰もがこの場にいる二人の対峙に目を奪われていた。
そのすべての視線を受けても、レオンハルトは微動だにしない。
静寂の中に、王座の背後から低い声が響いた。
「……やめよ、ユリウス。」
玉座に座る老王が、ゆっくりと身を起こした。
長い髭を撫で、重いまなざしで二人を見る。
「公爵、余はその忠誠を疑ってはいない。だが、王太子を侮る発言もまた不敬だ。慎め。」
レオンハルトは片膝をついた。
「陛下。私の忠誠は揺らぎません。しかし、王太子殿下はこの国を危うくしかねない策を巡らせておられる。」
「言葉に気をつけよ。」
「では、証を示しましょう。」
その言葉に、ユリウスの顔がわずかに強張る。
広間の空気がぴんと張り詰め、誰もが息を止めた。
レオンハルトが懐から一通の巻紙を取り出す。
封蝋には他国の紋章。だが封は切られており、中の文が一部露出している。
「これは貿易交渉の覚書ではなく、王太子殿下の印で結ばれた軍事通達です。隣国リーベルへの秘密援助の文面が添えられています。王家の兵の一部を借り上げ、私の領地に侵入させる計画まで記されています。」
「な、何だと……!」
周囲がどよめいた。
ユリウスの顔が蒼白になる。
「貴様、それをどこで!」
「お忘れですか。あなたが私に“協定書”を交わすよう促したのは、誰でしたか?」
レオンハルトの瞳が、獲物を射抜く猛禽のように鋭く光る。
「その文により、王家は一時でも他国と通じようとした。あと一歩で国内の混乱を招くところでした。……それを防いだのが、この私。」
「嘘だ!」
ユリウスの声が裏返る。
「すべて貴様の捏造だ!」
「ならば、なぜ今日までこの件を公にしなかったのです? 本来であれば、王が真っ先に知るべき報告でしょう。」
老王の表情が硬くなる。
「ユリウス、真か。」
「お、父上! それは……っ」
「言い逃れは許されぬぞ。」
静寂。
かすかな震えがユリウスの肩に走る。
その隣でリリアが蒼い顔をして立ち上がった。
「……殿下、もうよいのではありませんか。」
「黙れ、リリア!」
怒声が響く。
「この恥をすべて貴様のせいにしてやってもいいのだぞ!」
リリアの目が大きく見開かれる。
その瞬間、彼女の表情に屈するような痛みが走った。
「……そんな方だったのですね。」
掠れた声で、彼女は言い残すと静かに退出した。
レオンハルトは一歩下がり、深く頭を垂れた。
「陛下、どうかご判断を。」
「……余は、もう聞きたくない。」
老王の声はかすれていた。
「真実がどちらにあろうと、国を乱したのは王家自身だ。それ以上は裁きの場で決める。」
そう言うと、王は玉座に沈んだ。
ユリウスは顔を真っ赤にして歯を食いしばり、レオンハルトを睨みつけた。
「覚えておけ、公爵。貴様がこの国を救ったと信じる者がいても、私は必ず貴様を地に引きずり下ろす!」
怒鳴り声を残し、広間を去る足音が響いた。
***
王城を出た後、レオンハルトは馬に手をかけ、そっと息を吐いた。
朝の霧の中、陽がのぼり始めている。
彼の視線は遠く、空の向こうへ向けられていた。
「終わりではない。これからが始まりだ。」
自分にそう言い聞かせたその瞬間、背後から軽い声がかかった。
「さすがにお見事でしたね、公爵様。」
振り向けば、リリアが薄いマントを揺らして立っていた。
その顔は昨日の怯えとはまるで違う。
「殿下にすがりついていたのは、あなたを引き出すため。私はずっと見ていました。あなたのやり方を。」
「……なるほど。策士というわけか。」
「いいえ、ただ一人の女です。あなたが信じるあの令嬢――アリア・グラシア。あの方にだけは、悲しい運命を背負わせないで。」
意外な言葉に、レオンハルトは一瞬まばたきした。
彼女の瞳には、確かな悔恨があった。
「私は殿下の罪を全部見てきました。私もその片棒を担いだ。だから、彼を止める最後の責任があります。」
「ならば、止めろ。俺以上に彼を知るお前にしかできん。」
「ええ……そのために、私は命を懸ける覚悟です。」
リリアは一礼し、霧の中に消えた。
残されたレオンハルトは、空へ視線をやりながら呟く。
「誰もがこの国の未来を思っている。だが、その方法が違うだけだ。」
馬にまたがり、グラシア領への帰路につく。
彼の心は疲弊していたが、胸の奥ではただ一人の名が静かに響いていた。
――アリア。
あの屋敷で待っている彼女に、この激動を伝えなければならない。
闇が迫り来る前に。
(第18話 終)
石畳の隙間から白い息が立ち上る。
それは寒さだけのせいではない。人々の間に漂う不安と、王城に渦巻く陰謀の気配が、街全体を薄く覆っていた。
そんな朝の静寂を裂くように、蹄の音が響いた。
灰色の馬上、黒い外套をまとったレオンハルトが風を切って城門へと向かっていた。
その視線は前を見据え、わずかな揺らぎすらない。
“言葉で戦う”と決めた男の背筋は、剣を抜くよりも力強かった。
王城へ入る前、衛兵たちは一瞬躊躇した。
だが、公爵の鋭い眼差しに圧され、誰も言葉を挟めず門を開くしかなかった。
馬の蹄が城門をくぐり、空気が重くなる。
レオンハルトは馬上で短く息を吐いた。
――これが、戦場だ。
***
謁見の間に集う臣下たちは、ざわめきの中で彼の登場を迎えた。
「来たか、冷酷の公爵。」
ユリウス王太子が王座横の階段に腰を下ろし、無表情に声を落とす。
その隣にはリリアが控えていた。真珠のような装飾を纏いながらも、どこか顔色が冴えない。
「久方ぶりにお招きいただき光栄です、殿下。」
レオンハルトは一礼し、冷ややかに答えた。
「招いた覚えはないがな。」
「王命を盾にした召喚に応じただけです。」
周囲の貴族たちがくすくすと笑いを漏らす。
しかし、その笑いは一瞬で凍りつく。
レオンハルトの灰色の瞳がひとりひとりを順に見た瞬間、場の空気が一変したのだ。
「本題へ入ろう。」
ユリウスが背もたれに体を預ける。
「貴公にかけられた反逆の嫌疑は、国境を越えて他国の兵を動かそうとした罪。何か弁明はあるか?」
「虚偽です。領の安全を保つために隣国と交易の交渉を行っただけです。報告はすべて政府に提出済み。」
「報告は受け取っていない。」
レオンハルトはわずかに笑った。
「王太子殿下が“まだ読んでいない”という意味でしたら、納得します。」
ざわめきが再び広がる。
ユリウスのこめかみがぴくりと動く。
「……口がよく回るな。」
「真実を語るのが、臣下の義務かと。」
一歩踏み込んだレオンハルトの声は低く響き、その強さが大理石の床にも伝わる。
「私はこの国を守るためなら、どれほど誤解されようと構いません。だが――王家が自ら民を脅かすなら、私は剣を取る。」
その最後の一言に、場が凍りついた。
「脅しのつもりか。」
ユリウスが低く吐き捨てる。
「警告です。」
「貴様……どこまで私を侮辱すれば気が済む!」
「侮辱しているのはあなた自身ですよ。権力に溺れ、王を操ろうとするその姿が。」
王宮の重臣たちが息をのんだ。
誰もがこの場にいる二人の対峙に目を奪われていた。
そのすべての視線を受けても、レオンハルトは微動だにしない。
静寂の中に、王座の背後から低い声が響いた。
「……やめよ、ユリウス。」
玉座に座る老王が、ゆっくりと身を起こした。
長い髭を撫で、重いまなざしで二人を見る。
「公爵、余はその忠誠を疑ってはいない。だが、王太子を侮る発言もまた不敬だ。慎め。」
レオンハルトは片膝をついた。
「陛下。私の忠誠は揺らぎません。しかし、王太子殿下はこの国を危うくしかねない策を巡らせておられる。」
「言葉に気をつけよ。」
「では、証を示しましょう。」
その言葉に、ユリウスの顔がわずかに強張る。
広間の空気がぴんと張り詰め、誰もが息を止めた。
レオンハルトが懐から一通の巻紙を取り出す。
封蝋には他国の紋章。だが封は切られており、中の文が一部露出している。
「これは貿易交渉の覚書ではなく、王太子殿下の印で結ばれた軍事通達です。隣国リーベルへの秘密援助の文面が添えられています。王家の兵の一部を借り上げ、私の領地に侵入させる計画まで記されています。」
「な、何だと……!」
周囲がどよめいた。
ユリウスの顔が蒼白になる。
「貴様、それをどこで!」
「お忘れですか。あなたが私に“協定書”を交わすよう促したのは、誰でしたか?」
レオンハルトの瞳が、獲物を射抜く猛禽のように鋭く光る。
「その文により、王家は一時でも他国と通じようとした。あと一歩で国内の混乱を招くところでした。……それを防いだのが、この私。」
「嘘だ!」
ユリウスの声が裏返る。
「すべて貴様の捏造だ!」
「ならば、なぜ今日までこの件を公にしなかったのです? 本来であれば、王が真っ先に知るべき報告でしょう。」
老王の表情が硬くなる。
「ユリウス、真か。」
「お、父上! それは……っ」
「言い逃れは許されぬぞ。」
静寂。
かすかな震えがユリウスの肩に走る。
その隣でリリアが蒼い顔をして立ち上がった。
「……殿下、もうよいのではありませんか。」
「黙れ、リリア!」
怒声が響く。
「この恥をすべて貴様のせいにしてやってもいいのだぞ!」
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その瞬間、彼女の表情に屈するような痛みが走った。
「……そんな方だったのですね。」
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そう言うと、王は玉座に沈んだ。
ユリウスは顔を真っ赤にして歯を食いしばり、レオンハルトを睨みつけた。
「覚えておけ、公爵。貴様がこの国を救ったと信じる者がいても、私は必ず貴様を地に引きずり下ろす!」
怒鳴り声を残し、広間を去る足音が響いた。
***
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朝の霧の中、陽がのぼり始めている。
彼の視線は遠く、空の向こうへ向けられていた。
「終わりではない。これからが始まりだ。」
自分にそう言い聞かせたその瞬間、背後から軽い声がかかった。
「さすがにお見事でしたね、公爵様。」
振り向けば、リリアが薄いマントを揺らして立っていた。
その顔は昨日の怯えとはまるで違う。
「殿下にすがりついていたのは、あなたを引き出すため。私はずっと見ていました。あなたのやり方を。」
「……なるほど。策士というわけか。」
「いいえ、ただ一人の女です。あなたが信じるあの令嬢――アリア・グラシア。あの方にだけは、悲しい運命を背負わせないで。」
意外な言葉に、レオンハルトは一瞬まばたきした。
彼女の瞳には、確かな悔恨があった。
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「ならば、止めろ。俺以上に彼を知るお前にしかできん。」
「ええ……そのために、私は命を懸ける覚悟です。」
リリアは一礼し、霧の中に消えた。
残されたレオンハルトは、空へ視線をやりながら呟く。
「誰もがこの国の未来を思っている。だが、その方法が違うだけだ。」
馬にまたがり、グラシア領への帰路につく。
彼の心は疲弊していたが、胸の奥ではただ一人の名が静かに響いていた。
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