裏切られた令嬢は冷たい公爵様に拾われて、最愛の奥方として満たされる〜婚約破棄された夜、隣国で見つけた真実の幸福〜

sika

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第19話 暴かれる真実と陰謀

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曇天の中を馬車が走っていた。  
石畳を打つ雨の音も、遠ざかる王都の喧騒も、今のアリアにはほとんど届いていなかった。  
今朝方、セドリックが伝えてきた報告――「レオンハルト公爵が王都で王太子と対峙し、反逆の嫌疑を覆した」という知らせが胸の中で繰り返される。  
だが、同時に「王家内で不穏な動きが続いている」とも耳にした。  

「レオンハルト……今、どこにいるの……」  
小さく呟いた声は、馬車の揺れにかき消された。  

彼は必ず戻ると言った。  
それでも、心の奥に不安が渦巻く。  
あの王都で、何がどこまで暴かれたのか。  
そして――彼がその中でどれほど傷ついていないか。  

馬車が屋敷の門をくぐる頃には、夕暮れが迫っていた。  
空から大粒の雪が舞い落ち、静寂の中で地面を白く染めていく。  
アリアは外套を整え、玄関ホールを抜ける。  

そこに、戻ってきたばかりのレオンハルトがいた。  

「……!」  
アリアの足が止まる。  
湿った外套を脱ぐ彼の動き、息を整える仕草――それだけで、これまでの緊張が一瞬で緩んだ。  

「戻って……きたんですね。」  
「約束通りだ。」  
ただそれだけの言葉なのに、胸が熱くなる。  

「お怪我は?」  
「平気だ。」  
そう答える彼の声音は穏やかだったが、灰色の瞳の奥に小さな疲労が見えた。  

「王都では……殿下と、どんな話を?」  
アリアが問うと、レオンハルトは短く息をついた。  
「全てを暴いた。だがまだ、終わっていない。」  
低く落とされた声に、緊張が戻る。  

「……王太子は追い詰められた。自らの不正を隠すために、次の手を打つはずだ。」  
「次の……手?」  
「俺ではなく、“お前”を狙う。」  

アリアの背筋が強張る。  
「どういう意味ですか。」  
「王都中に噂を流し始めた。“公爵の婚約者”は人心を惑わし、男を破滅に導く魔女だと。」  

「そんな……!」  
思わず声を上げる。  
だがレオンハルトの表情は変わらなかった。  
「予想していたことだ。国の象徴である王太子が自らの失態を隠すためにすることは一つ――罪を他人に擦りつける。」  

「私に……?」  
「そうだ。お前を公然と裁く場を設けると噂がある。名目は“王家の名誉に対する不敬”。俺の立場を崩すためだ。」  

アリアの胸に冷たい恐怖が広がる。  
「……殿下は、そこまで。」  
「王は老いた。今や実権は王太子の手にある。だが、俺を完全に排除するには理由が必要だ。」  

レオンハルトは掌の上で書簡を広げた。  
「見ろ。これは王宮から届いた正式な召喚状だ。」  

羊皮紙には金色の印とともに、冷たい文言が並んでいた。  
『王家侮辱の嫌疑を受け、グラシア公爵婚約者・アリア・グラシアを審問の場に召す――』  

「……私を?」  
「俺が行く。」  
即座の言葉。  
「お前を罪人として差し出すくらいなら、この地ごと燃やす。」  

「そんなことをしては……!」  
アリアの声が震えた。  
「それこそ殿下の思う壺です!」  
「わかっている。」  
彼の声が低く響く。  
「だから、別の方法で倒す。俺にとって最大の敵は剣ではなく、言葉の偽りだ。」  

小さく息を吐き、彼は窓の外の雪を見た。  
「アリア。この国は表面こそ煌びやかだが、裏では貴族の利権と王太子の妄執が絡み合っている。  
十年前の戦で失った民の命を“栄光”だと呼び、血の上に王冠を置くような者たちだ。」  

アリアは黙ってその背に視線を投じた。  
窓辺に立つ彼の横顔は、いつもより遠くに見える。  
「あなたは……それでもこの国を守ろうとするのですね。」  
「民は罪がない。罪があるのは支配者だ。」  
「でも、あなたはただの支配者ではない。」  
アリアの声が震える。  
「あなたは、人を思う人だから。だから私も、あなたを守ります。」  

その言葉に、レオンハルトの肩が僅かに揺れた。  
彼はゆっくりと振り返り、アリアを見つめる。  
「……俺一人では見えない景色を、お前は見ている。」  
「え?」  
「この国を変える覚悟を持ちながらも、人を信じる心を失っていない。……俺にはできない。」  

レオンハルトは歩み寄り、アリアの手を取った。  
指先が冷えている。それを包み込み、温もりを戻すように手を重ねた。  

「アリア、お前に頼みがある。」  
「なんでも言ってください。」  
「もし俺が王都で倒れた時……この領を守れ。」  
「そんな……!」  
「俺は剣を振るうことができる。だが、この地を守れるのはお前だけだ。」  

アリアは首を横に振る。  
「嫌です。そんな約束できません。あなたがいなければ、この場所に意味なんてない。」  
「俺の誇りを継ぐのはお前だ。」  
低い声に宿る悲しみと優しさ。  
目を逸らせば、きっと涙が零れる。  

代わりに、アリアは震える手でレオンハルトの頬を包み込んだ。  
「一緒に行かせてください。」  
「駄目だ。」  
「それでも、行きます。」  

まるで意思のぶつかり合いのように、二人の視線が絡み合う。  
沈黙の中で時間が止まる。  
やがて彼は微かに微笑んだ。  
「……お前らしいな。」  

「諦めてくれませんね。」  
「お前もだ。」  
二人の目が合い、わずかに笑い合った。  
その笑みは、戦いの前の束の間の安らぎのように儚く、それでも確かだった。  

***  

夜が訪れるころ、レオンハルトの部屋の扉が静かに開いた。  
「公爵様。」  
セドリックが封書を手に現れる。  
「新しい密書です。どうやら城内で動いている者がいます。」  

レオンハルトはそれを受け取り、封を切る。  
中から滑り落ちた紙片には、短い一文だけが記されていた。  

『リベレートの影、王太子の裏に立つ。動くは“議会派”。』  

「議会派……?」  
セドリックが眉をひそめる。  
「あの貴族連合が裏で糸を引いていると?」  
「いや、ただの駒だ。」  
レオンハルトの目が細まる。  
「本当の黒幕は別にいる。――だが、ようやく姿を現した。」  

「それは、誰なのです?」  
レオンハルトは答えず、視線を雪の外へ向けた。  
「この混乱を作り出した者……ユリウスを操っているのは、王その人だ。」  

「まさか……!」  
セドリックの顔が蒼白になる。  
「陛下が……? しかし理由が――」  
「王は老いすぎた。自らの名を永遠に残すために、英雄を求めている。  
その英雄を“息子”の中に見出せなかったとき、――次は己を脅かす者を犯人に仕立てる。」  

その言葉にセドリックが息を飲む。  
「まさか、公爵様……この戦いの相手は……」  
「ああ、王家そのものだ。」  

アリアが部屋の外でその会話を聞いていた。  
息を潜めながら、心の中で握る拳が震える。  
王が黒幕――その事実が、国を根底から覆す。  

だが彼女の心にあるのは恐怖ではなかった。  
レオンハルトと共に真実を暴く決意だけが、静かに燃えていた。  

翌朝、屋敷の前に馬が並ぶ。  
雪は止み、雲の切れ間に太陽が姿を見せていた。  
その光を背に、レオンハルトは馬上で彼女に微笑む。  

「行こう。全てを終わらせる。」  
「ええ、あなたと一緒に。」  

新しい風が吹く。  
その風の中で、二人の影は静かに王都の方角へと伸びていた。  

(第19話 終)
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