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5話
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柔らかな日差しが訓練場を包み込んでいた。
石造りの建物が周囲に散在し、壁には歴史の重みを告げる苔が静かに息づいている。
広場の中央では、兵士たちが整列している。
彼らは、隊長の到着を静かに待ちわびていた。
今日から戦闘訓練が始まる――。
クラス全員に騎士服が支給された。
騎士とは、軍人階級で、従士、兵士、騎士とランクがアップするらしい。
つまり最上級の待遇だと宰相はいいたいのだ。
訓練に参加しないクラスメイトも騎士服に着替えている。
騎士服は学ランと作業服を足して割ったようなデザインだ。
動きやすさと気品がほどよく融合している。
もとの世界で着ればコスプレになるだろう。
けれど、みんなが同じ服装なので恥ずかしさも薄れてくる。
騎士は男性の仕事なので、女性用の騎士服なんてものは存在しない。
だから女子たちは、少し大きめのものを選んで、胸の部分に余裕をもたせていた。
もちろんスカートはないのでスラックスを履いている。
俺は、女子のスカート姿が好きなので、なんとも言えず残念だ。
そんなことより、兵士たちは不満を抱いているようだ。
見ず知らずのガキが、自分たちよりも上級の服を着ているのが、彼らのプライドを傷つけているらしい。
俺たちには軍隊に入る気などない。
だから、騎士服を着ることに喜びを感じる人などひとりもいないのだ。
その態度が彼らの感情をさらに逆なでしている。
さて、訓練に参加するのは運動部のなかから希望した男子だけだ。
サッカー部の才原優斗と連城敏昭は当然いる。
参加者その一。柔道部の気仙修司。
彼を一言で表現するなら【パンダ】だ。
背は高く、体格は大きく、筋肉がしっかりとついている。
顔立ちは穏やかで、つねに優しい笑顔を浮かべている。
彼が怒りを見せたことは、いままで一度もない。
女子が重い荷物を運んでいると彼はすぐに助けてくれる。
そんな彼の優しさが、俺たちの心を打つのだ。
参加者その二。空手部の狛勝人。
彼はまさに脳筋だ。
一日中、空手のことしか頭にない【空手バカ】。
手首と足首には重りが入ったバンドを巻き、つねに体を鍛えている。
授業中もハンドグリップで握力を鍛えていたが、その音がうるさくて先生に取り上げられた。
口数は少なく、何を考えているのかなかなか読み取れない。
乱暴者のようだが、暴力を振るったという話は一度も聞いたことがない。
もしかしたら、プロボクサーのようにリングの外では拳を使わないというルールを自分に課しているのかもしれない。
参加者その三。文芸部の良知智晃。
彼は驚くほど無口だ。
いつもは文庫本に目を落としていて、誰かと話してるところなんてみたことない。
ブックカバーで隠されて、何を読んでるのかはわからなかった。
読書している姿は、まるで会話を遮る壁みたいで、声をかけるのをためらわせる。
体育の授業ですら欠席するようなヤツなのに、なぜ参加を?
俺も含め、訓練に参加しないクラスメイトは少し離れた場所で見学している。
「優斗~、がんばって~」
女子たちの声援に軽く手を振る才原優斗。
そんな態度で大丈夫か? 兵士たちが睨んでいるぞ。
年配の騎士が、なんとも言えない威厳を纏い訓練場に姿を見せた。
彼のような人物が騎士服を身に纏うと、ただの衣装ではなく、一種の風格を演出する道具に変わる。
だが、俺たちが着ると安物のコスプレにすぎない。
「わたしは第二騎士団の団長ロベルトだ。キミたちを訓練するよう宰相様より命令を受けている。手加減するつもりはない。死ぬ気でついてこい」
歓迎されていない雰囲気が伝わってくる。
現代ならば、社長に命令された部長が新入社員の教育をするようなものだ。
不機嫌になるのも当然。
しかし、勝手に呼び出しておいて、横柄な態度を取るのは許せない。
「クルト、前へ。コイツらの相手をしてやれ」
「はっ!」
若い兵士が前に出てきた。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
俺たちを見下している目だ。
それもそのはず、毎日訓練を積んでいる現役の兵士。
顔や手には無数の切り傷が残っている。
俺たちなんて赤子の手をひねるくらい楽に倒せるだろう。
「まずはキミたちの実力を見させてもらう。ひとりづつ前へ出るのだ」
緊張した表情で才原優斗が前に出る。
クラスの代表みたいなものだし、当然の流れだ。
ずいぶんと媚た態度の兵士が木剣と丸い木の盾をもってきた。
それを彼らに渡すと身を小さくしながら去っていく。
騎士服でも兵士服でもない。もしかすると従士なのかな?
「あの、俺たちは剣を握るのも初めてなんですが、素振りとか先に――」
「知らん! キミたちは特別な力をもっていると聞いている。それを見せてくれれば良いのだ」
なるほど、宰相の差し金か。
「始め!」
クルトと呼ばれた兵士があいずとともに前にでる。
彼の上段攻撃を才原優斗は盾で受け止めた。
打撲はしないものの衝撃は腕の骨に響くはずだ。
才原優斗は苦痛で顔をゆがめている。
応援している女子から『怪我しないで』と声が飛ぶ。
訓練なんだから、怪我ぐらいするだろう。
「どうした、どうした、異界の者よ、その程度か?」
彼の執拗な攻撃がつづく。
致命的な打撃にならないように、わざと盾に当てているのだろう。
かろうじて受け止めているが才原優斗に余裕がなくなってきた。
才原優斗の加護は護衛。
くわしくは聞いていないが誰かを守るときに発動するらしい。
だからタイマン勝負では効果が発揮されないのだろう。
「つまらん」
彼の蹴りが盾にあたると才原優斗は後ろに吹き飛ばされ、背中から倒れてしまった。
いくら運動部でも初めてもった剣と盾を使えるわけがない。
女子からは悲鳴に似た声が洩れる。
死ぬほどのダメージじゃない。
サッカーの試合でも転ぶことはあるだろう。
まったく、大げさだなあ。
「そこまで!」
「だんちょ~、こんなヤツらの相手をしなきゃならんのですかぁ~?」
彼は転んでいる才原優斗に木剣を向けた。
「宰相様のご命令だ」
「時間の無駄っすよ」
「わたしたちにはとうてい考えも及ばないほどの深い理由が宰相様にはあるのだ」
「へいへい」
クチを尖らせながら木剣で自分の肩をたたいている。
「次、前へ」
連城敏昭と気仙修司も似たような結果になった。
「もっと歯ごたえのあるヤツはいないのかねぇ~」
彼は集まっているクラスメイトに、わざと聞こえるように大きな声でひとり言を吐いた。
誰にだってわかる。彼は俺たちを挑発しているのだ。
明らかに失礼な態度なのに団長は咎める気がないらしい。
「ハラ立つなあ」
俺の隣にいる儀保裕之が不機嫌だ。
「誰に?」
「誰って、あの兵士だよ。俺たちを侮辱してるだろ」
「仕方ないさ。毎日訓練して体を鍛えているプロが素人の相手をさせられるんだぜ。不満も溜まるさ」
「翔矢はハラが立たないのかよ」
「もちろん立つさ。けど相手は宰相だぞ」
「どゆことや?」
男が首をかしげてもかわいくないぞ。
「たぶん加護を教えなかったのが気に食わないんだよ。だから力技で聞き出そうという魂胆さ。追い込まれれば加護を使わざるおえないだろ」
「なるほどなあ」
「次は俺の番だな」
笑う般若のような表情をした狛勝人が前に出る。
クルトの体がびくっと反応し、警戒した。
クラスメイトも彼の表情を見て怯えている。
そもそもアイツの顔は怖い。
空手の練習で顔を殴られるせいか眉毛が薄い。
顔の皮膚も厚く固くなっている。
そのため表情の変化がほとんどない。
従士が狛勝人に木剣と盾を渡そうとした。
「いらん。俺には拳がある」
「素手だと? いい度胸だ」
侮りだと受け取られるのが普通。しかし、兵士の顔に怒りはない。
むしろ、自信があふれ、余裕の笑みさえ浮かんでいる。
素手を選んだのは、経験不足による判断ミスとでも考えているのだろう。
「いいのか」と団長が確認する。
「構わない」
「そうか」
二人が訓練場の中央で対峙した。
「初め!」
合図とともに、彼の渾身の上段攻撃が狛勝人の頭上へ襲いかかる。
しかし、鼻をかすめるほどの紙一重で木剣を回避。
まだ彼が木剣を振り下ろしている最中に、正拳突きを放ったのだ。
嫌な音がした――。
彼のもつ盾は狛勝人の拳で粉々に破壊され。
それでも勢いは止まらず、腕をへし折り。衝撃は肋骨を粉砕。
数十メートル後方に吹き飛ばしたのだった。
土ケムリが舞う。
地面には彼が転がり滑った跡が傷のように刻まれていた。
彼はビクンビクンと痙攣している。
失神しているのだろう。叫び声すら出ない。
にたぁ~~っと笑う狛勝人。
「ひいっ!」
怯えた声が聞こえる。見学している女子たちだ。
夜にひとりでトイレにいけなくなるくらい怖い顔をしている。
「なるほど、これが加護か」
狛勝人は自分の拳を眺めながら呟いた。
「おい! キミの加護はいったいなんだ?」
団長が興奮気味にたずねた。
すると狛勝人はスンと無表情になる。
「秘伝や口伝は一子相伝だから価値が高い。加護も同じ。簡単に聞き出せると思うな」
「なんだとっ!」
「アンタ。あそこで転がっているヤツよりも強いんだろ、相手してくれ」
狛勝人は空手の構えをとる。
左手は前に出し、軽く開く。右手は拳を作り、腰の位置で止めた。
まるで発射準備のととのった大砲のようだ。
アイツの前に立ちたくない。
いや、立つような状況になりたくない。
団長はゴクリと唾を飲み込んだ。
明鏡止水のごとく、狛勝人は微動だにしない。
冗談なのか本気なのか、表情からは判断できないだろう。
「いや、今日は実力を見るだけだ。訓練は後日行なう」
「いいだろう、次に会ったら必ず相手をしてもらうぞ」
――おいおい、それは死刑宣告だぞ!
案の定、団長は顔をゆがめつつ青ざめた。
「つ、次の者、前へ」
何事もなかったかのように良知智晃が出た。
「ボクも剣は必要ありません」
その発言は剣よりも攻撃力が高いと予告したようなものだ。
彼は盾だけ受け取る。
「ユルゲン、相手をしろ」
「む、無理いわないでください団長」
「アーミン前へ」
「許してください」
「ええい情けない」
アンタだって狛勝人の相手から逃げただろう。
「し、仕方ない、わたしが出るとしよう」
静寂が訓練場を支配した。
団長は冷静な表情を保ちつつも、瞳はかすかに震えていた。
手袋を突き破りそうなほど、木剣の柄をきつく握りしめている。
まっすぐ伸びた背筋は騎士団の長としての誇りを示していた。
しかし震える手は、心の叫びを訴えているかのようだ。
一方、貧弱な彼は、受け取った盾を構えず、ただ無防備に立っているだけだった。
怯える様子は微塵もない。
むしろ謎の余裕が表情からあふれている。
「行くぞ」
「初めて使うのでボクもどうなるかわからないんですよ」
「は?」
カッ!!!
天から一筋の稲妻が団長の頭上に直撃すると、あとを追うようにゴロゴロと雷の音が鳴る。
漫画的表現の、ビカビカと光が飛ぶような生易しいものじゃない。
まさに本物の雷で、まばたきで見逃すほどの速さだ。
回避不可能な攻撃――。
関節のない棒人形のように、団長は攻撃姿勢のまま横に倒れた。
クチから泡を吐き、ピクリとも動かない。
「団長!」
「しっかり!」
兵士たちが慌てて駆け寄る。
「痛っ」
まだ帯電していたらしく、団長に触れた兵士が痛がった。
「おいキサマ! 団長を殺す気か!」
兵士がマジ顔で激怒する。
それなのに彼の表情はとても余裕だ。
「仕方ないじゃないですか、ボクだって初めて使ったんですよ。それに実力を見たいと言ったのは本人なんだから」
「くっ……。とにかく、今日の訓練は終わりだ。解散しろ」
部下は団長を背負い運んでいく。
しかし、戦闘系の加護はヤバいな。
世界を救うという話も冗談ではないのかもしれない。
まあ、宰相はウソをついていたらしいが……。
とりあえず二人とはケンカしないように注意しよう。
いや、二人だけとは限らない。
まだ加護を隠している人が多いのだ。
そこには俺も含まれている。
けれど俺のスキルは戦闘に関係のないものだけ。
なるべく争いは避けたほうが無難だ。
――戦闘系のスキル増えてないかなあ。
加護をチェックすると【経験値】がゆっくりと増加しているのに気がつく。
また石亀永江と野吾剛士がイチャついているのだろう。
仕方ない監視するか。
けっして覗きたいわけじゃない。
洗脳された石亀永江が悪さをしないか確認するのが目的だ。
俺は立ち上がるとネトラレ気配のするほうへ移動する。
すると儀保裕之が声をかけてきた。
「よう、どこいくんだよっ」
「トイレにな」
「ツレション決めようぜ」
「あ~、スマン、トイレはウソだ」
「なになに~? 密会? まさか、メイドさんからアプローチ受けたとか?」
ニヤニヤと笑いながら肘で俺をつついてくる。
「ちげーよ。ちょっとな」
彼はちょっとだけ深刻そうな表情になる。
「踏み込んだらマズイ話なら戻るけど?」
「いや……、オマエならいいか。秘密は守れるな」
「俺のクチはグミより硬いぜ」
「やわやわじゃねーか。まあ、黙ってついてこいよ」
「おうとも」
石造りの建物が周囲に散在し、壁には歴史の重みを告げる苔が静かに息づいている。
広場の中央では、兵士たちが整列している。
彼らは、隊長の到着を静かに待ちわびていた。
今日から戦闘訓練が始まる――。
クラス全員に騎士服が支給された。
騎士とは、軍人階級で、従士、兵士、騎士とランクがアップするらしい。
つまり最上級の待遇だと宰相はいいたいのだ。
訓練に参加しないクラスメイトも騎士服に着替えている。
騎士服は学ランと作業服を足して割ったようなデザインだ。
動きやすさと気品がほどよく融合している。
もとの世界で着ればコスプレになるだろう。
けれど、みんなが同じ服装なので恥ずかしさも薄れてくる。
騎士は男性の仕事なので、女性用の騎士服なんてものは存在しない。
だから女子たちは、少し大きめのものを選んで、胸の部分に余裕をもたせていた。
もちろんスカートはないのでスラックスを履いている。
俺は、女子のスカート姿が好きなので、なんとも言えず残念だ。
そんなことより、兵士たちは不満を抱いているようだ。
見ず知らずのガキが、自分たちよりも上級の服を着ているのが、彼らのプライドを傷つけているらしい。
俺たちには軍隊に入る気などない。
だから、騎士服を着ることに喜びを感じる人などひとりもいないのだ。
その態度が彼らの感情をさらに逆なでしている。
さて、訓練に参加するのは運動部のなかから希望した男子だけだ。
サッカー部の才原優斗と連城敏昭は当然いる。
参加者その一。柔道部の気仙修司。
彼を一言で表現するなら【パンダ】だ。
背は高く、体格は大きく、筋肉がしっかりとついている。
顔立ちは穏やかで、つねに優しい笑顔を浮かべている。
彼が怒りを見せたことは、いままで一度もない。
女子が重い荷物を運んでいると彼はすぐに助けてくれる。
そんな彼の優しさが、俺たちの心を打つのだ。
参加者その二。空手部の狛勝人。
彼はまさに脳筋だ。
一日中、空手のことしか頭にない【空手バカ】。
手首と足首には重りが入ったバンドを巻き、つねに体を鍛えている。
授業中もハンドグリップで握力を鍛えていたが、その音がうるさくて先生に取り上げられた。
口数は少なく、何を考えているのかなかなか読み取れない。
乱暴者のようだが、暴力を振るったという話は一度も聞いたことがない。
もしかしたら、プロボクサーのようにリングの外では拳を使わないというルールを自分に課しているのかもしれない。
参加者その三。文芸部の良知智晃。
彼は驚くほど無口だ。
いつもは文庫本に目を落としていて、誰かと話してるところなんてみたことない。
ブックカバーで隠されて、何を読んでるのかはわからなかった。
読書している姿は、まるで会話を遮る壁みたいで、声をかけるのをためらわせる。
体育の授業ですら欠席するようなヤツなのに、なぜ参加を?
俺も含め、訓練に参加しないクラスメイトは少し離れた場所で見学している。
「優斗~、がんばって~」
女子たちの声援に軽く手を振る才原優斗。
そんな態度で大丈夫か? 兵士たちが睨んでいるぞ。
年配の騎士が、なんとも言えない威厳を纏い訓練場に姿を見せた。
彼のような人物が騎士服を身に纏うと、ただの衣装ではなく、一種の風格を演出する道具に変わる。
だが、俺たちが着ると安物のコスプレにすぎない。
「わたしは第二騎士団の団長ロベルトだ。キミたちを訓練するよう宰相様より命令を受けている。手加減するつもりはない。死ぬ気でついてこい」
歓迎されていない雰囲気が伝わってくる。
現代ならば、社長に命令された部長が新入社員の教育をするようなものだ。
不機嫌になるのも当然。
しかし、勝手に呼び出しておいて、横柄な態度を取るのは許せない。
「クルト、前へ。コイツらの相手をしてやれ」
「はっ!」
若い兵士が前に出てきた。
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
俺たちを見下している目だ。
それもそのはず、毎日訓練を積んでいる現役の兵士。
顔や手には無数の切り傷が残っている。
俺たちなんて赤子の手をひねるくらい楽に倒せるだろう。
「まずはキミたちの実力を見させてもらう。ひとりづつ前へ出るのだ」
緊張した表情で才原優斗が前に出る。
クラスの代表みたいなものだし、当然の流れだ。
ずいぶんと媚た態度の兵士が木剣と丸い木の盾をもってきた。
それを彼らに渡すと身を小さくしながら去っていく。
騎士服でも兵士服でもない。もしかすると従士なのかな?
「あの、俺たちは剣を握るのも初めてなんですが、素振りとか先に――」
「知らん! キミたちは特別な力をもっていると聞いている。それを見せてくれれば良いのだ」
なるほど、宰相の差し金か。
「始め!」
クルトと呼ばれた兵士があいずとともに前にでる。
彼の上段攻撃を才原優斗は盾で受け止めた。
打撲はしないものの衝撃は腕の骨に響くはずだ。
才原優斗は苦痛で顔をゆがめている。
応援している女子から『怪我しないで』と声が飛ぶ。
訓練なんだから、怪我ぐらいするだろう。
「どうした、どうした、異界の者よ、その程度か?」
彼の執拗な攻撃がつづく。
致命的な打撃にならないように、わざと盾に当てているのだろう。
かろうじて受け止めているが才原優斗に余裕がなくなってきた。
才原優斗の加護は護衛。
くわしくは聞いていないが誰かを守るときに発動するらしい。
だからタイマン勝負では効果が発揮されないのだろう。
「つまらん」
彼の蹴りが盾にあたると才原優斗は後ろに吹き飛ばされ、背中から倒れてしまった。
いくら運動部でも初めてもった剣と盾を使えるわけがない。
女子からは悲鳴に似た声が洩れる。
死ぬほどのダメージじゃない。
サッカーの試合でも転ぶことはあるだろう。
まったく、大げさだなあ。
「そこまで!」
「だんちょ~、こんなヤツらの相手をしなきゃならんのですかぁ~?」
彼は転んでいる才原優斗に木剣を向けた。
「宰相様のご命令だ」
「時間の無駄っすよ」
「わたしたちにはとうてい考えも及ばないほどの深い理由が宰相様にはあるのだ」
「へいへい」
クチを尖らせながら木剣で自分の肩をたたいている。
「次、前へ」
連城敏昭と気仙修司も似たような結果になった。
「もっと歯ごたえのあるヤツはいないのかねぇ~」
彼は集まっているクラスメイトに、わざと聞こえるように大きな声でひとり言を吐いた。
誰にだってわかる。彼は俺たちを挑発しているのだ。
明らかに失礼な態度なのに団長は咎める気がないらしい。
「ハラ立つなあ」
俺の隣にいる儀保裕之が不機嫌だ。
「誰に?」
「誰って、あの兵士だよ。俺たちを侮辱してるだろ」
「仕方ないさ。毎日訓練して体を鍛えているプロが素人の相手をさせられるんだぜ。不満も溜まるさ」
「翔矢はハラが立たないのかよ」
「もちろん立つさ。けど相手は宰相だぞ」
「どゆことや?」
男が首をかしげてもかわいくないぞ。
「たぶん加護を教えなかったのが気に食わないんだよ。だから力技で聞き出そうという魂胆さ。追い込まれれば加護を使わざるおえないだろ」
「なるほどなあ」
「次は俺の番だな」
笑う般若のような表情をした狛勝人が前に出る。
クルトの体がびくっと反応し、警戒した。
クラスメイトも彼の表情を見て怯えている。
そもそもアイツの顔は怖い。
空手の練習で顔を殴られるせいか眉毛が薄い。
顔の皮膚も厚く固くなっている。
そのため表情の変化がほとんどない。
従士が狛勝人に木剣と盾を渡そうとした。
「いらん。俺には拳がある」
「素手だと? いい度胸だ」
侮りだと受け取られるのが普通。しかし、兵士の顔に怒りはない。
むしろ、自信があふれ、余裕の笑みさえ浮かんでいる。
素手を選んだのは、経験不足による判断ミスとでも考えているのだろう。
「いいのか」と団長が確認する。
「構わない」
「そうか」
二人が訓練場の中央で対峙した。
「初め!」
合図とともに、彼の渾身の上段攻撃が狛勝人の頭上へ襲いかかる。
しかし、鼻をかすめるほどの紙一重で木剣を回避。
まだ彼が木剣を振り下ろしている最中に、正拳突きを放ったのだ。
嫌な音がした――。
彼のもつ盾は狛勝人の拳で粉々に破壊され。
それでも勢いは止まらず、腕をへし折り。衝撃は肋骨を粉砕。
数十メートル後方に吹き飛ばしたのだった。
土ケムリが舞う。
地面には彼が転がり滑った跡が傷のように刻まれていた。
彼はビクンビクンと痙攣している。
失神しているのだろう。叫び声すら出ない。
にたぁ~~っと笑う狛勝人。
「ひいっ!」
怯えた声が聞こえる。見学している女子たちだ。
夜にひとりでトイレにいけなくなるくらい怖い顔をしている。
「なるほど、これが加護か」
狛勝人は自分の拳を眺めながら呟いた。
「おい! キミの加護はいったいなんだ?」
団長が興奮気味にたずねた。
すると狛勝人はスンと無表情になる。
「秘伝や口伝は一子相伝だから価値が高い。加護も同じ。簡単に聞き出せると思うな」
「なんだとっ!」
「アンタ。あそこで転がっているヤツよりも強いんだろ、相手してくれ」
狛勝人は空手の構えをとる。
左手は前に出し、軽く開く。右手は拳を作り、腰の位置で止めた。
まるで発射準備のととのった大砲のようだ。
アイツの前に立ちたくない。
いや、立つような状況になりたくない。
団長はゴクリと唾を飲み込んだ。
明鏡止水のごとく、狛勝人は微動だにしない。
冗談なのか本気なのか、表情からは判断できないだろう。
「いや、今日は実力を見るだけだ。訓練は後日行なう」
「いいだろう、次に会ったら必ず相手をしてもらうぞ」
――おいおい、それは死刑宣告だぞ!
案の定、団長は顔をゆがめつつ青ざめた。
「つ、次の者、前へ」
何事もなかったかのように良知智晃が出た。
「ボクも剣は必要ありません」
その発言は剣よりも攻撃力が高いと予告したようなものだ。
彼は盾だけ受け取る。
「ユルゲン、相手をしろ」
「む、無理いわないでください団長」
「アーミン前へ」
「許してください」
「ええい情けない」
アンタだって狛勝人の相手から逃げただろう。
「し、仕方ない、わたしが出るとしよう」
静寂が訓練場を支配した。
団長は冷静な表情を保ちつつも、瞳はかすかに震えていた。
手袋を突き破りそうなほど、木剣の柄をきつく握りしめている。
まっすぐ伸びた背筋は騎士団の長としての誇りを示していた。
しかし震える手は、心の叫びを訴えているかのようだ。
一方、貧弱な彼は、受け取った盾を構えず、ただ無防備に立っているだけだった。
怯える様子は微塵もない。
むしろ謎の余裕が表情からあふれている。
「行くぞ」
「初めて使うのでボクもどうなるかわからないんですよ」
「は?」
カッ!!!
天から一筋の稲妻が団長の頭上に直撃すると、あとを追うようにゴロゴロと雷の音が鳴る。
漫画的表現の、ビカビカと光が飛ぶような生易しいものじゃない。
まさに本物の雷で、まばたきで見逃すほどの速さだ。
回避不可能な攻撃――。
関節のない棒人形のように、団長は攻撃姿勢のまま横に倒れた。
クチから泡を吐き、ピクリとも動かない。
「団長!」
「しっかり!」
兵士たちが慌てて駆け寄る。
「痛っ」
まだ帯電していたらしく、団長に触れた兵士が痛がった。
「おいキサマ! 団長を殺す気か!」
兵士がマジ顔で激怒する。
それなのに彼の表情はとても余裕だ。
「仕方ないじゃないですか、ボクだって初めて使ったんですよ。それに実力を見たいと言ったのは本人なんだから」
「くっ……。とにかく、今日の訓練は終わりだ。解散しろ」
部下は団長を背負い運んでいく。
しかし、戦闘系の加護はヤバいな。
世界を救うという話も冗談ではないのかもしれない。
まあ、宰相はウソをついていたらしいが……。
とりあえず二人とはケンカしないように注意しよう。
いや、二人だけとは限らない。
まだ加護を隠している人が多いのだ。
そこには俺も含まれている。
けれど俺のスキルは戦闘に関係のないものだけ。
なるべく争いは避けたほうが無難だ。
――戦闘系のスキル増えてないかなあ。
加護をチェックすると【経験値】がゆっくりと増加しているのに気がつく。
また石亀永江と野吾剛士がイチャついているのだろう。
仕方ない監視するか。
けっして覗きたいわけじゃない。
洗脳された石亀永江が悪さをしないか確認するのが目的だ。
俺は立ち上がるとネトラレ気配のするほうへ移動する。
すると儀保裕之が声をかけてきた。
「よう、どこいくんだよっ」
「トイレにな」
「ツレション決めようぜ」
「あ~、スマン、トイレはウソだ」
「なになに~? 密会? まさか、メイドさんからアプローチ受けたとか?」
ニヤニヤと笑いながら肘で俺をつついてくる。
「ちげーよ。ちょっとな」
彼はちょっとだけ深刻そうな表情になる。
「踏み込んだらマズイ話なら戻るけど?」
「いや……、オマエならいいか。秘密は守れるな」
「俺のクチはグミより硬いぜ」
「やわやわじゃねーか。まあ、黙ってついてこいよ」
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