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43話
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「兵士だ~っ、外に兵士がいっぱい来てる~っ」
大声で叫びながら菊池潤奈が自転車に乗って走る。
いつものように堤防のうえにいて気づいたのだろう。
俺はたまたま外にいたので通り過ぎる彼女に声をかけた。
「どこ?」
「2区だよ」
俺は急いで堤防のうえに向かう。
村の外周を囲っている堤防には、転落防止のため、腰の高さの壁が作られている。
俺は、その壁に隠れながら村の外を確認した。
こぼした水がじわっと広がるように、森から兵士が湧き出てくる。
アイツらは、あの国の軍服を着ていた。
水堀のむこうがわで、敵が陣形を組み始めた。
最前列には重装歩兵が幾重にも並び、その後ろには弓兵が控えている。
左右には弓兵を守るように長槍兵が待機した。
その数は数千人規模。
アイツら戦闘する気なのだ。
五角形の堤防のへこみ。例えるならヒトデの脇腹。その正面に陣が完成した。
偉そうなヤツが前に出てきた。その顔には見覚えがある。
確か第三騎士団の団長……、名前は知らない。
「よくも我らを謀ってくれたな、愚かな異界の者たちよ、その罪、命でもって償わせる。委員長出てこい!!」
石亀永江と瀧田賢が堤防のうえにいる。
敵に見つからないよう腰を低くして相談していた。
俺は少し離れた位置にいるので、二人の会話は聞こえない。
どうやら対話をすることにしたようだ。
彼女は立ち上がり、堤防の壁から姿を見せた。
カッ!!!
空から一筋の稲妻。
間をあげずにゴロゴロと雷の音がする。
堤防の下で見ていた女子が光と轟音に驚き、悲鳴をあげた。
石亀永江は雷の直撃を受け、体は硬直し、立ったまま後ろへ倒れた。
さらに、近くにいた瀧田賢も雷の余波を受けて中腰のまま倒れてしまう。
「はっはっはっは! どうだ! 同胞の力は? 指揮官を失ったオマエらに勝機はない、潔く降伏するがいい!」
おそらく良知智晃が来ている。
だが、姿が見えない。どこかに隠れているのだろう。
石亀永江は俺のスキルで不死だから大丈夫。
問題は瀧田賢だ。
火傷くらいなら財前哲史の薬で治る。けれど死んでいたら――。
連城敏昭と気仙修司が倒れた彼らに近寄り、敵から見えないよう中腰のまま運んでいく。
俺も彼らに合流するため急いで堤防から降りた。
二人は病院へと運ばれ、入院用のベッドのうえに寝かされる。
しかし、癒しの加護をもつ出水涼音は探求部隊なので不在だ。
そこへ薬局の財前哲史が薬瓶をもって慌てて駆け込んできた。
「これ傷薬。それと疲労回復薬。効果があるかわからないけど飲ませてみて」
俺は彼から薬を受け取った。
石亀永江の意識はなく、脈拍も止まっている。
触っていれば彼女は生き返るし傷も治る。
けれど俺の力だとバレたくない。
俺は傷薬をクチに含み、彼女にキスをした。
意識のない人のクチに水をいれたら最悪は気管に入ってしまう。
なので口移しのフリをする。
この世界にきてから彼女は三度目の死を体験した。
そんな過酷な人生があるだろうか。
しかし、それを強要しているのは俺でもある。
俺の加護を彼女がしれば、きっと俺を恨むはずだ。
「んっ……」
加護の力で傷は回復し、意識が戻る。
傷薬を少しだけクチに流し込む。
「ゲホッゲホッ」
やはりむせたようだ。
「委員長、大丈夫か?」
「……苦瓜君?」
「瀧田! 大丈夫か瀧田! ダメだ、飲んでくれない」
「顔の上からでもいいからぶっかけろ」
焦っていた連城敏昭は、俺のアドバイスを聞いて薬をぶちまける。
瀧田賢は全身薬まみれになったが、薬は皮膚から吸収され、火傷が治癒した。
「痛いっ……」
「瀧田! 良かった意識が戻ったな、これ飲め」
連城敏昭が追加で薬を渡す。
「マズイな」
「文句を言うな」
「わたし、どうしたんだ?」
「雷に撃たれたんだよ。たぶん良知の攻撃だ」
石亀永江が混乱している。
記憶の欠落かもしれない。
「……思い出した。そうか攻められているのだな」
「ああ」
良かった。後遺症はないようだ。
「戻らなければ」
彼女はベッドから降りようとする。
「待て! 雷に撃たれたんだぞ、休んでろ」
「そんなわけには――」
肩をつかんで立たせないようにした。
「いいから! 俺の見た感じ、アイツら攻城兵器をもってきていない。雷では堤防を壊せないはずだ。水堀が埋められ、堤防が壊されるまで安全だ。時間は十分ある」
「そうなのか?」
「自信はない。戦争にくわしいのは歴史好きの二見くらいだ」
「いないときに限って……」
彼女は苦々しい表情になる。
おそらく探求部隊を村から出したのを悔やんでいるのだ。
彼女の責任じゃないのに。
「嘆いても仕方ない。みんなで知恵を出し合い対策を練ろう」
「そうだな」
ここに集まっているのは十名ほどだ。
敵を監視している人は外にいる。
「堤防から姿を見せれば良知の雷にやられる。だから隠れて攻撃するしかない」
「儀保君に弓を作ってもらおう」
俺の現状説明を聞いた石亀永江が作戦を考えた。
「良い手だが、兵士の数が違い過ぎる。単発では盾で防がれたり、剣で切り落とされるだろう」
単体攻撃じゃなく範囲攻撃……。
爆弾でもあればいいのだが。
ばくだん……、水爆弾!
「財前、蒸発すると毒ガスが発生する薬って作れないか?」
「待ってね」
彼の目がキョロキョロ動く。たぶん加護を確認しているのだろう。
「作れるみたいだね。いる?」
「手のひらサイズの瓶でお願い」
「どうするんだい?」
「連城、遠投で敵に当てられるか?」
「余裕だな」
さすが連城敏昭頼りになる。
「なるほど。百瓶くらいでいいかな?」
「そんなにいらない。殲滅が目的じゃないから」
「へぇ~っ、それなら毒素を落として殺さない程度にする?」
「それがいいかな」
「殺さないのか?」
瀧田賢が不思議がっている。
「死人を出すとムキになりそうだからね」
「徹底的に叩いておいたほうがいい。全滅させれば、森で魔物に襲われたと勘違いするだろう。そうなれば二度と森に入らない」
石亀永江が俺と瀧田賢の顔を交互に見る。
「命のかかった問題だ。わたしの判断だけでは決定できない。弱気で悪いが決を取らせてくれ」
今後、早急な意思決定が必要になるな。
次のクラス会議では軍事的な決断のできる司令官を決めるよう提案しよう。
クラス全員いるわけではないが、意思決定には十分なサンプル値だ。
「撃退か、掃討か。撃退が良いと思う人、挙手――」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
俺たちが堤防の近くに到着すると、そこは酷いありさまだった。
火のついた矢が数えきれないほど大量に地面に刺さっている。
戦場にいるのだと改めて実感した。
農地に被害が出ている。
けれど、水使いの三門志寿が消火したようで、それほど酷くはない。
風向きは西から東。運良く村から敵陣に吹いている。
「怪我した人いる?」
「いいえ、矢を撃ちそうだったのですぐに逃げました」
千坂隆久が見張っていたようだ。
報告を聞いた石亀永江が安心する。
雷に撃たれた彼女を心配してクラスメイトが集まってくる。
「みんないるね。これから敵を掃討する。毒を使うからもっと堤防から離れて」
「毒? 殺すの?」
「ああ。わたしと瀧田君は死にかけた。これより報復する。意義のある人いる?」
これは彼女の演技だ。
人を殺す。それは心に傷を残す。
決定した責任をひとりで背負うつもりなのだ。
だが、ひとりでは背負わせない。
少しだけ分担しようじゃないか。
「俺は賛成だね。あんなヤツら生かしといてもまた来るぜ。ゴキブリといっしょさ」
「ゴキブリって! 熱湯でも死なね~ぜ。それなら毒ぐらいがちょうどいいな!」
さすが儀保裕之、たぶん俺の思惑に気づいたんだろう。
俺の顔を見てニヤリと笑った。
「そうよね! いきなり委員長を狙うんだもの、アレ、良知の仕業でしょ、ネクラなオタクらしいわ」
牧瀬遙が乗ってきた。
だが、まて!
オタクのすべてがあんなヤツじゃないぞ!
「意義のある人はいないようだね。じゃあみんなはもっと離れて」
クラスメイトは言われたとおりその場から離れた。
俺もいっしょに避難する。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
星形要塞の三角形の突端部を稜堡と呼ぶらしい。
今からやる作戦の説明で苦瓜がそう言っていた。
俺は、そこのうえにいる。
これから俺は毒薬を投げ込み、敵を殺す。
苦瓜は追い払う気でいた。
しかし、瀧田が殺すべきだと言い出した。
俺は、なるべくなら殺したくない。
多数決では撃退に投票したのに、掃討のほうが多かった。
少し前までは平和な国で生きていたのに、なぜ殺し合いをしないといけないんだ。
俺の腕は甲子園で球を投げるためにある。
毒薬を投げるために鍛えたわけじゃない。
「はぁ~っ……」
溜息をついても敵は帰らない。
「連城、大丈夫か?」
俺の隣にいる財前が木箱に入った毒薬を地面に置く。
木箱の外にひとつ。これは解毒薬だ。
体調が悪くなったら飲めと指示された。
「問題ない」
「辛い役目だけどがんばろう」
「なあ、自分が助かるために、他人の命を奪う。これって正しいことか?」
「生存本能が生き残る道を選ぶのは正しい判断だよ。理性なんてキレイごとでごまかしている前の世界のほうが間違えているんだよ」
「俺にはむずかしくてわからない」
「そうか……。なら想像してみて。ボクたちが戦わないとアイツらは堤防を越えて村に入る。そうなるとクラスメイトは襲われ、男子は殺されるだろう。女子たちはアイツらの玩具だ。連城の好きな子も、きっと酷い扱いを受けるはずさ」
ふと、亀ケ谷の着物姿が思い浮かぶ。
真剣な表情でかるたを取る彼女に、俺は目を奪われたんだ。
彼女の泣き顔なんて想像したくない。
「そんなこと、俺がさせない」
「頼んだ」
財前は、俺の肩をポンと叩くと、念のため堤防から降りた。
堤防上部の道幅は五・五メートル。これは車がすれ違うために必要な幅だ。
水堀に近づかなければ、堤防のうえにいる俺の姿は敵から見えない。
木箱から毒薬を取り出す。
俺が投げやすいように、野球の球と同じサイズだ。
「ふんっ!」
敵陣に向かって瓶を投げ込むと、放物線を描きながら遠ざかっていく。
俺からは落下地点が見えない。
稜堡の、さらに先端に鬼頭がいる。
彼女の手には双眼鏡と無線機が握られている。
それらは玩具の加護をもつ油科が作ったものだ。
敵からかなり離れているので肉眼では彼女に気づくことはないだろう。
俺は頭に無線のヘッドセットを着けている。
「連城君、方角はそのままで、もう少し遠くへ投げられる?」
瓶の落下地点を彼女が教えてくれる。
「ああ」
さっきよりも力を込めて投げる。
「ふんっ!!」
「距離はそのくらいで、次は右のほうへ」
「ふんっ!」
次々に瓶を投げ込む。
敵陣にまんべんなく瓶が落下するように、彼女は指示を出しているはずだ。
直視していないからだろう。敵を殺している実感が湧かない。
たぶん、監視している鬼頭のほうが辛いはずだ。
「子供だましの嫌がらせか! 臆病者め! 姿を見せろ!!」
敵が遠くで叫んだ。
黙れよ卑怯者。いきなり委員長に雷を落としたくせに!
「連城君! 逃げて! そこに弓を射るみたい」
残りの毒薬を箱ごともちあげて走る。
「財前! 矢が来るぞ!」
堤防の下で待っていた財前が箱を受け取り、加護収納に保管した。
俺たちは急いでその場から離れる。
俺たちの去った直後に、矢が雨のように降り注ぐ。
しかし、長くはつづかなかった。
「うぐっ!!」
「があっっっ!!」
「くはっっ!」
遅効性の毒が効いてきたようだ。
堤防の向こうから悲鳴や苦痛にもがく声が聞こえる。
即効性の毒にしなかったのは、最初の投擲で危険だと判断されると逃げられるからだ。
「くっ、苦し、いっ……」
「助けて、く、れっ」
壁の向こうでは敵が苦しみながら死んでいるはず。
その恐怖から逃げるように、クラスメイトは耳を塞ぐ。
まぶたを強く閉じ、身を寄せ合う。
人を殺したという事実が、俺の心のなかで暗い闇になってじわじわ広がる。
無意識に、顔を両手で覆っていた。
大量殺人……、この俺が……、なんてことをしたんだ……。
いつのまにか足が震えている。
ドンと胸になにかが当たる。
顔から手をはなすと亀ケ谷が俺の胸に飛び込んでいた。
彼女の肩は震え、微かな泣き声も聞き取れる。
そうだ、俺は彼女を守るために戦った。
大量殺人なんかじゃない、大切な彼女を苦しめる敵を討伐したんだ。
心から暗雲が薄らぎ、足の震えがとまる。
彼女を強く抱きしめた。
「うぐっ」
彼女が苦しそうな声を出す。どうやら力を入れ過ぎたようだ。
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
堤防の向こうから、もう声は聞こえない。
毒が抜けるまで近寄ることはできない。
なので敵兵たちは明日まで放置する。そう事前に決めていた。
委員長が涙を流している。けれど声を出して泣いていない。
あたりまえだ。責任感があるとしても、まだ若い女の子なのだから。
「今夜は議事堂でみんないっしょに寝ないか? ひとりじゃ辛すぎる……」
声が震えている。
最終的に決断したのは彼女。
俺は流れに身を任せて毒薬を投げたにすぎない。
辛いのは彼女のほうだ。
「連城君、今夜、いっしょに、いて、ください」
亀ケ谷は、俺の胸に顔をうずめたまま囁いた。
耳が真っ赤になっている。
「俺で良ければ」
大声で叫びながら菊池潤奈が自転車に乗って走る。
いつものように堤防のうえにいて気づいたのだろう。
俺はたまたま外にいたので通り過ぎる彼女に声をかけた。
「どこ?」
「2区だよ」
俺は急いで堤防のうえに向かう。
村の外周を囲っている堤防には、転落防止のため、腰の高さの壁が作られている。
俺は、その壁に隠れながら村の外を確認した。
こぼした水がじわっと広がるように、森から兵士が湧き出てくる。
アイツらは、あの国の軍服を着ていた。
水堀のむこうがわで、敵が陣形を組み始めた。
最前列には重装歩兵が幾重にも並び、その後ろには弓兵が控えている。
左右には弓兵を守るように長槍兵が待機した。
その数は数千人規模。
アイツら戦闘する気なのだ。
五角形の堤防のへこみ。例えるならヒトデの脇腹。その正面に陣が完成した。
偉そうなヤツが前に出てきた。その顔には見覚えがある。
確か第三騎士団の団長……、名前は知らない。
「よくも我らを謀ってくれたな、愚かな異界の者たちよ、その罪、命でもって償わせる。委員長出てこい!!」
石亀永江と瀧田賢が堤防のうえにいる。
敵に見つからないよう腰を低くして相談していた。
俺は少し離れた位置にいるので、二人の会話は聞こえない。
どうやら対話をすることにしたようだ。
彼女は立ち上がり、堤防の壁から姿を見せた。
カッ!!!
空から一筋の稲妻。
間をあげずにゴロゴロと雷の音がする。
堤防の下で見ていた女子が光と轟音に驚き、悲鳴をあげた。
石亀永江は雷の直撃を受け、体は硬直し、立ったまま後ろへ倒れた。
さらに、近くにいた瀧田賢も雷の余波を受けて中腰のまま倒れてしまう。
「はっはっはっは! どうだ! 同胞の力は? 指揮官を失ったオマエらに勝機はない、潔く降伏するがいい!」
おそらく良知智晃が来ている。
だが、姿が見えない。どこかに隠れているのだろう。
石亀永江は俺のスキルで不死だから大丈夫。
問題は瀧田賢だ。
火傷くらいなら財前哲史の薬で治る。けれど死んでいたら――。
連城敏昭と気仙修司が倒れた彼らに近寄り、敵から見えないよう中腰のまま運んでいく。
俺も彼らに合流するため急いで堤防から降りた。
二人は病院へと運ばれ、入院用のベッドのうえに寝かされる。
しかし、癒しの加護をもつ出水涼音は探求部隊なので不在だ。
そこへ薬局の財前哲史が薬瓶をもって慌てて駆け込んできた。
「これ傷薬。それと疲労回復薬。効果があるかわからないけど飲ませてみて」
俺は彼から薬を受け取った。
石亀永江の意識はなく、脈拍も止まっている。
触っていれば彼女は生き返るし傷も治る。
けれど俺の力だとバレたくない。
俺は傷薬をクチに含み、彼女にキスをした。
意識のない人のクチに水をいれたら最悪は気管に入ってしまう。
なので口移しのフリをする。
この世界にきてから彼女は三度目の死を体験した。
そんな過酷な人生があるだろうか。
しかし、それを強要しているのは俺でもある。
俺の加護を彼女がしれば、きっと俺を恨むはずだ。
「んっ……」
加護の力で傷は回復し、意識が戻る。
傷薬を少しだけクチに流し込む。
「ゲホッゲホッ」
やはりむせたようだ。
「委員長、大丈夫か?」
「……苦瓜君?」
「瀧田! 大丈夫か瀧田! ダメだ、飲んでくれない」
「顔の上からでもいいからぶっかけろ」
焦っていた連城敏昭は、俺のアドバイスを聞いて薬をぶちまける。
瀧田賢は全身薬まみれになったが、薬は皮膚から吸収され、火傷が治癒した。
「痛いっ……」
「瀧田! 良かった意識が戻ったな、これ飲め」
連城敏昭が追加で薬を渡す。
「マズイな」
「文句を言うな」
「わたし、どうしたんだ?」
「雷に撃たれたんだよ。たぶん良知の攻撃だ」
石亀永江が混乱している。
記憶の欠落かもしれない。
「……思い出した。そうか攻められているのだな」
「ああ」
良かった。後遺症はないようだ。
「戻らなければ」
彼女はベッドから降りようとする。
「待て! 雷に撃たれたんだぞ、休んでろ」
「そんなわけには――」
肩をつかんで立たせないようにした。
「いいから! 俺の見た感じ、アイツら攻城兵器をもってきていない。雷では堤防を壊せないはずだ。水堀が埋められ、堤防が壊されるまで安全だ。時間は十分ある」
「そうなのか?」
「自信はない。戦争にくわしいのは歴史好きの二見くらいだ」
「いないときに限って……」
彼女は苦々しい表情になる。
おそらく探求部隊を村から出したのを悔やんでいるのだ。
彼女の責任じゃないのに。
「嘆いても仕方ない。みんなで知恵を出し合い対策を練ろう」
「そうだな」
ここに集まっているのは十名ほどだ。
敵を監視している人は外にいる。
「堤防から姿を見せれば良知の雷にやられる。だから隠れて攻撃するしかない」
「儀保君に弓を作ってもらおう」
俺の現状説明を聞いた石亀永江が作戦を考えた。
「良い手だが、兵士の数が違い過ぎる。単発では盾で防がれたり、剣で切り落とされるだろう」
単体攻撃じゃなく範囲攻撃……。
爆弾でもあればいいのだが。
ばくだん……、水爆弾!
「財前、蒸発すると毒ガスが発生する薬って作れないか?」
「待ってね」
彼の目がキョロキョロ動く。たぶん加護を確認しているのだろう。
「作れるみたいだね。いる?」
「手のひらサイズの瓶でお願い」
「どうするんだい?」
「連城、遠投で敵に当てられるか?」
「余裕だな」
さすが連城敏昭頼りになる。
「なるほど。百瓶くらいでいいかな?」
「そんなにいらない。殲滅が目的じゃないから」
「へぇ~っ、それなら毒素を落として殺さない程度にする?」
「それがいいかな」
「殺さないのか?」
瀧田賢が不思議がっている。
「死人を出すとムキになりそうだからね」
「徹底的に叩いておいたほうがいい。全滅させれば、森で魔物に襲われたと勘違いするだろう。そうなれば二度と森に入らない」
石亀永江が俺と瀧田賢の顔を交互に見る。
「命のかかった問題だ。わたしの判断だけでは決定できない。弱気で悪いが決を取らせてくれ」
今後、早急な意思決定が必要になるな。
次のクラス会議では軍事的な決断のできる司令官を決めるよう提案しよう。
クラス全員いるわけではないが、意思決定には十分なサンプル値だ。
「撃退か、掃討か。撃退が良いと思う人、挙手――」
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
俺たちが堤防の近くに到着すると、そこは酷いありさまだった。
火のついた矢が数えきれないほど大量に地面に刺さっている。
戦場にいるのだと改めて実感した。
農地に被害が出ている。
けれど、水使いの三門志寿が消火したようで、それほど酷くはない。
風向きは西から東。運良く村から敵陣に吹いている。
「怪我した人いる?」
「いいえ、矢を撃ちそうだったのですぐに逃げました」
千坂隆久が見張っていたようだ。
報告を聞いた石亀永江が安心する。
雷に撃たれた彼女を心配してクラスメイトが集まってくる。
「みんないるね。これから敵を掃討する。毒を使うからもっと堤防から離れて」
「毒? 殺すの?」
「ああ。わたしと瀧田君は死にかけた。これより報復する。意義のある人いる?」
これは彼女の演技だ。
人を殺す。それは心に傷を残す。
決定した責任をひとりで背負うつもりなのだ。
だが、ひとりでは背負わせない。
少しだけ分担しようじゃないか。
「俺は賛成だね。あんなヤツら生かしといてもまた来るぜ。ゴキブリといっしょさ」
「ゴキブリって! 熱湯でも死なね~ぜ。それなら毒ぐらいがちょうどいいな!」
さすが儀保裕之、たぶん俺の思惑に気づいたんだろう。
俺の顔を見てニヤリと笑った。
「そうよね! いきなり委員長を狙うんだもの、アレ、良知の仕業でしょ、ネクラなオタクらしいわ」
牧瀬遙が乗ってきた。
だが、まて!
オタクのすべてがあんなヤツじゃないぞ!
「意義のある人はいないようだね。じゃあみんなはもっと離れて」
クラスメイトは言われたとおりその場から離れた。
俺もいっしょに避難する。
△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
星形要塞の三角形の突端部を稜堡と呼ぶらしい。
今からやる作戦の説明で苦瓜がそう言っていた。
俺は、そこのうえにいる。
これから俺は毒薬を投げ込み、敵を殺す。
苦瓜は追い払う気でいた。
しかし、瀧田が殺すべきだと言い出した。
俺は、なるべくなら殺したくない。
多数決では撃退に投票したのに、掃討のほうが多かった。
少し前までは平和な国で生きていたのに、なぜ殺し合いをしないといけないんだ。
俺の腕は甲子園で球を投げるためにある。
毒薬を投げるために鍛えたわけじゃない。
「はぁ~っ……」
溜息をついても敵は帰らない。
「連城、大丈夫か?」
俺の隣にいる財前が木箱に入った毒薬を地面に置く。
木箱の外にひとつ。これは解毒薬だ。
体調が悪くなったら飲めと指示された。
「問題ない」
「辛い役目だけどがんばろう」
「なあ、自分が助かるために、他人の命を奪う。これって正しいことか?」
「生存本能が生き残る道を選ぶのは正しい判断だよ。理性なんてキレイごとでごまかしている前の世界のほうが間違えているんだよ」
「俺にはむずかしくてわからない」
「そうか……。なら想像してみて。ボクたちが戦わないとアイツらは堤防を越えて村に入る。そうなるとクラスメイトは襲われ、男子は殺されるだろう。女子たちはアイツらの玩具だ。連城の好きな子も、きっと酷い扱いを受けるはずさ」
ふと、亀ケ谷の着物姿が思い浮かぶ。
真剣な表情でかるたを取る彼女に、俺は目を奪われたんだ。
彼女の泣き顔なんて想像したくない。
「そんなこと、俺がさせない」
「頼んだ」
財前は、俺の肩をポンと叩くと、念のため堤防から降りた。
堤防上部の道幅は五・五メートル。これは車がすれ違うために必要な幅だ。
水堀に近づかなければ、堤防のうえにいる俺の姿は敵から見えない。
木箱から毒薬を取り出す。
俺が投げやすいように、野球の球と同じサイズだ。
「ふんっ!」
敵陣に向かって瓶を投げ込むと、放物線を描きながら遠ざかっていく。
俺からは落下地点が見えない。
稜堡の、さらに先端に鬼頭がいる。
彼女の手には双眼鏡と無線機が握られている。
それらは玩具の加護をもつ油科が作ったものだ。
敵からかなり離れているので肉眼では彼女に気づくことはないだろう。
俺は頭に無線のヘッドセットを着けている。
「連城君、方角はそのままで、もう少し遠くへ投げられる?」
瓶の落下地点を彼女が教えてくれる。
「ああ」
さっきよりも力を込めて投げる。
「ふんっ!!」
「距離はそのくらいで、次は右のほうへ」
「ふんっ!」
次々に瓶を投げ込む。
敵陣にまんべんなく瓶が落下するように、彼女は指示を出しているはずだ。
直視していないからだろう。敵を殺している実感が湧かない。
たぶん、監視している鬼頭のほうが辛いはずだ。
「子供だましの嫌がらせか! 臆病者め! 姿を見せろ!!」
敵が遠くで叫んだ。
黙れよ卑怯者。いきなり委員長に雷を落としたくせに!
「連城君! 逃げて! そこに弓を射るみたい」
残りの毒薬を箱ごともちあげて走る。
「財前! 矢が来るぞ!」
堤防の下で待っていた財前が箱を受け取り、加護収納に保管した。
俺たちは急いでその場から離れる。
俺たちの去った直後に、矢が雨のように降り注ぐ。
しかし、長くはつづかなかった。
「うぐっ!!」
「があっっっ!!」
「くはっっ!」
遅効性の毒が効いてきたようだ。
堤防の向こうから悲鳴や苦痛にもがく声が聞こえる。
即効性の毒にしなかったのは、最初の投擲で危険だと判断されると逃げられるからだ。
「くっ、苦し、いっ……」
「助けて、く、れっ」
壁の向こうでは敵が苦しみながら死んでいるはず。
その恐怖から逃げるように、クラスメイトは耳を塞ぐ。
まぶたを強く閉じ、身を寄せ合う。
人を殺したという事実が、俺の心のなかで暗い闇になってじわじわ広がる。
無意識に、顔を両手で覆っていた。
大量殺人……、この俺が……、なんてことをしたんだ……。
いつのまにか足が震えている。
ドンと胸になにかが当たる。
顔から手をはなすと亀ケ谷が俺の胸に飛び込んでいた。
彼女の肩は震え、微かな泣き声も聞き取れる。
そうだ、俺は彼女を守るために戦った。
大量殺人なんかじゃない、大切な彼女を苦しめる敵を討伐したんだ。
心から暗雲が薄らぎ、足の震えがとまる。
彼女を強く抱きしめた。
「うぐっ」
彼女が苦しそうな声を出す。どうやら力を入れ過ぎたようだ。
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
堤防の向こうから、もう声は聞こえない。
毒が抜けるまで近寄ることはできない。
なので敵兵たちは明日まで放置する。そう事前に決めていた。
委員長が涙を流している。けれど声を出して泣いていない。
あたりまえだ。責任感があるとしても、まだ若い女の子なのだから。
「今夜は議事堂でみんないっしょに寝ないか? ひとりじゃ辛すぎる……」
声が震えている。
最終的に決断したのは彼女。
俺は流れに身を任せて毒薬を投げたにすぎない。
辛いのは彼女のほうだ。
「連城君、今夜、いっしょに、いて、ください」
亀ケ谷は、俺の胸に顔をうずめたまま囁いた。
耳が真っ赤になっている。
「俺で良ければ」
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でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
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