2 / 6
②
しおりを挟む
「だから本気でやばいんだって、真面目に聞いてくれよ端波!」
「聞いてるよ、多岐川」
そう答える端波秀臣の様子は、どう見ても真面目に取り合っている風ではなかった。左手に乗せた弁当箱に目を落としたまま、右手に持った箸でおかずを口に運ぶのを一向に止めようとしない。
月曜の昼休み、隣のクラスに行って端波を呼び出し、第二美術室まで強引に引っ張ってきたのである。この部屋は俺たち美術部員が慣れ親しんだ部室でもあるし、旧校舎一階廊下の最奥にあって隣は空室、休み時間は滅多に人が寄りつかない。建物全体がボロい旧式だが、密談には最適である。旧校舎の部屋はどこも鍵がかかっておらず、自由に出入りできる点もありがたい。
「このままじゃ近い将来、細川は殺されちまうかもしれないんだぞ。お前だって俺の予知夢が本物だってことは、知ってるはずだろ!?」
俺は右手に持った箸を端波に向けた。こいつに釣られて弁当箱を開いてみたものの、俺の方は一向に味わう気になれなかった。今はとても食欲など湧かない。
一年時から同じ美術部員で昨年はクラスも一緒だった端波秀臣は、この高校で俺が最も親しくしている友人と言っていい。こいつくらいには打ち明けても構わんだろうと考え、去年俺はそれまで誰にも――両親にさえ――言ったことがなかった自分の秘密を教えていた。つまり俺、多岐川一馬は、時折「予知夢」を見る特異体質だということをである。
それがいつ到来するかはわからない。自分の意思で見ようと思って見れるものでもない。しかし時々、夜眠っていると、ふと夢の中で「ああ、これは夢なんだ」と気づき、えも言われぬ浮遊感に包まれることがある。そしてそういう感覚になった時見ている夢は、そう遠くない未来、必ず現実になるのだ。
予知夢は常に無音だった。その中では音が消え、嗅覚や味覚も存在せず、ただ風景だけが見える。大昔のサイレント映画を見ているような感覚だが、白黒ではなく色はついている。
「そう遠くない未来」と表現したが、夢をみてからどれくらい経過して起こるのかもこれまたランダムだ。翌日さっそく起こることもあるし、1~2ヶ月待たされることもある。しかしこれまでの経験上、そのタイムラグは3ヶ月を越えることはないようだった。
つまり今から3ヶ月以内に細川珠希は暴漢に襲撃されてしまう、そのことを俺は確信していた。
「別に疑ってるわけじゃないさ。これまで散々、実証されてきたからな」
もちろん端波も最初は信じなかった。初めて打ち明けた時は、可哀想な動物を見るような眼差しを向けられたものだ。そこで以後、予知夢が訪れるたび翌日にその内容を端波に伝えるということを何度か繰り返した。
最初は大国の〇〇国が地球の反対側にある△△国に戦争を仕掛ける、というものだった。2週間後、この予知夢は実現し、テレビやネットは騒然となった。国際政治や軍事の専門家さえ予想していなかった電撃作戦だったらしく、誰もが慌てふためいていた。
このことは端波の疑いの牙城に亀裂を入れるには十分だった。普段ニュースなんかまともに見ない俺が、専門家さえ右往左往させる世界的大事件を当てたのだ。
半信半疑となった端波に、次の予知夢を伝えた。
「近いうち、市内のX区で火事が起きる。時間は15時ごろ」
「……今度はえらい身近な予言だな。しかも時間まで指定するか」
「しばらく教室の窓から注意してみてみるんだな」
昨年俺と端波が所属していたクラスの窓からは、X区の象徴ともいえる巨大モール天頂部の看板がはっきり見えた。2日後、さっそく夢は現実となった。午後の授業もそっちのけで窓の外を眺めていると、X区にあるモール看板の向こうから黒い煙が昇ってきたのだ。慌てて教室の時計に目をやると、針は15時03分をさしている。
幸い火事はすぐに鎮火した。うちのクラスも多少ざわついたが、教師に一喝されすぐ通常の授業にもどった。
だがこの件に関して、俺の予言はやや正確さを欠いていた。火事があったのはX区ではなく、隣のY区だったと後で知った。俺たちの教室から見て、Y区は巨大モールの向こう側に位置する。
いい加減なことを教えてしまった、これでは疑われても仕方ないなと思っていたが、何故か端波はこの一件でより俺の予知夢を信じる気になったようだ。首を傾げていると、「最後にもう一度検証してみたい、また予知夢をみたら教えてくれ」と何と向こうから提案してきた。
その予知夢がきた。それもお誂え向きのものだった。学年全体で一斉に受ける模擬試験で、端波が5教科合計で344点をとる、というものだった。
これは1科目平均70点にも満たない。いつも試験は学年トップクラスの点を叩き出す端波にしては、大失敗と言っていい結果だ。流石に気を悪くするだろうかと思いながら、それでもこの夢の内容を端波に伝えた。すると特に怒るでもなく、「ふむ、なるほど……」と一人で頷くだけだった。こちらはわけがわからなかった。
やがてすぐに模擬試験の日が来た。全科目択一式の試験で、各問5つの選択肢から1つを選びマークシートを塗り潰すことで回答する形式だ。試験からおよそ1ヶ月後、結果を印刷した成績表が配られた。俺の点数は……ここでは関係ないから割愛してもいいだろう。注目すべきは端波の点数だ。俺が夢で見たとおり、5教科344点だった。
「すごいな、1点の誤差もなくドンピシャだ」
「まさかお前がこんな低い点をとるなんてな……まあそれでも俺よりは良いが」
「まあこんなもんだろ。問題を全く読まないで適当に番号選んでいったにしては上出来だ」
「……何?」
一瞬我が耳を疑った。
「今回の模擬試験、俺は一切問題に目を通していない。全教科全問、勘に任せてマークシートを塗った」
「な、何でんなことしたんだよ」
「決まってるだろ、お前の予知夢とやらの真偽を確かめるためだ」
俺は唖然として声も出なかった。
「それで俺の点がピッタリ夢と一致したんだからもう間違いないな。お前の予知夢は本物だ。しかも一度夢で見た出来事は、多分俺たちがどう足掻いた処で変更はできない」
「危ねえことするなあ……もし予知夢通りにならなかったらどうしたよ。秀才のお前が、目も当てられない点取っちまうことだってあり得たんだぞ」
「なあに、模擬試験の点数なんて次で幾らでも挽回できる。それよりせっかくこんな面白い話があるのに、みすみす検証しない手はないからな」
平然と言ってのけたものだった。以来、端波は俺の予知夢体質を信じるようになり、俺は端波の発想力と大胆さに一目置くようになったのだった。
その後、学年があがりクラスは別々になってからも、俺と端波の交流は続いた。その間何度か俺に予知夢が訪れたが、その度に端波に内容を伝えていた。そしてその全てが実現したことを、こいつは知っているはずだ。
それなのに今回、細川が背後から何者かに襲われるという予知夢に関してだけは、何故か端波の反応は妙に淡白なのだ。
「聞いてるよ、多岐川」
そう答える端波秀臣の様子は、どう見ても真面目に取り合っている風ではなかった。左手に乗せた弁当箱に目を落としたまま、右手に持った箸でおかずを口に運ぶのを一向に止めようとしない。
月曜の昼休み、隣のクラスに行って端波を呼び出し、第二美術室まで強引に引っ張ってきたのである。この部屋は俺たち美術部員が慣れ親しんだ部室でもあるし、旧校舎一階廊下の最奥にあって隣は空室、休み時間は滅多に人が寄りつかない。建物全体がボロい旧式だが、密談には最適である。旧校舎の部屋はどこも鍵がかかっておらず、自由に出入りできる点もありがたい。
「このままじゃ近い将来、細川は殺されちまうかもしれないんだぞ。お前だって俺の予知夢が本物だってことは、知ってるはずだろ!?」
俺は右手に持った箸を端波に向けた。こいつに釣られて弁当箱を開いてみたものの、俺の方は一向に味わう気になれなかった。今はとても食欲など湧かない。
一年時から同じ美術部員で昨年はクラスも一緒だった端波秀臣は、この高校で俺が最も親しくしている友人と言っていい。こいつくらいには打ち明けても構わんだろうと考え、去年俺はそれまで誰にも――両親にさえ――言ったことがなかった自分の秘密を教えていた。つまり俺、多岐川一馬は、時折「予知夢」を見る特異体質だということをである。
それがいつ到来するかはわからない。自分の意思で見ようと思って見れるものでもない。しかし時々、夜眠っていると、ふと夢の中で「ああ、これは夢なんだ」と気づき、えも言われぬ浮遊感に包まれることがある。そしてそういう感覚になった時見ている夢は、そう遠くない未来、必ず現実になるのだ。
予知夢は常に無音だった。その中では音が消え、嗅覚や味覚も存在せず、ただ風景だけが見える。大昔のサイレント映画を見ているような感覚だが、白黒ではなく色はついている。
「そう遠くない未来」と表現したが、夢をみてからどれくらい経過して起こるのかもこれまたランダムだ。翌日さっそく起こることもあるし、1~2ヶ月待たされることもある。しかしこれまでの経験上、そのタイムラグは3ヶ月を越えることはないようだった。
つまり今から3ヶ月以内に細川珠希は暴漢に襲撃されてしまう、そのことを俺は確信していた。
「別に疑ってるわけじゃないさ。これまで散々、実証されてきたからな」
もちろん端波も最初は信じなかった。初めて打ち明けた時は、可哀想な動物を見るような眼差しを向けられたものだ。そこで以後、予知夢が訪れるたび翌日にその内容を端波に伝えるということを何度か繰り返した。
最初は大国の〇〇国が地球の反対側にある△△国に戦争を仕掛ける、というものだった。2週間後、この予知夢は実現し、テレビやネットは騒然となった。国際政治や軍事の専門家さえ予想していなかった電撃作戦だったらしく、誰もが慌てふためいていた。
このことは端波の疑いの牙城に亀裂を入れるには十分だった。普段ニュースなんかまともに見ない俺が、専門家さえ右往左往させる世界的大事件を当てたのだ。
半信半疑となった端波に、次の予知夢を伝えた。
「近いうち、市内のX区で火事が起きる。時間は15時ごろ」
「……今度はえらい身近な予言だな。しかも時間まで指定するか」
「しばらく教室の窓から注意してみてみるんだな」
昨年俺と端波が所属していたクラスの窓からは、X区の象徴ともいえる巨大モール天頂部の看板がはっきり見えた。2日後、さっそく夢は現実となった。午後の授業もそっちのけで窓の外を眺めていると、X区にあるモール看板の向こうから黒い煙が昇ってきたのだ。慌てて教室の時計に目をやると、針は15時03分をさしている。
幸い火事はすぐに鎮火した。うちのクラスも多少ざわついたが、教師に一喝されすぐ通常の授業にもどった。
だがこの件に関して、俺の予言はやや正確さを欠いていた。火事があったのはX区ではなく、隣のY区だったと後で知った。俺たちの教室から見て、Y区は巨大モールの向こう側に位置する。
いい加減なことを教えてしまった、これでは疑われても仕方ないなと思っていたが、何故か端波はこの一件でより俺の予知夢を信じる気になったようだ。首を傾げていると、「最後にもう一度検証してみたい、また予知夢をみたら教えてくれ」と何と向こうから提案してきた。
その予知夢がきた。それもお誂え向きのものだった。学年全体で一斉に受ける模擬試験で、端波が5教科合計で344点をとる、というものだった。
これは1科目平均70点にも満たない。いつも試験は学年トップクラスの点を叩き出す端波にしては、大失敗と言っていい結果だ。流石に気を悪くするだろうかと思いながら、それでもこの夢の内容を端波に伝えた。すると特に怒るでもなく、「ふむ、なるほど……」と一人で頷くだけだった。こちらはわけがわからなかった。
やがてすぐに模擬試験の日が来た。全科目択一式の試験で、各問5つの選択肢から1つを選びマークシートを塗り潰すことで回答する形式だ。試験からおよそ1ヶ月後、結果を印刷した成績表が配られた。俺の点数は……ここでは関係ないから割愛してもいいだろう。注目すべきは端波の点数だ。俺が夢で見たとおり、5教科344点だった。
「すごいな、1点の誤差もなくドンピシャだ」
「まさかお前がこんな低い点をとるなんてな……まあそれでも俺よりは良いが」
「まあこんなもんだろ。問題を全く読まないで適当に番号選んでいったにしては上出来だ」
「……何?」
一瞬我が耳を疑った。
「今回の模擬試験、俺は一切問題に目を通していない。全教科全問、勘に任せてマークシートを塗った」
「な、何でんなことしたんだよ」
「決まってるだろ、お前の予知夢とやらの真偽を確かめるためだ」
俺は唖然として声も出なかった。
「それで俺の点がピッタリ夢と一致したんだからもう間違いないな。お前の予知夢は本物だ。しかも一度夢で見た出来事は、多分俺たちがどう足掻いた処で変更はできない」
「危ねえことするなあ……もし予知夢通りにならなかったらどうしたよ。秀才のお前が、目も当てられない点取っちまうことだってあり得たんだぞ」
「なあに、模擬試験の点数なんて次で幾らでも挽回できる。それよりせっかくこんな面白い話があるのに、みすみす検証しない手はないからな」
平然と言ってのけたものだった。以来、端波は俺の予知夢体質を信じるようになり、俺は端波の発想力と大胆さに一目置くようになったのだった。
その後、学年があがりクラスは別々になってからも、俺と端波の交流は続いた。その間何度か俺に予知夢が訪れたが、その度に端波に内容を伝えていた。そしてその全てが実現したことを、こいつは知っているはずだ。
それなのに今回、細川が背後から何者かに襲われるという予知夢に関してだけは、何故か端波の反応は妙に淡白なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる