明日の夢、泡沫の未来

七三 一二十

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 怒りで沸き立ちながらも、頭の片隅では疑問が渦巻いていた。

 何故、端波はしばは「近い将来、細川ほそかわが何者かにナイフで襲われてしまう」という話を聞いても、真剣に取り合わないのだろうか。俺の予知夢が本物であることも知っているし、ことの重大さが分からない奴でもないだろうに。

 俺がその可能性に思い至ったのは、午後の授業を受けている最中だった。思わず「あっ!」と叫びそうになるのを、かろうじてこらえた。

 俺が予知夢の中でみた、細川にナイフを振り下ろす男……あれは端波秀臣ひでおみその人だったのではないか。もっと言えば、あいつはさっきの昼休みの時点で、すでに細川を襲撃する計画を立てていたのではないか!?

 端波秀臣がそんなことをする動機は……ある。あいつは元々、細川珠希たまきが苦手だった。つまり「気に食わない」という意味だ。細川の気が強く傲慢な性格は俺などには一種の魅力なのだが、合わない奴にはとことん合わないだろう。

 加えて、例の細川と荒井あらいいさかいについてさっき話していた時、あいつは妙に荒井の肩を持っていた。ひょっとして理不尽な罵倒を浴びせられた荒井に同情し、義憤にかられたのかもしれない。あいつがそこまで荒井と懇意にしているとは今まで思わなかったが、いかに一番の友人とはいえ、俺も端波の交友関係をすべて把握しているわけでもない。

 その程度のことでナイフで襲うような大それた真似をするか、とも思うがそこは賢い端波のこと、ばれずに実行する自信があったのかもしれない。あれだけ頭がキレて大胆なやつだ、完全犯罪に挑戦してみたいという歪んだ欲求に駆られてもおかしくない。ところが今日、密かに自分が計画していた襲撃を夢でみたと俺に告げられ、内心肝を冷やした。自分がその影の男だと悟られまいと、興味がないふりをするのが精いっぱいだった……

 端波を疑う根拠は他にもある。さっきあいつはこう言った、「うちの学校の男子生徒だけで200人以上、その内体格で除外できる奴を差し引いてもなお100人以上は容疑者ってわけだ。男子の半分は、中肉中背に該当するだろうからな」――

 確かに俺の夢に現れた男は中肉中背だった。だが、俺はそのことを端波に伝えていない。あくまで「体格からして女子だとは思えない」と言っただけだ。俺が疑った荒井も中肉中背だから、そこから逆算して推理した? いや、端波があの台詞を言った時点では、俺はまだ荒井の名前を口にしていない。その後他に夢の男の特徴がなかったか端波に聞かれ、左利きだったことを思い出した流れで荒井に疑いを抱いたのだ。

 端波が夢の男を中肉中背だとわかった理由、それは自分のことだと知っていたからではないか? あいつ自身も荒井と同じくらいの身長横幅、つまり中肉中背の男なのだ。犯人が自分だと知っていたから、うっかり俺が伝えていない情報を口に出してしまったのではないか。

 この推理のネックは、俺が夢で見た男はナイフを左手に持っていたということだ。端波は右利きだ。さっき美術室でも、右手で箸をもって弁当を喰っていた。しかしこの矛盾も、説明が可能な気がする。右利きの端波が、わざわざ左手にナイフを持った理由。それは、「」だ。

 俺の予知夢でみたことは絶対に現実でも起こる、どうあがいても変えられないということを、端波は確信している。わざわざ模擬試験をすべて勘で回答するなんて無謀までして、自らで証明したことなのだ。さっき、細川が襲われる予知夢のことを話した時もこんな風に言っていた。「下手に変えようとしたらどんな弊害が起こるかわからん」、と。

 そう、端波は――細川を襲おうとする未来の端波は、確定した未来を変えることでどんな不測の事態が生じるかしれないと恐れた。だから俺の予知夢に沿って、敢えて利き手でない左手でナイフを振り下ろすことにするのだ! 予知夢に従っている限り、規定の運命をたどっていることになる。それは端波が細川をナイフで襲い、当初の目的を達成できるという歓迎すべき運命である。無理に逆らう理由はどこにもない。

「なんてことだ」

 放課後の教室で座り込んだまま、俺は頭を抱えた。周囲が怪訝そうに俺に視線を送る。端波が犯人でも何ら不思議はない、という推理が組みあがってしまった。俺が想いを寄せる女性を襲撃するのが、学校で一番の友人だとは……

 だが確証がない。それに荒井が犯人である線もまだ捨てきれない。細川を襲うのは端波か荒井か、この時点で俺は7:3で端波の可能性が高いと思っている。つまり100%の特定はできていないのだ。

 未来に起こる犯罪の証拠など、今から集められるわけもない。まして警察に訴えることなど不可能だ。結局、推理だけでたどり着けるのはこの辺りが限界だっだ。

「こうなったら……」

 俺は腹を決めた。もうこんくらべだ。

 細川を守り抜くため、絶えず警戒の目を向ける。結局、これしか手段はない。
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