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「気づいているか? お前の予知夢には、ある法則がある」
「法則だと?」
荒井に組み敷かれたまま、俺は端波を見上げて問い返す。
「世界中のあらゆる未来の出来事が対象になるわけじゃない。お前が予知夢で見ることができる光景は、近い将来、お前が実際に視界に捉える光景だけなんだ」
端波の言っていることが、すぐには頭に入ってこなかった。
「例えばお前が去年戦争の勃発を事前に言い当てた時、お前が夢で見たのは戦場の光景や国の首脳が開戦の決断を下す場面などではなく、テレビなりネットなりで流れた戦争勃発を告げるニュースだったはずだ。そして後に、お前は実際にそのニュースを視界に入れた。違うか?」
記憶を辿ればそのとおりだった。夢の中で見たテレビのニュース番組の中で「〇〇国が△△国へ侵攻、開戦へ」というテロップが表示されており、それで近い将来戦争が起こることを知ったのだった。
「そして俺の模擬試験の点数を当てた時。あれも漠然と数字が浮かんできたり成績表だけが現れたわけじゃなく、俺がお前に成績表を見せる光景を夢で見たんだろ? 実際後に俺がそうしたように」
これまた端波の言う通りだった。なるほどこれまで意識したことがなかったが、俺は将来自分が実際に見る光景を予知夢でみる、いわば「視界の前借り」みたいなことをして(させられて?)いたのか。
それにしても俺本人さえ気づいていなかったこんな特性を、何故端波は知っているのか?
「俺がこの法則に気づいたのは昨年、お前が火事発生を言い当てた時だった。お前の予言から2日後、指定通りの15時頃に、俺はX区にあるモールの向こうから煙があがるのを教室の窓から実際に目撃した。ただこの時、お前の予言は微妙に外れていた。火事が起きたのは、お前が言うX区ではなくそのひとつ向こうのY区だった」
……ああなるほど、そういうことか。ここまで言われて、ようやく思い当たった。
「この時俺は思った。お前は予知夢で実際建物が燃える光景を見たのじゃない。教室の窓からモール向こうで煙が昇る光景を、つまり現実では俺と同じタイミングでお前も教室にいながら見たはずの光景を、夢の中で見ていたのだろうってな。だから火事がモールのすぐ近くで、つまり同じX区内で起こったと早合点してしまったんだ。起こる時刻も教室の時計で確認した、夢の中でも現実でも」
端波秀臣の指摘は正確そのものだった。まるで自分の夢を覗き見られたような気分だ。
「この間違いがあったから、逆に俺はお前の話を信じる気になったんだ。「後々実際にみる光景」しか夢で見れないことに気づいたし、もし誰かに頼んで作為的に火事を起こしたのだとしたらわざわざ予言と場所をズラす必要なんてなかったわけだしな」
……えげつない可能性を平気で口にするものだ。やはりこいつは思考力も発想力の尋常じゃない、と改めて思った。
「さて、この法則に気づくと、お前が「細川が襲われる場面を予知夢で見た」という話は妙なことになる。まずお前自身が、将来その場にいなければならない。そして何故、お前の場所から細川の恐怖で蒼ざめた顔が見える? 襲撃者は細川の後ろから迫っているというのに。人間自分が襲われる時は、その相手の方を見てしまうものだろう。本能的にそうせざるを得ない。なのに細川は後ろを振り向かずにその逆、お前のいる前方に顔を向け続けていることになる。これはどういうことだ?」
俺から最初に夢の話を聞いた時点で、そこまで考えを巡らせていたのか。
「襲撃者は肩を上下させるほど息が荒くなっていたというし、後ろからの接近に細川が気づかなかったとも考えにくい。こうなると可能性はひとつしかない。細川は大きな鏡に背を付けている、そしてお前が目撃した後ろから迫る襲撃者というのはその逆の方向、つまり細川の前方から迫る人間が映った虚像なのだ。さらに、お前の視界から見て細川の前方に他の人間が見当たらない以上、犯人は……」
俺、ということか。なるほど、俺の話に親身になれなかったわけだ。細川を守ろうと提案する俺自身が、犯人だったわけだから。
端波がこちらから伝えてもいないのに夢の男が中肉中背だと目星をつけていた理由も、これで納得がいく。俺も荒井や端波と似たような身長横幅、つまり中肉中背の男だった。
「場所もおそらく第二美術室だと推測した。お前と細川両方に関わりがあり大きな鏡がある場所なんて、ここくらいのものだろうしな。お前は右利きだが、例え実物は右手でナイフを振り上げてもそれが鏡に映った姿なら左手でナイフを振り上げたように見える、そこも辻褄が合う。だが時期だけはいつだか特定ができなかった。お前が細川につきまといはじめたのは何となくわかってたから、そう遠くないことだとは思ったが。それで一昨日から部活を早々に切り上げると隣の空き教室に身をひそめ、お前らの様子をうかがうことにしたんだ。この旧校舎の部屋はどこも鍵なんてなくて、出入り自由なのをいいことにな。荒井にも協力してもらった。膂力でこいつほど頼りになる知り合いは、他に心あたりがなかったんでね」
ここで荒井重彦が口を挟んだ
「月曜の部活の後、端波から「近いうち第二美術室で部員が襲われる」って聞いた時は、正直何のこっちゃと思ったけどな。でも端波が滅茶苦茶頭が良いのは俺も知ってるし、意味なくそんな嘘をつくとも思えない。こいつが断言するってことは何か根拠があるだろうと思って、指示されたとおり火曜から放課後はずっと端波と一緒に隣の空き部屋に身を潜めていたんだが……まさか多岐川が細川を襲うとはね。ところでさっきから話に出てくる「予知夢」って何のことだ?」
「後で話すよ。お前には聞く権利がある、この3日間俺の潜伏に付き合ってもらうために、野球部の練習も早々に切り上げさせてしまったからな」
「そんなことは別にどうでもいいが。まあ、野球部の後で美術部に顔を出す暇がなかったのはちょっと残念だがね」
2人の話を聞いていて、俺は腹が立ってきた。まず荒井に対してだ。
「荒井、お前は何故細川なんか助ける! 先月この女にこっぴどく罵倒されたばっかじゃねえか。さっさと俺を離せ、お前だってこの女にはいなくなってほしいだろ!」
「あの程度のことで死んでほしいとまで思わんよ。それによく考えたら、細川の指摘ももっともだしな。俺の絵は下手くそだ、やる気がないと思われても仕方ない。もっと精進せんとなあ」
どうやら荒井は、とことん陽性の性格らしい。俺はますますこいつが嫌いになった。
次いで、端波に喰ってかかった。
「端波てめえ、こうなるとわかっていたら何であらかじめ俺に教えなかった! 無様に空回る俺をあざ笑ってやがったのか!?」
端波は悲しそうに首を振った。
「何度も言っているとおり、お前の予知夢は絶対だ。鏡のお前が細川にナイフを振り下ろす光景が現れた以上、それを止める術はない。ならばその夢が実現した直後にお前を止めて、ナイフが細川に届くのだけは何としても防ぐ方策を取るしかないと思った。その点だけはお前と同意見だった。そしてその為にお前を泳がせ、俺は無関心を装ってお前を監視し、決定的瞬間を逃さないようにするしかないと判断したんだ。1番の友人をせめて殺人者にはしたくなかった……まあ恩を売ろうとは思わんよ」
当然だ。全てを知って静観していただけでなく、俺があのクソ女を殺すのを邪魔しやがって。何が1番の友人だ、裏切り者め!
「ちょっとあんたら、何さっきからその殺人鬼と平然と喋ってんのよ! そ、そんな奴警察に突き出してやる。あたし、110番かけるよ、いいね!?」
細川(クソ女)の金切り声の後で、スマホの番号を打つ電子音が聞こえてくる。荒井に組み伏せられ、俺の位置からでは細川の様子を見ることもできない。くそ、どんな面してやがる。せめて惨めに怯える様子を見てやりたい……
だが今、俺が1番憎たらしい人間は端波秀臣に変化していた。こいつ1人のせいで、全て滅茶苦茶にされてしまった。俺が憎しみを凝縮した眼でにらんでも、かつての友人はただ静かに俺を見下ろすだけだった。
近いうち、無惨に殺された端波の死体が目の前に転がっている、そんな夢を俺は見るかもしれない。
「法則だと?」
荒井に組み敷かれたまま、俺は端波を見上げて問い返す。
「世界中のあらゆる未来の出来事が対象になるわけじゃない。お前が予知夢で見ることができる光景は、近い将来、お前が実際に視界に捉える光景だけなんだ」
端波の言っていることが、すぐには頭に入ってこなかった。
「例えばお前が去年戦争の勃発を事前に言い当てた時、お前が夢で見たのは戦場の光景や国の首脳が開戦の決断を下す場面などではなく、テレビなりネットなりで流れた戦争勃発を告げるニュースだったはずだ。そして後に、お前は実際にそのニュースを視界に入れた。違うか?」
記憶を辿ればそのとおりだった。夢の中で見たテレビのニュース番組の中で「〇〇国が△△国へ侵攻、開戦へ」というテロップが表示されており、それで近い将来戦争が起こることを知ったのだった。
「そして俺の模擬試験の点数を当てた時。あれも漠然と数字が浮かんできたり成績表だけが現れたわけじゃなく、俺がお前に成績表を見せる光景を夢で見たんだろ? 実際後に俺がそうしたように」
これまた端波の言う通りだった。なるほどこれまで意識したことがなかったが、俺は将来自分が実際に見る光景を予知夢でみる、いわば「視界の前借り」みたいなことをして(させられて?)いたのか。
それにしても俺本人さえ気づいていなかったこんな特性を、何故端波は知っているのか?
「俺がこの法則に気づいたのは昨年、お前が火事発生を言い当てた時だった。お前の予言から2日後、指定通りの15時頃に、俺はX区にあるモールの向こうから煙があがるのを教室の窓から実際に目撃した。ただこの時、お前の予言は微妙に外れていた。火事が起きたのは、お前が言うX区ではなくそのひとつ向こうのY区だった」
……ああなるほど、そういうことか。ここまで言われて、ようやく思い当たった。
「この時俺は思った。お前は予知夢で実際建物が燃える光景を見たのじゃない。教室の窓からモール向こうで煙が昇る光景を、つまり現実では俺と同じタイミングでお前も教室にいながら見たはずの光景を、夢の中で見ていたのだろうってな。だから火事がモールのすぐ近くで、つまり同じX区内で起こったと早合点してしまったんだ。起こる時刻も教室の時計で確認した、夢の中でも現実でも」
端波秀臣の指摘は正確そのものだった。まるで自分の夢を覗き見られたような気分だ。
「この間違いがあったから、逆に俺はお前の話を信じる気になったんだ。「後々実際にみる光景」しか夢で見れないことに気づいたし、もし誰かに頼んで作為的に火事を起こしたのだとしたらわざわざ予言と場所をズラす必要なんてなかったわけだしな」
……えげつない可能性を平気で口にするものだ。やはりこいつは思考力も発想力の尋常じゃない、と改めて思った。
「さて、この法則に気づくと、お前が「細川が襲われる場面を予知夢で見た」という話は妙なことになる。まずお前自身が、将来その場にいなければならない。そして何故、お前の場所から細川の恐怖で蒼ざめた顔が見える? 襲撃者は細川の後ろから迫っているというのに。人間自分が襲われる時は、その相手の方を見てしまうものだろう。本能的にそうせざるを得ない。なのに細川は後ろを振り向かずにその逆、お前のいる前方に顔を向け続けていることになる。これはどういうことだ?」
俺から最初に夢の話を聞いた時点で、そこまで考えを巡らせていたのか。
「襲撃者は肩を上下させるほど息が荒くなっていたというし、後ろからの接近に細川が気づかなかったとも考えにくい。こうなると可能性はひとつしかない。細川は大きな鏡に背を付けている、そしてお前が目撃した後ろから迫る襲撃者というのはその逆の方向、つまり細川の前方から迫る人間が映った虚像なのだ。さらに、お前の視界から見て細川の前方に他の人間が見当たらない以上、犯人は……」
俺、ということか。なるほど、俺の話に親身になれなかったわけだ。細川を守ろうと提案する俺自身が、犯人だったわけだから。
端波がこちらから伝えてもいないのに夢の男が中肉中背だと目星をつけていた理由も、これで納得がいく。俺も荒井や端波と似たような身長横幅、つまり中肉中背の男だった。
「場所もおそらく第二美術室だと推測した。お前と細川両方に関わりがあり大きな鏡がある場所なんて、ここくらいのものだろうしな。お前は右利きだが、例え実物は右手でナイフを振り上げてもそれが鏡に映った姿なら左手でナイフを振り上げたように見える、そこも辻褄が合う。だが時期だけはいつだか特定ができなかった。お前が細川につきまといはじめたのは何となくわかってたから、そう遠くないことだとは思ったが。それで一昨日から部活を早々に切り上げると隣の空き教室に身をひそめ、お前らの様子をうかがうことにしたんだ。この旧校舎の部屋はどこも鍵なんてなくて、出入り自由なのをいいことにな。荒井にも協力してもらった。膂力でこいつほど頼りになる知り合いは、他に心あたりがなかったんでね」
ここで荒井重彦が口を挟んだ
「月曜の部活の後、端波から「近いうち第二美術室で部員が襲われる」って聞いた時は、正直何のこっちゃと思ったけどな。でも端波が滅茶苦茶頭が良いのは俺も知ってるし、意味なくそんな嘘をつくとも思えない。こいつが断言するってことは何か根拠があるだろうと思って、指示されたとおり火曜から放課後はずっと端波と一緒に隣の空き部屋に身を潜めていたんだが……まさか多岐川が細川を襲うとはね。ところでさっきから話に出てくる「予知夢」って何のことだ?」
「後で話すよ。お前には聞く権利がある、この3日間俺の潜伏に付き合ってもらうために、野球部の練習も早々に切り上げさせてしまったからな」
「そんなことは別にどうでもいいが。まあ、野球部の後で美術部に顔を出す暇がなかったのはちょっと残念だがね」
2人の話を聞いていて、俺は腹が立ってきた。まず荒井に対してだ。
「荒井、お前は何故細川なんか助ける! 先月この女にこっぴどく罵倒されたばっかじゃねえか。さっさと俺を離せ、お前だってこの女にはいなくなってほしいだろ!」
「あの程度のことで死んでほしいとまで思わんよ。それによく考えたら、細川の指摘ももっともだしな。俺の絵は下手くそだ、やる気がないと思われても仕方ない。もっと精進せんとなあ」
どうやら荒井は、とことん陽性の性格らしい。俺はますますこいつが嫌いになった。
次いで、端波に喰ってかかった。
「端波てめえ、こうなるとわかっていたら何であらかじめ俺に教えなかった! 無様に空回る俺をあざ笑ってやがったのか!?」
端波は悲しそうに首を振った。
「何度も言っているとおり、お前の予知夢は絶対だ。鏡のお前が細川にナイフを振り下ろす光景が現れた以上、それを止める術はない。ならばその夢が実現した直後にお前を止めて、ナイフが細川に届くのだけは何としても防ぐ方策を取るしかないと思った。その点だけはお前と同意見だった。そしてその為にお前を泳がせ、俺は無関心を装ってお前を監視し、決定的瞬間を逃さないようにするしかないと判断したんだ。1番の友人をせめて殺人者にはしたくなかった……まあ恩を売ろうとは思わんよ」
当然だ。全てを知って静観していただけでなく、俺があのクソ女を殺すのを邪魔しやがって。何が1番の友人だ、裏切り者め!
「ちょっとあんたら、何さっきからその殺人鬼と平然と喋ってんのよ! そ、そんな奴警察に突き出してやる。あたし、110番かけるよ、いいね!?」
細川(クソ女)の金切り声の後で、スマホの番号を打つ電子音が聞こえてくる。荒井に組み伏せられ、俺の位置からでは細川の様子を見ることもできない。くそ、どんな面してやがる。せめて惨めに怯える様子を見てやりたい……
だが今、俺が1番憎たらしい人間は端波秀臣に変化していた。こいつ1人のせいで、全て滅茶苦茶にされてしまった。俺が憎しみを凝縮した眼でにらんでも、かつての友人はただ静かに俺を見下ろすだけだった。
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