明日の夢、泡沫の未来

七三 一二十

文字の大きさ
6 / 6

しおりを挟む
「気づいているか? お前の予知夢には、ある法則がある」

「法則だと?」

 荒井あらいに組み敷かれたまま、俺は端波はしばを見上げて問い返す。

「世界中のあらゆる未来の出来事が対象になるわけじゃない。お前が予知夢で見ることができる光景は、近い将来、なんだ」

 端波の言っていることが、すぐには頭に入ってこなかった。

「例えばお前が去年戦争の勃発を事前に言い当てた時、お前が夢で見たのは戦場の光景や国の首脳が開戦の決断を下す場面などではなく、テレビなりネットなりで流れた戦争勃発を告げるニュースだったはずだ。そして後に、お前は実際にそのニュースを視界に入れた。違うか?」

 記憶を辿ればそのとおりだった。夢の中で見たテレビのニュース番組の中で「〇〇国が△△国へ侵攻、開戦へ」というテロップが表示されており、それで近い将来戦争が起こることを知ったのだった。

「そして俺の模擬試験の点数を当てた時。あれも漠然と数字が浮かんできたり成績表だけが現れたわけじゃなく、俺がお前に成績表を見せる光景を夢で見たんだろ? 実際後に俺がそうしたように」

 これまた端波の言う通りだった。なるほどこれまで意識したことがなかったが、俺は将来自分が実際に見る光景を予知夢でみる、いわば「視界の前借り」みたいなことをして(させられて?)いたのか。

 それにしても俺本人さえ気づいていなかったこんな特性を、何故端波は知っているのか?

「俺がこの法則に気づいたのは昨年、お前が火事発生を言い当てた時だった。お前の予言から2日後、指定通りの15時頃に、俺はX区にあるモールの向こうから煙があがるのを教室の窓から実際に目撃した。ただこの時、お前の予言は微妙に外れていた。火事が起きたのは、お前が言うX区ではなくそのひとつ向こうのY区だった」

 ……ああなるほど、そういうことか。ここまで言われて、ようやく思い当たった。

「この時俺は思った。お前は予知夢で実際建物が燃える光景を見たのじゃない。教室の窓からモール向こうで煙が昇る光景を、つまり現実では俺と同じタイミングでお前も教室にいながら見たはずの光景を、夢の中で見ていたのだろうってな。だから火事がモールのすぐ近くで、つまり同じX区内で起こったと早合点してしまったんだ。起こる時刻も教室の時計で確認した、夢の中でも現実でも」

 端波秀臣の指摘は正確そのものだった。まるで自分の夢を覗き見られたような気分だ。

「この間違いがあったから、逆に俺はお前の話を信じる気になったんだ。「後々実際にみる光景」しか夢で見れないことに気づいたし、もし誰かに頼んで作為的に火事を起こしたのだとしたらわざわざ予言と場所をズラす必要なんてなかったわけだしな」

 ……えげつない可能性を平気で口にするものだ。やはりこいつは思考力も発想力の尋常じゃない、と改めて思った。

「さて、この法則に気づくと、お前が「細川ほそかわが襲われる場面を予知夢で見た」という話は妙なことになる。まずお前自身が、将来その場にいなければならない。そして何故、お前の場所から細川の恐怖で蒼ざめた顔が見える? 襲撃者は細川の後ろから迫っているというのに。人間自分が襲われる時は、その相手の方を見てしまうものだろう。本能的にそうせざるを得ない。なのに細川は後ろを振り向かずにその逆、お前のいる前方に顔を向け続けていることになる。これはどういうことだ?」

 俺から最初に夢の話を聞いた時点で、そこまで考えを巡らせていたのか。

「襲撃者は肩を上下させるほど息が荒くなっていたというし、後ろからの接近に細川が気づかなかったとも考えにくい。こうなると可能性はひとつしかない。細川は大きな鏡に背を付けている、そしてお前が目撃した後ろから迫る襲撃者というのはその逆の方向、つまり細川の前方から迫る人間が映った虚像なのだ。さらに、お前の視界から見て細川の前方に他の人間が見当たらない以上、犯人は……」

 俺、ということか。なるほど、俺の話に親身になれなかったわけだ。細川を守ろうと提案する俺自身が、犯人だったわけだから。

 端波がこちらから伝えてもいないのに夢の男が中肉中背だと目星をつけていた理由も、これで納得がいく。俺も荒井や端波と似たような身長横幅、つまり中肉中背の男だった。

「場所もおそらく第二美術室だと推測した。お前と細川両方に関わりがあり大きな鏡がある場所なんて、ここくらいのものだろうしな。お前は右利きだが、例え実物は右手でナイフを振り上げてもそれが鏡に映った姿なら左手でナイフを振り上げたように見える、そこも辻褄が合う。だが時期だけはいつだか特定ができなかった。お前が細川につきまといはじめたのは何となくわかってたから、そう遠くないことだとは思ったが。それで一昨日から部活を早々に切り上げると隣の空き教室に身をひそめ、お前らの様子をうかがうことにしたんだ。この旧校舎の部屋はどこも鍵なんてなくて、出入り自由なのをいいことにな。荒井にも協力してもらった。膂力りょりょくでこいつほど頼りになる知り合いは、他に心あたりがなかったんでね」

ここで荒井重彦しげひこが口を挟んだ

「月曜の部活の後、端波から「近いうち第二美術室で部員が襲われる」って聞いた時は、正直何のこっちゃと思ったけどな。でも端波が滅茶苦茶頭が良いのは俺も知ってるし、意味なくそんな嘘をつくとも思えない。こいつが断言するってことは何か根拠があるだろうと思って、指示されたとおり火曜から放課後はずっと端波と一緒に隣の空き部屋に身を潜めていたんだが……まさか多岐川たきがわが細川を襲うとはね。ところでさっきから話に出てくる「予知夢」って何のことだ?」

「後で話すよ。お前には聞く権利がある、この3日間俺の潜伏に付き合ってもらうために、野球部の練習も早々に切り上げさせてしまったからな」

「そんなことは別にどうでもいいが。まあ、野球部の後で美術部に顔を出す暇がなかったのはちょっと残念だがね」

 2人の話を聞いていて、俺は腹が立ってきた。まず荒井に対してだ。

「荒井、お前は何故細川なんか助ける! 先月この女にこっぴどく罵倒されたばっかじゃねえか。さっさと俺を離せ、お前だってこの女にはいなくなってほしいだろ!」

「あの程度のことで死んでほしいとまで思わんよ。それによく考えたら、細川の指摘ももっともだしな。俺の絵は下手くそだ、やる気がないと思われても仕方ない。もっと精進せんとなあ」

 どうやら荒井は、とことん陽性の性格らしい。俺はますますこいつが嫌いになった。

 次いで、端波に喰ってかかった。

「端波てめえ、こうなるとわかっていたら何であらかじめ俺に教えなかった! 無様に空回る俺をあざ笑ってやがったのか!?」

 端波は悲しそうに首を振った。

「何度も言っているとおり、お前の予知夢は絶対だ。鏡のお前が細川にナイフを振り下ろす光景が現れた以上、それを止める術はない。ならばにお前を止めて、ナイフが細川に届くのだけは何としても防ぐ方策を取るしかないと思った。その点だけはお前と同意見だった。そしてその為にお前を泳がせ、俺は無関心を装ってお前を監視し、決定的瞬間を逃さないようにするしかないと判断したんだ。1番の友人をせめて殺人者にはしたくなかった……まあ恩を売ろうとは思わんよ」

 当然だ。全てを知って静観していただけでなく、俺があのクソ女を殺すのを邪魔しやがって。何が1番の友人だ、裏切り者め!

「ちょっとあんたら、何さっきからその殺人鬼と平然と喋ってんのよ! そ、そんな奴警察に突き出してやる。あたし、110番かけるよ、いいね!?」

 細川(クソ女)の金切り声の後で、スマホの番号を打つ電子音が聞こえてくる。荒井に組み伏せられ、俺の位置からでは細川の様子を見ることもできない。くそ、どんな面してやがる。せめて惨めに怯える様子を見てやりたい……

 だが今、俺が1番憎たらしい人間は端波秀臣ひでおみに変化していた。こいつ1人のせいで、全て滅茶苦茶にされてしまった。俺が憎しみを凝縮した眼でにらんでも、かつての友人はただ静かに俺を見下ろすだけだった。

 近いうち、無惨に殺された端波の死体が目の前に転がっている、そんな夢を俺は見るかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...