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その7 7番目の怪異
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入ってきた小窓に向かうまでの間、良寛は全くの無言だった。
『なあ、トイレそんなにショックだったのかな?』
『男の子だからな、仕方ないだろ』
ひそひそ話す怪異達を背中に、二人はようやく小窓の前に到着する。
『ああ、これで……ようやくこの空腹ともおさらばできるんだな……』
『いいか、山分けだからな』
良寛は小窓の前でごそごそと荷物を漁り、何やら布を取り出した。
『……ん?』
それを羽織り、小窓に背を向けて――怪異達を見回す。
『どうしたんだい僕、大丈夫か?』
返事が来るわけはない、と、冗談のつもりで言ったのに、良寛は音楽室の怪異を、しっかりと睨みつけた。
「はい、大丈夫です。消えてなくなる訳じゃない」
良寛は、二度深く礼をしてから顔を上げ、目を閉じた。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等諸々の禍事・罪・穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと恐み恐みも白す」
『え?お、おい、ちょっとまずいぞはやく逃げ』
言い終わる前に、良寛がリュックから複雑な模様の札を取り出す。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
それを真上に掲げると、すうと文字が浮かんでほどけ、彼らを一か所にくくりあげた。
『ま、待ってくれ!腹が減って仕方ないんだ!せめてもう一つだけ、魂を!』
教室の怪異の悲痛な叫びを、薫子が一蹴する。
「ダメに決まってるでしょう。あんた達は私と一緒にあの世行きよ」
『そ、そんな!というかあんた達、一体……』
「破ッ!!」
良寛が複雑な印と共に持っていた札を宙へ放る。
『ひゃぁぁぁぁぁ!!』
情けない悲鳴を上げて怪異達はその中に吸い込まれていった。
* *
校門の前に、和服姿の若い男性が待っていた。
「拓海おじさん!」
良寛が駆け寄ると、男性は笑顔で少年の頭を撫でた。
「お帰りなさい、良寛。今日の『お使い』は、ちゃんとできましたか?」
「はい!完璧でしたよ!」
「トイレはビビってたけどねー、別の意味で」
後ろからやって来た薫子がにやつく。
「薫子だって、音楽室のやつをいじめて遊んでたじゃないか!」
あそこにいるのがショパンではないと知っていながら。
「まぁまぁ、最後までできたなら上出来でしょう。良寛、やっぱりあなたは筋がいい。将来はきっと立派な退魔師になれますよ」
良寛は、嬉しそうに何度も頷いた。
「さて、ご褒美は何にしましょうね?」
良寛と薫子は、元気に手を挙げる。
「かつ丼!」
「パフェ!」
今日中に叶えられそうにないご褒美ばかりで、拓海はつい苦笑いしてしまう。
「じゃあ、また明日ですね。ひいおばあちゃん、帰る時間が少し遅くなってしまっても構いませんか?」
「もっちろん!パフェのためならいくらでもいてあげる!」
「そうですか、そうですか。いいお店を見つけておかないといけませんね」
街灯に照らされるその下で、映る影は少年と青年の二人だけ。
2021年8月15日。
送り火が灯る前の日のことだった。
『なあ、トイレそんなにショックだったのかな?』
『男の子だからな、仕方ないだろ』
ひそひそ話す怪異達を背中に、二人はようやく小窓の前に到着する。
『ああ、これで……ようやくこの空腹ともおさらばできるんだな……』
『いいか、山分けだからな』
良寛は小窓の前でごそごそと荷物を漁り、何やら布を取り出した。
『……ん?』
それを羽織り、小窓に背を向けて――怪異達を見回す。
『どうしたんだい僕、大丈夫か?』
返事が来るわけはない、と、冗談のつもりで言ったのに、良寛は音楽室の怪異を、しっかりと睨みつけた。
「はい、大丈夫です。消えてなくなる訳じゃない」
良寛は、二度深く礼をしてから顔を上げ、目を閉じた。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等諸々の禍事・罪・穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白すことを聞こし召せと恐み恐みも白す」
『え?お、おい、ちょっとまずいぞはやく逃げ』
言い終わる前に、良寛がリュックから複雑な模様の札を取り出す。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」
それを真上に掲げると、すうと文字が浮かんでほどけ、彼らを一か所にくくりあげた。
『ま、待ってくれ!腹が減って仕方ないんだ!せめてもう一つだけ、魂を!』
教室の怪異の悲痛な叫びを、薫子が一蹴する。
「ダメに決まってるでしょう。あんた達は私と一緒にあの世行きよ」
『そ、そんな!というかあんた達、一体……』
「破ッ!!」
良寛が複雑な印と共に持っていた札を宙へ放る。
『ひゃぁぁぁぁぁ!!』
情けない悲鳴を上げて怪異達はその中に吸い込まれていった。
* *
校門の前に、和服姿の若い男性が待っていた。
「拓海おじさん!」
良寛が駆け寄ると、男性は笑顔で少年の頭を撫でた。
「お帰りなさい、良寛。今日の『お使い』は、ちゃんとできましたか?」
「はい!完璧でしたよ!」
「トイレはビビってたけどねー、別の意味で」
後ろからやって来た薫子がにやつく。
「薫子だって、音楽室のやつをいじめて遊んでたじゃないか!」
あそこにいるのがショパンではないと知っていながら。
「まぁまぁ、最後までできたなら上出来でしょう。良寛、やっぱりあなたは筋がいい。将来はきっと立派な退魔師になれますよ」
良寛は、嬉しそうに何度も頷いた。
「さて、ご褒美は何にしましょうね?」
良寛と薫子は、元気に手を挙げる。
「かつ丼!」
「パフェ!」
今日中に叶えられそうにないご褒美ばかりで、拓海はつい苦笑いしてしまう。
「じゃあ、また明日ですね。ひいおばあちゃん、帰る時間が少し遅くなってしまっても構いませんか?」
「もっちろん!パフェのためならいくらでもいてあげる!」
「そうですか、そうですか。いいお店を見つけておかないといけませんね」
街灯に照らされるその下で、映る影は少年と青年の二人だけ。
2021年8月15日。
送り火が灯る前の日のことだった。
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