OH MY CRUSH !!

文月 七

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「……なんでもねぇよ。」
 ブスッと不機嫌そうな顔を隠しもせずに言うと、りんはまたもや困惑したように眉間に皺をよせた。
 リップをリュックに仕舞う倖のそばを、早めの夕飯を終えた若いカップルがラーメン屋から出てきた。
 扉の隙間から、豚骨のおいしそうな匂いが通りに強く漂う。
「……腹、減ったな。」
 小さく倖が言うと、そうですね、とりんも応じる。
 そうしてハッとしたようにりんが倖ににじり寄ってきた。
「ゆ、倖くん!お礼!お礼させてください!スイーツとかリップとか友達になってくれたこととか、沢山!沢山あるんです!よければ奢らせてください!」
「お、おう。いいけど。……おまえ、家大丈夫なのか?」
「連絡すれば大丈夫だと思います!」
 そそくさとスマホに指を滑らせながら、りんが客の邪魔にならないように脇によける。
 その時だった。
 りんのスカートがラーメン屋の看板に、ふわりと当たった。
 カツンッ!と堅い物がぶつかる音が、辺りに響く。
「ポケットに何か入ってんのか?」
 倖がりんに問うと、何も入ってませんよ?と訝しげにりんが答えた。
 んなわけないだろ、と言いかけたが、りんがスマホで話し始めたので慌てて口を噤んだ。
 外食してくる旨を電話先に伝えるりんの後頭部をぼんやりと見ながら、外で一緒に飯食うの初めてだな、と素直に喜んだ。

 さっき、キスしないでよかった。
 未遂で終わって、本当によかった。

 倖は心底ほっとして、胸をなで下ろした。
 落ち着いて考えてみると、りんの性格からして彼氏でもないヤツとキスなんぞしてしまった後、普通にお友達できるわけがない。

 いつものお遊びじゃない。

 手順をしっかりと踏まなければならない。
 それでも、おそらく一緒に行動する限り先ほどのような衝動はきっと日常的にあるだろう。
 自戒しなければ。

 ふぅ、と自身を落ち着かせるように細く、息を吐く。
 ふと見ると、右手の親指に微かに赤いものがこびりついていた。
 さっき拭った、りんの血だ。
 何となく指の腹をこすり合わせてみるが、血は乾いてしまって落ちなかった。
 りんがスマホから顔を離すと、嬉しそうに倖を振り返る。
 お許しが出たのか、と倖も笑いかけながら、さり気なく親指を口に運んだ。
 微かに感じる鉄の味をチロリと舌先で舐め取りながら、促されてラーメン屋ののれんをくぐる。
 張り切って店内の空いてる席を探すりんに苦笑する。
 しかし、これでは柴田に変態だの何だの文句言えないな、と倖は思った。

 俺も大概、変態気質だ。

 きっと、ラーメンを食べたらリップは落ちてしまうだろう。
 そうしたらまた、貸してやらないと、な。
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