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一章

ありきたりプロローグ

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「……はっ!?」
「起きたの? 寝起きも可愛いねフェリアル。さすが私の天使だ」
「え? なんて?」

 なんだか長い長い夢を見ていた気がして、心地の良い微睡から意識が浮上した。
 隣からかけられた声の方向を見れば、月を溶かし込んだ柔らかな銀の髪が鎖骨まで伸びた青年が僕を優しく見つめている。

(顔ちっさ! 鼻高! ルーファスってこんな宗教画みたいな神々しさなの!?)

 ん? 待て、リアルって?
 頭がどうも混乱している。僕はフェリアルで、伯爵家の次男で、この人は母こそ違うものの優しい兄で……。

(ルーファス? フェリアル? ……『君に星を、僕に月を』の、主人公と攻略対象?)

 視線を泳がせて身近な鏡を探した。きょろきょろと目を動かしているとルーファスが手鏡を差し出してくれる。なんで分かるんだ。
 困惑した頭のまま鏡を覗き込めば、寝起きでより一層ふわふわとした桜色の髪の毛を胸元まで伸ばし戸惑った金の瞳を揺らす少年が映っていた。
 スチルで何度も見たことのある見慣れた顔。大きな瞳に小さな口、今くらいの年齢なら女の子と言われても信じてしまうかもしれない。

(僕……、僕、フェリアル・エイジャー!? 何周もしたBLゲームの主人公じゃないか!)

 ……落ち着け。落ち着いて考えよう。
 ゆっくり記憶を紐解く。僕はフェリアル・エイジャー御年十三歳。エイジャー伯爵家に嫁いだ女性を母に持つ、この家の次男。
 そして僕の隣に座りにっこにこでこちらを見つめてくる神の如き美貌を持つ青年は、エイジャー伯爵……父が今の嫁を迎える前に親戚筋から養子として家に入れた義兄。僕が生まれる前から長男として君臨していたから、歳は少し僕と離れた二十歳。小さい弟が可愛くて仕方ないのか、どこに出しても恥ずかしくない立派なブラコンである。

 うん、大丈夫だ。今までの記憶はちゃんとある……というか、感覚としてはフェリアルをそっくりそのまま乗っ取った気はしていない。
 そもそも、あのゲームはアニメ化とか別にしてなかったしフェリアルって元々プレイヤーが操作するキャラだからあんまり確立した自我もなかった。創作作品の中でも描く人によって結構キャラブレてたしな。
 思い返してみれば、フェリアルとして生まれてから今までずーっと人格はだったと思う。前世を思い出したというか、突然ゲームの知識が降りてきたと言った方が正しい。

 え? BLゲームの主人公が僕で大丈夫なのか? 今はちょっと精神年齢面が混乱してるけど、僕はおとなしそうな見た目に反して年相応にわんぱくだったし全然お耽美でも深窓の令息でもないんだが?

 それに……それに! これは一番重要なんだけど!


(僕は、僕は! 僕関連のカップリングは全然好みじゃなかった!!)


 僕が主人公のゲームをやっていて何をと思われるかもしれないけど、僕はあのゲームにおいて『攻略キャラ同士のカップリング』を妄想して楽しむ邪道な日々を送っていたのに!!
 だって僕の性癖は可愛い受けよりも、攻め力が高そうな男がより攻め力が高い男に組み敷かれる絵面なのだ。決して僕みたいな一歩間違えれば女の子みたいな容姿の男がになる展開じゃない。だからといってガチムチ受けがめちゃくちゃ好みなわけじゃないけど、まあ、この辺の話は繊細だから置いておこう。とにかく理想の受けは僕ではない。

 あれはゲームだから、いくらフェリアルが主人公でいろんなイケメンに口説かれていようが都合のいい脳みそで妄想して推しカプを捏造できたけど、ここは現実だ。

 いや、なにもゲームと同じようにコトが進むとは限らない。限らないけれど、もしゲームみたいにいろんな人に好意を抱かれるような展開になったら?
 ……困る。普通に困るな。推しカプは何個もあったけど全部対僕以外だったし。

 それにあれは架空の恋愛ゲームだから楽しんでいたのであって、現実の恋愛とは必ずしもリンクしない。仮にゲームのキャラだと思っていた人が突然目の前に現れて僕を定石通り口説いたとして、僕がゲームみたいに彼らに心を許すかはその時にならないと分からなくないか? というか向こうにも選ぶ権利あるだろ。何度でも言うけど、ここは現実なんだから。

 そう、例えば目の前にいる攻略キャラのひとり、僕の義兄ルーファスも。

「寝癖でも気になるの? フェリアルは寝癖がついてても涎が垂れてても世界で一番可愛いんだから気にしなくていいのに。それにしても、今日は随分お昼寝が長かったね。夜寝れなくなっちゃうから起こしてあげたかったんだけど、寝顔が可愛くて可愛くて起こせなかったよ。ごめんね」

 その美しいかんばせから発されているとは思えない怒涛のブラコン発言が僕を襲う。ルーファスってこんな……こんな感じだったっけ? たしかにゲーム内でも義弟大好き設定だったけど、もうちょっとおとなしいブラコンだった気がするけどなあ。
 涎垂れてないよな……とそっと口元を確認しつつ黙って彼を見つめてみる。

「……兄様?」
「うんっ、フェリアルの兄様だよ!」

 途端に花が咲いたように笑う義兄に反射的に目を瞑ってしまった。眩しい。笑顔が眩し過ぎる。

 うーん。ルーファスルートって、基本的にずーっとほのぼのでほんわかしてるんだよな。初めから血が繋がってないって分かってるから拗れる事件とかも無いし……。

(……でも、兄様と恋愛する未来は想像つかないなあ)

 大事な家族という認識が強すぎて、この人とくんずほぐれつする展開は考えられない。というか普通に考えて、ルーファスって嫡子なのに男とくっついたらまずくないか?

 あと僕、ルーファスは若いながら騎士としての頭角をメキメキと現しているチェスターっていう攻略キャラとの喧嘩ップルが好きだったので尚のこと僕と兄様は考えられない。いや、違う、違うよ。好きってだけで別に無理矢理くっついてほしいとかは思ってないよ。僕の妄想内での話だからね。でもちょっと目の前で絡んでくれたら嬉しすぎて寿命伸びるかもしれない。


 ……待てよ。ものすごくいいことを考えついた。
 よし、決めた。僕は決めたぞ!


「兄様っ!」
「なあに? 私の可愛い可愛い弟!」
「あの、僕に来てる縁談、とりあえず全部断ってもらっていいですか?」
「えんっ……、えっ、ど、どうして知ってるの!? まさか父上が……」

 攻略キャラのひとりに、フェリアルに縁談を申し込んで顔合わせをするのがルート分岐のフラグのひとつになってる人が居たはずだ。

 とにかく手始めに、こうやって僕に向かう矢印やフラグは全部へし折らせてもらおう。だってやっぱり僕は攻略キャラと恋愛する気は無いし。
 だからといって全てを投げ捨てて僻地でスローライフするみたいな人生設計は考えられない。だってせっかく好きなゲームの世界に生まれたんだ。僕はこの世界で、僕なりの楽しみ方をしたい!

(恋愛的なフラグは折らせてもらうけど……、いい感じに友人ポジションに収まって、目の前で推しカプの絡みを眺めさせてもらおう!!)

 僕は仮にも主人公だ。色んな人との縁を持つポテンシャルはあるはず。
 周りに迷惑さえかけなければ、主人公っていう特等席で妄想することぐらい許されるんじゃないか!?
 これだ。完璧だ! 僕は僕の貞操を守りつつ、妄想してたあんなことやこんなことを実際にこの目で見るのだ!!


「……あと、お聞きしたいことがあるのですが」
「え? あ、ああ。縁談は元から断ろうって父上と話していたから安心してね。フェリアルはおうちから出なくていいんだよ! ずっと兄様といようね!」
「兄様、騎士団にお知り合いがいたりしませんか?」
「……ん? 騎士団の方々との繋がりは私自身特に無いけど……。まさかフェリアル、騎士になりたいの? だ、だめだよ。フェリアルが騎士団に入ったらすぐ食べられちゃうよ!!」


 悲報。推しカプその一、知り合いですら無いらしい。





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