グローリー

城華兄 京矢

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第6話

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  と、言うことで。視力を取り戻したザインは……。
  「ハハハ!要領さえわかりゃ、こっちのもんだって!」
  その夜、麻雀は、ザインの一人勝ちだった。チンイツに拘らなかったのが、その勝因だ。
  「もうハンチャンだ!」
  そう言ってムキになっているのは、麻雀を持ち込んだロンだった。素人相手に威張られては、たまったものではないし、賭けている金額が金額だ。少しでも取り戻したい。
  「いや、悪いが俺はもう寝るよ」
  しかしザインは、きっぱりそう言って、席を立つ。そして点棒の入っている箱をテーブルの上に、置いた。
  「オゴリだよ」
  勝ち逃げは勝ち逃げだが、コレでチャラと、言うことになる。
  娯楽を十分に楽しんだザインは、ある部屋の前で立ち止まり、遠慮がちにノックをしようとした。
  「起きている。何か用か?」
  部屋の中から聞こえてきたその声は、アインリッヒである。皆が騒いでいる間、彼女は一人きりだった。
  「入るぜ」
  「構わぬ」
  淡泊なやりとりの後、ザインは扉を最小限に開け、その隙間から体を入れるようにして入る。何となく入りがたいのである。
  「なぁ、飲みに行かないか?」
  遠慮がちに部屋に入ったわりに、ザインの口から出たのは、そんな他愛もない言葉だった。
  「結構……」
  アインリッヒは、ザインに背中を向けたまま、テーブルの方を向いている。何かの書物を呼んでいるようだ。失礼ながら、ザインは横から覗き見る。
  〈古典文学……。王城物だな〉
  「成り上がり」のザインバーム家には、全く無縁の物だったが、学校は出ているので、それらしい物であることは、ザインでも解った。
  「行かぬと言っているのだ。用がなければ、プライベートな時間は、一人にして欲しい」
  かなり突っぱねる言い方をするアインリッヒだった。完全に孤高の鷹と言った感じだ。だが、ザインはそれが気にくわない。皆と騒げとは言わないが、あまりにゆとりがない。それと、もう一つ気になることがある。それは、自分を看病してくれたその内面と、盗賊に殺気を剥き出しにして、斬りかかったそのギャップだ。
  ザインは、アインリッヒの正面に、断りもなく座る。
  「木々は陰を作り、生けるもの達は木陰で休む。鳥達は囀り、木々を塒とする。大地は彼らを迎え入れ、そして、木々を育てる……」
  ザインは突然こんな事を言い出す。
  「良い詩だ。ネーデルワイス=ロイホッカー。魔導歴五八二年から、六七四年を生きた自然派の詩人。循環を基本理念とし、中でも『樹木の住人達』は、世界的に有名だ。私も大好きな詩人だ」
  アインリッヒは、ザインが何を言いたいか良く解った。この詩は、食物連鎖を表しているとともに、誰もが助け合わねばならない。という、人間社会において、つい忘れがちな当たり前のことを、詩にした物だった。
  「俺もこの詩だけは知っている。いい詩だ」
  ザインがこう言うと、アインリッヒは本を閉じ、上着を取り、肩に羽織る。
  「何をしている。飲みに行くのだろう?」
  彼女もこの詩がよほど気に入っているらしい。かすかに目を細め、振り返り様にザインの顔を見る。
  ザインはこの時、色々なことを考えた。そして、こういう。
  「いや、やっぱり此処で一杯やろう。その方が落ち着く……だろ?まってろ、ワインでも持ってくるよ」
  彼女がなるべく落ち着ける環境を考えたのだ。飲み物もそれに合わせた。深く落ち着きのある味わいが、たぶん好みだろうとも判断した。
  彼が部屋を出て帰ってくるまで一〇分ほどのことだった。その間は妙に空気が凪いでいる。
  色々な意味で、自分に障る煩わしい雑音を感じない時間でもあった。木製の簡素な丸テーブルに、腕組みをした状態で肘をつき、少しだけ背を丸め、俯き目を閉じて、ただその時間を過ごす。
  それは何も考えることもない不思議な時間だった。
  ザインが部屋に戻ってくると、凪いでいた室内の空気も流れはじめ、テーブルの上で組んでいた腕をほどき、何気に扉の方に視線を送る。彼は、薹で編まれた篭の中に、数本のワインと、当てらしきチーズ、生ハムなどを入れ、持ち帰ってきた。
  その篭がテーブルの中央あたりにおかれると、ザインは互いの正面にグラスをおき、無造作にワインのコルク栓をぬきにかかる。無味簡素といった意味ではないが、さばさばと、無表情に準備を整えるザインだった。
  アインリッヒには、手伝う間もなかった。いや声をかけるくらいのタイミングはあったが、喉まで出かかった言葉が上手く出てこない。
  考えれば、こんな風に誰かと、お酒を飲むことなどなかったことだった。ワインを飲むのは食事の時に少量くらいだろうか?と、ふと自分の日常が脳裏によぎる。
  ザインは、乾杯の後、美人を酒菜にしながら、軽く口を湿らせる。そして、思ったことを口にする。視線はない。なんとなく、目をつむったままだった。ワインの味だけを感じている。
  「教えてくれないか?どうしてお前の剣は、あんなに殺気に満ちていたのか……」
  だが、言い終わると同時に向けられた非常に心配げなザインの瞳が、アインリッヒに向けられる。
  アインリッヒは生涯の中で、彼ほど深い悲しみを持った目をした人間など、見たことが無かった。そして何より真剣に自分の力になりたいと切望しているのが解る真剣さだった。
  
  アインリッヒとしても、会話をして自分の傷になる話ではなかったので、詳しく話すことにする。
  
  「私が中央に向かっているときだ。途中の道のりで盗賊と出くわしたのだ。馬車が襲われていてな……、酷い有様だった。惨殺された男と、既に身を辱められた女……。その女の生も、もう僅かだった。盗賊を数人斬り殺したが、残念ながら数人に逃げられた。彼女は死の間際にこう言った。『娘を助けてくれ』と……。私は馬を馳せ、蹄の群のあとを追った。そして、屯をしている奴らを見つけ、それと同時に衣服を奪われた少女の遺体も見つけた。一四、五の娘だ」
  アインリッヒは歯を食いしばり、再び殺気を身体中に纏う。その様子だけで不条理に対する怒りが伝わって来る。。
  「わたしは、せめて彼らの弔いに、その盗賊団の壊滅を誓った。そのために、一人だけを生かし、団の在処を暴き、実行に移ったのだが……」
  盗賊団は、そこには居らず、この集落を襲いにかかっていたのだ。
  結果は彼らが集落から去ったことで、アインリッヒの目的は達成されなかった。そして、彼女の本来の目的である中央からの任務が入っていたため、その義務を果たすため、諦めざるを得なかった。
  「生を受けた全ての生き物は、必ず塒に還る」
  ザインが、またもやロイホッカーの詩を持ち出す。コレは安住の地を求める生物の帰巣本能を表現した詩である。賊も自分の塒に必ず帰るということも、この場合は含んでいる。
  「しかし……」
  「お前言ったじゃないか、エピオニアに行くには、六日もあれば、十分だって……」
  ザインの表情は、落胆的だった。少しオーバー気味に作り笑いをしている。だが、目は細めずに、アインリッヒの表情を確かめるように、しかし穏やかに彼女を見つめている。
  「まさかお前……!!」
  「みんなには、先進んで貰ってさ、二人で弔ってやろうぜ」
  殺戮は行けない。だが、全てを破壊してしまう悪は許せない。そして、夢を破壊し続ける行為は、死に値する。弱者を虐げた者には、それに相応しい最期が待っている。そして、そうでなければならないと、ザインは思っている。
  「ザインバーム……」
  アインリッヒは、非常に頼もしさを感じるザインの笑みの中に、暖かみを感じた。
  「もし、上手くいったら、ほっぺたに、チューしてくれよ」
  ザインは調子に乗り、頬をアインリッヒの前に出し、指で自分の頬をつついてみせる。もちろん彼は半分本気であり、半分期待もしていない。だが、しかしである。
  「言ったはずだ!私を女扱いするなと!!」
  非常にその部分に固執したアインリッヒが、興奮してテーブルを叩き、力が入りすぎて立ち上がるのだった。流石のザインも吃驚し、眉間に皺を寄せたまま、目をパチパチとする。先ほどまでの雰囲気の良さはない。どうやら、彼女の作っている壁は、未だ壊せていないようだ。
  「す、済まない。俺は別に、取引とかそうつもりじゃなくて、悪かった」
  あまりにも危機迫るアインリッヒの表情に、ザインはそう言わざるを得なかった。そして、彼女が女性であることで、過去に何らかの傷を負わされているのか、あるいは、男性不振であるとか、何か原因があるに違いないと、考えた。しかし、それは今、聞くべきことでは無い。
  
  ほんの数秒時間が滞る。
  
  「兎に角、盗賊の方は、皆に話しておく。場所は解っているんだろう?」
  ザインがそう言ったことで、アインリッヒは、すぐに冷静さを取り戻す。そして、彼が非常に協力的である事を知る。それが邪でもなく悪意でもない。基本的に彼の一言一句には、自己利益追求しない純粋さを感じる。
  「す……すまない……」
  アインリッヒは、自分を悔いた。同時に言葉の中に嬉しさと己の心の醜さがにじみ出ていた。
  ザインとアインリッヒは、話がまとまったので、他の者達を説得するために、ザインは部屋を出た。
  そして、つまらなそうに、三人麻雀をしているロカ、ロン、ジーオンの居る部屋に戻ってくる。
  「何だ?結局、寝るとか言って、掛け金が惜しくなって、戻ってきたか!」
  端からそう決めつけたロンが、メンツが揃ったことに、歓喜の声を上げる。親しげにサインの肩に腕をかけ、ヘッドロック気味に、脇の下に抱え込む。
  「タタタ!違うんだって!!実は……」
  皆がテーブルに着き、ザインが先ほどアインリッヒと話していたことを、皆に伝える。ロンは、アインリッヒの名が出た瞬間、かなり渋い顔をしたが、話の内容から、ダメだとも言えない。弟分?であるザインが、行くのだから、当然自分たちも行きたいところだ。
  「なら、皆で行った方が効率も良いし、安全では?」
  と同行の意思表示をしてみせるロンだった。
  「いや、あてが外れると拙い。もしもの時に先へ進んで、指令を遂行して欲しい」
  あくまでも私用だということで、ザインはさっぱりした雰囲気で、ロンの申し出を断った。両手の平を仰向けにし、テーブルから浮かせ、自分の気持ちをみんなに届けるような仕草をした。
  「ダイジョウブか?戦争経験のない者が無理をすると……」
  ロンは、何かというとコレだ。戦場がどれだけ厳しいものか知っている彼だから、口を酸っぱくしたくなるのだろう。そして、ザインが心配なのは、言うまでもない。
  「それなら大丈夫。腕には自信がある」
  悪ガキのようなヘヘッとした笑いを振りまくザイン。何を言っても聞いてくれそうにないので、ロンは諄く言うのを止めた。
  「解った。それじゃ先行ってるぞ!それから、一応サウスヒルで三日待ってみる」
  強い溜息にの後、割り切るようにして、自分の両足を叩くようにして、両手をを其処に置く。
  「サンキュー」
  ロンの理解を得たザインは、明日に備え眠ることにする。
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