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哀しみの檻

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話がある、と暗い表情で言ったマクシミリアンに嫌な予感がした。
普段から穏やかな笑みを絶やさない彼が暗い顔を浮かべる時は、相当に良くない話である事が多い。
どうしたの、と彼に触れると、引き寄せられてきつく抱きしめられた。
彼がこんな風に行動に出る事は珍しい。私は彼の背に手を回すと、彼の名を呼んだ。

だが返事はない。彼の顔を見ようにも、抱きしめられていては見る事もできない。
どうしたらいいのか分からず困っていると、彼は拘束を解いて私と向き合った。目を合わせない彼に、私の心は動揺する。
「ねえ、どうしたの?言ってくれなきゃわからないわ」
私は右手をそっとマクシミリアンのほほに当てた。ひやりと冷たい体温に驚く。

「マックス、本当にどうしたの」
「サクラ、私は……」
マクシミリアンはとうとう口を開いた。しかし言葉がなかなか続かない。しかし何かを決めたように、私を真正面から見据えた。
「これからする話を、どうか落ち着いて聞いてほしい。そして、私の気持ちを疑わないでほしいんだ」



――――



マクシミリアンが桜の部屋から出てきたのは、一時間ほど経ってからだ。落ち着かない様子で周囲をうろついていたマーガレットは、出てきたマクシミリアンに駆け寄った。
マクシミリアンの顔色が悪く見えるのは気のせいではないだろう。

「サクラ様は」
主を心配するマーガレットに、マクシミリアンは静かに微笑んだ。
「やはりショックは受けていた。だが私を信じると言ってくれたよ」
「信じる、とは」
王族に対して不躾な物言いである事は理解した上でマーガレットは問いを重ねる。

「殿下は、サクラ様をどうなさるおつもりですか」
「猶予がないわけじゃないから、とりあえずはサクラをそのまま王妃として迎える方法を考える」
「ダメだったら?」
どうするのか、マーガレットの声は剣呑な空気を放つ。
「その時は、側室として彼と共に歩むわ」
答えたのはマクシミリアンではなく、聞きなれた柔らかな声音だった。
「サクラ様!」

扉を開けて出てきた桜にマーガレットは駆け寄る。白い絹のワンピースを纏った桜の顔色はその白い服も相まってあまり良く見えない。しかし桜は強い意志を讃えて微笑んだ。
「私にとって大事なのは、立場じゃないわ。王妃じゃないからと言って、彼を支えられないわけじゃない。私にとって大事なのは、マックスが私を必要としてくれる事なの。だからマーガレット、私は大丈夫よ」

小柄な桜は触れれば折れそうなほど細いのに、マーガレットの目にはなぜか力強く大きく見えた。
いつの間にかこんなにも、主人は強くなっていた。傷つくたびに前に進もうとする桜は、これしきの事などなんでもないと言って笑う。
「マックスが信じてほしいと言うのなら、私も信じたい。マーガレット、いつも心配かけてごめんなさい」
微笑んだ桜は美しかった。愛し愛される喜びを知ったからこそこんなにも美しく見えるのだろうか。

「私はいつでもサクラ様の御心に従うまでです。貴方が大丈夫ならば、それでいいのです」
マーガレットもつられたように微笑んだ。
互いを笑顔で見つめ合う桜とマクシミリアンを見れば、この光景が永遠に続くような気がした。

マーガレットも、桜も。マクシミリアンですらも、この時はそう思っていたのだった。

人の心は難しい。どんな気持ちにも、絶対などあり得ない。

マーガレットは、それを思い知る。

主人が傷つく、その傍で。
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