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12章 過去の真実【3】
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「ここに何があるんだ、ヤッシュ?」
「それは中に入ってのお楽しみってやつだ」
山へと踏み込んですぐヤッシュが提案したのは昔、彼が修行の場として通っていた洞穴へ向かうことだった。
山中では次から次へとモンスターが襲い掛かってきたが、フィロスタ皇国の元・騎士団長と元・魔法師団長、魔法師団副長が揃った面々の前には容易く蹴散らされるだけである。
そうやって敵を打ち払いながら辿り着いた洞穴の入口で、訊ねたフラッドにヤッシュは含みのある言い方で答え、歩を進めて行く。
「ギースさんたちもここは知っているのか?」
「あぁ。私たち三人にとっては懐かしい遊び場のようなものだ。なぁ、イセシア?」
「えぇ。大人たちからは子供だけで山へ行くのは禁じられていたのもあって、いつもドキドキしていましたけれどね」
フラッドの問いに答え、イセシアにも話を振るギース。夫から話を向けられた彼女は懐かしそうに言いながら、無邪気な笑みをこぼす。
(皇国にいた時には三人がこんなに仲がいいなんて知らなかったな)
それぞれが責任ある立場にあったが故だろうか。フラッドが知っている皇国での三人は厳しく、そして余計な会話などしない印象であった。
確かにヤッシュとギースとイセシア、三人で酒を酌み交わしている時があるのは知っていたものの、こんなにも気心の知れた雰囲気とは思わず。
「なんだ、ここ……!?」
「不思議な場所だろ? 昔からそうなんだ」
洞穴に入ってすぐ驚いた声を出したフラッドに、ヤッシュが得意げな調子で言う。神秘的。まさにその表現がピッタリな洞穴であった。
奥へと続く通路は洞穴特有のじめついた感じなど一切なく、壁はほのかな淡い光を放っている。
「俺とギース、イセシアがよくたむろしてたのはもうしばらく行った場所だ。俺にしてみれば格好の修行場だったな」
「私もそれは同じだ。お前が剣を振り回すのを眺めながら、魔術の勉強に勤しんでいたからな」
「で、たまに怪我をした二人の治療をわたしがやっていたわね。本当に懐かしい……」
そんな昔話に花を咲かせながら歩いていると、やがて一行は開けた場所へと出る。洞穴とは思えないほど広い空間に、フラッドはまたしても驚きを隠せなかった。
そして奥に建った大きな家屋を見て、続けて驚きの表情を見せる。
「相変わらずだな、あの家も。あの頃と全然変わってねぇ」
「一体どんな仕組みなのか……。魔導に携わる者としては興味を抑えられないな」
「不思議な建物よね。何年経っても古びることがないなんて」
「って事は、あれは元からある物なのか?」
当たり前のように言葉を交わす三人にフラッドが訊ねると、三人は顔を揃えて頷いた。じゃあ、昔にここに誰かがいたのかと問うと、ヤッシュは首を横に振り答える。
「あれは人間が作ったものじゃない。初めて見た時から、俺はそんな風に思っていたな」
「言ってたな。初めてお前に聞かされた時は鼻で笑ったりもしたが、実際にあれを見ると不思議と信じてしまったよ」
「で、それが間違いではないと気付いたのは、皇国へと出立する前のことだ」
「どういうことだ、ヤッシュ? そんな話は私は知らないぞ」
昔話の延長と言った風に説明していたところで、ヤッシュの放った言葉にギースが怪訝な顔をして訊ねる。イセシアもその驚いた顔から察するに、ギース同様そのことは知らなかったようであった。
「まぁ、とにかく中へ行こう。俺たちがここへ来たのは、あれに会う為なんだからな」
「あれに会う、だと?」
「誰か人がいるのですか?」
「会えばわかる」
二人の問いに曖昧な返事をしながら、ヤッシュは家屋へと入っていった。一瞬、ギースとイセシアは顔を見合わせて怪訝な顔を浮かべるが、それ以上は何も言わずにヤッシュに続いて歩いていった。フラッドもそれを追って建物の内部へ。
「たぶん俺たちが生まれるよりもっと前……。もしかしたら、相当な昔なのかもしれないけどな」
内部はそれなりに広いスペースがあった。部屋の隅には恐らくヤッシュたちがかつて持ち込んだのであろう、古びた寝具やギースやイセシアの物と思われる書物がいくつも置かれている。
「とにかく何者か、たぶん人間よりも高位の存在だろう。それらがここを作ったんじゃないかと俺は思っていた。そしてあの日」
話ながら部屋の中央でヤッシュが立ち止まり、おもむろに腰を下ろすと床に手を伸ばす。そして軽い音を鳴らして、床の一部が外された。
「そんなところに!?」
「あぁ。村を発つ前に願掛け代わりにここに来た時、ひょうなことから見つけたんだ」
驚くギースに話ながら、ヤッシュが外れた床の空洞に手を掛けて、回りの板を持ち上げる。その奥からは、下へと続く階段らしき石造りの足場が姿を現した。
「行くぞ。この先に、きっと俺たちに必要なものがある」
「……わかった。今はお前の言葉を信じよう」
「えぇ」
* * * * *
長い階段を下りて辿り着いたのは、洞穴の通路よりも遥かに明るい不可思議な場所だった。ギースとイセシア、そしてフラッドの三人はその空間を見回して呆然とする。
「ここは一体……」
『……人間か』
「!?」
呆然としながら呟いたギース。そこへ何処からか声が飛んできて、ヤッシュ以外の三人は慌てて戦闘態勢になった。
「大丈夫だ、これは敵じゃない」
「ヤッシュ、お前は何を……?」
『ふむ。あの時の人の子か……。では、今がその刻なのだな?』
「あぁ、そういう事だ。力を貸して欲しい、山の精霊よ」
ヤッシュが口にした名前に、ギースとイセシアは驚愕の表情を見せた。フラッドはよくはわからないものの、それが神秘の根源であることを本能的に理解し、全身を強張らせる。
『まずは挨拶、からすべきか。初めまして、だったかなヤッシュよ?』
「そうそう。人間の初対面はそれが基本だ」
『まったく、人の身でありながら山の精霊たる我にも物怖じする気配が無いとはな。ともかく、初めまして……だ。人間たちよ』
「まさか、山の精霊って……!」
「あの、おとぎ話の……!?」
厳かな声とは裏腹に、気さくな雰囲気でヤッシュと言葉を交わして挨拶をギースたちへ向ける精霊。ギースとイセシアの二人は、やはり驚愕した様子で呟いた。
「そう。俺たちがさんざん聞かされてきたおとぎ話。あれに出てきた山の精霊が、こいつだ」
「まさか、本当にいるなんて……」
「信じられない……」
知られざる伝説、その片鱗にフラッドは立ち会っていた。その時点ではまだ、言葉も出せずに立ち尽くすばかりであったが。
* * * * *
「あの頃はまだオレも若かったな」
「って、そんなに歳でもないでしょうフラッドさんは」
遠い目をして言ったフラッドへ、苦笑しながらティートが突っ込む。そんなやり取りにマチーナは小さく笑いながら、どこか寂しそうな目を下に向けていた。
「はは、まぁそうだな。少なくともあの時のヤッシュよりは、今のオレの方がまだ若い」
「それで、どうなるんですか」
「あぁ、まさにこの世ならざる光景……だったな、あれは」
* * * * *
「それでまず聞きたいんだが」
『災いの元凶……。そうであろう?』
「さすが。この地については全部把握してるってことか」
『とは言え、我もかつての力を失って久しい……。わかるのはそれがどんな存在であるか、ぐらいのもの』
「災い、と言いましたね?」
ギースの問い掛けに精霊は目を閉じ頷く。
『この山に異界の力ある存在が現出した。いま起きている異変は、全てその異界の存在によるものだ』
「異界!?」
「それは俺も予想してなかったな……よくあるのか、そういう事は?」
『そう多い事ではないが……。しかし稀に起きていることではある』
精霊の語った話はにわかには信じがたいものであった。だが、そう考えれば村長の言っていた魔族というのと納得は行く話でもある。
「しかし、一体どんな目的で……」
『そこまでは我にもわからぬ。そもそも目的など取るに足らぬものやもしれぬな、異界の存在にしてみれば』
「勝手に来て大した意味もなく荒らす。つくづく迷惑な奴だ」
「そんな簡単な話なんでしょうか?」
憤りの言葉を吐き捨てるヤッシュに、不安げな表情で言うイセシア。精霊はそれには何も答えずに、四人へ背を向けた。
『我にしても領域を荒らされるのは好ましくはない。だが、口惜しいことに今の我には異界の存在に対抗する力もない……』
「となると、手の打ちようがないと言うことに」
『人間たちよ、そう結論を急ぐな。我自身には出来なくとも、お主たちに力を貸すことは出来る』
「っ! それは、いったい……!?」
精霊の言葉にギースは顔色を変えて訊ねた。答える代わりのように、空間に満ちる光が強さを増していった。
『本来ならば人間に手を貸すのは望ましいことではないが……異界の存在が相手となれば話は別だ。授けよう、我が力を封じた武具を』
「あの時に言った通り、だな。精霊さんよ」
「ヤッシュ、それはどういう事だ?」
厳かに告げた精霊に、ヤッシュが言葉を口にする。それに対し、不可解そうな顔でギースが聞く。
「言ったろ。村を発つ前にここを見つけた、って。その時にこの精霊サマから、いずれ訪れる厄災の事を聞かされていたんだ」
「そんなことが……」
『うむ。まだどんな厄災かまでは、その時の我にも知ることは出来なかったがな』
言いながら、精霊が再び四人の方へと身体を向けてくる。いつの間にあったのか、その両手には一振りの不思議な雰囲気の剣と、力の奔流を内側に蓄えた水晶のような物を先端に備えた杖が握られていた。
「それは?」
『我が力を封じた剣と杖としか言いようがない。好きに呼ぶがいいだろう』
「……見てるだけでわかるぜ。凄まじい力が込められているのを」
『これをお主たちに預けよう。だがこれがあったからと言って、異界の存在に打ち勝つのは容易なことではない。忘れるなよ』
剣と杖が精霊の手を離れ、宙を漂ってヤッシュとギースの手に渡る。その瞬間、ヤッシュとギースの身体から溢れんばかりの力が放たれるのを、フラッドは目にした気がした。
「これは、思っていた以上だな……!」
「あぁ、これほどの魔力の迸り。様々な魔具を見てきたが、比べ物にならない」
『そしてお主には直接、我が力を授けよう』
「え? ……っ!!」
精霊に手を向けられながら言われたイセシアが困惑の声を上げた直後、彼女の全身をとてつもない魔力が包み込む。魔力には疎いフラッドにもそれが強大なのがわかるほどのものだった。
「凄い……こんな魔力が、わたしの中に」
『そちらの人間には残念だが、何も渡せるものはない』
「な、なぜだ!?」
それまでと変わらぬ口調で言った精霊に、フラッドが疑問の声を張り上げた。精霊はまっすぐにフラッドを見つめながら言う。
『今のお主では、我が力を使いこなすには至らぬ。残念だが、な』
「……くっ」
『そなたの悔しさはわかるが、諦めよ。過ぎた力は身を滅ぼしてしまうのだ』
「フラッド、そう気を落とすな。別に精霊サマには悪気はないんだ」
「だけどヤッシュ!」
気遣うヤッシュに、それでも納得のいかないフラッドは声を荒げる。だが、すぐに歯を食い縛って言葉を飲み込んだ。
「……いや、わかってる。その剣や杖、それにイセシアさんを見て、それがオレには扱い切れないほどの力を持ってるのは」
「上等。それがわかるなら、いつか必要になった時にはお前に任せられるな」
『そうだな……。未来のことはハッキリとはわからぬが、いずれはそのような事もあるやもしれぬ』
「それで精霊様。災いの元凶はいずこに?」
話が一段落したのを見て取り、ギースが問いの言葉を精霊へと投げ掛ける。そちらを顔を向け、一度ウナズイテカラ精霊は言葉を紡ぐ。
『ここより東に深き遺跡がある。異界の存在はその奥にいるであろう』
「……! あの遺跡に!?」
精霊の言った内容にイセシアが戸惑いの声を上げた。ヤッシュとギースも顔を見合せ、そして緊張した面持ちで頷く。
「禁断の地・ルグイア……」
「言い伝えが現実になるとはな」
「行きましょう。急がないと」
三人の雰囲気が緊迫したものとなっていた。その時のフラッドには、それがどんな理由から来るものなのかわからないまま。
そして四人はその場を後にして、精霊に聞かされた場所へと向かうのだった。
「それは中に入ってのお楽しみってやつだ」
山へと踏み込んですぐヤッシュが提案したのは昔、彼が修行の場として通っていた洞穴へ向かうことだった。
山中では次から次へとモンスターが襲い掛かってきたが、フィロスタ皇国の元・騎士団長と元・魔法師団長、魔法師団副長が揃った面々の前には容易く蹴散らされるだけである。
そうやって敵を打ち払いながら辿り着いた洞穴の入口で、訊ねたフラッドにヤッシュは含みのある言い方で答え、歩を進めて行く。
「ギースさんたちもここは知っているのか?」
「あぁ。私たち三人にとっては懐かしい遊び場のようなものだ。なぁ、イセシア?」
「えぇ。大人たちからは子供だけで山へ行くのは禁じられていたのもあって、いつもドキドキしていましたけれどね」
フラッドの問いに答え、イセシアにも話を振るギース。夫から話を向けられた彼女は懐かしそうに言いながら、無邪気な笑みをこぼす。
(皇国にいた時には三人がこんなに仲がいいなんて知らなかったな)
それぞれが責任ある立場にあったが故だろうか。フラッドが知っている皇国での三人は厳しく、そして余計な会話などしない印象であった。
確かにヤッシュとギースとイセシア、三人で酒を酌み交わしている時があるのは知っていたものの、こんなにも気心の知れた雰囲気とは思わず。
「なんだ、ここ……!?」
「不思議な場所だろ? 昔からそうなんだ」
洞穴に入ってすぐ驚いた声を出したフラッドに、ヤッシュが得意げな調子で言う。神秘的。まさにその表現がピッタリな洞穴であった。
奥へと続く通路は洞穴特有のじめついた感じなど一切なく、壁はほのかな淡い光を放っている。
「俺とギース、イセシアがよくたむろしてたのはもうしばらく行った場所だ。俺にしてみれば格好の修行場だったな」
「私もそれは同じだ。お前が剣を振り回すのを眺めながら、魔術の勉強に勤しんでいたからな」
「で、たまに怪我をした二人の治療をわたしがやっていたわね。本当に懐かしい……」
そんな昔話に花を咲かせながら歩いていると、やがて一行は開けた場所へと出る。洞穴とは思えないほど広い空間に、フラッドはまたしても驚きを隠せなかった。
そして奥に建った大きな家屋を見て、続けて驚きの表情を見せる。
「相変わらずだな、あの家も。あの頃と全然変わってねぇ」
「一体どんな仕組みなのか……。魔導に携わる者としては興味を抑えられないな」
「不思議な建物よね。何年経っても古びることがないなんて」
「って事は、あれは元からある物なのか?」
当たり前のように言葉を交わす三人にフラッドが訊ねると、三人は顔を揃えて頷いた。じゃあ、昔にここに誰かがいたのかと問うと、ヤッシュは首を横に振り答える。
「あれは人間が作ったものじゃない。初めて見た時から、俺はそんな風に思っていたな」
「言ってたな。初めてお前に聞かされた時は鼻で笑ったりもしたが、実際にあれを見ると不思議と信じてしまったよ」
「で、それが間違いではないと気付いたのは、皇国へと出立する前のことだ」
「どういうことだ、ヤッシュ? そんな話は私は知らないぞ」
昔話の延長と言った風に説明していたところで、ヤッシュの放った言葉にギースが怪訝な顔をして訊ねる。イセシアもその驚いた顔から察するに、ギース同様そのことは知らなかったようであった。
「まぁ、とにかく中へ行こう。俺たちがここへ来たのは、あれに会う為なんだからな」
「あれに会う、だと?」
「誰か人がいるのですか?」
「会えばわかる」
二人の問いに曖昧な返事をしながら、ヤッシュは家屋へと入っていった。一瞬、ギースとイセシアは顔を見合わせて怪訝な顔を浮かべるが、それ以上は何も言わずにヤッシュに続いて歩いていった。フラッドもそれを追って建物の内部へ。
「たぶん俺たちが生まれるよりもっと前……。もしかしたら、相当な昔なのかもしれないけどな」
内部はそれなりに広いスペースがあった。部屋の隅には恐らくヤッシュたちがかつて持ち込んだのであろう、古びた寝具やギースやイセシアの物と思われる書物がいくつも置かれている。
「とにかく何者か、たぶん人間よりも高位の存在だろう。それらがここを作ったんじゃないかと俺は思っていた。そしてあの日」
話ながら部屋の中央でヤッシュが立ち止まり、おもむろに腰を下ろすと床に手を伸ばす。そして軽い音を鳴らして、床の一部が外された。
「そんなところに!?」
「あぁ。村を発つ前に願掛け代わりにここに来た時、ひょうなことから見つけたんだ」
驚くギースに話ながら、ヤッシュが外れた床の空洞に手を掛けて、回りの板を持ち上げる。その奥からは、下へと続く階段らしき石造りの足場が姿を現した。
「行くぞ。この先に、きっと俺たちに必要なものがある」
「……わかった。今はお前の言葉を信じよう」
「えぇ」
* * * * *
長い階段を下りて辿り着いたのは、洞穴の通路よりも遥かに明るい不可思議な場所だった。ギースとイセシア、そしてフラッドの三人はその空間を見回して呆然とする。
「ここは一体……」
『……人間か』
「!?」
呆然としながら呟いたギース。そこへ何処からか声が飛んできて、ヤッシュ以外の三人は慌てて戦闘態勢になった。
「大丈夫だ、これは敵じゃない」
「ヤッシュ、お前は何を……?」
『ふむ。あの時の人の子か……。では、今がその刻なのだな?』
「あぁ、そういう事だ。力を貸して欲しい、山の精霊よ」
ヤッシュが口にした名前に、ギースとイセシアは驚愕の表情を見せた。フラッドはよくはわからないものの、それが神秘の根源であることを本能的に理解し、全身を強張らせる。
『まずは挨拶、からすべきか。初めまして、だったかなヤッシュよ?』
「そうそう。人間の初対面はそれが基本だ」
『まったく、人の身でありながら山の精霊たる我にも物怖じする気配が無いとはな。ともかく、初めまして……だ。人間たちよ』
「まさか、山の精霊って……!」
「あの、おとぎ話の……!?」
厳かな声とは裏腹に、気さくな雰囲気でヤッシュと言葉を交わして挨拶をギースたちへ向ける精霊。ギースとイセシアの二人は、やはり驚愕した様子で呟いた。
「そう。俺たちがさんざん聞かされてきたおとぎ話。あれに出てきた山の精霊が、こいつだ」
「まさか、本当にいるなんて……」
「信じられない……」
知られざる伝説、その片鱗にフラッドは立ち会っていた。その時点ではまだ、言葉も出せずに立ち尽くすばかりであったが。
* * * * *
「あの頃はまだオレも若かったな」
「って、そんなに歳でもないでしょうフラッドさんは」
遠い目をして言ったフラッドへ、苦笑しながらティートが突っ込む。そんなやり取りにマチーナは小さく笑いながら、どこか寂しそうな目を下に向けていた。
「はは、まぁそうだな。少なくともあの時のヤッシュよりは、今のオレの方がまだ若い」
「それで、どうなるんですか」
「あぁ、まさにこの世ならざる光景……だったな、あれは」
* * * * *
「それでまず聞きたいんだが」
『災いの元凶……。そうであろう?』
「さすが。この地については全部把握してるってことか」
『とは言え、我もかつての力を失って久しい……。わかるのはそれがどんな存在であるか、ぐらいのもの』
「災い、と言いましたね?」
ギースの問い掛けに精霊は目を閉じ頷く。
『この山に異界の力ある存在が現出した。いま起きている異変は、全てその異界の存在によるものだ』
「異界!?」
「それは俺も予想してなかったな……よくあるのか、そういう事は?」
『そう多い事ではないが……。しかし稀に起きていることではある』
精霊の語った話はにわかには信じがたいものであった。だが、そう考えれば村長の言っていた魔族というのと納得は行く話でもある。
「しかし、一体どんな目的で……」
『そこまでは我にもわからぬ。そもそも目的など取るに足らぬものやもしれぬな、異界の存在にしてみれば』
「勝手に来て大した意味もなく荒らす。つくづく迷惑な奴だ」
「そんな簡単な話なんでしょうか?」
憤りの言葉を吐き捨てるヤッシュに、不安げな表情で言うイセシア。精霊はそれには何も答えずに、四人へ背を向けた。
『我にしても領域を荒らされるのは好ましくはない。だが、口惜しいことに今の我には異界の存在に対抗する力もない……』
「となると、手の打ちようがないと言うことに」
『人間たちよ、そう結論を急ぐな。我自身には出来なくとも、お主たちに力を貸すことは出来る』
「っ! それは、いったい……!?」
精霊の言葉にギースは顔色を変えて訊ねた。答える代わりのように、空間に満ちる光が強さを増していった。
『本来ならば人間に手を貸すのは望ましいことではないが……異界の存在が相手となれば話は別だ。授けよう、我が力を封じた武具を』
「あの時に言った通り、だな。精霊さんよ」
「ヤッシュ、それはどういう事だ?」
厳かに告げた精霊に、ヤッシュが言葉を口にする。それに対し、不可解そうな顔でギースが聞く。
「言ったろ。村を発つ前にここを見つけた、って。その時にこの精霊サマから、いずれ訪れる厄災の事を聞かされていたんだ」
「そんなことが……」
『うむ。まだどんな厄災かまでは、その時の我にも知ることは出来なかったがな』
言いながら、精霊が再び四人の方へと身体を向けてくる。いつの間にあったのか、その両手には一振りの不思議な雰囲気の剣と、力の奔流を内側に蓄えた水晶のような物を先端に備えた杖が握られていた。
「それは?」
『我が力を封じた剣と杖としか言いようがない。好きに呼ぶがいいだろう』
「……見てるだけでわかるぜ。凄まじい力が込められているのを」
『これをお主たちに預けよう。だがこれがあったからと言って、異界の存在に打ち勝つのは容易なことではない。忘れるなよ』
剣と杖が精霊の手を離れ、宙を漂ってヤッシュとギースの手に渡る。その瞬間、ヤッシュとギースの身体から溢れんばかりの力が放たれるのを、フラッドは目にした気がした。
「これは、思っていた以上だな……!」
「あぁ、これほどの魔力の迸り。様々な魔具を見てきたが、比べ物にならない」
『そしてお主には直接、我が力を授けよう』
「え? ……っ!!」
精霊に手を向けられながら言われたイセシアが困惑の声を上げた直後、彼女の全身をとてつもない魔力が包み込む。魔力には疎いフラッドにもそれが強大なのがわかるほどのものだった。
「凄い……こんな魔力が、わたしの中に」
『そちらの人間には残念だが、何も渡せるものはない』
「な、なぜだ!?」
それまでと変わらぬ口調で言った精霊に、フラッドが疑問の声を張り上げた。精霊はまっすぐにフラッドを見つめながら言う。
『今のお主では、我が力を使いこなすには至らぬ。残念だが、な』
「……くっ」
『そなたの悔しさはわかるが、諦めよ。過ぎた力は身を滅ぼしてしまうのだ』
「フラッド、そう気を落とすな。別に精霊サマには悪気はないんだ」
「だけどヤッシュ!」
気遣うヤッシュに、それでも納得のいかないフラッドは声を荒げる。だが、すぐに歯を食い縛って言葉を飲み込んだ。
「……いや、わかってる。その剣や杖、それにイセシアさんを見て、それがオレには扱い切れないほどの力を持ってるのは」
「上等。それがわかるなら、いつか必要になった時にはお前に任せられるな」
『そうだな……。未来のことはハッキリとはわからぬが、いずれはそのような事もあるやもしれぬ』
「それで精霊様。災いの元凶はいずこに?」
話が一段落したのを見て取り、ギースが問いの言葉を精霊へと投げ掛ける。そちらを顔を向け、一度ウナズイテカラ精霊は言葉を紡ぐ。
『ここより東に深き遺跡がある。異界の存在はその奥にいるであろう』
「……! あの遺跡に!?」
精霊の言った内容にイセシアが戸惑いの声を上げた。ヤッシュとギースも顔を見合せ、そして緊張した面持ちで頷く。
「禁断の地・ルグイア……」
「言い伝えが現実になるとはな」
「行きましょう。急がないと」
三人の雰囲気が緊迫したものとなっていた。その時のフラッドには、それがどんな理由から来るものなのかわからないまま。
そして四人はその場を後にして、精霊に聞かされた場所へと向かうのだった。
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