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焼き肉と酒
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「えっとぉ……」
何をどう話せば良いのか。そもそも勝手に話しても良いのだろうか?店でセックスしようとしたなんて、他のキャストに知れたらセナが罰を受ける事にならないだろうか。不安が頭の中がぐるぐるするのが止められずにいると、悟ったようにルカが笑いかけてきた。
「大丈夫。俺は店の肩じゃなくてセナの肩持つからさ。まあいきなり信用しろってのも無理かもしんないけど、そこを何とか……信用してよ」
もごもごと口を動かしながら話すルカは、口調は砕けているが悪い子には見えなかった。誰にも言えない悩みを受け止めてくれそうな相手を欲していたから、そう見えただけかもしれないけれど、凌太は今日起こった出来事を包み隠さずルカに話す事にした。
ルカは相槌をうちながらも、食べる手は止めない。
運ばれてきた骨付きカルビをハサミで切りながらライス大もオーダーしつつ、なんとなく敬語で話し続ける凌太の話をだいたい聞き終えると、相談相手は憐れみを含んだ目で大きなため息をついた。
「あの……まあ、そんな感じでして……俺が悪かったんですけど、どうすれば良いのか……」
「ばーっか。雰囲気大事だろうが。なんで初めてを店でしようとするんだよ」
「前回出来たとその時は思ってたので……」
「あー……疑似セックスな、あれ本当だと勘違いする客たまーにいるんだよね。特に本当に入れた事ない奴」
「うっ……」
ぐうの音も出ない。男を抱くなんてした事もないのだからしょうがないと言えばしょうがないのだけれど。
「まあ、めちゃくちゃ上手い人だと、入れた事ある人でも騙される事あるみたいだけどさー……」
「うぅ……」
付け加えられた慰めの言葉が余計に胸を抉ってくる。
「んー……まあでもそんな事で良かったよ。もっとすごい事かと思ったし」
「いや俺にとってはめちゃくちゃすごい事なんですけど……」
「そうなのか?……えっと、つまりアンタはもうセナと会いたくないって事?」
「なんでそうなるんですか?!」
「いやぁ、気まずいのかなって……」
「確かに気まずいですけど、そうじゃなくて、俺嫌われたのかなって事が心配なんですけど?!」
「まあまあ落ち着けよ。嫌うとかそういうの無いと思うけどなぁ……あ、次の予約入れたか?」
「あ……」
傷心のまま頭を垂れて帰ったので、珍しく次回予約をせずに店を出ていた事に気が付いた。次はいつ行こう。いや、行っても良いのだろうか?
「あー……もしかしたら、もしかしたらさ……」
ずずいと、顔を近づけてきた。網から煙が上がっていて、目を細めながらとっておきの言葉を言うように口を開いた。
「セナのやつ、もうアンタが店に来ないかもって思ってんじゃね?」
「へえ?」
煙を払うように片手を動かすと、元の位置に戻った。やはり煙たかったらしい。
「じゃ、じゃあ俺はどうすれば……?」
「んーと……あ」
ピコピコと何かの通知音がして、ルカはスマートフォンを見た。嬉しそうに一瞬だけ笑うと視線を凌太へと戻した。
「えっと、次の予約をすぐに入れるか、セナに連絡するか、じゃね?じゃあ、俺そろそろ行くから」
「れ、連絡って何て……」
残っていたビールを一気に飲み干すと、
「それくらい自分で考えろよ。話聞いてやったんだから支払いよろしくな」
「え?!ちょっと!?」
呼び止める声に反応もせず、言葉と伝票を置いてルカはさっさと店を出ていってしまった。
「嵐みたいな子だな……はあ、連絡……って言ってもなあ……」
取り残された凌太は、周りの視線を気にして席に着くと、自分のスマートフォンを取り出した。
SNSツールでセナのアイコンをタップすると前回のやり取りが表示される。
差しさわりのない文章を打っては消し、打っては消しを繰り返していると、網の上に残された肉が、真っ黒に炭化していった。
今日は本当にため息が多く出る。やっとのことで一杯目のビールを飲み終えると、メッセージを送る事を諦めスマートフォンを横に置いた。手持無沙汰になり、メニューのドリンク欄を眺めてみた。
前回も今回もメニューをまじまじと見る余裕が無かったから気が付かなかったが、個人の焼肉店にしてはドリンクメニューが充実しており、酒メニューを見るのが好きな凌太は心が躍った。
カクテルの類は種類が少ないが、焼酎や果実酒が豊富だ。セナにはどんなお酒が似合うだろうか。優しそうな垂れた目なのに、有無を言わさない強さがある。都会的に見えて、話すと世間知らずな幼い部分も多い。そのすべてに良いギャップを感じる。前に選んだスパークリングワインは気に入ってくれていたから、飲みやすい系統が良いのだろうか。例えばこの店に一緒に来れたなら――。
果たしてそんな日は来るのだろうか。そもそもセナが本当に凌太を思ってくれているのかも不安がある。夜の仕事をする人は【色恋営業】をするらしい。恋人のように振る舞って客から金を絞り取る接客方法らしいが、まさに今の凌太の状況がそれではないだろうか。
週に一度以上通い詰める凌太はセナにとって所謂太客で、逃したくない客なのかもしれない。客としてセナとの時間を買う事に不満は一切無い。連絡先を交換した時の紅潮した頬はライトのせいじゃないと信じたいが、セナの言う事全てを信じてもいいのか分からないのだ。
好きな人からの好意を素直に信じられないのは、やはりキャストと客という壁があるからだ。大人になっても裏切られるのは怖いものだからしょうがないといえばしょうがない。
豊富な日本酒のラインナップの中に凌太の勤める会社のミニボトルがあるのを見つけた。いつか、セナにこれは自分が勤める会社の製品だと言いながらこれを飲める日が来るのだろうか。
店員にミニボトルと、漬物を注文するとスマートフォン片手に一旦店を出た。
店の予約ダイヤルに電話をかけた。セナとの時間を予約すると、凌太は店内に戻り、ミニボトルの栓を一人で開けた。
何をどう話せば良いのか。そもそも勝手に話しても良いのだろうか?店でセックスしようとしたなんて、他のキャストに知れたらセナが罰を受ける事にならないだろうか。不安が頭の中がぐるぐるするのが止められずにいると、悟ったようにルカが笑いかけてきた。
「大丈夫。俺は店の肩じゃなくてセナの肩持つからさ。まあいきなり信用しろってのも無理かもしんないけど、そこを何とか……信用してよ」
もごもごと口を動かしながら話すルカは、口調は砕けているが悪い子には見えなかった。誰にも言えない悩みを受け止めてくれそうな相手を欲していたから、そう見えただけかもしれないけれど、凌太は今日起こった出来事を包み隠さずルカに話す事にした。
ルカは相槌をうちながらも、食べる手は止めない。
運ばれてきた骨付きカルビをハサミで切りながらライス大もオーダーしつつ、なんとなく敬語で話し続ける凌太の話をだいたい聞き終えると、相談相手は憐れみを含んだ目で大きなため息をついた。
「あの……まあ、そんな感じでして……俺が悪かったんですけど、どうすれば良いのか……」
「ばーっか。雰囲気大事だろうが。なんで初めてを店でしようとするんだよ」
「前回出来たとその時は思ってたので……」
「あー……疑似セックスな、あれ本当だと勘違いする客たまーにいるんだよね。特に本当に入れた事ない奴」
「うっ……」
ぐうの音も出ない。男を抱くなんてした事もないのだからしょうがないと言えばしょうがないのだけれど。
「まあ、めちゃくちゃ上手い人だと、入れた事ある人でも騙される事あるみたいだけどさー……」
「うぅ……」
付け加えられた慰めの言葉が余計に胸を抉ってくる。
「んー……まあでもそんな事で良かったよ。もっとすごい事かと思ったし」
「いや俺にとってはめちゃくちゃすごい事なんですけど……」
「そうなのか?……えっと、つまりアンタはもうセナと会いたくないって事?」
「なんでそうなるんですか?!」
「いやぁ、気まずいのかなって……」
「確かに気まずいですけど、そうじゃなくて、俺嫌われたのかなって事が心配なんですけど?!」
「まあまあ落ち着けよ。嫌うとかそういうの無いと思うけどなぁ……あ、次の予約入れたか?」
「あ……」
傷心のまま頭を垂れて帰ったので、珍しく次回予約をせずに店を出ていた事に気が付いた。次はいつ行こう。いや、行っても良いのだろうか?
「あー……もしかしたら、もしかしたらさ……」
ずずいと、顔を近づけてきた。網から煙が上がっていて、目を細めながらとっておきの言葉を言うように口を開いた。
「セナのやつ、もうアンタが店に来ないかもって思ってんじゃね?」
「へえ?」
煙を払うように片手を動かすと、元の位置に戻った。やはり煙たかったらしい。
「じゃ、じゃあ俺はどうすれば……?」
「んーと……あ」
ピコピコと何かの通知音がして、ルカはスマートフォンを見た。嬉しそうに一瞬だけ笑うと視線を凌太へと戻した。
「えっと、次の予約をすぐに入れるか、セナに連絡するか、じゃね?じゃあ、俺そろそろ行くから」
「れ、連絡って何て……」
残っていたビールを一気に飲み干すと、
「それくらい自分で考えろよ。話聞いてやったんだから支払いよろしくな」
「え?!ちょっと!?」
呼び止める声に反応もせず、言葉と伝票を置いてルカはさっさと店を出ていってしまった。
「嵐みたいな子だな……はあ、連絡……って言ってもなあ……」
取り残された凌太は、周りの視線を気にして席に着くと、自分のスマートフォンを取り出した。
SNSツールでセナのアイコンをタップすると前回のやり取りが表示される。
差しさわりのない文章を打っては消し、打っては消しを繰り返していると、網の上に残された肉が、真っ黒に炭化していった。
今日は本当にため息が多く出る。やっとのことで一杯目のビールを飲み終えると、メッセージを送る事を諦めスマートフォンを横に置いた。手持無沙汰になり、メニューのドリンク欄を眺めてみた。
前回も今回もメニューをまじまじと見る余裕が無かったから気が付かなかったが、個人の焼肉店にしてはドリンクメニューが充実しており、酒メニューを見るのが好きな凌太は心が躍った。
カクテルの類は種類が少ないが、焼酎や果実酒が豊富だ。セナにはどんなお酒が似合うだろうか。優しそうな垂れた目なのに、有無を言わさない強さがある。都会的に見えて、話すと世間知らずな幼い部分も多い。そのすべてに良いギャップを感じる。前に選んだスパークリングワインは気に入ってくれていたから、飲みやすい系統が良いのだろうか。例えばこの店に一緒に来れたなら――。
果たしてそんな日は来るのだろうか。そもそもセナが本当に凌太を思ってくれているのかも不安がある。夜の仕事をする人は【色恋営業】をするらしい。恋人のように振る舞って客から金を絞り取る接客方法らしいが、まさに今の凌太の状況がそれではないだろうか。
週に一度以上通い詰める凌太はセナにとって所謂太客で、逃したくない客なのかもしれない。客としてセナとの時間を買う事に不満は一切無い。連絡先を交換した時の紅潮した頬はライトのせいじゃないと信じたいが、セナの言う事全てを信じてもいいのか分からないのだ。
好きな人からの好意を素直に信じられないのは、やはりキャストと客という壁があるからだ。大人になっても裏切られるのは怖いものだからしょうがないといえばしょうがない。
豊富な日本酒のラインナップの中に凌太の勤める会社のミニボトルがあるのを見つけた。いつか、セナにこれは自分が勤める会社の製品だと言いながらこれを飲める日が来るのだろうか。
店員にミニボトルと、漬物を注文するとスマートフォン片手に一旦店を出た。
店の予約ダイヤルに電話をかけた。セナとの時間を予約すると、凌太は店内に戻り、ミニボトルの栓を一人で開けた。
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