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焼き肉と酒
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運ばれてきたビールから水滴が滴るのを、ぼんやりと眺める凌太がいた。
店を出た後、ふらふらと歩いていると、いつの間にかあの焼肉店の近くを通りかかった。肉が焼けるいい匂いがして、思わず店の中に入ったのだ。
ホルモンの盛り合わせと、一人前のハラミがテーブルに置かれている。お通しの塩だれキャベツにすら手が伸びておらず、ビールもぬるくなり始めている。
周りからはじゅうじゅうと肉が焼ける音がして、息を吸い込めばタレ漬けの肉が滴り炭火で蒸発する美味しそうな匂いでいっぱいになっているというのに一向に箸が進まない。7対3の割合だった筈のビールの泡も薄くなっていて、これではのど越しが台無しだ。
前回とは違い、今日は店内の若干油のこびりついた窓際の四人席に通された凌太は、先ほどから何度もビールに手を伸ばそうとはしていたが、飲む気にはなれないでいた。
もう何度目かわからないため息をついて、頬杖を付く。
別れ際の気まずそうなセナの顔が脳裏にこびりついて離れない。
「はあ……」
何度目かのため息をついた時、ふと視線を感じた気がして、窓に目を向けてみると、くりっとした大きな目に至近距離で見つめられていて、声にならない声を上げた。
「――?!」
椅子を引き摺る音と共に驚いて立ち上がった凌太を、大きな目の主は苦笑いで見つめた後
「そこにいて」と口だけで形作ってきた。
座る事も出来ず立ったままで、大きな目の主の正体について頭を捻っている間に、彼は凌太の目の前まで到達した。
よかった。足がある。霊とかじゃないんだ。
「なあ、凌太だよな?」
「え?!」
名前を知られている事にまた驚いて、恐怖から彼との距離を取る。呆れた様子の少年をまじまじと見つめていると、どこか見覚えがある気がしてきた。
小柄な体に大きな目。一見すると美少女にも見間違えてしまいそうな少年は、確か今日エレベーターを降りた時に話しかけられた――。
「ルカ……くん?!」
「そー正解。やっと分かった?外で見るとちょっとイメージ違う?」
目の前にドカッと座るルカの元へ、店員がおしぼりを持ってきた。ビールとチャンジャ、カルビを注文すると改めて凌太の方へと体を向きなおす。
「あー腹減ったぁ……?焼かねぇの?」
「え、あ、えっと……」
立ったままの凌太を笑いながら、肉の乗った皿を持つと、豪快にも網の上で皿をひっくり返し始めた。全ての肉をぐちゃぐちゃに焼きだしたのだ。
「え!?」
「この方が早く焼けるじゃん」
「いや、あの、部位がどれがどれか分からなく……」
「食べれば一緒。そんな事より早く座りなよ」
運ばれてきたビールジョッキを手にすると、乾杯のポーズのままルカが停止した。大きな目で促されて、挙動不審になりながらも、凌太がビールジョッキを掲げると、カツンと小気味いい音が響く。ぐびぐびとナナサンの割合で注がれた液体を目の前で一気に飲むと、よくとおる声でお代わりをオーダーした。チャンジャと共に直ぐ運ばれてきた二杯目のビールにも早々に口をつける。
飲みたいように飲み、食べたいように食べるルカは凌太を気に掛ける様子も、相席している説明も何もない。
「え、えっと、な、何か……」
「あーこれ焼けてる!ほれほれ!」
いきなり現れたルカにどう対処していいのか分からないでいる凌太の皿に、ぽいぽいと火が通った肉が置かれていく。
「ほら、泡無くなるからさっさと飲んで」
「え、あ、はあ……」
ぬるくなってしまったビールは苦みを強く感じたが、焼肉のタレの強烈な旨味で飲むことが出来た。
無言で飲み、肉を咀嚼しつつ、チラチラとルカの方を伺い見るが、相手も黙々と肉を頬張っている。お腹が膨れるまで話し出さないのだろうかと、一旦質問を飲み込むと目線を肉へと戻した。
「で、今日何があった?」
「え……?」
コリコリとしたホルモンを口にした途端質問が飛んできて、肉が噛み切れない。
「セナ、なんか変だったぞ。あの後の予約飛ばして帰ったし。絶対なんかあっただろ?」
「え?!」
「セナに聞いても生返事だし、どーすっかなぁって思ってたらアンタ見つけたからさ。お節介かもしれねぇけど、まあ話してみてよ」
焼けた肉とチャンジャを次々に口にいれ、パクパクと食べ続ける姿は、頬袋のあるハムスターのようだ。口元に注目していると、ルカには八重歯がある事に気が付いた。
店を出た後、ふらふらと歩いていると、いつの間にかあの焼肉店の近くを通りかかった。肉が焼けるいい匂いがして、思わず店の中に入ったのだ。
ホルモンの盛り合わせと、一人前のハラミがテーブルに置かれている。お通しの塩だれキャベツにすら手が伸びておらず、ビールもぬるくなり始めている。
周りからはじゅうじゅうと肉が焼ける音がして、息を吸い込めばタレ漬けの肉が滴り炭火で蒸発する美味しそうな匂いでいっぱいになっているというのに一向に箸が進まない。7対3の割合だった筈のビールの泡も薄くなっていて、これではのど越しが台無しだ。
前回とは違い、今日は店内の若干油のこびりついた窓際の四人席に通された凌太は、先ほどから何度もビールに手を伸ばそうとはしていたが、飲む気にはなれないでいた。
もう何度目かわからないため息をついて、頬杖を付く。
別れ際の気まずそうなセナの顔が脳裏にこびりついて離れない。
「はあ……」
何度目かのため息をついた時、ふと視線を感じた気がして、窓に目を向けてみると、くりっとした大きな目に至近距離で見つめられていて、声にならない声を上げた。
「――?!」
椅子を引き摺る音と共に驚いて立ち上がった凌太を、大きな目の主は苦笑いで見つめた後
「そこにいて」と口だけで形作ってきた。
座る事も出来ず立ったままで、大きな目の主の正体について頭を捻っている間に、彼は凌太の目の前まで到達した。
よかった。足がある。霊とかじゃないんだ。
「なあ、凌太だよな?」
「え?!」
名前を知られている事にまた驚いて、恐怖から彼との距離を取る。呆れた様子の少年をまじまじと見つめていると、どこか見覚えがある気がしてきた。
小柄な体に大きな目。一見すると美少女にも見間違えてしまいそうな少年は、確か今日エレベーターを降りた時に話しかけられた――。
「ルカ……くん?!」
「そー正解。やっと分かった?外で見るとちょっとイメージ違う?」
目の前にドカッと座るルカの元へ、店員がおしぼりを持ってきた。ビールとチャンジャ、カルビを注文すると改めて凌太の方へと体を向きなおす。
「あー腹減ったぁ……?焼かねぇの?」
「え、あ、えっと……」
立ったままの凌太を笑いながら、肉の乗った皿を持つと、豪快にも網の上で皿をひっくり返し始めた。全ての肉をぐちゃぐちゃに焼きだしたのだ。
「え!?」
「この方が早く焼けるじゃん」
「いや、あの、部位がどれがどれか分からなく……」
「食べれば一緒。そんな事より早く座りなよ」
運ばれてきたビールジョッキを手にすると、乾杯のポーズのままルカが停止した。大きな目で促されて、挙動不審になりながらも、凌太がビールジョッキを掲げると、カツンと小気味いい音が響く。ぐびぐびとナナサンの割合で注がれた液体を目の前で一気に飲むと、よくとおる声でお代わりをオーダーした。チャンジャと共に直ぐ運ばれてきた二杯目のビールにも早々に口をつける。
飲みたいように飲み、食べたいように食べるルカは凌太を気に掛ける様子も、相席している説明も何もない。
「え、えっと、な、何か……」
「あーこれ焼けてる!ほれほれ!」
いきなり現れたルカにどう対処していいのか分からないでいる凌太の皿に、ぽいぽいと火が通った肉が置かれていく。
「ほら、泡無くなるからさっさと飲んで」
「え、あ、はあ……」
ぬるくなってしまったビールは苦みを強く感じたが、焼肉のタレの強烈な旨味で飲むことが出来た。
無言で飲み、肉を咀嚼しつつ、チラチラとルカの方を伺い見るが、相手も黙々と肉を頬張っている。お腹が膨れるまで話し出さないのだろうかと、一旦質問を飲み込むと目線を肉へと戻した。
「で、今日何があった?」
「え……?」
コリコリとしたホルモンを口にした途端質問が飛んできて、肉が噛み切れない。
「セナ、なんか変だったぞ。あの後の予約飛ばして帰ったし。絶対なんかあっただろ?」
「え?!」
「セナに聞いても生返事だし、どーすっかなぁって思ってたらアンタ見つけたからさ。お節介かもしれねぇけど、まあ話してみてよ」
焼けた肉とチャンジャを次々に口にいれ、パクパクと食べ続ける姿は、頬袋のあるハムスターのようだ。口元に注目していると、ルカには八重歯がある事に気が付いた。
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