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第二章 転換
第九話
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大輝は、來が自暴自棄になり、少しずつ堕落していく様子を見ていられなかった。
最初のうちは、そんなことをしても仕方ない、放っておけばいい――そう思っていた。だが、仕事中の來の姿に、どこか冷たい影を感じるようになっていった。
手元は相変わらず器用で、技術も衰えてはいない。それでも、そこには以前のような熱がなかった。
ある常連客が何気なく言った一言が、決定的だった。
「來くん、変わっちゃったね」
その言葉に、大輝はハッとした。何気ない笑顔の下に、どこか壊れかけた心が透けて見える。
放っておいたら、ほんとうに戻れなくなる――そんな危機感が胸を締めつけた。
「毎週土日、來に頼みたい仕事がある」
「えっ」
突然の申し出に、來は目を丸くする。
大輝は少し間を置き、静かに言葉を続けた。
「少し多忙になるかもしれないが……地方アイドルのヘアメイクのヘルプに入ってほしい」
「……まさか、あの……清流なんたらってやつ」
大輝はうなずいた。
清流ガールズ――地元で人気のアイドルグループ。大輝の同期の美容師がメイン担当をしており、ヘルプが欲しいと言ってきたのだ。
それは、來を李仁と距離を置かせるための、半ば強引な口実でもあった。
來は一瞬、考え込むように視線を落としたが、やがて小さく息を吐き、言った。
「……はい。やってみます」
その答えに、大輝は驚きと安堵が入り混じったような表情を浮かべた。
「もう少し若い女の子と接する回数、増やしたくて。ただでさえ女性と上手く話せないのに……年上の方はリードしてくださるけど、若い子はそうはいかないし。気持ちが通じなければ常連もつかないし……やってみようかと」
「そうだな、わかってるじゃないか」
「……ええ。なんとなく自覚はありましたから」
その口ぶりは穏やかだったが、その奥にあるものは違っていた。
來は大輝の期待を裏切りたくなかった。誰かに必要とされたい、その気持ちがわずかに彼を動かしていた。
「あ、あの……大輝さん」
「どした」
「……ついでといっちゃなんですが」
「おう」
「もっと出勤数、増やしたいです。他の店舗の応援とか……今回のアイドルの仕事だけじゃなくて。もっと、仕事をください」
來の目には、どこか焦りのような光が宿っていた。
大輝はその視線を受け止めながら、内心で唇を噛む。
どうした、その急な心変わりは――そう言いたかった。
以前の來は、淡々と仕事をこなすだけで、どこか夢中になれないままだった。それが今は、自分から前へ進もうとしている。
大輝は少しだけ微笑み、深くうなずいた。
「わかった、來。本当にいいのか?」
「はい。お願いします」
美容師という職業は、経験を積んでこそ力になる。
大輝自身も若い頃、体を壊すほど仕事にのめり込み、技術と人脈を磨いてきた。
そんな自分の姿を、來に少しでも重ねたのかもしれない。
「うん。じゃあ、ブースに戻るから」
「はい。ありがとうございます」
來は深く頭を下げた。
その背中には、かすかに昔の生気が戻りつつあった。
大輝は個室ブースに戻る。そこには李仁が座っていた。
「……李仁、直接言わないの?」
「直接、“もうこの関係やめよう”って言うのも、けっこう辛いのよ」
李仁の声には、どこか達観したような寂しさが混じっていた。
この関係の始まり――それは大輝が、湊音と李仁の二人に「來のことを頼む」と頭を下げた夜に遡る。
最初は湊音が食事を作りに通っていた。
けれど、どれだけ世話を焼いても來の心は晴れず、李仁が「任せて」と代わりに出向くようになった。
そのうち李仁の判断で、“荒療治”と称して身体の関係を持ったのだ。
「僕は……來と身体の関係を持てなんて言ってないからね。李仁が勝手に……」
「まぁ、私も最初はここまで來くんが性欲に溺れるとは思わなかったわ。食べ物、酒……その次は薬にいってたかもしれないし」
「……李仁!」
「冗談、冗談よ。でもほんと、しんどかったわ。病んでる子とセックスするのって、思ってる以上に体力いるの。うちのミナくんもそうだけど、私、病み専なのかしら」
李仁は軽口を叩きながらも、目の奥はどこか虚ろだった。
大輝はそんな彼女の髪を整えながら、苦笑いをこぼす。
「昔と変わらないな、その奔放さ」
「そーかしら? でも、仕事漬けで潰れるよりマシだったと思うわ。あれも一種の治療法よ」
李仁は、まるで自分を慰めるように笑ってみせた。
その笑顔の奥で、來もまた、静かに自分を立て直そうとしていた。
最初のうちは、そんなことをしても仕方ない、放っておけばいい――そう思っていた。だが、仕事中の來の姿に、どこか冷たい影を感じるようになっていった。
手元は相変わらず器用で、技術も衰えてはいない。それでも、そこには以前のような熱がなかった。
ある常連客が何気なく言った一言が、決定的だった。
「來くん、変わっちゃったね」
その言葉に、大輝はハッとした。何気ない笑顔の下に、どこか壊れかけた心が透けて見える。
放っておいたら、ほんとうに戻れなくなる――そんな危機感が胸を締めつけた。
「毎週土日、來に頼みたい仕事がある」
「えっ」
突然の申し出に、來は目を丸くする。
大輝は少し間を置き、静かに言葉を続けた。
「少し多忙になるかもしれないが……地方アイドルのヘアメイクのヘルプに入ってほしい」
「……まさか、あの……清流なんたらってやつ」
大輝はうなずいた。
清流ガールズ――地元で人気のアイドルグループ。大輝の同期の美容師がメイン担当をしており、ヘルプが欲しいと言ってきたのだ。
それは、來を李仁と距離を置かせるための、半ば強引な口実でもあった。
來は一瞬、考え込むように視線を落としたが、やがて小さく息を吐き、言った。
「……はい。やってみます」
その答えに、大輝は驚きと安堵が入り混じったような表情を浮かべた。
「もう少し若い女の子と接する回数、増やしたくて。ただでさえ女性と上手く話せないのに……年上の方はリードしてくださるけど、若い子はそうはいかないし。気持ちが通じなければ常連もつかないし……やってみようかと」
「そうだな、わかってるじゃないか」
「……ええ。なんとなく自覚はありましたから」
その口ぶりは穏やかだったが、その奥にあるものは違っていた。
來は大輝の期待を裏切りたくなかった。誰かに必要とされたい、その気持ちがわずかに彼を動かしていた。
「あ、あの……大輝さん」
「どした」
「……ついでといっちゃなんですが」
「おう」
「もっと出勤数、増やしたいです。他の店舗の応援とか……今回のアイドルの仕事だけじゃなくて。もっと、仕事をください」
來の目には、どこか焦りのような光が宿っていた。
大輝はその視線を受け止めながら、内心で唇を噛む。
どうした、その急な心変わりは――そう言いたかった。
以前の來は、淡々と仕事をこなすだけで、どこか夢中になれないままだった。それが今は、自分から前へ進もうとしている。
大輝は少しだけ微笑み、深くうなずいた。
「わかった、來。本当にいいのか?」
「はい。お願いします」
美容師という職業は、経験を積んでこそ力になる。
大輝自身も若い頃、体を壊すほど仕事にのめり込み、技術と人脈を磨いてきた。
そんな自分の姿を、來に少しでも重ねたのかもしれない。
「うん。じゃあ、ブースに戻るから」
「はい。ありがとうございます」
來は深く頭を下げた。
その背中には、かすかに昔の生気が戻りつつあった。
大輝は個室ブースに戻る。そこには李仁が座っていた。
「……李仁、直接言わないの?」
「直接、“もうこの関係やめよう”って言うのも、けっこう辛いのよ」
李仁の声には、どこか達観したような寂しさが混じっていた。
この関係の始まり――それは大輝が、湊音と李仁の二人に「來のことを頼む」と頭を下げた夜に遡る。
最初は湊音が食事を作りに通っていた。
けれど、どれだけ世話を焼いても來の心は晴れず、李仁が「任せて」と代わりに出向くようになった。
そのうち李仁の判断で、“荒療治”と称して身体の関係を持ったのだ。
「僕は……來と身体の関係を持てなんて言ってないからね。李仁が勝手に……」
「まぁ、私も最初はここまで來くんが性欲に溺れるとは思わなかったわ。食べ物、酒……その次は薬にいってたかもしれないし」
「……李仁!」
「冗談、冗談よ。でもほんと、しんどかったわ。病んでる子とセックスするのって、思ってる以上に体力いるの。うちのミナくんもそうだけど、私、病み専なのかしら」
李仁は軽口を叩きながらも、目の奥はどこか虚ろだった。
大輝はそんな彼女の髪を整えながら、苦笑いをこぼす。
「昔と変わらないな、その奔放さ」
「そーかしら? でも、仕事漬けで潰れるよりマシだったと思うわ。あれも一種の治療法よ」
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その笑顔の奥で、來もまた、静かに自分を立て直そうとしていた。
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