救国の聖女となりえたのはなぜか~力が宿るのは、心か身体か~

Gypsophila

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ヒロインになり損なったのは、誰のせい?<モモナside>

3. 第一王子アシュトン・グランヴィルとの邂逅

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 寮へ入ったのは入学式より一週間前。

 王都の近くに領地のある者はそこから馬車で通うことが殆どだが、モモナのように家が遠い者や登下校の時間すらも惜しく勉強したい者、騎士団での訓練を受けたい者など希望者は学園に併設された寮の使用が認められている。ゲームでもヒロインは寮に入っているため、一日の始まりと終わりはきまって寮の背景画面だ。
 一室ずつ部屋は割り当てられるが、やはり入学に際する寄付金の額によって部屋の広さや設備は異なってくる。さきほど偶然通りかかった部屋は扉の隙間から覗いただけでも広さも美しさも機能性も申し分ないように見えた。そこの住人となるのは、国境を守り外交も盛んな名門辺境伯家令嬢であるらしい。

 当然貧乏な男爵家の令嬢であるモモナは、寮の中でも一番こじんまりとした部屋を宛がわれた。とはいってもほとんどの下位貴族は誰もが似たようなものである。けれど重要なのはそこではなく、自分が誰かよりも劣っているという事実がモモナは気に食わないのだ。

「ゲームしてた時は知らなかったけど、こんな差を学園内でつけちゃっていいわけ? 『学園は分け隔てなく、一生徒として学ぶ場だ』とかなんとか言ってたくせに。日本だったら差別だって即教育委員会に訴えてやるのに。はあ…………まあ、いいわ。一年の我慢だもん」

 家から持ってきた荷物を解きながらひとり愚痴が止まらないけれど、あの部屋よりも豪華な場所が、地位が手に入る未来を思ってなんとか溜飲を下げた。
 運び込んだみっつのトランクの内、ひとつはシークレットショップで買い漁ったアイテムがぎっしりと詰まっている。学力・魔力を上げるアイテムと好感度を上げるアイテムとを分け、クローゼットの奥へ厳重に仕舞い込んだ。
 残りは攻略方法を書き留めたノートに簡単な日用品や洋服だけだ。アイテムに稼いだお金のほとんどすべてをつぎ込んでいたため、元々実家で使っていたものしか手元にない。ノート以外はなんの思い入れもないそれらを乱雑にクローゼットへ押し込めば、移動で疲れた身体を休めるため、そのまま眠りにつくことにした。





 一週間後の朝、モモナはゲームパッケージのイラストそっくりの制服に身を包んでいた。
 ワンピース型の制服は足首辺りまでスカートの裾が揺れている。白を基調とした色彩のなか、スカートの裾や袖口などにライラックカラーで刺繍が施され、淑女が身に纏うにふさわしい清廉な雰囲気を纏っていた。同じ差し色のリボンが首元でふんわりと咲いて顔回りを華やかにさせる心遣いまで完璧だ。

「確か大手ブランドが一緒にキャラデザしたとか言ってたよね。確かに可愛いーっ」

 姿見に映した身体をくるりと一回転。動きに少し遅れスカートの裾が追いかけ揺れると、シンプルなダークブラウンの靴が顔を覗かせる。家にあった中で一番上等なものだが、あまり可愛いとは言えない。男女ともに制服は指定だが、足元や髪飾りなどはある程度自由で、悲しきかなそのあたりにも貧富の格差が滲み出る。いつか王都の一等地に店を構える高級店の靴を履くことを夢見て、漸く一歩を踏み出した。

 ついにモモナの物語が始まるのだ。

「はあ……今からワクワクする! 実物ってどのくらいカッコいいんだろ……まずは、中庭に行かなくちゃ」

 入学式を迎える今日、<アマトカ>の最初のイベントが発生する。
 王道中の王道、第一王子アシュトン・グランヴィルとの邂逅。
 学園のシンボルである中庭の木の下で足を挫いてしまったヒロインを見つけたアシュトンが優しく手を差し伸べ、王子自らハンカチで応急処置をしてくれる。このハンカチが後々の再会イベントへ繋がっていくのだ。




「『ああ、早く目が覚めちゃった。少し早いけれど、図書館は開いているかしら。見たこともない本が沢山あるって言っていたもの、学園に通っているうちに全部読めるといいな』」

 ――これから学べる喜びと緊張とで早く目覚めてしまった。誰もまだいないようだ。制服に着替え、寮を出て朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 ゲーム冒頭の台詞とト書きもばっちりだ。
 
 まるで女優になった気分。中庭へ向かう足取りは軽く、浮足立つ心を表すように鼻歌が漏れ出てしまいそう。
 中庭に到着するよりも前から見切れていた木は、流石シンボルと言うだけあってかなり大きい。誰もいないことを確認し、慎重に木の近くへと進むと躓くのにちょうどいい木の根が盛り上がった箇所を見つけた。恐らくヒロインはここで足を引っ掛けて挫いたのだろうと推測を立て、入念にシミュレーションをしたあと。

「わあ……素敵な木。とっても立派……、きゃっ…!」

 美しく雄大な木に魅せられて、思わず駆け寄ったところ土から頭を出していた木の根に引っかかり転んでしまった。あまりの美しさに上ばかりに気を取られてしまったみたい。――という設定だ。
 多少無理があっても問題はないだろう。だってモモナはヒロインなのだから。

「……! 君、大丈夫かい…?」

 ほら、思った通り。モモナは俯いた顔の下でニッと品のない笑みを零した。
 痛みを堪えて滲む瞳で声の主を探すと、目の前にはキャラクターデザイン通りの美しいアシュトンが。いや、実物はもっと素晴らしかった。金糸の髪は柔らかく僅かな風にも揺れ、青い瞳は海のように深い。切れ長ながらくっきりした目は優しさを備え、今は心配そうにモモナを見下ろしている。
 
 高鳴る胸を抑え込み、潤んだ瞳でアシュトンを見上げるモモナは真っ白の足をスカートの端からほんの少し覗かせて「少し挫いただけで全然大丈夫で、…っ痛」とわざとらしく痛がってみせた。
 その姿を目にしたアシュトンに、一瞬のが生まれるのを目敏くモモナは感じ取る。
 アシュトンが自分に見惚れている……モモナはそう確信し、身体中が喜びで溶かされてしまいそうだった。

 アシュトンはモモナの傍にしゃがみ込み、ポケットから取り出した絹のハンカチを差し出す。再会イベントにつながるアイテムに間違いない。

「これを使って。――君は、新入生だね? 医務室で手当てをしてもらった方がいい。医務室には腕のいい治癒師が在中してるから、安心して。すぐに痛くなくなるよ。入学式まで時間はあるから間に合うとは思うけど……念のため僕から先生がたに話をしておくから万が一遅れてしまっても大丈夫だからね」

 モモナの最推しでもあるアシュトンの尊顔と優しく響く声に、うっとり心を奪われていると「僕はこれから新入生代表挨拶の打ち合わせがあるから、医務室まで付き添えないんだ……申し訳ない。すぐに誰かを呼んでこよう」と想定外の展開が目の前で巻き起こる。
 颯爽と去っていく後姿に漸く我に返ったがもう後の祭り。ゲームでは確かアシュトン自ら足首にハンカチを巻いてくれたあと、医務室まで送ってくれたはずだったのに。

「……おかしい。あのスチル好きだからこの目で見れると思ったのに! えぇー、足首の腫れが足りなかったとか? 実際に怪我とか嫌だもん、仕方ないよねえ。傷が残っちゃったら最悪だし」

 記憶にあるスチルは、心配そうな顔をしたアシュトンが極力足に触れないように気を使いながらハンカチをヒロインの足に結んでいる、ちょうどその瞬間を切り取ったもの。
 しかもこの邂逅イベントは選択や分岐など特になく、誰のルートでも最終的にバッドエンドだったとしても回収可能なものだったはずだ。
 生じたズレを不審に思いながらも、実際に挫いたわけではない足の腫れ具合以外の原因は全く思いつかない。

「でもまあ、ハンカチはゲットできたわけだし結果オーライか。これがあればアシュトンと再会してそのまま、他のメンバーと会えるもんね、あーっ、楽しみー!!」

 自分が何か大きな間違いをしでかしたとも思えないとすると、誤差の範囲と納得させてしまった。次のイベントに必要なハンカチが手に入っていたのでそれ以上深く考えていなかったのだろう。

 握りしめたハンカチはモモナを優しく包みこむ甘い香りがした――
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