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無口な少女とざしきわらし
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ジンは学校生活にも、人間として生きることに慣れてきたようだ。
夜神の何を考えているのかわからないたくらみは心配だったが、ジンがクラスになじんでいることがとてもうれしかった。ずっとこちらの世界に入りたいという彼の気持ちを知っていたから。
でも、新たな心配が目の前にある。最近、クラスで一番無口で、おしゃべりをしないシズカちゃんの脇にざしきわらしが見えた。
ざしきわらしなんて学校にはいないと思っていたが、お札を持ってからは以前より色々見えるようになったように思う。私の霊力が強くなっていたのかもしれない。
「妖牙君、学校にもざしきわらしっているの? それとも違う妖怪かな?」
「あそこにいるのは、ざしきわらし。学校にもいるんだぞ。廃校になる学校は座敷童がいなくなった学校って定番だろう?」
「そうなの? 知識がすごいよね」
私は最近は特に、妖牙君を尊敬の対象としか見ることができなくなっていた。
「シズカちゃんの近くにいるけれど、呪われているとか……ではないよね?」
ちょっと不安になった。しかし、悪い妖怪ではないことは百も承知だ。
「むしろ守っているんだよ。心配している。彼女がこのクラスに溶け込めていないことに」
定番の着物におかっぱであるざしきわらしは小学生くらいに見えた。
歳も近いので、あちらは友達感覚なのかもしれない。
当然ながらシズカちゃんには見えていない。
おかっぱのざしきわらしは無表情でシズカちゃんを見つめている。夏の怪奇現象特集などでこういったワンシーンが放送されるとみんな怖がる。そんなシーンをいつも見ている私は感覚がマヒしている。歳と共に見える力が強くなっているようにも思う。
モフミは自由で、私の近くにいたり、どこかに散歩に行ったりしている。
「シズカちゃん、隣の小学校だったよね」
とりあえず話しかけてざしきわらしの様子を見てみた。
「…………」(あぁ、話しかけてくれてうれしいけれど、何も言い返せない)
心の声を、ざしきわらしが代わりに答えた。
シズカは返事代わりにうなずいた。
「もしよかったら、校外学習のとき、一緒にお昼たべようか」
「…………」(私、極度の人見知りだから。ざしきわらし以外には話せないのよね)
また、ざしきわらしが彼女の心の声を代わりに出した。
「ざしきわらしが見えるの?」
驚いたのはシズカだ。目を大きく見開いた。
驚きながらもシズカはうなずいた。
チャイムがなったので、一旦席に戻ったが、後で、あのざしきわらしに話を聞こうと決意しながら、国語の授業を受ける。
運悪く当てられたのが、シズカだった。
「志木座《しきざ》シズカさん、ここの文章を読んでください」
ヒステリックな女性教師が厳しく命令した。
仕方なく、小さな声で、なんとか文章をささやくシズカ。気の毒になってしまった。教師は、仕方がないとあきらめたようで、次の文章は次の人に読ませることにしたようだ。なぜ、彼女は声が出るのに声を出さないのか? ただ、恥ずかしいからなのか? 彼女の力になりたいと思っていた。
さっそく休み時間に話しかけてみる。彼女には友達がいないから、邪魔者はいない。
「ざしきわらしが見えるの? 実は私、あやかしカウンセラーやっているの」
座っているシズカは少し驚きながら見上げた。真面目そうでおとなしいシズカ。シズカの髪型がおかっぱという点は、ざしきわらしと共通している。
(急に中学校に入学してから妖怪が見えるの。この中学に入ってからずっとこの子が学校にいる間、ついてくるの)
ざしきわらしが代わりに返事をした。
シズカは他の生徒とも馴染んでおらず、遠くから引っ越してきたのかもしれない。または、彼女の無口さが邪魔をして友達ができないのかもしれない。
「ねえ、あなたはなぜ、シズカちゃんのそばにいるの?」
「私は、シズカを守っている。私は、彼女に生きてほしい」
実にあやかし独特の口調で話す。
「生きる?」
「死のうと思っていたの?」
「シズカは以前、この学校で命を終わらせようと考えていた。私はシズカをほうっておけない」
「でも、あやかしが必要以上に一人の人間に近づくのはよくないよ」
「トイレのあやかしが教師に近づいているではないか。そこの幽霊はあの男子生徒ばかりにくっついている」
華絵さんと城山先生。
妖牙君と優菜のことを言っている。なかなかよく見ているようだ。
「それに、理科室にいた男も最近はクラスメイトになっているだろ」
ジンのことだ。
否定はできない。全て事実だ。
しかし、シズカにとって、ざしきわらしがいることが、救いになるのだろうか?
「でも、昔から無口だったの? 何かあったの?」
「シズカは昔は、よく話す子だったよ」
「なんで、昔を知っているの?」
「私はこの子の祖母だったからな」
「おばあちゃんが、生まれ変わってざしきわらしになったの?」
シズカが声を発した。そのことに、クラスメイトは驚いた。普段声を発することのない生徒が大きい声を出したのだから。
でも、ざしきわらしになったという言葉が強烈すぎて、すこし変わった人なのかな? という空気が教室内に広がった。
慌てて廊下のほうに駆け出すシズカ。
「まて、シズカ。私がずっとお前を守る。だから、いじめになんて負けるな」
シズカちゃん、いじめにあっていたの?
このざしきわらしは、シズカちゃんの祖母だったということは――あやかしのなかでは比較的キャリアが短いのかもしれない。孫を守るために、生まれ変わってここに来た。ざしきわらしは全国にたくさんいる。その中の1人になったのだろう。
「このあやかしは、大丈夫ですよ」
モフミがそっとささやく。
そのあと、シズカの祖母はいなくなった。ざしきわらしとしてどこかにいるのだろうが、姿を消したのだ。それ以来、シズカは少しずつ声も出せるようになり、ざしきわらしを見ることもなくなった。元々霊感が強いわけではなかったのだから。普通の女の子として、中学生生活を送ることになったのだ。
「ありがとう、おばあちゃん」
誰もいない壁に向かって、シズカはつぶやいた。
1人で一番後ろの席から眺めているだけの妖牙君。彼は何もしない。余計なことには首をつっこまない。基本的に他人に無関心だ。どうしても、という場合にだけ妖怪と向き合うという性格だ。ちょっと冷めていて後ろのほうからみている性格は、私とは違っている。でも、そういったところが割と好きだったりする。
やっぱり、私って妖牙君のこと、好きなのだな。優菜が相変わらず妖牙君にちょっかいを出す。不器用な私は彼とこのままの関係を続けることでせいいっぱいだ。
彼の心が動いてしまわないように―――私は心の中で祈るのだ。彼が幽霊に心をうばわれないようにと。
夜神の何を考えているのかわからないたくらみは心配だったが、ジンがクラスになじんでいることがとてもうれしかった。ずっとこちらの世界に入りたいという彼の気持ちを知っていたから。
でも、新たな心配が目の前にある。最近、クラスで一番無口で、おしゃべりをしないシズカちゃんの脇にざしきわらしが見えた。
ざしきわらしなんて学校にはいないと思っていたが、お札を持ってからは以前より色々見えるようになったように思う。私の霊力が強くなっていたのかもしれない。
「妖牙君、学校にもざしきわらしっているの? それとも違う妖怪かな?」
「あそこにいるのは、ざしきわらし。学校にもいるんだぞ。廃校になる学校は座敷童がいなくなった学校って定番だろう?」
「そうなの? 知識がすごいよね」
私は最近は特に、妖牙君を尊敬の対象としか見ることができなくなっていた。
「シズカちゃんの近くにいるけれど、呪われているとか……ではないよね?」
ちょっと不安になった。しかし、悪い妖怪ではないことは百も承知だ。
「むしろ守っているんだよ。心配している。彼女がこのクラスに溶け込めていないことに」
定番の着物におかっぱであるざしきわらしは小学生くらいに見えた。
歳も近いので、あちらは友達感覚なのかもしれない。
当然ながらシズカちゃんには見えていない。
おかっぱのざしきわらしは無表情でシズカちゃんを見つめている。夏の怪奇現象特集などでこういったワンシーンが放送されるとみんな怖がる。そんなシーンをいつも見ている私は感覚がマヒしている。歳と共に見える力が強くなっているようにも思う。
モフミは自由で、私の近くにいたり、どこかに散歩に行ったりしている。
「シズカちゃん、隣の小学校だったよね」
とりあえず話しかけてざしきわらしの様子を見てみた。
「…………」(あぁ、話しかけてくれてうれしいけれど、何も言い返せない)
心の声を、ざしきわらしが代わりに答えた。
シズカは返事代わりにうなずいた。
「もしよかったら、校外学習のとき、一緒にお昼たべようか」
「…………」(私、極度の人見知りだから。ざしきわらし以外には話せないのよね)
また、ざしきわらしが彼女の心の声を代わりに出した。
「ざしきわらしが見えるの?」
驚いたのはシズカだ。目を大きく見開いた。
驚きながらもシズカはうなずいた。
チャイムがなったので、一旦席に戻ったが、後で、あのざしきわらしに話を聞こうと決意しながら、国語の授業を受ける。
運悪く当てられたのが、シズカだった。
「志木座《しきざ》シズカさん、ここの文章を読んでください」
ヒステリックな女性教師が厳しく命令した。
仕方なく、小さな声で、なんとか文章をささやくシズカ。気の毒になってしまった。教師は、仕方がないとあきらめたようで、次の文章は次の人に読ませることにしたようだ。なぜ、彼女は声が出るのに声を出さないのか? ただ、恥ずかしいからなのか? 彼女の力になりたいと思っていた。
さっそく休み時間に話しかけてみる。彼女には友達がいないから、邪魔者はいない。
「ざしきわらしが見えるの? 実は私、あやかしカウンセラーやっているの」
座っているシズカは少し驚きながら見上げた。真面目そうでおとなしいシズカ。シズカの髪型がおかっぱという点は、ざしきわらしと共通している。
(急に中学校に入学してから妖怪が見えるの。この中学に入ってからずっとこの子が学校にいる間、ついてくるの)
ざしきわらしが代わりに返事をした。
シズカは他の生徒とも馴染んでおらず、遠くから引っ越してきたのかもしれない。または、彼女の無口さが邪魔をして友達ができないのかもしれない。
「ねえ、あなたはなぜ、シズカちゃんのそばにいるの?」
「私は、シズカを守っている。私は、彼女に生きてほしい」
実にあやかし独特の口調で話す。
「生きる?」
「死のうと思っていたの?」
「シズカは以前、この学校で命を終わらせようと考えていた。私はシズカをほうっておけない」
「でも、あやかしが必要以上に一人の人間に近づくのはよくないよ」
「トイレのあやかしが教師に近づいているではないか。そこの幽霊はあの男子生徒ばかりにくっついている」
華絵さんと城山先生。
妖牙君と優菜のことを言っている。なかなかよく見ているようだ。
「それに、理科室にいた男も最近はクラスメイトになっているだろ」
ジンのことだ。
否定はできない。全て事実だ。
しかし、シズカにとって、ざしきわらしがいることが、救いになるのだろうか?
「でも、昔から無口だったの? 何かあったの?」
「シズカは昔は、よく話す子だったよ」
「なんで、昔を知っているの?」
「私はこの子の祖母だったからな」
「おばあちゃんが、生まれ変わってざしきわらしになったの?」
シズカが声を発した。そのことに、クラスメイトは驚いた。普段声を発することのない生徒が大きい声を出したのだから。
でも、ざしきわらしになったという言葉が強烈すぎて、すこし変わった人なのかな? という空気が教室内に広がった。
慌てて廊下のほうに駆け出すシズカ。
「まて、シズカ。私がずっとお前を守る。だから、いじめになんて負けるな」
シズカちゃん、いじめにあっていたの?
このざしきわらしは、シズカちゃんの祖母だったということは――あやかしのなかでは比較的キャリアが短いのかもしれない。孫を守るために、生まれ変わってここに来た。ざしきわらしは全国にたくさんいる。その中の1人になったのだろう。
「このあやかしは、大丈夫ですよ」
モフミがそっとささやく。
そのあと、シズカの祖母はいなくなった。ざしきわらしとしてどこかにいるのだろうが、姿を消したのだ。それ以来、シズカは少しずつ声も出せるようになり、ざしきわらしを見ることもなくなった。元々霊感が強いわけではなかったのだから。普通の女の子として、中学生生活を送ることになったのだ。
「ありがとう、おばあちゃん」
誰もいない壁に向かって、シズカはつぶやいた。
1人で一番後ろの席から眺めているだけの妖牙君。彼は何もしない。余計なことには首をつっこまない。基本的に他人に無関心だ。どうしても、という場合にだけ妖怪と向き合うという性格だ。ちょっと冷めていて後ろのほうからみている性格は、私とは違っている。でも、そういったところが割と好きだったりする。
やっぱり、私って妖牙君のこと、好きなのだな。優菜が相変わらず妖牙君にちょっかいを出す。不器用な私は彼とこのままの関係を続けることでせいいっぱいだ。
彼の心が動いてしまわないように―――私は心の中で祈るのだ。彼が幽霊に心をうばわれないようにと。
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