こんな世界で生きている(仮)

雨ケ谷 星麗

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#1

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 世の中には劇薬は沢山ある。青酸カリに塩酸、こんなのはよく知られた毒だ。
 だが水や塩だって大量に摂取すれば人体には毒だ。でも全く摂取しないわけにはいかない。人の体は約60%が水分でできていて、体重の0,3%が塩分にあたる。人体的には摂取しなくても、体に毒だ。
 なんて自分たち人間はこんなに脆いのだろうか。こんなに脆くて生きて行けるなんて不思議なものだ。感覚的に喉が渇いたとかそういう感覚が自分たちを生かしているのだ。これが摂理なのか、自然界の思し召しなのか自分たちは何にも知らない。知らない方が生きていて得なのかもしれない。
 愛だって毒だ。かわいそうと思われれば惨めに感じるし心も痛みを感じる。きっと恋も同じで好き好きって言われて別れましょうなんて急に言われたらそんな日はもう地獄だろう。いじめられれば息が詰まるし自分の存在価値をも疑う。
 でも、不思議だ。
 
 ――喉が渇くように、血が飢えるように。――

 愛されたいだなんて、世界に彩がほしいだなんて。そんな高望みをしてしまう。

 愛を客観視して語っている自分も神様に嫌われているのか、否か。いじめられて死にたいと思って覚悟を決めた。
 こっそり先生達にバレないように屋上に隠れて日が暮れていく様子を眺めながら過ごした。久々に夕方の空なんて眺めたな、秋の空だからだろうか深呼吸をすれば冷たい空気が肺を満たした。藍色と橙色が綺麗なグラデーションを作り上げている。こんな自分が絶望するような世界が美しくて綺麗だなんてなんて今まで忘れていたのだろうか。自分が死ぬ前に見れる景色が綺麗で良かったな、なんて思ってしまった。
 橙色だった部分が侵食されて藍色に染まっていく、残ったのは綺麗な満月と天井一面のキラキラとした星だ。もう門限はとっくに過ぎているし今更帰ったら親はかんかんに激怒するだろう。暫く経ってそろそろ時計は八時を指し示そうとしている。大体の先生たちは帰っているだろうということを信じたいがそうもいかない日もあるのだろう。隣の校舎の職員室の明かりがともったままである。もしかすると自分が親から探されているからか?なんてことを考えながら伸びをする。
「あーあ、時間が進む限り自分にとっての地獄がやってくるってやだねー。」
 そんなことを呟きながら屋上に設置された転落防止の柵から身を乗り出す。一歩進めば体は空中だ。そもそも屋上なんて立ち入り禁止の場所だ、ただしなぜかカギはかかっていなかったし数日先生たちを見ていたがここを確認したり施錠する様子もなかった。先生たちに見つかったら見つかったで反省文行きは免れないのだが自分に明日を考える気力はもうほとんど残っていない。
 でも自分も人間で恐怖というものは拭えない。落ちたら痛いしどこか折れるだろうし変に助かったら助かったで身体的な自由はなくなるだろうし。どれだけ覚悟を決めても人間の思考に恐怖が混じる限り、足がすくむのだ。多分きっとそれは自分の中でこの行動に納得がいっていないと言うことでもあるのだろうが。
「はぁ……。」
 深く息を吐いたところで自分の手首が掴まれた。息が止まるような刹那。ここに人などいないはずだったから驚きを隠せなかった。
「えっ、な……に?」
 腕を引かれ自分の体は宙を舞う感覚に襲われる。が、地面に叩きつけられる痛覚もほぼ同時に感じることになった。
「瑠衣くん、だよね?な、何してるの?飛び降りるつもりだったってこと?!」
 即座に上から聞き覚えのない女性の声が降ってきた。自分がやっていた行為を見てだいぶ焦った様子だった。まぁ、目の前で人が死にそうになっているのだったら誰でも焦ってしまうだろう。 
「……いって、なにすんだよ?」
 そう呟いて上を見上げると同じ学校の制服、黒髪で輝く星のような黄色の瞳を持ったの女子生徒が月を背景に心配そうな表情を浮かべていた。
 さっき名前で呼ばれたから知り合いだったっけ?うちの学校は上履きの色が学年で違うから同学年だということは分かった。尚更こんな美少女みたいな女の子いたっけ?
「ももちゃん、だよね?人違いじゃないよね?」  
 と不安そうに問いただしてくる。自分の頭の中では「誰だったっけ、思い出さなきゃ。」がループしている。
「あ、うん。そう、だけど……。」
「よかった。私のこと覚えてる?」
 その質問をされたが最後、結局自分の中では時間切れで思い出すことができなかった。
「ごめん、どっかで会ったっけ?」
「風見蓮花、覚えてない?」
 脳内で顔と名前を照会してみるが全く覚えて……。いや、走馬灯のように出会った人物を脳内で流していると面影があるような人物を思い出した。それは幼いころ遊んでいたレンちゃん。近所に住んでいてよく遊んでいたのだが小学生に上がるころには家族で遠くへ引っ越してしまったと母親から聞かされて自分は大泣きして抗議したのをかすかに覚えている。遠くに行った彼女がなぜここにいるのだろうか。
 今絶対目に見えて驚いた表情を浮かべているだろう。
「れんちゃん。……え、なんで居んの。」
「なんでって、二学期はじまったとき私転校してきたんだけど?噂にもなってなかった?」
 二学期の始業式に出席したような記憶がない。
「俺休んだ、かも。」
 はぁ、とため息をついて彼女がしゃがむ。
「どうしちゃったの?」
 そう言って首を傾げている。ただし本当のことを言うべきか否か……。
 しばらく黙って俯いていたら
「明日休みだけど早く言わないと時間なくなちゃうよ?まぁ戸締りされてるから出られるかどうかわからないけどねー?」
 と彼女が俯いた顔を覗き込んでくる。こんなふうに振る舞う彼女を見ていると幼少の記憶にある彼女と変わらないなぁと思ってしまう。
「ふふ、じゃあなんで蓮ちゃんはここにいるの?親御さんに怒られるよ?こんな時間に……。女の子なんだから、夜道は危険でしょ?」
「話逸らさないでくれる?私が聞いてるの、答えて?」
 まっすぐに見つめてくる彼女の瞳が月の明かりを浴びてきらりと光ったように見えた。あぁ、彼女の前で嘘をつくのもあまり良くないなぁなんて想ってしまう。
「はぁ、わかったよ。生きたくなくなっちゃって……。なんかもういいやって思って、学校も行きたくないし。家にいてもあんまり居心地良くないし、居場所ないように感じて全部無かったことにしちゃおうかなって。」
「そっか、なんか昔と正反対みたい。昔は私のこと助けてくれる勇気あるヒーロー!みたいな感じだったでしょ?」
 彼女に言われて思い出した。そう言えば幼少期に彼女のことを助けたことがあったようななかったような。でもそんなこと昔すぎて覚えてないけど彼女は覚えているのだろうか。自分はどうやって助けたとかどんなことがあったとか重要なことが全部覚えていない。その分記憶がごっそり奪われているかのようだと感じた。
「そう、だっけ……。」
「ちょっと記憶力なさすぎじゃない?まぁ遠くから見ててなんか悩んでるんだろうなぁとは思ってたけど。」
「ごめん、なんで忘れてるんだろ俺……。」
「ふふ、冗談だよ。その記憶なくて当たり前だし。」
「へ?それってどういうこと?」
「ももちゃんさ、神社の息子なのに教えてもらってないの?記憶が曇ったままなのかな?小さい時に私が妖に襲われてそれをももちゃんが助けてくれてさ。」
 彼女の口から紡ぎ出される言葉に衝撃を受けた。記憶が曇る?妖?僕が助けた?何を非日常的なことを言っているのか。そもそも妖――あやかしって言ったか?自分には全く心当たりがない……わけでもない。そう言えば最近実家の神社で良く不気味なことが起こると噂されているがそれと何か関係でもあるのだろうか。
「にしても。ももちゃん、憑かれすぎじゃない?」
「え?なんのこと?」
「えっ?見えてないの?んー、そっか。じゃあこのメガネかけてみてよ。驚かないでね?」
 彼女は自分のカバンからメガネを取り出し自分に差し出した。彼女のことを疑いつつもメガネを手にとりかけてみる。次の瞬間疑ったのは彼女ではなく自分の目だった。
「え、なに……これ。」
 絶句した。メガネをかけたその先には恐怖を感じる妖という類と表現するにふさわしいものが居座っていた。ドロドロに黒く溶けたような真っ黒のそれは妖という言葉がこれほどに無いまでに似合うものだった。特段なんの行動も起こしてはこないが不気味で仕方ない。
「ふふ、びっくりさせてごめんね?もしかしたらももちゃんが暗い気持ちだからそれに吸い寄せられてきてるのかも。それは妖怪になりきれなかったものって認識でいいよ?今は実害ないからいいけど。」
「てかこれはなんなの?」
 自分が掛けているメガネを指して問うと「霊力が込められたメガネだよ。度の代わりにね?しばらく貸しとくよ?」なんて言いながらくすくす笑っている。
 なんだかそのおぞましい容姿を見て少しだけ思い出した。なんか最近変な気配や視線を感じていたが原因はこいつらだったのかもしれない。先ほどまでは見えなかったが今は確かに見えているなんとも気持ち悪いためできればいなくなってほしいとも思う。
「これ?どうしたらいなくなってくれるものなの?」
「じゃあ今からする手の動き真似してね?」
「え。うん……。」
 すると彼女は自分の隣に来て見せるように印を結び始めた。その隣で難しそうだななんて思いながら真似しようとしたが自分の体が勝手に印を結んでいた。昔からそれを知っていたかのように。
「かしこみかしこみ、祓い給え。」
「ふふっ。なんだ覚えてるじゃん、心配して損しちゃった。」
 どこで覚えたかわからないその言葉を自分が言い終わると目の前に居たなんとも言えない黒い容姿の奴らはサラサラと消えていってしまった。と、同時に自分の深く悩んでいた気持ちも少しだけ晴れたような気もする。自分の行動に困惑しながらもなんとかなったからいいやと心を落ち着けることにした。
「ねぇ、どうせ死ぬならたくさん人救って死にたいって思わない?」
 隣で彼女が微笑みながらそんなことを言う。
「うん、まぁそうかも。」
「私と一緒に救ってくれる?」
 彼女が自分の隣で真剣にそう言うもんだから、やるしかないんだなーと思う。確かにどうせ死ぬなら人知れずでもいい、誰か救えたら自己満足かもしれないがいいなと思う。
「うん、何すればいいの?」
「お祓い。神社の息子なんだから余裕でしょ?私のこと助けてくれた時みたいにさ。」
今の所記憶にはないけどもしかしたらそのうち思い出すのだろうか。彼女を助けた時のことを。実家である神社も最近は不気味な噂ばかり聞くが妖なるものが原因かもしれない。両親にも何か隠されているような気もするし自分と向き合う時間になるかもしれない。なんで彼女がそんなことを知っているのかも気にはなるし変なメガネも持ってるしやけに詳しそうだし怪しくはあるがさっきまで死ぬことを考えていたのに次の日を考えていることが不思議でたまらなかったが彼女には感謝しなければいけないと思った。
「わかった。ありがとね、止めてくれて。」
「ん?何が?」
「死ななくて良かったなぁって。」
「私もそう思うよ。私の大事な幼馴染が居なくならなくて。」
「帰ろう。送ってくよ?」
「ううん、会ってない間積もる話もあるでしょ?久々にももちゃんのお家に泊めてよ。」
「え、あー……。」
 幼少の頃こそお泊まりなんてよくあったし神社なこともあってか来客用の部屋もあるし困りはしないのだが。なんというかその頃よりも体も心も成長してしまったのだ。恥ずかしいと思ってしまうのは思春期故なんだと思う。でも自分が考えている答えは一つだった。
「いいよ。親に連絡した?」
「ももちゃん家ならいいって言ってくれたから。」
「蓮ちゃんらしいな。最初からそのつもりだったんでしょ?」
「だって昔は良くお泊まりしてたじゃん。」
「まぁそうだけど。」
「でもね、どうやって出よっか?」
「非常階段降りて裏門から出よ、裏門の方が柵低いし。」
 適当に置いていた自分のカバンを取りに行って非常階段のあたりまで歩いていくと彼女もついてくる。三階建ての校舎の非常階段を一番下まで降りて裏門まで歩く。道中特に会話はないものの自分はどうやって柵を越えようかなと考えていた。そもそも自分は今日帰る気もなかったし学校から出る気もなかったので困っている。身長的に自分なら柵に足を引っ掛けて足場にさえできれば越えられそうだが蓮花はどうだろうか。自分よりも小柄で力もさほど無いだろうし、自分が屈んで背中を足場にしてもらうのが得策だろうななんて考える。そうこうしているうちに裏門についてしまった。
「俺は多分1人でもこれぐらいの高さなら柵越えられるんだけど蓮花は1人じゃ厳しいか?良かったら俺が足場になるけど。」
「うーん、一人じゃ難しいかも。お願いしてもいいかな?」
 その言葉を聞いて背中を足場にできるようにできるだけ平行になるようにしゃがむ。
「はいどうぞ。乗って?」
「本当に、大丈夫?」
「うん。」
 そう言いつつ彼女は靴を脱いで恐る恐る脚を乗せる。思ったよりずっと軽いその重みは数秒で柵を乗り越えたらしい。向こう側で彼女は靴を履いて待っている。
「ありがとう。超えられそう?」
「うん、大丈夫。」
 重くもないカバンを先に柵の上から投げると彼女がキャッチしてくれた。柵に足をひっかけてどうにか外側に着地することができた。着地で脚がじんじんと痛んだがその痛みはあまり長続きはしなかった。
「行こっか。」
「うん。」
 夜の学校はいとも簡単に抜け出すことができた。
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