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A02運行:特命掛、結成

0021A:モノが勝手に燃えるんなら、点火プラグなんて要らないじゃないか

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 大親父の愛情により、国鉄を離れるという事態は避けられた。だが、国鉄の高級官僚達を裏切る報告をしてしまった以上、もう国鉄に居場所はないだろう。
 そんな複雑な胸中を、大親父は笑い飛ばした。

「安心せい。君たちは必ず守る」

 この、十合信也の名において。鉄道院総裁は確かにそう言った。

「とはいえ、俺たちの処遇については棚上げか」

「昨日の今日じゃ仕方あるまい」

 井関達は今や宙ぶらりんの状態で樺太にいる。それに不安を感じないわけでもなかったが、しかし考えていても仕方がない。

「ともかく、本土の方へ戻ろうじゃないか」

「そうだね。まずはそれから考えよう。さて、樺太から本土へ戻るにはどうすればいい」

 すると水野が、コートから時刻表を出してめくり始めた。

「水野君は後輩として非常に優秀だね。君はもっと、鈍感かつ横柄であるべきだと思うよ」

「いえ、これは私のサガなので。それはさておき、ここから戻るには、二つの手段があります」

 水野はそう言って目の前の列車を指さした。

「ひとつは、本土からここへ来た道を引き返す。多分これが一番簡単かと思います」

 それはすなわち、稚内から連絡船に乗り、流氷を乗り越えてここまでくるという旅程の逆廻しである。

「なら、それでいいじゃないか」

「ええ、ですが……」

 水野が何かを言いよどむ。おかしいと思って問い質そうとすると、昨日井関を殴り飛ばしたあのオヤジに呼び止められた。

「その稚内行連絡船なら、欠航してるよ」

「なんだって!?」

 オヤジは微妙な顔をしながらそう告げた。訳も分からず混乱していると、娘のハツが詳しく教えてくれる。

「パルチザンが撒き散らした機雷がまた見つかったんだってさ」

「なんと……。まだ掃海しきれていないのか」

 機雷。それは、海の地雷だ。パルチザンが活発だったころ、日本人の殺傷を目的としてこの海のいたるところに機雷が設置された。
 そしてそれは、未だ掃除しきれていない。

「じゃあ、どうするんだ?」

「真岡から北海道の小樽へ向かう便なら動いている。今はそれが一番早い」

 それが、水野の言う”二つ目”。この手段を使えば、すぐにでも本土に、すくなくとも北海道には帰ることができる。

「だが、一つ問題がある。真岡は昨日、パルチザンが出たんだろう? そんな街にまた行くのか?」

「そうだ。そもそも、この”真岡に行かざるを得ない”という状況は、ワナではないのか?」

 昨日感じたあの恐怖を感じる。警察や猟友会が総出でパルチザン狩りに出て、それでもまだ捕まらないゲリラが居る。それはあまりにも脅威だ。

 だが、それに関してハツのオヤジは渋い顔をしながら変なことを言い出した。

「その件に関して何だがな、少し妙なことになった」

「と、いうと」

「昨日の火事は、パルチザンによるテロではなく、国鉄おれたちの不手際だと警察が結論付けたんだ」

 水野は驚いて時刻表を取り落としてしまった。

「そうだったんですか?」

「まさか! その時間、火元には国鉄の人間は誰も近づいちゃいねえ!」

「その火元、というのは?」

 慌てている水野を宥めながら、井関は極めて冷静に問い質す。

「石炭庫だ。いつも、蒸気機関車用の石炭を保管している」

「では、原因は?」

「それがおかしいんだ」

 オヤジは憮然とした表情でこう言う。

「石炭って言うのは、一度火が付けば激しく燃えるのだが、実は着火が死ぬほど難しい」

「え、そうなんですか?」

「ウソじゃない。昔はよく、石炭にうまく火をつけられなくて、先輩方にタコ殴りにされたもんだ」

 げえ、という顔をする笹井に、オヤジは大昔のたんこぶのあとを見せてくれた。それは今でもくっきりと見えるほどに残っている。

「なるほど。それで警察は、そんな燃えにくい物質がどうして出火したと?」

 そう尋ねると、彼は本当に、心の底から人を憎しみ馬鹿にしたような顔でこう言った。

「石炭がひとりでに燃えはじめたんだとよ」

「……は?」

「やはりお前さんたちでも意味が分からんか」

「ええ、まったくもって意味が分かりません」

 一体全体、何をどう調査すれば、モノが自然に発火したなどというトンチキな結論がでるのだろうか、と。井関達はただ唖然とすることしかできない。

「なあ、こういっちゃなんだが、警察の野郎ども、なんだか”クサく”ないか?」

「ええ、これは臭いますね」

 何をどう解釈しても、警察が怪しい。もしかしたら、警察がパルチザンの肩を持っているのではないか……。そんな疑念を、井関達も抱いた。

「ここからは相談なんだが、もしよければ真岡まで行ってこの事件の捜査をしてくれないか?」

「それは……」

 井関は、少しだけ逡巡した。後ろにいる仲間のことを考えてだ。だが、三人は彼の言葉を待つまでも無くこう言った。

「やろう、井関。今のワシらにできることは、これぐらいだ」

「ま、帰り道の半ばにあるんだろう? なら、ちょっくら解決しちゃおうじゃないか」

「私も賛成です」

 四人の心は、そもそも言葉を交わすまでも無く同じだったようで、井関は無駄なことをしたと思いながらオヤジの方を向いた。

「わかりました。こちらで捜査をしてみようと思います」

「ありがとう。恩に着る」
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