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A03運行:特命掛のハジメテ
0031A:初めての事件は、突然に
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真岡から北海道行の連絡船へ乗り込もうとした矢先、井関は国鉄の女性職員に呼び止められた。
「なあ、アンタら調査員だろう」
彼女はつっけんどんにそういうと、こちらの言葉も待たずに続けた。
「北の方で何やら大きな事故があったらしいんだ」
彼女は電報の紙を握り締めながら、いまにも泣き出しそうな目でそう訴えかける。それだけで、井関はなんとなくの状況を察し取った。
「あなたの同僚か誰かが、事故に遭われた?」
「ウチの主人が」
そういうと、その瞳から大粒の涙をポロポロと流し始めた。こうなってしまっては、井関としてもいたたまれない。
「井関、これは”業務外”だ」
「もちろんわかってるさ。笹井」
井関は3人の方を一応振り返る。だが、その必要は無かったように思われた。
「おカアさん。じゃあ、ぼくらは行きますから」
そういうと彼女は絶望的な顔をして握り締めた電報を更にくしゃくしゃにし始めた。井関はチガウチガウとその手を取る。
「ボクらは現場に行きます。どこで事故があったか教えて?」
「さて、ワシら4人は新部署へ”配属”されたわけだが」
事故はここからかなり北の、農繰来という場所で起きたらしい。4人はそこへ向かう列車の中にいる。
車窓はどんどん白さを増していき、ついには一寸先さえ見えなくなってしまった。
「そういえば、僕らの部署はなんていう名前だっけ?」
「”臨時”特殊事故調査掛だ」
井関は辞令を読み直しながらそう答える。するとその時、先ほどは読み飛ばしていた一文があったことを見つけた。
「ん? ボクらの上司について書いてるな。なになに、掛の上司は技師長……。技師長!?」
井関は、人気の少ない列車内で大声を上げてひっくり返った。
「どうしたんだい。いつにも増して素っ頓狂だぞ」
「冗談じゃない。”カレ”の部下なんてまっぴらだ!」
井関はそう言って頭を抱えた。
「技師長・嶋英雄が我々の上長か。今や鉄道院のナンバーツー、総裁と懇意のとんでもない出世頭じゃないか。彼がどうかしたのかい?」
「僕の”元”上司だ、彼は!」
井関は指の間から顔を出してそんなことを言う。
「ああそうか。嶋さんは車輛局でずっと列車の設計を担当していたんだったな」
「今や日本国民全員が知っている、D51蒸気機関車は嶋さんの設計でしたね。彼の作る車両に運転局はいつも助けられていますが……。しかし実情はどうなんですか? 先輩」
「あの人は確かに優秀だ。いや、優秀すぎるんだよ。部下と上司という関係性で彼の前に立ってみたまえ。とんでもないぞ」
井関は身震いしながらそうつぶやく。
「こりゃ、真面目にやらないといけない理由が一つ増えた。さあ、事故の検討に入ろうじゃないか」
井関はポケットから、彼女からもらった電報の紙きれを取り出した。
「事故は農繰来駅近傍。走行中の貨車が突然発火・のち脱線したそうだ」
「穏やかじゃないね、それは」
「また発火事故かい。どうして、猛吹雪の中でこう何回もモノが燃えるんだい」
笹井はげんなりとした顔を見せる。
「まあ、燃えるときは外気温や天候がどうであれ、燃えるからな」
「しかもこちらの吹雪は粉雪で、本州のそれよりかなり乾燥しているとみた。案外、冬の方が燃えやすいのかも」
「まあそんなことはどうでもよい。それで、どんな事故なんだ?」
小林は井関にそう問いかけるが、井関は首を振った。
「これだけ」
「なんだって?」
「これだけなんだよ。情報は」
そう言って、井関は電報の紙をひらひらとさせる。
「ありゃま、じゃあ現場に着いてからのお楽しみというわけだね」
「憶測は調査の邪魔になる。我々は学んだばかりだ」
「そうだね。だからまずは、現場だ」
「なあ、アンタら調査員だろう」
彼女はつっけんどんにそういうと、こちらの言葉も待たずに続けた。
「北の方で何やら大きな事故があったらしいんだ」
彼女は電報の紙を握り締めながら、いまにも泣き出しそうな目でそう訴えかける。それだけで、井関はなんとなくの状況を察し取った。
「あなたの同僚か誰かが、事故に遭われた?」
「ウチの主人が」
そういうと、その瞳から大粒の涙をポロポロと流し始めた。こうなってしまっては、井関としてもいたたまれない。
「井関、これは”業務外”だ」
「もちろんわかってるさ。笹井」
井関は3人の方を一応振り返る。だが、その必要は無かったように思われた。
「おカアさん。じゃあ、ぼくらは行きますから」
そういうと彼女は絶望的な顔をして握り締めた電報を更にくしゃくしゃにし始めた。井関はチガウチガウとその手を取る。
「ボクらは現場に行きます。どこで事故があったか教えて?」
「さて、ワシら4人は新部署へ”配属”されたわけだが」
事故はここからかなり北の、農繰来という場所で起きたらしい。4人はそこへ向かう列車の中にいる。
車窓はどんどん白さを増していき、ついには一寸先さえ見えなくなってしまった。
「そういえば、僕らの部署はなんていう名前だっけ?」
「”臨時”特殊事故調査掛だ」
井関は辞令を読み直しながらそう答える。するとその時、先ほどは読み飛ばしていた一文があったことを見つけた。
「ん? ボクらの上司について書いてるな。なになに、掛の上司は技師長……。技師長!?」
井関は、人気の少ない列車内で大声を上げてひっくり返った。
「どうしたんだい。いつにも増して素っ頓狂だぞ」
「冗談じゃない。”カレ”の部下なんてまっぴらだ!」
井関はそう言って頭を抱えた。
「技師長・嶋英雄が我々の上長か。今や鉄道院のナンバーツー、総裁と懇意のとんでもない出世頭じゃないか。彼がどうかしたのかい?」
「僕の”元”上司だ、彼は!」
井関は指の間から顔を出してそんなことを言う。
「ああそうか。嶋さんは車輛局でずっと列車の設計を担当していたんだったな」
「今や日本国民全員が知っている、D51蒸気機関車は嶋さんの設計でしたね。彼の作る車両に運転局はいつも助けられていますが……。しかし実情はどうなんですか? 先輩」
「あの人は確かに優秀だ。いや、優秀すぎるんだよ。部下と上司という関係性で彼の前に立ってみたまえ。とんでもないぞ」
井関は身震いしながらそうつぶやく。
「こりゃ、真面目にやらないといけない理由が一つ増えた。さあ、事故の検討に入ろうじゃないか」
井関はポケットから、彼女からもらった電報の紙きれを取り出した。
「事故は農繰来駅近傍。走行中の貨車が突然発火・のち脱線したそうだ」
「穏やかじゃないね、それは」
「また発火事故かい。どうして、猛吹雪の中でこう何回もモノが燃えるんだい」
笹井はげんなりとした顔を見せる。
「まあ、燃えるときは外気温や天候がどうであれ、燃えるからな」
「しかもこちらの吹雪は粉雪で、本州のそれよりかなり乾燥しているとみた。案外、冬の方が燃えやすいのかも」
「まあそんなことはどうでもよい。それで、どんな事故なんだ?」
小林は井関にそう問いかけるが、井関は首を振った。
「これだけ」
「なんだって?」
「これだけなんだよ。情報は」
そう言って、井関は電報の紙をひらひらとさせる。
「ありゃま、じゃあ現場に着いてからのお楽しみというわけだね」
「憶測は調査の邪魔になる。我々は学んだばかりだ」
「そうだね。だからまずは、現場だ」
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