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A03運行:特命掛のハジメテ

0032A:議論ってのはね、証拠がなくちゃいけない

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 農繰来ノグリキ駅についてみて、4人は仰天した。

「ここが駅?」

 列車が停まって、扉が開く。その先にあったのは、ただの地面だった。

「ええ、これが駅です」

「農繰来って、確か国鉄最北端の駅で、一大幹線である樺太東線の終着駅であるはずなんだ。ボクはせめて、稚内程度のモノを期待していたのだが」

 そこにあるのは、一面の銀世界の片隅に、ちょっとだけ雪が盛られて固められたもの。

「これは、雪に埋まってしまったとかそういうことかい?」

「いえ、夏場はただの砂利敷になります」

 車掌は、何を当然のことを、といった態度でそれに答えた。

「戦時は続くよ、どこまでも……。樺太は未だ、戦時ということか」

「東京の人間にご理解いただけて何より。で、皆さんは何を目的にここに来られたので?」

 車掌は車内での会話を聞いていたのか、我々が事故の調査に来たことを知ったうえでそう問うてきた。

「知っての通り、事故の調査がしたいんだ。まずは、脱線の現場を見てみたい」

「なら、あそこの掘っ立て小屋に機関士たちがいますから、そこで聞くといいですよ」

 彼はぶっきらぼうにそういうと、とっとと車掌室の扉を閉めてしまった。

「ま、ここまで寒いと心も寒くなるさ」

 小林はそう皮肉った。小屋にたどり着くと、中にいた者たちは反対に、その暖かい部屋の中に迎え入れてくれた。

「遠くからはるばる。それで、どうしました」

「事故現場、それと事故車両を見たいんです」

 井関がそういうと、彼は難しそうな顔をした。

「申し訳ないが、車輛も現場も雪の中だ」

「は?」

「だから、埋まっちまったんだ。もうなにもわからん」

 彼はあっけらかんとそう言った。

「そんなことがあってたまるのか?」

「まあ仕方がないさ。ここは北海道より北だよ?」

 井関は小林の文句にそう言いつつ、失望を隠せなかった。

「お兄さん方は事故の調査に?」

 一人がそう聞いてきた。井関は気を取り直す。現場の人間からの聴取、それが井関が今回、最も重視すべきと考えていたことだ。

「ええ。何かご存じなことはありませんか?」

 そう問いかけると、彼は勢い込んでこう言った。
 
「ありゃ何か、危険なものでも積んでたんじゃないのか」

「ほう、というと」

「だってそれ以外考えられないだろう。冷静に考えて、貨車が火を噴くなんてあり得るかい?」

 彼はそう言った。

「まあ……。蒸気機関車じゃあるまいし……」

「だろう? だから俺は、パルチザンが時限爆弾か何かを仕込んでいたと考えてるね!」

 彼の鼻息は荒い。だが、その元気の良さは空虚にも思えた。

「なにか、確証などはお持ちですか?」

 笹井はそう問いかける。すると、彼はキョトンとした顔になってしまった。

「あるわけないだろう? そんなものがあったら、もうとっくに対策を練ってるところだよ」

 彼はまたしてもあっけらかんとそう言い放った。井関は頭を抱える。

「ハァ、そうですか」

「ああそうとも。少なくとももう5件は同じような事故が起きてる。犯人は執拗に鉄道を狙っているということの証左だ!」

 彼は妄言ともつかない言葉を並べ立てる。だが、その言葉のウチの一つが、笹井の耳を刺激した。

「ちょっと待ってくれ。この事故は初めてじゃないのか?」

 笹井の言葉で井関はハッとした。あわてて彼の方を見る。その男は、憤懣やるかたないといった顔で確かにこう言った。

「ああ、もう何度も起きている。うんざりだよ!」
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