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A03運行:特命掛のハジメテ
0033A:肥後守って、なんで肥後守と言うんだろうね
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「同時多発的に、事故が起きている」
笹井はこれまでの情報をまとめた。
「事故現場が雪に埋もれたと聞いて絶望したが、これは光明が見えてきたな」
「そうだね。同じような事故の現場が、どれか一つくらい保全されているかもしれない」
そう言い合いながら、彼らは農繰来より北へと歩みを歩みを進めた。
「まず僕らが行くのは……。これはなんて読むんだい?」
「英人原? ここは樺太だし、へんな読み方でもするんじゃないか? エイジンバルとか」
「おかしいぞ。ここ、地図上だと農繰来の100キロ北にあることになっている。だが、そんなところに鉄道はないはずだ」
小林は仰天して走り出す。井関はあわてて駅へと戻り、終点から北の方へ向かって雪を掻いてみた。するとその下から、鈍色に光る二条、すなわちレールが顔をのぞかせた。
「なんと、ここから北へも鉄路があるぞ」
「農繰来が日本の鉄道の最北端だと思っていたが、違ったんだな」
「お客さん、そりゃそうだよ。農繰来は、あくまで国鉄の終点でしかない」
後ろから声をかけられる。彼は、笑って会釈をした。
「この鉄道は”樺太交通”。名実ともに、日本最北の鉄道さ」
「この、エイジンバルというのも、樺太交通の鉄路ですか」
「違う違う、それはエジンバラと読むんだ」
「どこかで聞いたことがある名前だ……。ともかく、ここに行きたいんです」
井関がそう言うと、彼はひょいひょいっと手招きした。
「じゃあ、乗ってきな」
最北から、更に北へ。地図上に国鉄の線路が描かれているうちは、そこにどんな景色が広がっていてもなんとなくそこは日本なのだと確証がもてる。
だが、地図の上から消え果てた線路の上を走り、地図にも無いところを征くとき、どうしても心細くなる。
「すみませんね、国鉄の人間を乗せてもらっちゃって」
「いいんだ。事故の調査にきたんだろう?」
「はい。何かご存じなことはありませんか?」
「さあね。聞いた話じゃ、貨車が急に燃え上がったなんてことを聞いたけど」
彼もまた、農繰来で出会った人間と同じようなことを井関に話した。
「原因は、オレたちじゃ全くわからん。君らで調べておくれよ」
「すみません、本当は越権行為ですが……」
「樺太じゃ、そんなメンドーな話はなし!」
彼は列車を運転しながら、そう朗らかに言い放った。
「しかし、現場を見てもわからないと思うよ」
「なぜです?」
「消火が間に合わなくってね。丸焼けだよ。ホラ」
彼が指さす方向。白い霧の中から、何かが出てきた。目を凝らしてみると、それは何らかの残骸だ。
「こりゃ、なんです」
「決まってるじゃないか。事故を起こした車両だよ」
「こんなになっちゃったんですか」
まるで空爆でも受けたのかと言わんばかりに、車輛は焼け焦げていた。原型はなく、その昔はきちんとした木材であったであろう物だけが残っている。
「ええと、先輩。これ、どうしましょう」
「……記録だけ採ろうか」
4人は運転士に礼を言って列車を降り、とりあえず貨車に近づいてみる。資料によれば事故からかなり日数が立っているようで、生々しさはあまりなかった。
そして、これがここにあるのは、別に事故の証拠を残すためというわけではなさそうだった。というのも、ところどころに、使えそうな部品を取り外した形跡がある。
「こまるなあ、こういうの」
「日常茶飯事何だろうね。イチイチ保全してもいられなかったのだろう」
小林と笹井は半ばあきらめ気味に現場を見ている。だが、井関だけは違った。
「なあ笹井、君は確か肥後守を持ってなかったかね」
肥後守。それはナイフである。なぜか熊本の武将の官職名が冠されているそれは、持ち運びに便利な折り畳み式だ。
「ああ、神戸の方のトンチキな庄屋から、ワイロ替わりにもらったものをまだ持ってるよ」
「貸してくれ」
井関はそれを受け取ると、貨車の残骸に切れ込みを入れ始めた。
「何をしてるんだ!」
びっくりして小林が叫ぶが、井関はもうすでに十字のカタチに切れ込みを入れた後だった。
「君、気でも狂ったか」
「どうして十字なんだ。君は臨済宗だろう!」
混乱している二人をよそに、水野は彼を問い質した。
「先輩、それは?」
「焼けの方向性、というのがある」
彼は切れ込みを入れたところを指差した。
「この貨車は、外板が木材でできている。そして、見てみればこの通り、大きく焼けているところと小さく焼けているところがある」
「切れ込みを入れることで、焼け具合を見ていたんですか」
「そう。そして、焼け具合が酷い方が、より火元に近いはずだ」
井関はそう言って、十字をなぞる。
「横方向の焼け方はほぼ一緒だな」
「では上下方向は……。先輩、下の方がより焼けています」
水野の指摘した通り、下の方が良く燃えているから、ナイフがより深くささっている。井関は、しめたと思った。
「つまり、火元は貨車の下部だ」
「おお、それが分かったか!」
4人は一気に頬を紅潮させた。これが分かっただけでも、大進歩である。
しかし、ここで笹井が一人、冷静になった。
「……で、そこから何がわかるんだい?」
「あ……」
焼けの方向を調べることができたのは、木造の外板だけ。それ以外は鋼鉄で製造されており、なにかを調べることはできない。井関はその事実に突き当たり、バツが悪そうにこれだけ言った。
「……なにも、わからん!」
笹井はこれまでの情報をまとめた。
「事故現場が雪に埋もれたと聞いて絶望したが、これは光明が見えてきたな」
「そうだね。同じような事故の現場が、どれか一つくらい保全されているかもしれない」
そう言い合いながら、彼らは農繰来より北へと歩みを歩みを進めた。
「まず僕らが行くのは……。これはなんて読むんだい?」
「英人原? ここは樺太だし、へんな読み方でもするんじゃないか? エイジンバルとか」
「おかしいぞ。ここ、地図上だと農繰来の100キロ北にあることになっている。だが、そんなところに鉄道はないはずだ」
小林は仰天して走り出す。井関はあわてて駅へと戻り、終点から北の方へ向かって雪を掻いてみた。するとその下から、鈍色に光る二条、すなわちレールが顔をのぞかせた。
「なんと、ここから北へも鉄路があるぞ」
「農繰来が日本の鉄道の最北端だと思っていたが、違ったんだな」
「お客さん、そりゃそうだよ。農繰来は、あくまで国鉄の終点でしかない」
後ろから声をかけられる。彼は、笑って会釈をした。
「この鉄道は”樺太交通”。名実ともに、日本最北の鉄道さ」
「この、エイジンバルというのも、樺太交通の鉄路ですか」
「違う違う、それはエジンバラと読むんだ」
「どこかで聞いたことがある名前だ……。ともかく、ここに行きたいんです」
井関がそう言うと、彼はひょいひょいっと手招きした。
「じゃあ、乗ってきな」
最北から、更に北へ。地図上に国鉄の線路が描かれているうちは、そこにどんな景色が広がっていてもなんとなくそこは日本なのだと確証がもてる。
だが、地図の上から消え果てた線路の上を走り、地図にも無いところを征くとき、どうしても心細くなる。
「すみませんね、国鉄の人間を乗せてもらっちゃって」
「いいんだ。事故の調査にきたんだろう?」
「はい。何かご存じなことはありませんか?」
「さあね。聞いた話じゃ、貨車が急に燃え上がったなんてことを聞いたけど」
彼もまた、農繰来で出会った人間と同じようなことを井関に話した。
「原因は、オレたちじゃ全くわからん。君らで調べておくれよ」
「すみません、本当は越権行為ですが……」
「樺太じゃ、そんなメンドーな話はなし!」
彼は列車を運転しながら、そう朗らかに言い放った。
「しかし、現場を見てもわからないと思うよ」
「なぜです?」
「消火が間に合わなくってね。丸焼けだよ。ホラ」
彼が指さす方向。白い霧の中から、何かが出てきた。目を凝らしてみると、それは何らかの残骸だ。
「こりゃ、なんです」
「決まってるじゃないか。事故を起こした車両だよ」
「こんなになっちゃったんですか」
まるで空爆でも受けたのかと言わんばかりに、車輛は焼け焦げていた。原型はなく、その昔はきちんとした木材であったであろう物だけが残っている。
「ええと、先輩。これ、どうしましょう」
「……記録だけ採ろうか」
4人は運転士に礼を言って列車を降り、とりあえず貨車に近づいてみる。資料によれば事故からかなり日数が立っているようで、生々しさはあまりなかった。
そして、これがここにあるのは、別に事故の証拠を残すためというわけではなさそうだった。というのも、ところどころに、使えそうな部品を取り外した形跡がある。
「こまるなあ、こういうの」
「日常茶飯事何だろうね。イチイチ保全してもいられなかったのだろう」
小林と笹井は半ばあきらめ気味に現場を見ている。だが、井関だけは違った。
「なあ笹井、君は確か肥後守を持ってなかったかね」
肥後守。それはナイフである。なぜか熊本の武将の官職名が冠されているそれは、持ち運びに便利な折り畳み式だ。
「ああ、神戸の方のトンチキな庄屋から、ワイロ替わりにもらったものをまだ持ってるよ」
「貸してくれ」
井関はそれを受け取ると、貨車の残骸に切れ込みを入れ始めた。
「何をしてるんだ!」
びっくりして小林が叫ぶが、井関はもうすでに十字のカタチに切れ込みを入れた後だった。
「君、気でも狂ったか」
「どうして十字なんだ。君は臨済宗だろう!」
混乱している二人をよそに、水野は彼を問い質した。
「先輩、それは?」
「焼けの方向性、というのがある」
彼は切れ込みを入れたところを指差した。
「この貨車は、外板が木材でできている。そして、見てみればこの通り、大きく焼けているところと小さく焼けているところがある」
「切れ込みを入れることで、焼け具合を見ていたんですか」
「そう。そして、焼け具合が酷い方が、より火元に近いはずだ」
井関はそう言って、十字をなぞる。
「横方向の焼け方はほぼ一緒だな」
「では上下方向は……。先輩、下の方がより焼けています」
水野の指摘した通り、下の方が良く燃えているから、ナイフがより深くささっている。井関は、しめたと思った。
「つまり、火元は貨車の下部だ」
「おお、それが分かったか!」
4人は一気に頬を紅潮させた。これが分かっただけでも、大進歩である。
しかし、ここで笹井が一人、冷静になった。
「……で、そこから何がわかるんだい?」
「あ……」
焼けの方向を調べることができたのは、木造の外板だけ。それ以外は鋼鉄で製造されており、なにかを調べることはできない。井関はその事実に突き当たり、バツが悪そうにこれだけ言った。
「……なにも、わからん!」
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