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A04運行:特命係、北海道を征く
0048A:あれで誤魔化せると思っているんだから、ちゃんちゃらおかしいよね
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「今から会計検査を行います」
スーツをしっかりと着込んだ彼らは、突然やってきた。
「は、はァ。今日は何用で……」
「その名の通り、検査です」
彼らはそれしか言わない。この機関区のトップ、笹島区長は根負けして、彼らを事務所に迎え入れた。
「何もこんな夜中に……」
「別に、皆さまは帰っていただいてよろしいですよ? あとは我々がやりますから」
「んなこと……」
眼鏡の下に嫌味な笑みを湛えながら、彼らはてきぱきと準備を進める。こうしては居られないと、井関達は動いた。
「おい総大将、どうする」
「ヤツラに、まだ我々のことはバレてないか?」
「そのようだな。あと、ナンバープレートの取り付けは間に合っている」
「よし……。おい君、余ってる作業服はあるか?」
「いやあ、全部洗濯前のしか」
「それでいい。いや、それがいい。一番汗臭いのを頼む」
そういうと、井関達は洗濯場に急ぐ。そこで適当なツナギをひったくると、臭うのも無視してそれを着込んだ。
「おい、スーツを隠せ」
「大丈夫だ。今、鍛冶職人が便所に仕舞った」
「よし、これで……」
井関がそう言いながら前のボタンをとめようとしたとき、鋭い声が飛んでくる。
「そこ! なにしている」
検査だ、全ての物に手を触れるな! 厳しい命令が矢継ぎ早に飛んでくる。
「わーは着替えようとしてただけなんだけども……」
井関が郷里の言葉でそう言うが、彼らはそれを無視してどこかへ行ってしまった。
「あらまあ。我々には気が付かなかったようで……」
少し言葉を変えただけで気が付かないとは、偏見にまみれた真抜けめ、と井関は内心で毒づく。
「それに、注意を飛ばしただけで行ってしまったことからしても、これは本当にコケ脅しだろうな。それはそうと井関……」
笹井は急に真剣な顔になって井関の方を見る。井関はびっくりして向き直った。
「なんだい」
「その言葉、教えてくれんか」
笹井は急にそんなことを言い出した。
「ハァ?」
「標準語だと怪しまれるかもしれん。君の言葉を……」
「君は三河弁で話せばいいだろ。じゃんだら言葉で」
「額田の人間がここに居たらおかしいだろう」
「べつに誰もなんとも思わんよ。ああ、君たち二人も適当な言葉でしゃべり給え」
「べらんめえ。こちとら400年の江戸っ子でぃ」
「じゃあ小林はそれでいこう。どうせ山の手の人間にはわからん言葉だ」
ぐちゃぐちゃとくだらないことを話していたら、さっきの人間が戻ってきた。
「オイ、そこを早く離れろ! 今から検査だ!」
「東京の人はセカラシカねー」
水野は、意味も知らない方言でそれに答えた。
検査員はパシャパシャとあちらこちらを撮影して回る。ただ、フィルムが惜しいのか、どれもこれも撮る、という感じではない。
外観、内観、あとは壁に書かれた文字を数点……。いいかげんなもので、当番表などには目もくれない。
「まだ、見学に来た物好きの方が目ざといな」
「そりゃそうさ。目的が違うもの」
彼らを見ていると、面白いことがわかる。
彼らにはリーダーがいる。彼らはそのリーダーの指示に従って動いているようだ。
「鮫川さん、これどうしましょうか」
「ああ、それはだね……」
などという具合に、この鮫川というリーダーを中心に若干名の調査団は活動をしている。この鮫川は、他の人間を必ず呼び捨てで、そして敬語を使わずに応対する。
だが、一人だけ、鮫川が敬語を使う相手がいた。
「篠田さん、こんなもんでどうでしょうか」
「いいんじゃないでしょうか? ただ、鮫川さん……」
その相手は、仕立てのよさそうなスーツに身を包んだ男だ。笹井がそっと、あれはアルマーニのスーツだと耳打ちする。
鮫川は篠田に敬語を使う。だが、篠田も鮫川に敬語を使う。はじめはそういう上下関係かとも思ったが、しかし笹井の観察眼は、それは事実でないと断じた。
「なるほど、さては篠田は会計検査院の人間じゃないな?」
笹井はそう確信した。
検査は着々と進む。だが、成果は芳しいものではないらしい。その嫌味な表情が、どんどんとつまらなさそうなものに変わる。
そしてついに、鮫川が部下に声をかけた。
(もうそろそろ、これぐらいにしよう)
彼らは口元を書類で覆いながらそうボソボソと言うと、一転キリリとした表情でこちらへやってくる。
「何か、隠してることがあるんじゃないですか?」
つっけんどんに、区長に向かってそんなことを言い出す。区長はただ首を横に振った。
「誤魔化したって無駄ですよ。ここに証拠写真がある」
彼らは自慢のつもりなのか、年代物の高級カメラ機を高々と掲げて見せた。
それを見て井関は吹き出してしまいそうになる。あのカメラの中には、フィルムをケチったせいでロクに証拠なんて収まってない。そして、そんなわずかな証拠から何かを導き出せるほど、彼らは頭がよろしくない……。
そんなことを思いながら井関が口を抑えると、それが彼の焦りのシルシと捉えたのか、彼らはゆっくりと井関に歩み寄る。
「なんですか? 真実を告げるのなら、いまが好適ですよ」
彼がねっとりとそう言うものだから、井関はとうとう腹が苦しくなってしまった。
―――たのむ、もうやめてくれ。でないと大笑いしてしまう……。―――
彼の腹筋と、口をふさいでいる腕が限界を迎えかけたその時、とうとう見かねた笹井が助け舟を出した。
「ひとつ、よろしいですか?」
「ええ、なんでしょう」
「あなたがたは、どこの方ですか?」
笹井がそう聞くと、彼はおっと、という顔になった。
「我々は会計検査院の者です」
「ハァ、そうですか……。ところで、会計検査においてはその公平性を担保するため、高度な独立性をもって事務運営がなされると聞いていましたが……」
笹井は、篠田の方へ目線をやる。それから口の形だけで
(そうではなかったようですね)
と言った。
「……なんのことでしょうか」
「いえ、少し気になったものですから」
笹井はあくまでも笑みを崩さずにそう言った。鮫川は、誰にも聞こえない声で笹井にささやく。
「ずいぶんとお詳しいようですね」
「ええ。末弟が田舎を出て、毎月こんなことを大学で学んだと嬉々として伝えてくるものですから、覚えてしまいました」
「ほう……。それはそれは、いいご家族をお持ちのようだ」
二人の会話は篠田には聞こえていない。そんな彼の顔が急に不安に染まる。
「オイ、何を話している」
「いえ、別に……」
鮫川は井関に詰め寄っていたその足を引いた。
「今日のところはこれぐらいで勘弁しましょう。ですが、証拠はこの中にあります。引き続き、公正適法な運営に努めるように」
鮫川はそのまま、篠田と部下たちを連れてどこかへ行ってしまった。
スーツをしっかりと着込んだ彼らは、突然やってきた。
「は、はァ。今日は何用で……」
「その名の通り、検査です」
彼らはそれしか言わない。この機関区のトップ、笹島区長は根負けして、彼らを事務所に迎え入れた。
「何もこんな夜中に……」
「別に、皆さまは帰っていただいてよろしいですよ? あとは我々がやりますから」
「んなこと……」
眼鏡の下に嫌味な笑みを湛えながら、彼らはてきぱきと準備を進める。こうしては居られないと、井関達は動いた。
「おい総大将、どうする」
「ヤツラに、まだ我々のことはバレてないか?」
「そのようだな。あと、ナンバープレートの取り付けは間に合っている」
「よし……。おい君、余ってる作業服はあるか?」
「いやあ、全部洗濯前のしか」
「それでいい。いや、それがいい。一番汗臭いのを頼む」
そういうと、井関達は洗濯場に急ぐ。そこで適当なツナギをひったくると、臭うのも無視してそれを着込んだ。
「おい、スーツを隠せ」
「大丈夫だ。今、鍛冶職人が便所に仕舞った」
「よし、これで……」
井関がそう言いながら前のボタンをとめようとしたとき、鋭い声が飛んでくる。
「そこ! なにしている」
検査だ、全ての物に手を触れるな! 厳しい命令が矢継ぎ早に飛んでくる。
「わーは着替えようとしてただけなんだけども……」
井関が郷里の言葉でそう言うが、彼らはそれを無視してどこかへ行ってしまった。
「あらまあ。我々には気が付かなかったようで……」
少し言葉を変えただけで気が付かないとは、偏見にまみれた真抜けめ、と井関は内心で毒づく。
「それに、注意を飛ばしただけで行ってしまったことからしても、これは本当にコケ脅しだろうな。それはそうと井関……」
笹井は急に真剣な顔になって井関の方を見る。井関はびっくりして向き直った。
「なんだい」
「その言葉、教えてくれんか」
笹井は急にそんなことを言い出した。
「ハァ?」
「標準語だと怪しまれるかもしれん。君の言葉を……」
「君は三河弁で話せばいいだろ。じゃんだら言葉で」
「額田の人間がここに居たらおかしいだろう」
「べつに誰もなんとも思わんよ。ああ、君たち二人も適当な言葉でしゃべり給え」
「べらんめえ。こちとら400年の江戸っ子でぃ」
「じゃあ小林はそれでいこう。どうせ山の手の人間にはわからん言葉だ」
ぐちゃぐちゃとくだらないことを話していたら、さっきの人間が戻ってきた。
「オイ、そこを早く離れろ! 今から検査だ!」
「東京の人はセカラシカねー」
水野は、意味も知らない方言でそれに答えた。
検査員はパシャパシャとあちらこちらを撮影して回る。ただ、フィルムが惜しいのか、どれもこれも撮る、という感じではない。
外観、内観、あとは壁に書かれた文字を数点……。いいかげんなもので、当番表などには目もくれない。
「まだ、見学に来た物好きの方が目ざといな」
「そりゃそうさ。目的が違うもの」
彼らを見ていると、面白いことがわかる。
彼らにはリーダーがいる。彼らはそのリーダーの指示に従って動いているようだ。
「鮫川さん、これどうしましょうか」
「ああ、それはだね……」
などという具合に、この鮫川というリーダーを中心に若干名の調査団は活動をしている。この鮫川は、他の人間を必ず呼び捨てで、そして敬語を使わずに応対する。
だが、一人だけ、鮫川が敬語を使う相手がいた。
「篠田さん、こんなもんでどうでしょうか」
「いいんじゃないでしょうか? ただ、鮫川さん……」
その相手は、仕立てのよさそうなスーツに身を包んだ男だ。笹井がそっと、あれはアルマーニのスーツだと耳打ちする。
鮫川は篠田に敬語を使う。だが、篠田も鮫川に敬語を使う。はじめはそういう上下関係かとも思ったが、しかし笹井の観察眼は、それは事実でないと断じた。
「なるほど、さては篠田は会計検査院の人間じゃないな?」
笹井はそう確信した。
検査は着々と進む。だが、成果は芳しいものではないらしい。その嫌味な表情が、どんどんとつまらなさそうなものに変わる。
そしてついに、鮫川が部下に声をかけた。
(もうそろそろ、これぐらいにしよう)
彼らは口元を書類で覆いながらそうボソボソと言うと、一転キリリとした表情でこちらへやってくる。
「何か、隠してることがあるんじゃないですか?」
つっけんどんに、区長に向かってそんなことを言い出す。区長はただ首を横に振った。
「誤魔化したって無駄ですよ。ここに証拠写真がある」
彼らは自慢のつもりなのか、年代物の高級カメラ機を高々と掲げて見せた。
それを見て井関は吹き出してしまいそうになる。あのカメラの中には、フィルムをケチったせいでロクに証拠なんて収まってない。そして、そんなわずかな証拠から何かを導き出せるほど、彼らは頭がよろしくない……。
そんなことを思いながら井関が口を抑えると、それが彼の焦りのシルシと捉えたのか、彼らはゆっくりと井関に歩み寄る。
「なんですか? 真実を告げるのなら、いまが好適ですよ」
彼がねっとりとそう言うものだから、井関はとうとう腹が苦しくなってしまった。
―――たのむ、もうやめてくれ。でないと大笑いしてしまう……。―――
彼の腹筋と、口をふさいでいる腕が限界を迎えかけたその時、とうとう見かねた笹井が助け舟を出した。
「ひとつ、よろしいですか?」
「ええ、なんでしょう」
「あなたがたは、どこの方ですか?」
笹井がそう聞くと、彼はおっと、という顔になった。
「我々は会計検査院の者です」
「ハァ、そうですか……。ところで、会計検査においてはその公平性を担保するため、高度な独立性をもって事務運営がなされると聞いていましたが……」
笹井は、篠田の方へ目線をやる。それから口の形だけで
(そうではなかったようですね)
と言った。
「……なんのことでしょうか」
「いえ、少し気になったものですから」
笹井はあくまでも笑みを崩さずにそう言った。鮫川は、誰にも聞こえない声で笹井にささやく。
「ずいぶんとお詳しいようですね」
「ええ。末弟が田舎を出て、毎月こんなことを大学で学んだと嬉々として伝えてくるものですから、覚えてしまいました」
「ほう……。それはそれは、いいご家族をお持ちのようだ」
二人の会話は篠田には聞こえていない。そんな彼の顔が急に不安に染まる。
「オイ、何を話している」
「いえ、別に……」
鮫川は井関に詰め寄っていたその足を引いた。
「今日のところはこれぐらいで勘弁しましょう。ですが、証拠はこの中にあります。引き続き、公正適法な運営に努めるように」
鮫川はそのまま、篠田と部下たちを連れてどこかへ行ってしまった。
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