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A04運行:特命係、北海道を征く
0049A:それにしても、大蔵官僚はろくなことをしない
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「総裁、私です」
笹井は夜明けを待って、総裁連絡室へ電話をした。すると、大方の予想通り、電話口に出たのは総裁本人だった。
「笹井君か。どうした」
「事故調査中、会計検査院の検査に遭いました。おそらく、大蔵省の官僚も随行しています」
会計検査院鮫島に、ある意味でよそよそしい態度をとっていたあの男。篠田。笹井の見立てによれば、それは大蔵官僚に違いなかった。
「ほう……、やはりか」
電話口の相手は静かだった。まるで、全てを見透かしていたかのように。ただ、その相手は静かに問いかけた。
「場所は、どこだ」
「旭川鉄道管理局、名寄本線、興部機関区です」
「人員構成は?」
「会計が4、大蔵が1です」
「完全にしてやられたな」
総裁はそう言った。そんな総裁に、笹井はありのままを報告する。
「調査団現着5時間前に情報をつかみましたため、対策を講じました。結果、うまくやれたかと」
「ほう……」
電話口の相手は、なかなか感情を見せない。それがゆえに笹井はいつもドギマギとせざるを得ないのだが、だが今日は違った。
彼はハキハキと、事実だけを伝える。
「ご苦労。きっと、大蔵次官の河島あたりが仕掛けたワナだろう」
うまくやったなら、気にすることはないさ。そっけなく、彼はそう言った。
ここで初めて、笹井の方が感情を見せた。笹井は、あることを言うか言うまいか、ここで逡巡していた。
つい、吐息が漏れる。声にならない声が、電話回線を伝って総裁の耳に入る。
総裁は、そんなときでも無感情であるように思えた。
「さて、報告は以上かね?」
「はい」
「そうか……。では、次は息子から親父への相談事かね」
ふいに、声が柔らかくなる。いつも厳格で厳しい総裁が、知っている人間にしかそうとわからないほど、少しだけ。
笹井は口からこぼれだすように、受話器に思いをぶつけた。
「汚いことをしました」
「そうか」
「はい。……奥鈴谷で、もう二度とそんなことはしないと、誓ったはずなのに、です」
闘いは、笹井の統率により大国鉄軍の大いなる勝利で終わった。だが笹井は、ただそれだけが無念でならない。
―――汚いことをさせたら日本一の人間が、帰ってきた―――
そう、まさに、復活してしまったのである。笹井の奥底にある官僚魂に、もう一度火がくべられてしまったのだ。
笹井は、怒られると思った。そして、怒られてまた明日から出発をしようと、そう考えていた。
だが、予想に反して、電話口の向こうからは笑い声が漏れる。それは、笹井が初めて聴く笑い声だ。
「君、なぜ官僚が清廉潔白でなければならない」
総裁の口からそんな言葉が出る。驚いて、受話器を取り落としそうになってしまう。
「総裁……」
「聞き給え笹井君。私は、過去に一度投獄されておる」
「えっ、そうなのですか?」
「あれは私が関東大震災からの復興を担っていた時だ。我々内務省の人間に、贈収賄の疑惑が持ち上がった」
総裁は静かに、まるで過去を慈しむかのようにそう言う。
「親友は、潔白を訴え死んだ。私や、後藤新平さんは、更迭され日本を追い出された。この時私は、一切の不正を犯していない」
なのに、国外追放の憂き目にあった。彼はそう言う。そこから総裁はこんな結論を導き出した。
「いいかい笹井くん。どんなに至誠に尽くそうとしても、キミが官僚であり続ける限り必ずかような目に遭うだろう。その時大切なのは、真実がどうあるかではない。君が目指すべきは、公正明大であることではなく、常に現場と、そして国民の為になにをすべくかということだ」
だから、誠実さはそのための手段でしかない。彼はそう言った。
「有法子。がんばりたまえ」
総裁は、一方的に電話を切った。受話器の前で、笹井はただ、あたまを下げ続けた。
笹井は夜明けを待って、総裁連絡室へ電話をした。すると、大方の予想通り、電話口に出たのは総裁本人だった。
「笹井君か。どうした」
「事故調査中、会計検査院の検査に遭いました。おそらく、大蔵省の官僚も随行しています」
会計検査院鮫島に、ある意味でよそよそしい態度をとっていたあの男。篠田。笹井の見立てによれば、それは大蔵官僚に違いなかった。
「ほう……、やはりか」
電話口の相手は静かだった。まるで、全てを見透かしていたかのように。ただ、その相手は静かに問いかけた。
「場所は、どこだ」
「旭川鉄道管理局、名寄本線、興部機関区です」
「人員構成は?」
「会計が4、大蔵が1です」
「完全にしてやられたな」
総裁はそう言った。そんな総裁に、笹井はありのままを報告する。
「調査団現着5時間前に情報をつかみましたため、対策を講じました。結果、うまくやれたかと」
「ほう……」
電話口の相手は、なかなか感情を見せない。それがゆえに笹井はいつもドギマギとせざるを得ないのだが、だが今日は違った。
彼はハキハキと、事実だけを伝える。
「ご苦労。きっと、大蔵次官の河島あたりが仕掛けたワナだろう」
うまくやったなら、気にすることはないさ。そっけなく、彼はそう言った。
ここで初めて、笹井の方が感情を見せた。笹井は、あることを言うか言うまいか、ここで逡巡していた。
つい、吐息が漏れる。声にならない声が、電話回線を伝って総裁の耳に入る。
総裁は、そんなときでも無感情であるように思えた。
「さて、報告は以上かね?」
「はい」
「そうか……。では、次は息子から親父への相談事かね」
ふいに、声が柔らかくなる。いつも厳格で厳しい総裁が、知っている人間にしかそうとわからないほど、少しだけ。
笹井は口からこぼれだすように、受話器に思いをぶつけた。
「汚いことをしました」
「そうか」
「はい。……奥鈴谷で、もう二度とそんなことはしないと、誓ったはずなのに、です」
闘いは、笹井の統率により大国鉄軍の大いなる勝利で終わった。だが笹井は、ただそれだけが無念でならない。
―――汚いことをさせたら日本一の人間が、帰ってきた―――
そう、まさに、復活してしまったのである。笹井の奥底にある官僚魂に、もう一度火がくべられてしまったのだ。
笹井は、怒られると思った。そして、怒られてまた明日から出発をしようと、そう考えていた。
だが、予想に反して、電話口の向こうからは笑い声が漏れる。それは、笹井が初めて聴く笑い声だ。
「君、なぜ官僚が清廉潔白でなければならない」
総裁の口からそんな言葉が出る。驚いて、受話器を取り落としそうになってしまう。
「総裁……」
「聞き給え笹井君。私は、過去に一度投獄されておる」
「えっ、そうなのですか?」
「あれは私が関東大震災からの復興を担っていた時だ。我々内務省の人間に、贈収賄の疑惑が持ち上がった」
総裁は静かに、まるで過去を慈しむかのようにそう言う。
「親友は、潔白を訴え死んだ。私や、後藤新平さんは、更迭され日本を追い出された。この時私は、一切の不正を犯していない」
なのに、国外追放の憂き目にあった。彼はそう言う。そこから総裁はこんな結論を導き出した。
「いいかい笹井くん。どんなに至誠に尽くそうとしても、キミが官僚であり続ける限り必ずかような目に遭うだろう。その時大切なのは、真実がどうあるかではない。君が目指すべきは、公正明大であることではなく、常に現場と、そして国民の為になにをすべくかということだ」
だから、誠実さはそのための手段でしかない。彼はそう言った。
「有法子。がんばりたまえ」
総裁は、一方的に電話を切った。受話器の前で、笹井はただ、あたまを下げ続けた。
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