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A05運行:国鉄三大ミステリー①下田総裁殺人事件

0058A:やっぱり、最後にモノを言うのはコネだよね

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「……で、どうするんだい?」

 勢いでツイそう言ってしまったは良いモノの、これから先のプランは一切存在しない。

 予定では、旭川の第七師団に駆け込み協力を要請する手はずであったが、その道は絶たれた。国鉄内部にも内通者が居かねないこの状況では、下手に本庁にも頼れない。

「樺太・北海道地域の車掌は、確か拳銃を所持していたはずです。旭川の車掌区から数人引き抜いて護衛としては?」

「それは愚策だよ水野君。帯銃といっても、彼らはガラクタ銃を年に二発撃つかどうかの腕前だ。そんな人間に任せるのは、自殺行為だろう」

「札幌の鉄道管理局には警衛課がなかったかね」

「鉄道専門の公安部門を作ろうとしたときの名残だが、アレは何もないトマソンだよ。使い道が無いから、次の組織改編で廃止されるはずだ」

「さすが、人事のことには詳しいな、小林は」

 小林は褒められてエヘンと胸を張ってすぐ、シュンと肩を落とした。

「しかし、打開案は出てこない……」

「感情の騒がしい奴だな。しかし、どうしたものかね」

 笹井がそう言ったとき、不意に後ろから声がした。

「お困りのようだね」

 四人はびっくりして飛び上がる。一体全体何者だ。

 まるで身構えるかのように振り向くと、そこには見知った顔が並んでいた。

「ゲェ! お巡りのシゲ!」

 笹井が驚愕の声を上げる。そこにいたのは、真岡で大暴れしていた警察官、シゲだった。

「ご挨拶だな。君たちを助けに来たというのに」

「というと、一緒に事件を解決してくれるのかい?」

「おうとも。光栄に思えよ!」

 シゲの後ろには、恵須取で一緒になった芝も居た。四人はそれにも驚きを隠せない。

「何で芝さんまで? お仕事はよろしいですか」

「なぁに、ちょっとしたヒマつぶしのようなものよ。それはともかく、早速捜査をしようじゃないか」

「そうだな。まずはどこから調べる」

「札幌へ行こう。もしかしたら、面白いことがわかるかもしれん」

 なぜアナタたちがここに。井関達のその疑問に答える素振りを全く見せず、彼らはとっとと歩き出してしまった。
 井関達は、それを追いかけることしかできなかった。



「それで、何かわかるかね」

 彼らはとりあえず、札幌方面行の列車に乗った。途中、滝川、深川と停車しながらだんだんと札幌に近づいていく。次の駅は、岩見沢だ。

「これは個人的な興味なのだが、室蘭から足寄へ向かうには二通り、胆振線を含むと三通りの方法があるのだなあ」

 笹井は時刻表を広げながら面白そうにつぶやく。

「どういうことだい」

「室蘭本線と言うのは、室蘭から苫小牧を経由して岩見沢に至る路線だ。これは、室蘭と旭川の間を直接ショートカットする路線と言える。だから、札幌を経由しない。対して、札幌を経由するには苫小牧から千歳線に乗る必要がある」

「なんだい、随分と遠回りになるね」

「ところがぎっちょん、速達の快速なんかは千歳線に入る札幌行しか設定されていない。列車本数も千歳線軽油には遠く及ばない。ココから考えると、札幌経由を選択した方が早いケースはあるだろう」

「そもそも井関、室蘭本線の苫小牧~岩見沢間は樺太への貨物・軍事輸送が主なんだ。旅客列車は函館本線経由で回すか、千歳線を経由させる」

「ふうん、そういうものか」

 列車は岩見沢駅に到着した。奥の方のホームに、貨物列車が見える。笹井の言う通り、それは室蘭本線を通して走る樺太行貨物列車であるようだった。

「さて、本題へ戻ろう。……といっても、どこから調べればいいのか見当もつかないが」

「それなら、まずは発見現場の話からせにゃならん。オイ、井関とやら。資料はちゃんとクスねてきただろうな」

 シゲは乱暴にそう言う。井関は辟易しながらソレに応えた。

「まず、工事列車が下田総裁を轢断。その数時間後に、右腕が発見されている」

「さて、まずはここだ。なぜ、下田氏は右腕だけになって発見されたのか」

「警察の見解では、羆に持ち去られた……ということでは? 事実、機関士も羆の心配をしています」

「ではなぜ、右腕だけが残った。その他の衣服が散乱していてもおかしくはないぞ」

 シゲはそう指摘する。

「それは、確かにそうです。では、シゲさんはなぜ衣服が散逸していないとお考えですか?」

「ワシャそもそも、あそこにはあの右腕以外は元から存在していなかったと考える」

 そうとしか考えられない、とまでシゲは言い切った。

「どういうことです?」

「下田氏の遺体には他殺を決定づける重大な証拠が残されていたはず。例えばそれは防御創と呼ばれるものだ」

「防御創というと、いわゆる吉川線のようなものですか?」

 笹井が妙に興味ありげに前のめりになる。

「ほう、吉川線を知っているか」

「はい。絞殺された際などに、苦しみもがいて自らの喉を引っ掻いてしまうことによってできる傷ですよね」

「その通り。もしかしたら、完全な遺体には吉川線が遺っていたのかもしれない」

「じゃあ、警察に自殺と断定させるために、わざわざ右腕だけを残したということですか?」

「そう考えるのが筋だろう。その証拠に、君らは左腕を発見したわけだ」

 あっ、と井関は声を出した。

「そうか。下田総裁の左腕が、足寄から遠く離れた飛行場前で発見されたことが、他殺である最も有力な証拠なのか」

「正しく。しかしここでも謎が残る。なぜ、犯人はそんな面倒なことをしたのか」

 あまりにも大きな疑問だ。なぜ、犯人はこれを自殺と見せかける必要があったのだろうか。

「もしかしたら、我々は大いなる勘違いをしている可能性すらあるぞ」

 と、芝は言う。

「どういうことだい」

「いや、なに。勘のようなものだ。ただ、我々は着々と袋小路へと突き進んでいる。これは言葉を換えれば、犯人たちの思い通りに進んでいるということだ」

 犯人たちは、我々が想像する何倍も狡猾だ、と彼は言う。

「なぜ自殺に見せかける必要があったのか、ではないんだ。犯人グループが起こした一連の行動は、なぜ必要だったのか、を考えなくちゃならん」

「なるほど……。つまり、なぜ犯人は①下田総裁のニセモノを作り②自殺に見せかけて殺害し③右手だけを残す必要があったのか。これを考えるべきだということですね」

「そうだ。差し当たっては、もう一度証拠を洗ってみよう」

 列車は、札幌へ向かって進む。
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