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A05運行:国鉄三大ミステリー①下田総裁殺人事件

0064A:異常なし! が異常なしであったためしがないよね

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 井関らは急いで岩見沢駅へと向かう。駅には駅員数名が出迎えてくれた。

「お疲れ様です。第510列車はあと数分で到着いたします。現在のところ、異常はありません」

「第510列車、異常ナシ。了解しました。では、手筈を確認しましょう」

 そういうと駅長がやってきて、井関に敬礼をした。

「第510列車は岩見沢駅長の権限を持って、岩見沢駅で抑止いたします。到着時刻は21:08フタヒトコロハチ

「第510列車、岩見沢駅にて抑止。近隣駅への通告は?」

「次駅江別、次々駅札幌には通告済みです。もっとも、機関士のウデなら札幌到着までには回復するでしょう」

 次第に線路が機関車のライトに照らされて輝きだす。遠くで汽笛が響くと、レールが幽かに唄いだした。

「第510列車、進路ヨシ! 構内ヨシ!」

 次第にその姿があらわになる。国内史上最速の機関車、D54に牽引されたその列車は、軽快にプラットホームに降り立った。

「だ、第510列車、岩見沢到着定時……。なにかありましたか?」

 大勢での出迎えに、機関士が驚いてそんな声を漏らす。しかし、申し訳ないがその心情に構っている暇はない。岩見沢駅員は一斉に走り出すと、各車両のドアまで飛んで行ってそのドアを開けてやる。
 いつもは旅客が自分で開けるドアが勝手に開かれたものだから、乗客は混乱している。その乗客の顔を、駅員は一人一人つぶさに観察していく。

「何事ですか!」

 車掌が驚いてこちらまでやってきた。車掌に委細を伝えると、彼は頭を抱えながら了承してくれた。

「全く面倒ですね。携帯できる黒電話でも有れば、こんな不便は無くなるのでしょうが」

「そんなものがあったらたちまち犯罪に悪用されてしまうでしょう。不便も一長、利便も一短、ですな」

「……そんなことわざありましたっけ?」

「笹井が考えた奴だ。そんなことより、検索の結果はどうだ?」

 駅員のとりまとめ役である助役が息を切らしてやってきて、首を振る。

「ダメです。乗客は確認できませんでした」

「了解しました。駅長、我々は第510列車に乗り込みます。ご協力、感謝いたします」

「下田事件解決は、我々の悲願でもあります。当駅では今後も網走方面からの乗客に関しては検索を続けますから、定時連絡をお願いいたします」

 駅長は拳を握り締めながらそう言った。見れば、助役や駅員たちも同様に、固い決意を滲ませていた。
 井関は思わず、頭を下げた。

「お願いします」

 21時15分、第510列車は所定より2分遅れて岩見沢駅を発車した。駅長以下数名は、それを敬礼を以て見送る。乗客がにわかにざわつき始めた。

「おい、誰か乗ってるのか?」

「さぁ……」

 車掌は乗客に頭を下げると、いつものように声を上げる。

「次は江別、江別。夕張鉄道線はお乗り換え……。乗客の中にクサナギという方がいらっしゃいましたら、名乗り出てください」

 ただし、最後にそんな文句を添えて。クサナギさん、居ませんか。クサナギさん、居ませんか。座席に座っている乗客一人一人と目を合わせながら、そう呼びかける。

 しかし、見つからない。

「この列車は6両編成です。まだまだ、ありますから」

 次の車輛も、空振りだった。その次も、空振り。4両目は二等車で、声掛けをすることが少々はばかられたが、乗客の中に協力的な北海道議会議員が居たことから、話が早く進んだ。

「しかし、二等車にはいないんじゃないかね」

 と、銀行家の人間が言う。

「ハァ、やはりそうでしょうか」

「一等車の連結が休止されている今、二等車は事実上の最上級車だ。警官風情が職務で乗ることは無かろう」

「そう思われますか?」

「二等車は値が張るでな。予算に煩い道警は金を出さん」

 銀行家も議員もそう言って笑った。

 その言葉は果たして正しく、隣の5号車も含めて二等車には草薙は居なかった。

「最後の6号車です」

 車掌が扉を開ける。そこは荷物車と三等車の合造車で、車輛の半分だけが座席になっている。

「クサナギという方はおらんですか」

 車掌が声をあげる。すると、乗客の中から手が上がった。

「ッ! 草薙さん!」

 井関が走る。そこにいたのは、妙齢の女性だった。

「は、はい。草柳ですが……」

 人違いだ。井関はがっくりと肩を落とす。

「この列車に乗っていない? バカな」

「自動車で移動したというセンは無いか?」

「この時期の北海道だぞ。そもそも道すらないだろう」

 考えても言葉は出ない。ただ、時刻表によれば、次に網走方面からやってくる列車は明日の504列車のようだった。

「江別で降りて、504列車を検索しよう」

 列車は江別に到着した。駅長が迎えてくれたが、遅れは既に無くなっていた。

「第510列車、定時!」

 車掌がこちらに向かって制帽を振った。列車は彼方へ去っていき、あとには静寂だけが遺された。




 翌日、朝4時過ぎ。井関達は江別駅の仮眠室を借りて寝ていたが、彼らは急に起こされることとなった。

「岩見沢からお電話です! どうも、クサナギが見つかったようです!」

「おお、本当ですか!」

 井関は寝ぼけまなこを擦りながら駅長の方へ出向く。しかし彼は、少々苦い顔をしていた。

「しかし、どうも様子がおかしいんです。どうぞ、室蘭駅へ向かってください。彼らはそこで待つと言っております」
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